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はてさて、それにしても勉強か。
俺は勉強に関して結構不真面目だったからなぁ。
人類側は基礎学問として、国語、算術、歴史、魔法学の四つを必ず学校で教える。
国語算術歴史に関しては幼き頃の俺もまぁ、しっかりやってた方なんだが、如何せん魔法がダメダメだった。
体質的なものなのか、それとも生前の俺が下手くそなだけだったのか……まぁ、つまり魔法を全く使えなかったのだ。
とはいえ、魔法が使えなかったおかげで見切りなどといった技術も身につけられたのだがな。
「にしても、魔法か」
本屋の屋台から出て、歩きながらそう独り言ちる。
魔法――。
火水風土光闇の攻撃六種、それから治癒硬化加速探知の補助四種。
計十種類が存在する、大気中のマナをエネルギーにして現象を起こす神秘の技術だ。
この魔法の力量は魔法親和性というものの高さに依存する。
これが高ければ高いほど強力な魔法を使えるのだ。
ちなみに、鬼牙族の魔法親和性は最低ランクである。
それはさておき。
さて、この十種が基礎魔法。
そして、魔物のなかにはジッコの様に固有魔法という従来の魔法体系に一切関係のない魔法を扱うものもいる。
これは、森精族が言うには本来人間が使えない魔法を無理やり使えるように体系化したのが人類の使う魔法で、本当の魔法というのは魔物の使う固有魔法なんだとか……。
うむ、よくわからんな。
ただでさえ俺は魔法を得意としていなかったのだからなぁ。
ただ、鬼牙族が魔法を教えないのは、俺が知っている魔法が人類が体系化した魔法だからなのかもしれないな。
人類のものなど使えるかー的な?
もしくは人類魔法を知らないだけかもしれない。
「……この……異人が…!」
「……おま……ひとご…………」
「……やめ………ごめんなさい…」
「む?」
歩いていた拍子に、何か聞こえた気がした。
気のせい……ではないな。
「……だれか………助けて…!」
助けて――その言葉が聞こえた瞬間に俺は周囲を”見切った”。
空気の流れ。
人の流れ。
音の流れ。
常人では感知しようがないほどの微かな振動までも、すべてを感じ取る。
「――見つけたぞ」
ここから三時の方向に四百メートル。
目標を確認し――走り出す。
「はっはっは……」
っち、なんとやりづらい体なことか!
生前は一キロ走り続けようと全く息が上がらなかったというのに、この身体ではたった二百メートルで悲鳴を上げる!
情けない、情けないなぁ!
それでも、四百メートルを走りきり、見つける。
いたのは、鬼牙族の少女と、それを囲む三人の鬼牙族の少年たちだ。
双方、まるで人のようななりをしている。
あえて言うならば、今まで俺が見てきた中で黒髪しかいなかった鬼牙族のなかで、その鬼牙族の少女だけは金髪だったということだけが不思議ではあった。
さて、この少年共。
この女子に等々殴りにかかったようである。
「ごめんなさい………ごめんなさい……」
さて、この征王。
流石に女子に殴りかかる男は容認することはできんなぁ――。
「――セィ!」
「ぐっはぁ?!」
走った勢いを利用してそのままとび膝蹴りをお見舞いしてやる。
少年のひとりは向こう側に飛んでいった。
……まぁ、流石に痛かろうな。
「さて、小僧ども。流石に集団での…しかも、女子いじめは良くないと思うぞ?」
金髪の鬼牙族の少女の前に立ちながら、構えをとる。
本当は慣れ親しんだ剣か何かがあればよかったのだが、流石にそんなものはなかった。
あっても大人げないだろうし、使わないかもしれないが。
「あ、ゼノ!……てめぇ、なにしやがる!」
ふむ、どうやらさっき俺が吹っ飛ばした男はゼノというらしいな。
「口上は先ほど述べたはずだがなぁ。女子相手に殴りかかるとは何事か、っとな」
「いってて……。この女ァ!何しやがる!」
「む?復活速いな」
いや、違うな。
こいつの身体を見切るってわかったが、こいつ――ゼノの身体が強いわけじゃなくて、俺の跳び蹴りが弱かったのだ。
なんと脆弱なことか…。
この身体も大人になればちゃんと強くなるのか?
