後を追うように二人目も
「で、君はどうして今頃未練を晴らそうと思ったんだい?」
翌日、再度訪ねてきたトシにひとねはそう投げかけた。トシは少し照れくさそうに笑う。
「集めに集めた怪奇譚をそろそろ妻に聞かせたくてね」
そう聞くとやはり未練は「妻に会いたい」な気がしてならない。しかし彼の妻は既にこの世にいないという。
「……何もせずにここに来たわけじゃないだろう? 未練を見つける為に何をした」
「そうだな……好きなものを食べ、懐かしい場所に行った。それこそ世界をもう一周したさ」
「奥さんの墓には行ったんですか?」
「ああ、もちろん。妻の好きだった花を毎年供えている」
「それはロマンチックだね、でも効果は無かったわけだ」
「と、いうわけで推理しておくれ」
「推理しろって言われてもね」
ひとねは頭を掻き、しばらく考えてから結論を出す。
「あまりにも情報が少なすぎる」
「そうは言われても数十年分の記憶だからね。齟齬も記憶違いもあるだろうさ」
「なら……仕方ないな」
ひとねは机の引き出しからメモ用紙を出し、ペンと共にトシに渡す。
「君に強く関わる場所を書いてくれ。家の住所は絶対だ」
「ワタシの個人情報をそんなに知りたいかね? 照れてしまうね」
おどけるトシに対して冷たい視線が送られる。
「本人が気づいていない真実を調べる為だ。第三者の目というのは様々な面で役に立つ」
「て、事は……」
ひとねは口の端を少し上げ、トシの杖で床を鳴らす。
「捜査開始といこうか」
*
「遠くなくて助かりはしたけど……人が多くてうんざりするね」
トシが示した住所は俺たちが住む町から電車で三十分程の場所。
隙間を開けてはならないルールでもあるかの如く所狭しとビルが並ぶ。大きな道路に貼り付けられた横断歩道の全貌が見える事はない。
一言で言ってしまえば都会である。
「で、トシさんは?」
「置いてきた。今回は第三者の目で見ると言っただろう? それよりこっちで合っているのかい?」
ひとねから渡された住所をスマートフォンに打ち込む。表示された地図と辺りを照らし合わせ、一方を指す。
「アレだ」
「彼が好んでいた食事処だね」
「いつ行っても味が変わらないのがいいんだとさ」
ソレを食べると日本に帰ってきたという気持ちになるらしい。
「ちょうど昼時だ。食事にするとしよう」
「そういえば迷い家だっけか。あれって森の中とかにあるイメージだったんだけど」
「怪奇現象も時代に寄って変化するものだよ。木を隠すには森の中、じゃないけど昔は森が最適だったんだ」
排気ガスに当てられていたのか少し咳き込んでひとねは続ける
「しかし今は違う。見渡してみて森なんかないだろう?」
「だから地下に行った……か」
そんな事を話していると料理が運ばれてきた。俺は唐揚げ定食、ひとねはナポリタンである。
「すいません、この店に中本トシって人は来ていませんでしたか?」
尋ねた店員は少し考えて、手を叩く。
「ああ、あのシルクハットの。でもあの方は亡くなったと聞きましたよ」
「それはいつくらいの事だい?」
「もう何年も前なんで流石に……でも奥さんが亡くなって直ぐでしたね。それこそ後を追うように」
「なるほど……ありがとうございます」
厨房に戻りかけた店員は途中でこちらを振り返る。
「でもその後、トシさんによく似た人がたまに来るんですよ」




