#22
「遊佐さんって、七峰君とどういう関係なんだろうね」
とある女子生徒のこそこそ話が、漏れて聞こえてきた。どういう関係、と言われても私達は赤の他人だ。たとえ――キスをしたとしても。
「やっぱり、キスするくらいだから、そういう関係なんじゃない!?」
「えーでも、七峰君には白石さんがいるんだよ?」
女子という生き物は、本当に噂話が好きなものだ。所々で同じような会話を耳にした。くだらない。私はそんな噂話に構っていられる程暇ではなかった。私は、A組の教室へと足を進めた。でも、いちいち教室から探す手間は省けた。なぜなら、用がある人物は廊下で立ち話をしていたからだ。
私は、その人物に声をかける。
「……雪、ちょっといい?」
雪は私を見て一瞬静止したが、すぐにうっすらと笑みを浮かべて「いいよ」と答えた。私達は、人の少ない場所へ移動する。
私は早速本題に入った。
「……雪、どういうつもり?」
雪は、「え? 何の事?」と首を傾げる。そのわざとらしい姿を憎らしく思いながら、「朝の事。知ってるよね?」と問うた。
「あぁ、その事。大変だったみたいだね? 大丈夫?」
「……」
「……にしても、伊織ちゃん達勇気あるよねぇ。写真を撮って貼り出した犯人も」
「……べつに、褒めてもらいたい訳じゃないわ。私は、『どういうつもり?』って聞いてるの」
「だから、何の事って」
まだ雪は隠すつもりなのだろうか。1歩も引いてくれない雪に、私は言ってしまった。
「雪が撮ったんでしょ? 昨日の、私達の写真」
暫し、沈黙が流れる。何か付け足すべきか、と思ったが、今は雪の反応が気になったので何も言わずに待つ事にした。雪は、俯いたまま何も言おうとしない。そろそろ何か言ってしまおうか、と思った途端雪が突然笑いだした。
「あはははははっ! ……あーあ、バレちゃったか」
「……っ」
いつものおっとりとした雪とは違う、裏の雪を見た気がしてゾッとしたと同時に怒りが込み上げてきた。やはり、犯人は雪だった。私の予想どおりだ。雪は、中学の頃から早起きでいつも一番に学校に来ていた。そのうえ、前私が女子達に囲まれている(雪曰く修羅場)時、『面白そうだったから』と言って写真を撮っていた事から犯人は雪だと導きだした。
「やっぱり……雪が……っ!」
「さすが伊織ちゃんね。すぐ私だってわかっちゃったんだもん」
雪は、「私が犯人」と首からさげていたスマートフォンを見せた。そして、雪はバカにするかのように続けた。
「でも、今日見るまで気づかなかったでしょ、撮られてるって。ちゃんとシャッター音消したんだよ~? 伊織ちゃん、そういうの敏感だから。勇気あるでしょ、私。褒めてよ?」
なぜ、雪はこんな事をしたのだろうか。こんな事をして、何か雪のメリットになる事があるだろうか。わからない。雪の考えている事が、全くわからなかった。
「何で、こんな事……っ」
「何で? 理由は簡単。伊織ちゃんが、ウザかったんだよ!」
雪はまた、先程のように笑う。狂ってしまった雪は、なんだか痛々しかった。
そんな事より、なぜ私がウザかったのか。雪に、そのような思いをさせた覚えがない。なんせ、最近全く喋っていなかったのだから。それとも、原因は中学時代に?
「『何でかわからない』って顔だね。そりゃあ、わからないか。伊織ちゃん、そういうの疎いし」
「……?」
「私ね、七峰君の事が好きなの」
私は、驚きで何も言葉が出なかった。だって、雪は前に――…
「嘘……だって、前に好きじゃないって言ってたじゃない」
「そんなの、嘘に決まってるでしょ? 伊織ちゃんに近づく為の嘘。あの女子達を追っ払う為の嘘。本当は好きなんだよ。大好きなんだよ。あんなに七峰君に優しくされて、好きにならない子なんていないよ!」
「雪……」
「だから伊織ちゃんがウザいの。わかった?」
深く考えすぎていた。理由は簡単だった。雪は、七峰君の事が好きだったんだ。それで、私に恥をかかせるような事をした。そう考えれば簡単じゃないか。よくある手口じゃないか。
「悔しくない? 何か言い返さないの?」
「……くだらない、こんな事」
「またそうやって『くだらない』で片付けちゃう。どうせ、伊織ちゃんだって七峰君の事が好きなんでしょ? 隠してるだけなんでしょ?」
「そんな事、絶対ある訳ないじゃない!」と怒鳴ってやりたいと思ったが、なぜだかそれを拒んでしまった。なぜだろうか。……いや、違う。そんな訳ない。拒んでしまったのは、取り乱したくなかったからだ。少しでも、カッコつけたかったからだ。
――好きだから、なんてある訳ない。
「……残念ながら、雪の推測は外れね」
だから、私は別の方法でカッコつける事にしたのだ。雪は、トーンの低い声で「……え?」と聞き返す。
「何度も言ってるけど、私は七峰君の事は好きじゃない。好きじゃないの。雪は何か―…」
「もういいよ。そんな嘘聞き飽きた」
私が言葉を続けようとすると、雪に被された。雪は私の事が嫌いみたいだけど、私にとっては数少ない仲の良い友達だから、雪とは仲良しでいたいんだ。そういう思いで続ける。
「……雪は何か誤解している。私と七峰君は周りから見れば確かに仲良く見えるのかもしれない。でも、私にはそんな下心はないの。七峰君にだって白石さんがいるし。だから――雪の間違いだったって認めて、また私と仲良く――…」
「ふざけないでよ!」
雪の大声に、肩がビクッと震えた。何か、気に触る事を言ってしまっただろうか。雪は、すごい剣幕で続けた。
「私が間違っている? ふざけないで。私は何も間違ってないよ。それに、また仲良く? 無理無理、無理に決まってるでしょ」
そう言い、この場から立ち去ってしまった。私は、雪が走り去った方向を見つめた。