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#18

「『ウザい』は、刺さるなぁ……」


 朝の登校中。独り、ポツリとそんな事を呟いた。こんなはずじゃなかったんだけどな……と思いながら不意に俯けていた顔を上げる。すると目の前には、信号で止まっていいる未里ちゃんの姿があった。


「おはよ! 未里ちゃん!」


 俺の声に気づいた未里ちゃんは、こちらに顔を向けて「おはよう」と返した。俺は小走りで未里ちゃんのもとへ行く。俺が未里ちゃんに追いつくと、赤だった信号がちょうど青に変わった。


「また会ったね」

「うん」


 それから他愛もない会話をしていると、いつの間にか学校の門の前だった。早いなぁと思いながら足を進める。すると、正面から菜穂ちゃんとはなのちゃんが一緒に歩いてくるのが見えた。


「未里ちゃん。あそこ、菜穂ちゃんとはなのちゃんいるよ」


 俺が2人を指さすと、未里ちゃんは俺が指した指の方向を見た。同時に、2人も俺達に気づいた様子を見せる。いつものように駆けて来るのかと思いきや、意外な事に顔をそっぽ向けてそのまま歩いていってしまった。俺は驚きで、「あれ……」と声を漏らす。隣に視線を移すと、未里ちゃんは俯いていた。


「未里ちゃん? どうかした?」


 そう声をかけると、未里ちゃんはハッと我に返った様子で俺を見、「何?」と聞いた。


「……あ、いや、さっきの菜穂ちゃん達どうしたんだろうね」

「……そう、だね」

「もしかして、喧嘩とかしたの……?」


 そう問いかけると、未里ちゃんは急に「いやっ、あの……」と挙動不審になり始めた。未里ちゃんは実にわかりやすい。


「どうして? 何が原因?」


 俺がそう聞くと、未里ちゃんは返答してくれなかった。その後も聞いたが、いくら聞いても答えてくれない。なので、俺はひとつひとつ聞いてみる事にした。


「一緒に出かけた日?」

「……」

「体育祭実行委員?」

「……」

「……じゃあ、俺?」


 その瞬間、未里ちゃんの体がピクッと動いた。俺は、確認の為もう一度「俺なの?」と聞く。未里ちゃんの顔は、頷きたくないけど、頷かない訳にもいかないといった顔をしていた。俺は、「なるほど……」と呟く。


「……あ、あの……」

「何?」

「……っ。わ、私……朝先生に用事があるから先行くねっ」


 未里ちゃんは、最初言おうとしていた言葉を飲み込んで、そう言った。走り去る未里ちゃんの後ろ姿を、俺は後ろ姿を見つめた。




 昼休み。俺は、未里ちゃんのクラスに向かった。ドアの近くにちょうど菜穂ちゃんとはなのちゃんがいたので、2人に聞いてみる事にした。


「ねぇっ。2人とも、未里ちゃんどこにいるか知ってる?」


 そう聞くと、2人はクスクス笑い始めた。


「未里? 未里なら、1人で図書室にでもいるんじゃない?」

「ぼっち~」


 俺は2人に「ありがとうっ」と礼を言う。2人が嘲笑うのを余所に、俺は図書室へと駆けだした。

 図書室に着く。鈍い音をたてるドアを開け、図書室の中に入った。俺が通っている中学の図書室は、他の中学と比べ広いらしい。他の中学に行った事のない俺にはよくわからないが、確かに広くてたまに迷ってしまう事があった。まぁ、そもそも、図書室に来る事はあまりないのだが。

 俺は広い図書室をゆっくりと歩く。少し歩いたところで、俺は本棚に顔を向けて本を開いている未里ちゃんを見つけた。


「……見つけた」


 俺は背後から声をかける。未里ちゃんは振り向いてくれなかった。

 俺は再び口を開いた。


「……ねぇ、やっぱりあの2人と喧嘩したんでしょ」

「……」

「やっぱり、俺が原因なんだろ?」

「……」

「何で何も言ってくれなかったんだよ」

「……」

「ねぇ、何か言ってくれないとわからないよ」


 いつまでも無言な未里ちゃんの腕を俺は掴んだ。だが、未里ちゃんの細い腕は俺の手からスルリと抜けてしまった。


「待って!」


 逃げる未里ちゃんを追いかける。幸い、人気のない図書室には誰もいなく、司書の先生や図書委員の生徒すらいなかった為、いくら大きな声を出しても誰にも迷惑をかける事はなかった。

