表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

#29

 七峰君が白石さんと別れたという噂はすぐ広まった。それ程有名なカップルだったのだろう。

 今日の朝は七峰君と会わなかったため、一人で教室までの道のりを歩いていた。その時、


「――ねぇねぇ、七峰君の次のカノジョって誰かなぁ」


 一人の女子のそんな声が聞こえてきた。七峰君はすごく落ち込んでるのに、そんな話を……と最初は呆れたが、その話にある名前が出てきた事で私の歩くスピードは落ちた。


「うーん……やっぱり、C組の遊佐さんじゃない? それかぁ――……」


 ……わっ、私!? 理由は、やっぱりいつも一緒にいるから? 驚きつつ、その続きに耳をたてた。


「――それかぁ、A組の蒼井さんか希衣ちゃんとか?」

「えーでも、蒼井さんはないんじゃない? 七峰君と遊佐さんのキス写真事件の犯人らしいし」

「えっ、そうなの!?」


 ……雪があの件の犯人という事も、いつの間にか広まっていたらしい。雪も、次の七峰君のカノジョ候補だったんだ……でも、『希衣ちゃん』って誰だろう?

 いろいろな噂が飛び交う中、文化祭が遂にやって来た。

 私は文化祭前の準備中、何故かあの噂で頭がいっぱいだった。勿論話に出ていた『希衣ちゃん』が誰なのかというのも気になるのだが、私の名前が出ていた事がずっと気になっていた。それは、それ程私は七峰君の近くにいるという事で、仲良く見えているという事でいいのだろうか。そう考えると、何故だか口角が自然に上がってしまう。嬉しい、と思っているのだろうか。もしそうだとしたら、私は七峰君の事が――……? いやいや、まさか。まさか、そんなはず――……


「よっ、いおりん!」

「っ!」


 噂をすれば影が差すとはこの事だろう。七峰君が笑顔で現れたのだ。だが、つい先程まで七峰君の事を考えていた私は、挙動不審になってしまう。そんな私の姿を七峰君は不思議そうに見た。そして、ニコッと笑って「なんか、いおりんらしくないよ」と一言。最近、七峰君はこの言葉をよく言うようになっていた。


「あっ、そうだ。これ持つよ」

「えっ」


 七峰君は、私が抱き抱えていた段ボールをひょいっと持った。これは、先輩から運んでくれと言われていたもの。いいよ、と抵抗しても七峰君は「いいからいいから」とその段ボールを返してくれない。ほら、こういうところが――……


「……好きなんだよなぁ」

「ん? 何か言った?」


『好き』。私の口から無意識に出た言葉に、驚きを隠せなかった。驚きつつ、やっぱりそうだったんだと確信する。無差別に優しくするところが、無邪気に笑うその顔が。誰にも見せる姿なのに、その姿にいつの間にか惹かれていたんだ。


「……」

「……いおりん? どうしたの?」

「……あっ」


 七峰君に顔を覗かれ、反射的に体を退ける。七峰君は何が起こったかわからないといった様子で首を傾げる。


「大丈夫? 何かあった?」

「……ううん……」


 もし、七峰君に「好き」と伝えたら、どんな顔をするだろうか。勝率はあるのだろうか。次のカノジョかもと噂されてるくらいだから、少しはあるかもしれない。そう、期待してしまう自分がいた。なにより――……

 伝えたら、たぶんまた「らしくない」って言われるんだろうな。

 試しに、伝えてみようか。そう思った私の口はもう動いていた。


「――七峰君、あのね――……」


*


「えっ、いおりん好きな人できたの!?」


 先程いおりんから聞いた言葉を聞き返すと、いおりんは「うん……まぁね」と恥ずかしそうに顔を背ける。いおりんから聞くことのないと思われていた話題だったので、俺のテンションは自然と上がった。


「誰!? 誰々っ!?」

「教えるわけないでしょっ」

「いたぁっ!」


 問い詰めるといおりんの強烈なビンタをくらい、悲鳴をあげる。今は段ボールを持っているため、叩かれた部分を摩る事ができない。ヒリヒリしたまんまだった。


「もうそんな事いいから、早くそれ先輩の所持っていこ」

「……そうだねっ」


 ……俺的には、「そんな事」じゃないけどね。


*


 文化祭はあっという間に終わりを告げた。この高校は妙な事に文化祭が一日しかなく、そのせいなのか、自分が文化祭実行委員で大変だったせいなのか、時が過ぎるのが早く感じた。

 結局、「好き」と伝えようとしたら出た言葉は的外れで本当の事は言えなかった。やっぱり、そう簡単に伝えられるものじゃないらしい。だから、皆苦労しているんだ。

 片付けを終え、「帰っていい」と言われた私は七峰君を探した。周りを見ると、既に文化祭実行委員の二年生達は帰ろうとしていた。


「……いおりん!」


 突然背後から声をかけられ、素早く振り向く。案の定七峰君だ。七峰君は「帰ろう?」と私に訊ねる。やはり、好きな人にそう言われると嬉しいものだ。今までも何度も言われてきた言葉なのに今はすごく嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 他愛もない会話をしていると、すぐに七峰君の降りるバス停?着いてしまった。早い。俯いていると七峰君は私の肩をトントンと叩いた。「何?」と訊ねると七峰君は突然顔を近付けてきた。戸惑っていると、七峰君は耳元で落ち着いた口振りで囁いた。


「……俺も、好きな人できた」


 その瞬間、私は硬直した。そんな私に構わず七峰君は「じゃあね」と手を振ってバスを降りていってしまった。


「七峰君に……好きな人?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