#28
「おはよ、七峰君」
私は、前を歩いていた七峰君に声をかけた。その感覚は、一ヶ月程前に戻ったみたいだった。「おはよっ」と手を振ってくる七峰君の右手にはひとつの紙袋が。それは、
「ちゃんと持ってきたんだね」
「おうっ」
そう言って笑む七峰君。そう。今日は白石さんの誕生日だ。結局プレゼントを選んだのは私な訳だけど、包装用紙の種類を選んだのは七峰君だし、なにより渡すのが七峰君だから結果オーライだろう。
「今日の放課後渡すんでしょ?」
「うん! 喜んでくれるかな~」
そう言ってる七峰君の顔は全く心配そうにしていない。心配しなくても喜んでくれるとわかっているのだろう。私も心配ないと思うし。「早く渡してぇな」と楽しげに言う七峰君の横顔をチラッと見ると、なんだか胸がチクッとした。まただ。昨日プレゼントを選んでいる時もなったのだ。でも、昨日のは七峰君の優柔不断さにイラッときたのだと解決した。でも、今日のは……? 朝食べたパンが賞味期限切れだったのかな? もしそうだとしたら、胸じゃなくて胃だろう。あぁ、もうめんどくさい。パンのせいでいいや。
「じゃあね」と言って七峰君と別れる。そして、運命の(?)放課後はすぐ来た来たのだった。今日はバドミントン部の活動は休み。絶好だと思われたのだが、なんと最悪な事に文化祭実行委員の集まりが入ってしまった。なので白石さんに教室で待ってるよう伝え、急いで文化祭実行委員の集まりを終わらせたのだ。今ちょうど、七峰君が廊下をダッシュで走っていったところ。私は、少し時間をおいてゆっくりと教室へ戻る事にした。幸いな事に、白石さんのクラスの文化祭実行委員はまだ仕事を終えていない。今頃、プレゼントを渡しているんだろうな。あっという間にB組の教室の前へ。ゆっくり歩いたつもりだが、もう着いてしまった。C組に行くにはここを通らなくちゃ行けないから、隠れて待っていよう。私が物陰へ入った瞬間、タタッと誰かが廊下を走る音がした。音的に女子。顔を出して見てみると、なんとその後ろ姿は白石さんだった。
何で白石さんが? 何で七峰君と一緒じゃないの? 何でプレゼント持ってないの? たくさんの疑問が浮かび上がる。私は、無意識に七峰君がいるはずのB組の教室へ向かった。やはり、七峰君はいた。七峰君と会えなかったという事ではないらしい。
「七峰君……白石さんは、どうしたの?」
声をかけると、七峰君はゆっくりと私を見た。ひきつった微笑みで「……あ、いおりん」と呟く。七峰君の状態が異常に変だ。何があったの、と訊ねると七峰君は俯いて、
「……フラれた」
「……っ」
言葉もなかった。まさか、あんなに二人は仲良しだったのに。
「……し、白石さんに……?」
「……うん」
動揺して変な質問をしてしまう。私が何も言えないでいると、七峰君は天を仰いで「俺の何が悪かったのかな~……」と呟く。いつもなら、このようなナルシストな台詞にイラつくはずなのに、今はその気にもなれない。私はそれ程、七峰君に情が移ってしまったのだろう。
「……何て、言われたの?」
「……他に、好きな奴ができたってさ」
“他“が誰かなんてどうでもいい。私は、無意識に七峰君を優しく抱きしめた。
「……どうしたの、いおりん。らしくないよ」
ヘラヘラと笑う七峰君に、私は「強がらなくていいよ」と囁いた。それが七峰君の耳に届いていたかはわからないが、七峰君は笑うのを止めその後一言も発しなかった。
帰り道。私は、七峰君に不意に問いかけた。
「……七峰君、これからどこか行かない?」
「……べつにいいけど、急にどうしたの?」
「お腹すいちゃって」
こうして、私達は駅の中のファストフード店へ向かった。平日の夕方は、そこそこ混んでいた。店員さんに「ご注文をどうぞ」と聞かれたので、私はエビとアボカドが入っているものを、七峰君は野菜がたくさん入っている健康的なものを頼んだ。すると、暫くして注文したものが出来上がり、私達は席に座った。
私達は早速包装をほどいた。七峰君はすぐそれを口にし「美味しいね」と言う。もう食べ終わらすくらいの早さで七峰君は食べた。だが、私はそれをジッと見つめて「……そういえば」と思い出すように、
「私、エビアレルギーだったんだった」
「えっ!?」
「じゃあ、何で頼んだの!?」と七峰君は不思議そうに私に問う。私は「美味しそうだったんだもん」と答えた。
「……とゆー訳で、捨てるの勿体ないし七峰君にあげるよ」
「えっ……でもお金は」
「いいよ、べつに」
私は反論される前に、「前のお返し的なもんだよ」と続けた。七峰君はヘラッと笑って「いおりんらしくないなぁ」と呟いた。そして、何故か席を立った。
「どこ行くの?」
「――トイレ」