 俺は、なんとか未里ちゃんを壁際に追い込む事ができた。俺は、先程と同じ質問を再びした。


「……何で、何も言ってくれなかったの?」


 そう聞いても、未里ちゃんは相変わらず無言のままだ。それに、俺は少しイライラしてきてしまった。


「……また無言かよ。何か言ってくれないとわからないってば。またそうやって、俺から逃げるのか」


 俺は、もっと未里ちゃんを追い込む。顔がすれすれなくらいに。


「そろそろ、俺に頼れよ。俺だって……未里ちゃんの力になりてーんだよ」


 恥ずかしさで死にそうになった。だが、俺の言ってる事はあくまで本性だった。

 チラッと未里ちゃんの顔を見る。その瞬間、俺は息を呑んだ。


「……っ、ごめん、未里ちゃん……! 泣かすつもりは全くなくて……」

「違う……違うの……。これは、嬉しくて……その……」


 どうやら、未里ちゃんが泣いたのは嬉し泣きらしい。その事がわかった瞬間、俺はホッと胸を撫で下ろした。


「……じゃあ、俺の事頼ってくれる……?」


 恥ずかしながら聞くと、未里ちゃんは満面の笑みで頷いた。




 その日の放課後。体育祭が近づいているという事で、我々3年生全員と1、2年の実行委員で体育祭の準備をする事になった。

 俺は、未里ちゃんの隣で一緒に作業をしていた。


「……昼休みの時は、ごめんね」


 突然、未里ちゃんが口を開いた。俺は「ん?」と聞き返す。


「たくさん無視しちゃってたから……。あれは、七峰君に迷惑をかけたくなくて―…」

「そんな事だろうと思ったよ」


 俺は未里ちゃんの言葉に被せた。


「優しい未里ちゃんだから、俺の事考えてくれて無視してんだろーなって思った。にも拘らず、イライラしちゃってた。俺のほうこそ、ごめんね」


 未里ちゃんは、「えへへ」と笑った。その顔を見て、俺の顔は熱を帯び始めた。すかさず顔を背ける。

 そんなところに何も知らない助がやって来た。


「おーい! 2人とも~!」


 たぶん校庭の砂で遊んでいたのだろう。助は砂まみれだった。その姿を見た俺と未里ちゃんは、目を合わせて笑いあった。そんなところに、砂まみれの助が到着した。助は俺達を見るなり、ニヤけだした。


「おや? お2人さん、なんだかすごく仲良さそうだねぇ。もしかして、デキてるのかい?」


 デキてる――つまり、付き合ってる。その事がわかった瞬間、俺の顔は再び熱を帯び始めた。否定しなくちゃ、と思ったが、なぜか言葉が出ない。

 ――たぶんそれは、未里ちゃんと付き合いたいって思ってるからだ。

 俺の顔は熱を増す。「うわぁぁぁぁぁぁ……」と心の中で叫んだ。だって、俺の知ってる中ではこんな事、初めてだから。


「えー、なに? 否定しないって事は、そーなの?」


 助が俺達に聞く。……え? って事は、未里ちゃんも否定しなかったって事?

 勢いよく、隣の未里ちゃんを見る。すると、頬をほんのり赤くして俯いていた。


「そうなのか~。邪魔して悪かったな~」


 そう言って、助は去ってった。


「……えっと、未里ちゃん……?」

「……あっ、ごめん……否定しなくて……」

「いや、俺もなんだけど……」


 その後、沈黙が流れた。

 それにしても、どういう事だろうか。俺が否定しなかったのは、付き合いたいと思ったからだ。じゃあ、未里ちゃんは何で否定しなかったのだろう……。もしかしたら、未里ちゃんも―…

 未里ちゃんを見ると、こちらを上目使いで見てきた。ヤバい。それはヤバい。超可愛い。


「……じゃあ、よろしくね」

「えっ!?」


 突然だし、何の事を言ったのかもわからず驚く。すると、逆に未里ちゃんも「えっ!?」と驚いた。


「ち……違ったの……?」

「え……?」

「だから……私もだけど、七峰君も否定しなかったから、その……」


 未里ちゃんは頬を赤らめる。俺は、何の事を言っているのかわかった気がした。それはつまり――

 ――未里ちゃんも、俺と付き合いたいって思ってくれてるって事だろう。

 そうわかった瞬間安心した。想いは同じだったのだ。俺は、未里ちゃんの右手を左手で握った。


「……うん。よろしくね」




 俺達の仕事はすぐ終わり、あとは終わってない人達に終わらせるように命じて2人で帰る事にした。2人、手を繋いで。


「……あの、さ」


 突然未里ちゃんが口を開いた。


「ずっと気になってた事、聞いていい?」

「何? いいよ」

「くだらないかもしれないけど……何で、急に呼び方変わったの? それがずっと気になってて……」

「あぁ。それは、冬樹に言われたんだよ。『好きでもない子の事をアダ名で呼ぶな』って。『勘違いされるだろ』って。だからだよ」

「そうなんだ……。でも、吉野君は当たってるね。あのまんまだったら、菜穂ちゃんとはなのん、大変な事になってたかもだし」


 そう言って、未里ちゃんは笑った。それにつられて俺も笑顔になった。


「……まぁ、これからは、また“ミサちゃん“って呼ぶけど」


 俺が恥ずかしながら言うと、未里ちゃんは「ヤダ」と言った。俺は「えっ……」と声を漏らす。


「ヤダ。だって、“ミサちゃん“じゃなくて“未里“がいいもん」

「……! うん。未里」


 ご要望にお答えして呼んであげると、未里の顔は忽ち笑顔になった。


「えへへ。翼っ」


 未里も、同じように俺の名を口にした。

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