#12
「……何やってるの」
私の声に、七峰君は「わあああ!?」と声を上げた。その拍子に七峰君の手からゲーム機が落ちる。七峰君は、ゆっくりと振り向いた。
「いおりん……何でいんのさ」
「……一応お見舞いだけど」
そう告げると、七峰君の表情はたちまち明るくなった。
「マジ!? いおりんが!? 超嬉しい! ありがとー!」
抱きつく寸前の七峰君の動きを制御しながら七峰君に聞いた。
「ゲームしてたの?」
「おう! 暇だったからさ~」
「熱はあるの?」
「まぁ、一応。38度くらいあったかな? 全然元気だけど」
「病人は寝てろ! 安静にしてろ!」
そう怒鳴り付けると、七峰君は渋々ベットに潜り込んだ。意外と素直。私は大きなため息をつき、手に持っていた2つのスーパー袋の存在を思い出した。
「そうそう。さっき七峰君の家の前で七峰君の従姉って言ってた人に会ったの」
「えっ、馨ちゃん来てくれたのか~。いおりんも、わざわざありがとな」
私も七峰君家に行く予定あったから、べつにわざわざでもないけど。と思いながら七峰君に馨さんという名の従姉さんから渡された袋を渡す。
「あっ、あと、これは私から」
そう言って、手に持っていた袋を渡した。七峰君は「おっ。ありがと!」と言いながら体を起こす。そして、すぐさまその中身を覗いた。七峰君は中からひとつ取り出して、言った。
「シュークリーム……って、俺食えないじゃん! めっちゃいおりんの好みじゃん!」
「あれ? そういえば、七峰君ってシュークリーム無理なんだっけ。しょうがないな~。私が代わりに食べてあげようか?」
「完全にそれ狙いだろ!」
「勿論」と親指を立てる私。そして、早速それを口に運んだ。私は、シュークリームを食べながら鞄に入れていた本当の見舞品を七峰君に渡した。七峰君は、信用してない顔で受け取る。私はそこまで意地悪じゃないぞ。
私はシュークリームを、七峰君は本当の見舞品の饅頭を口にする。そんな時、私の目は馨さんからの見舞品の袋を見た。その中を見る。その中には、なぜか2つのカップラーメンが入っていた。
「カップラーメン?」
思わず声に出してしまう。その声を聞いた七峰君は「ああ」と饅頭を食べながら続けた。
「それ、俺の今日の晩飯ね」
「えっ、晩飯?」
なぜ馨さんは夕飯を見舞品としたのだろうか。普通は、私みたいにお菓子とかそういう類だと思うんだけど……。
「そう、晩飯。俺、今日熱あって晩飯作れないからさ」
「いつも七峰君が夕飯作ってるの? お母さんは?」
「いつも俺が作ってる。母さんは今日帰ってこない」
「お父さんは?」
「いないよ。母子家庭なんだ。父さんは母さんとの間に俺を作ってから逃げたんだ。他にも女がいたから。だから、俺は女手ひとつで育てられてきた。母さんは俺を育てる為に働いてて、飯を作る時間がないから俺が作ってる。だから部活もやれないんだ」
何で七峰君は私の質問に、素直に答えてくれるんだろう。教えてくれるんだろう。何も言えずに七峰君を見つめていると、七峰君はその整った顔でふにゃりと笑った。
「あはは、なんかしんみりしちゃったね。ごめん」
「……何で、つらいのに笑っていられるの」
「え?」
「つらいなら無理して笑わなくていいのに。つらいって言えばいいのに」
七峰君の顔は、笑いを消した。そして、真剣な眼差しで続けた。
「……いおりんだって、言わないでしょ?」
言葉もない。だって、図星だったから。七峰君も私と同じで、周りに迷惑をかけたくなかったんだ。
「……それに、関係ない奴等に話して同情されたくねぇし。話したところで何の解決にもなんねぇし」
「それなら、私に話せばいいじゃん」
私の言葉に、七峰君は俯いていた顔を上げた。
「あの時は話さなかったけど、私も七峰君と似たような状況なの。父子家庭なの。お母さんは3年前に死んじゃって、お父さんは遊んでばかりで帰ってくるのもたまーにで。帰ってきたと思ったら、私に暴力振るってストレス発散して、そしてまた勝手に出て行く。七峰君に助けられたあの時だってそうだった。私があの時この事を七峰君に話さなかったのは、関係ない奴だと思ってたから。でも違った。関係なくなかった。だから、私にもっと話してよ。そしたら、何か解決するかもしれないじゃん」
「いおりん……」
私は、変な事を言ってないだろうか。ちゃんと伝わっただろうか。変な事を言ってしまっていても、上手く伝わらなくても、ただ言いたいのは―…
「私、七峰君の力になりたい」
力になりたいって事なんだ。夏休み中に、七峰君に「頼れよ」って言われたみたいに。
七峰君と視線が合う。私の頬が熱を帯びていくのがわかった。何でだろう。恥ずかしい事言っちゃったからかな。私は七峰君から視線を外す。すると、なぜか七峰君が笑いだした。
「なんか、いおりんらしくないな」
「べっ、べつにいいじゃん。らしくなくたって」
あぁ、ホントに恥ずかしくなってきた。一瞬消えたいかも。
「……まぁ、たまにはそういうのもいいんじゃないかな」
「そう……かな」
「それに、いおりんなら信じてみてもいいかもって思ったし」
その言葉に、逸らしていた私の目は七峰君を映した。無意識に「え……」と声が漏れる。
「話して……くれるの?」
「うん。まぁ、殆どもう話しちゃったけどね」
七峰君は、「それと」と言葉を続けた。
「いおりんからもあの時の事聞けてよかった。もっと俺に頼ってね」
そう言って、七峰君は満面の笑みを見せた。その笑顔に、不覚にもドキッとしてしまったのはナイショ。
この日、私と七峰君の距離は縮まった気がした。