いやしかし、メイはあんなだったし……。
鬼牙族の成長システムがよく分からない。
もしや、男と女で成長形態が違うのか?
事実、ギージとメイの身体つきは天と地ほどの差があるしなぁ。
ギージは俺がよく知る鬼牙族の身体であり。
メイはまるで人間だ。
「女の癖に男の鬼牙族の前に立つとはいい度胸だな、おい!」
ゼノの隣の少年――名は知らん――が言ったその言葉を鼻で笑う。
「男尊女卑か?流行らんぞ」
俺のその言葉に。
「(ぶちっ!!!!)」
あ、キレた。
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
叫んで、そして殴りかかってくる。
それに対し、俺は。
「あ、ほいっと」
少年の拳を掴んで、拳を起点にして大ジャンプを行う。
すると、俺の身体は少年の顔面のすぐ近くに浮き上がる。
そのまま、膝を少し顔面前に出してやり……そして。
「ガゴッ?!!」
バキっという音を立てて少年の顔面に膝が突き刺さった。
……まぁ、全体重を乗せた一撃のカウンターを喰らったわけだし、そりゃ顔面に刺さるよな。
――なにをしたかというと……。
俺は、先ほど非力なことを理解した。
だから、非力でもできる戦法を行ったのだ。
簡単に言うと、相手の力で勝手に自滅するようにした。
先程の例でいえば、俺はただ進行方向に膝を置いただけである。
その膝に突き刺さる勢いで突っ込んできたのは少年だ。
俺は何も力を加えていない。
「うむ。非力でも戦うことはできるな」
物は考えよう、だ。
「非力でも……?」
ん?
後ろで何か聞こえたような。
これも気のせいではないだろう。
「どうした、お嬢さん?」
振り向いて訊いてみる……その前に。
彼女の、あまりの美しさに絶句した――
透き通る金色の髪。
緑色の、まるでエメラルドのような瞳。
右側の額から生える、可愛らしく、そして何故か淫蕩な気配を漂わせる黒色の角。
揉めたことで破けたのだろう服から見える、豊満な乳房。
それとは対称的に痩せ細った身体つきが、淫靡さを強調している。
あぁ、なんと美しい……。
「よそ見してんじゃねぇ!」
「っぐぅ?!」
しまった、あまりにも雰囲気に呑まれ過ぎた!
一瞬の浮遊感…そして、飛ばされた先にいた少年に両腕を掴まれる。
「……痛いな」
持ち上げられてしまった。
力を入れてみるも…ふむ。
動かない。
「はは!人殺しの子供を助けるからそうなるんだ!女のくせにな!」
「だから男尊女卑は流行らんと……む、人殺し?」
なにやらきな臭い単語が出てきたが……。
「なんだ、お前。知らずに助けてたのか?」
「こいつはな、親が人殺しなんだよ!」
ゼノと少年たちが一斉にいう。
「…人殺し、ねぇ」
チラッと少女を見る。
ちょうど彼女もこちらを見ていたらしく、目が合うと、脅えたように、すぐに逸らしてしまった。
感情を見切った感じでは、俺が人殺しの子供である自分を軽蔑するのではないかと思っているようだ。
――そんな風に心を閉ざしているのが。
脅えている様を見るのがおれは厭で。
だから、助けようと思う。
何故なら俺は。
生まれ変わっても”征王”であることに変わりはないのだから―――。
では。
ふむ、そうだな。
それでは、少年たちに俺の疑問をぶつけてみるとしようか。
「――で、親が人殺しだからどうしたのだ?」