藤宮ひとねの怪綺譚
「いや、待ってくれ。確かにこの墓場に来たのは俺だ。俺が来た時には他の人もいなかった。でもそれ以降も誰もこなかったのはわからないだろう?」
「ああ、正直剥がしたのが君だというのは結果論。君が犯人だと推測していたから自ずとそう至っただけだ」
「じゃあ他に、他の部分に証拠が?」
「証拠というよりね、そもそも今回の依頼自体がおかしいんだよ」
「……?」
「依頼主である豆田は墓磨きの存在を知らなかった。……私も君も、怪奇現象に慣れすぎて感覚がおかしくなっていたのだよ。
ひとねは墓に背を向け、小さく笑う。
「普通の人は墓が綺麗になったからといって、怪奇現象を疑いはしないのだよ」
*
怪奇現象を疑うのは怪奇現象をよく知り、密接な者のみ。そういう事だ。
「ああ、俺が犯人だ。墓磨きなんて現れていない」
「ホワイダニットは……私ならわかるさ」
ひとねは歩いていき、墓場の中央近くにある墓の前で止まる。
「私をここに連れて行きたかった。私の未練を晴らそうとした。そうだろう?」
「気づいていたのか……」
俺たちの目の前にある墓石、それに刻まれている文字は……藤宮。
「私の未練は母に謝罪する事。それは本人である必要はない……まあ、心の何処かでそういう考えはあったさ。でも、私にとって不死鳥は母と私を繋ぐ糸でもあったんだ」
不死鳥が取り憑いている事。それはひとねが母の事を思う証明となる。その不死鳥を祓う事は一つの線引き、という事だろうか。
ひとねの真意は分からない。でもここに来たという事は……
「未練を晴らす覚悟は出来たんだな」
「ああ、君の後押しもあったし……何より不死鳥も居なくなっていたしね」
「なっ!? 気づいてたのか」
「気づいたのは少し前さ。これだ」
ひとねが出したのは指に貼られた絆創膏。
「治そうと涙をつけたが変わらない。つまり不死鳥はいない……単純な事さ」
「……そうだな」
「推理披露はここでおしまい。ご苦労様、助手君。ここからは私が頑張る番だ」
ひとねは墓に手を合わせる。
俺にも聞こえないほど小さく、いくつかの言の葉を紡いでひとねは立ち上がる。
頰をつたう水を服に染み込ませ、何事も無かったかのように俺の方を向く。
「ありがとう、健斗」
その笑顔を見て俺は確信する。
ひとねと不死鳥の物語は……
藤宮ひとねの怪綺譚は、終わりを迎えたのだと。