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姫と、師匠の最後の命を決して聞かないだろう二人を引きずって、今まで進んできた道を全力で駆け戻る。
他の騎士たちには、命を破れば私がここで貴様らを殺す、といってある。
少し厳しいだろうが、師匠の行動を無駄にさせるわけにはいかないのだ――。
あの人はもう長くない。
魔王ベルゼブブに毒を受けた。
かの魔王の毒は、半日で骨まで解かす毒といわれている。
それを受けて、なお動ける師匠はさすがの一言にすぎるが……人間である以上、必ず限界というものは訪れる。
客観的に見てた私よりも、師匠の方がそれは分かってるだろう。
だからこそ、私に撤退させるように伝えたのだ。
「―――く、そ……」
……冷静になど考えれるか。
あの人は戦争孤児だった私を拾って育ててくれた。
今までの15年間、ずっと一緒に訓練し、助け、見守ってくれた。
「くそくそくそくそくそぉぉぉ!!!」
親、だったのだ。
私の見た一番かっこいい男で、最強の男だったのだ。
私がもっと強ければ、あの人を救えた。
魔王を斃せるくらい強ければ――。
「僕たちは、あの人にまだ何の恩返しもしていない……」
チェックがぼそりという。
……あぁ、そんなことわかってるんだよ。
「ただ、逃げているだけだ」
分かっている。
これがまぎれもない敗走だということを。
「僕たちは、もっと強くなければいけない」
私たちは後悔を噛み締めた。
そんな中、アリア姫はずっと”征王”リングスウェイを見ていた。
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仲間たちは安全圏に逃げることができたようだ。
「俺の勝ちだ、ベルゼブブ」
勝手に定めた、俺の勝利条件は仲間を逃がすこと。
なればこそ、――俺の勝ちだ。
「……あぁ、良き生であった」
八歳で聖剣”不滅の刃”を手にし、四十年がたった。
愚直な青年はいつの間にか”征王”と呼ばれる男になり、息子、娘とも呼べる弟子たちもとった。
よく戦い、良く生き、よく楽しんだ。
敵を殺すこともあれば、見逃すこともあった。
味方に殴られたこともあったし、喧嘩したこともあった。
「しかし――」
しかし、一つ後悔があるとすれば。
結局、争いをなくすことができなかった、これだけが心残りだ……。
この子供の夢こそが、俺が剣を手に取った理由なのだから――――――
***
「……ジー君。かえろうかー」
「…は」
主君、ベルゼブブ様に言われこの場を去る。
かつて”征王”と呼ばれ、我が同朋たる魔物たちを脅かし、そして私自身とも何度も争った男はもういない。
その男だったものは、私の目の前で既に亡骸となっている。
手にした聖剣は朽ちた岩へと姿を変え、その傍らには、彼の愛馬が寄り添っていた。
心に何か引っかかる感覚を覚え、なんとなしにその場にいた鬼牙族の男に命じた。
「貴様。名をなんというか」
「ハ。鬼牙族リアラ村が長、ギージ・リアラであります」
鬼牙族の男らしい、野太い声で私の質問に答えるギージ。
「あー、なんだ、その。こいつを埋葬してやってくれ」
「は、埋葬、でありますか?」
「……いや、私は何を言っているのだろうな。忘れてくれ」
そう言いのこし、去ることとした。
……何故私があの時あんなことを言ったのか、今でもわかってはいない。
***
その日、人類は一人の勇者を喪った。
”征王”リングスウェイ。
数々の魔物を討ち倒し、魔界を征服して、人類の領土を広げた立役者。
そして、敵である魔物にも心を寄せ、まずは対話から入った奇人。
齢48歳にして天寿を全うした、偉大なる勇者であった―――。