眠り電車
「全く……まだ着かないのかい?」
ひとねがまた太ももを叩き始めた。同じ所ばかり叩くのだから地味に痛い。
「そうだな……とりあえずヤメろ」
「嫌だね」
窓の外は田んぼや畑ばかり、しばらく乗っていない間に建物が立って景色が変わる事はあっても……これは無いだろ。
「こんな所あったかなあ」
呟くとひとねも窓の外を見て
「本当にこんな所は無かった?」
「俺の記憶にはこんな場所は無い」
「君がそう言うのなら無いのだろうね、だとすれば……あっ!」
ひとねが声を出して前の方を指す。
ひとねが指した方向を見ると駅のホームが見えた。とりあえず駅には着くわけだ。
ならばここの駅の名前を見て、それを元に電車を見直せばいい。
記憶力がいい俺でも間違えることはある。いくら記憶してもその記憶した物が間違いなら意味は無い。
「……止まるようだね」
電車がスピードをゆっくりと落として行く。
電車が止まり扉が開く。モワッとした生ぬるい風が電車に入りこんできた。
「えっと……ここは?」
車内を少し歩いて窓から駅の名前を見る……ダメだ、滲んだインクのようになっている。
戻ってひとねに伝える。
「読めない? ……成る程ね」
ひとねは何か納得したように頷いた。
「何かわかったのか?」
「そうだね……とりあえず周りを見てごらん」
言われた通りに周りを見る。
寝ている主婦に寝ている子供……あれ?
「皆寝てる……?」
「その通り、これは怪奇現象の定番、異世界に迷い込んだってやつだろうね」
「異世界……?」
「そう、まあ普通に対処するならこのままこの電車に乗り続ければいいんだけど……」
そう言ってひとねは自分の腹を抑えた
「そろそろ私はお腹がすいた」
そういや限定スイーツの為に昼は控えめだったな……
「飴ならあるけど、いる?」
「要らない、というより飲み食いは禁止だ」
「えっ……」
「資料が手元に無い以上、覚えている限り禁止されているものは守る方が良い」
禁止……か。そっち関係の知識は無いからなあ。
「てかさ、何で俺達だけ起きてるんだ?」
ひとねは溜息をついた
「私が手助けした事に気づいて無かったのかい?」
「手助け?」
「ずっと叩いていたのは何の為だと思っているんだ」
「……あっ」
成る程、ひとねは俺を叩く事で怪奇現象による眠気を感じさせ無いようにしていたのか。
……本当に?




