#20
「昨日はごめんね」
翌日。七峰君に会ってからの開口一番はこれだった。一瞬、何の事かわからず、「え?」と首を傾げる。七峰君が「帰り」と付け足してくれたので、やっと何の事か理解できた。
「いいよ。ってか、何で謝るの?」
「いや、急だったし、いおりん1人で寂しくなかったかなって」
「べつに、七峰君にそう思われても嬉しくなんかないかんね?」
私は本心で言ったつもりだったのだが、七峰君は私を「この、ツンデレ~」と弄ってくる。そんなつもりはないのだけれど。ちょっとイラついてきたので、バシッと七峰君の背中を思いっきり叩いた。七峰君は、私が期待していた通りの反応を見せる。面白くて、つい笑いを堪えるのが大変だった。
「ちょっ……いおりん痛いって!」
「だって痛くしてるもん」
「酷いよいおりん!!」
そんな感じで2人話していると、いつの間にかA組の教室の前にいた。七峰君に別れを告げ、私はC組の教室へ向かった。
今日も文化祭実行委員の集まりがあった。その集まりを終え、七峰君と一緒に教室へ戻ろうと足を進める。そんな時、昨日もいたカップルを見つけた。
「またいるね……」
七峰君が囁く。私達は、昨日と同じようにあのカップルを観察する事にした。相変わらずイチャイチャしている。それで終わると思ってた。今日は何があったのか、2人の顔がどんどん近づいていく。そして――唇どうしが触れあう瞬間を、私達は凝視してしまった。
「「――っ……」」
息を呑む。少し長めのキスだった。2人は名残惜しそうに一度放れて、また重ねあう。私達は思わず身を乗り出してしまい、どちらがかはわからないが、ガタッと音をたててしまった。
「「っ!!」」 「「っ?」」
私達が手のひらで口を抑え隠れるのと同時に、カップルの2人がこちらに振り向くのがわかった。急いで、隣のC組の教室に入る。私達は深いため息をついた。
「いやぁ、危なかったね~」
七峰君が、手の甲で汗を拭う仕草をした。
「うん。それより―…」
「キスの事、でしょ?」
七峰君に言葉を重ねられる。「凄いなぁって思ったんでしょ?」と聞かれたので、正直に頷く。だって、本当に凄かった。よく、学校という公共の場でできるな、とも思ったし、“キス“というものは恥ずかしくないのだろうか、とも思った。……それも気になったけど、私にはもっと気になる事があった。
「ねぇ、七峰君」
「ん?」
「……“キス“って、どういうものなの?」
私は知りたかった。キスとはどういうものなのか、どういう気持ちになるのか。
難しい質問だっただろうか。七峰君は、頭を悩ませた。少しの間悩ませた末、口を開いた。
「うーん……説明するのはちょっと難しいかな」
「……そっか」
「なんなら、やってみる?」
七峰君が、突然爆弾発言をした。反射的に俯けていた顔を上げる。七峰君は、わりと真剣な表情をしていた。
「じょ……冗談言わないでよ」
「冗談じゃないよ」
「寝言は寝てから―…」
「寝言でもない。俺は、結構本気で言ってるよ?」
やめてよ。そんな目で見ないで。そんな目で見られると、したくなるじゃない。七峰君とのキス、してもいいって思っちゃうじゃない。でも……七峰君にはカノジョがいるんだよ? 白石さんがいるんだよ?
答えに迷っていると、七峰君はゆっくりと口を開いた。
「俺は目ぇ閉じてるから。いつでもいいからね」
そう言って、七峰君は目を閉じた。
……まさか、私がキスするまでずっとこの状態でいるつもり!? こんなの、「しろ」って言ってるようなものじゃない……。
しょうがないな……と思いながら七峰君に顔を近づける。覚悟は決めた。顔寸前の所で目をギュッと瞑り、七峰君の唇に、浅く、そっと触れさせた。あのカップルとは真逆の、浅く短いキス。
目を見開いている七峰君と目が合う。たぶん、私がキスをした事に驚いているのだろう。開いた口が暫く閉じなかった。
「……驚きすぎ。それと、顔赤くなりすぎ」
「いや、だって……意外だったから……」
「しないと思った」と七峰君は付けたし、手の甲で口許を隠す仕草をした。すごく照れている。そんな七峰君の姿を見ていると、私まで照れてきた。
「……感想は?」
七峰君はチラッと私を見て、昨日と同じ質問をする。またか……と思いながら口を開いた。今回は、無駄な抵抗は止めた。
「意外と……普通だった」
「えぇ!?」
私が正直な感想を述べると、七峰君はショックを受けたような声をあげた。しょうがないじゃないか、本当に普通だったんだから。
「……ふ、普通?」
「うん。何でかな」
「……それは、相手が俺だったからじゃない?」
七峰君の言葉に、私は「そうかも」と笑って返す。メンタルの弱い七峰君なら先程みたいに、それ以上にショックを受けると思ったが、意外な事に一瞬だけ顔を歪ませてから笑顔になった。そして、私達は笑いあった。
――誰かに見られているとも知らずに。