嘘が真に狸寝入り
狭くて暗い通路の中、俺とひとねは息を潜めていた。
なぜかと問われれば、もうすぐたどり着く筈の地下図書館に誰かが……怪奇現象がいるというのだ。
「怪奇現象って……わかるのか?」
「私や地下図書館の知識がそれを認識させているわけでは無いよ。君も見ればわかる」
屈んだひとねの上から顔を出す。俺たちが通ろうとしていた地下図書館の一室、その真ん中に一人の男の人がいた。
少し長めの坊主頭に無精髭、服装は黒色無地のシャツに黒のジーパンといった珍しくもないモノだ。
左腕には黒革ベルトの腕時計、黒だらけだな。
「……あれのどこが怪奇現象なんだ? ただの真っ黒おじさんじゃないのか?」
「足を見るんだ」
言われて見てみる。これまた黒い靴、その下にはもちろん黒い影が……
「ん?」
靴の下に影? 周辺に、ならわからなくもないが……あれ?
「ちょっと浮いてる?」
ひとねが小さく頷いた。
未来の狸型……猫型ロボットよろしく若干浮いている。
目が合ったひとねはゆっくりと頷いて小さく呟いた。
「アレは幽霊の類だろうね」
*
「そこの霊体人間、何をしている」
ひとねが男に向かって堂々と言い放った。
幽霊だとわかった途端強気に……いや、幽霊に対して強気になれるのも凄いけど。
「えっと……あなたが怪奇探偵ですか?」
「確かにそうだけど、成仏とか除霊とかは専門外で……」
何かに気づいたらしく、言葉を止めて男の顔を覗き込む。
俺も一緒になって見てみるが……とくに違和感は感じない。
少し丸くて目が小さめなだけの普通の顔。強いて言うなら目の下のクマが少し大きいくらいか。
「狸のようなクマに霊体……なるほど」
ひとねは呟いて地下図書館から一冊の本を持ってきた。
「この前暇つぶしによんだ時にそういうのが……あったあった」
ひとねが開いたページに載っていた怪奇現象の名は「狸寝入り」
「この怪奇現象は取り憑くタイプだね。取り憑いた相手を幽体離脱させ、最後にはそのまま本当の幽霊に……殺してしまうモノだ」
「殺す!? 僕は死ぬんですか!」
「まあ、大体四日でな」
「明日の夜でおしまいだ!」
男が声をあげる。そろそろ男と呼ぶのも面倒だな。
「あの、名前は」
「無駄だ」
答えたのはひとね、彼女は続けて口を開く。
「記憶がない、そうだろう?」
男は頷く。
「なら狸寝入りでほぼ確定だ。確証は……解決を持って証明するしかないかな」
「その……解決方法はわかるのですか?」
「ああ、狸寝入りはとても単純なものだ。君を探せばいい」
「……?」
俺と男の頭から疑問符が浮かび上がる。
「本体の君、君の身体を探し出してはいればいい。それで狸寝入りはおしまいだ」
「……そんだけ?」
「それだけ」
「じゃあただ家に帰ればそれで……」
ここで言葉を止める。そう、そんな簡単に解決したのでは伝承としても伝わらない。狸寝入りなんて名前はつけられずに幽体離脱として処理されるはずなのだ。
俺が気づいたその問題。ひとねはもちろん男も気づいたようで、男は頭を掻きながら俺たちに問うた。
「僕は……どこに帰ればいいんでしょう?」




