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「行こうぞ、我らが騎士たちよ!!!!」
俺の言葉に湧き上がる同志たち。
”征王”リングスウェイ。
数々の武勲を打ち立て、敵を理解しつつも征服していく。
その行動からつけられた、俺の二つ名。
さて、そう呼ばれだしたのはいつからだっただろうか。
まぁ、いい。
いつからよばれていようと俺に関係はないのだ。
「我らが姫を、救出するのだ!!!」
俺がやることはただ一つ。
人類を守ること!
決して負けてはならぬ。
決して屈してはならぬ。
決して奪われてはならぬ。
我らは奪うもの。
我らは勝利するもの。
我らは屍を上に屍を重ねるもの。
ゆえに我が二つ名は”征王”。
既に40は超えたかと思われるその貌、皺。
携えるは巨大な白銀の剣。
鍛え上げた、筋骨隆々の肉体。
その肉体に刻まれた無数の傷跡。
その全てが我が誇り!
愛馬シャーリーにまたがり、先陣を切って進む。
掛け声をあげ、我が配下の騎士とともに魔界の奥へと向かう。
―――攫われた姫を救出しに―――。
時は少しばかりさかのぼる。
魔界に、七大魔王というものがいるように、人類側の大陸、”天地”にも人類をまとめる十王という者たちがいる。
此度の事件は、その十王の直径の娘であるアリア姫が攫われたことに起因する。
姫を攫ったのが七大魔王が一柱、蠅王ベルゼブブの誇る隠密部隊……つまり魔物だ。
姫が攫われたと気づいたときにはすでに遅く、その身柄は魔界へ入ろうとしていた。
魔物――。
魔物にももちろん知性はある。
姿かたちや造形、生態が違うだけで確かに同じ生物なのだ。
さて、その知性ある魔物の王がわざわざ攫う、アリア姫。
その理由は、というと恐ろしく簡単なことだ。
人類への取引、である。
直系の娘、しかも十王のなかでも最大の国を持つガーランド・D・フェリアル王の娘。
彼女が殺されることによっての人類側の損害は、士気及び国の威信の低下等々、多岐にわたる。
もちろん、人類側はそんな、”取り返し”がつかない状況になる前に手を打たなければならない。
その、手を”打った”結果が、”征王”の出撃ということだ―――――。
今では随分と曖昧になった魔界と天地の境界線を越えて、アリア姫の捜索を行う。
このアリア姫。
ガーランド王のお抱えの宮廷魔法使いによって探知の魔法が掛けられている。
手元の金属板を見れば、この位置からどのくらいの場所にいるのか瞬時に理解できるようになっているのだ。
金属盤を見ると、姫はなかなか離れたところにいるようだ。
む、これは無理やりなショートカットを使用しないときついだろうか。
そう考え、俺が執った三人の弟子のひとりであり、騎士団のなかで参謀役をこなすチェックに尋ねてみる。
「なぁ、これは間に合わなくないか?」
「そうですね、王。ベルゼブブめがなにに姫を使うのかはわかりませんが……どちらにしてもこのままのペースで行くと姫に追いつく前に魔王の居城に到達してしまうかもしれません」
それはまずいな……。
昔魔王と打ち合ったことがあったが、俺と同じくらい戦闘経験を積んだ勇者が五人、そしてそれを補助する大魔導士が三人と、あと圧倒的な敵量に対抗するだけの物量がないと魔王とはまともにやり合えたものじゃない。
つまり、魔王の居城に入られたらBADENDっつーこと。
これはショートカット確定だな。
「よぉし、行くぞ!!!」
シャーリーの手綱をとり、今まで進んでいた道から少し外れる。
「多少荒っぽいけもの道だが……貴様らならこえられるな?!」
「「「おぉぉぉ!!!」」」
「うむ……ならばよし!!」
心地よい歓声を背後に、さらに加速する。
そのまま俺たちは道なき道を奔っていった。
やがて開けた土地に出る。
そこからさらに少し進むと、そこには影でできた馬にひかれた馬車があった。
「あれですね」
三人の弟子の一人、ウェルスと話す。
ウェルスは、もっとも最初期にとった弟子であり、魔物でありながら人類とともに魔物と戦う種族、月狼族の少女だ。
単純な戦闘能力であれば、三人の弟子のなかで最も高い。
「うむ。ベルゼブブの配下であるジッコもいるな」
ジッコ。
吸血鬼の魔物であり、ベルゼブブ秘蔵の隠密軍の隊長を務める男。
血色の悪い肌をした、影の魔法を好んで扱う魔物だ。
奴とは何度闘ったことか……。
しかし、アリア姫の居場所を目視出来た。
金属板、そして俺の勘もあの場所のなかに姫がいると指示している。
ならば細かいことはどうでもよし!
「王!危険です、戦闘は私が!」
「なにを言うか!自ら先陣に立ってこそ長の定めだろう!」
チェックの気持ちもわかるがな。
確かに俺の様に上に立つものがやられたら危険だろう。
しかし、自ら敵へ向かい、相手を打ち倒すことがおれの生き様。
これは今更代えられない。
「せぇぇああああぁぁぁぁぁ!!!!」
雄たけびを上げて影の馬車へと向かう。
俺の上げた声に、ジッコが驚いた顔をした。
「”征王”……。もう少し遅いと予測していたが……」
「ハハ、ジッコぉ!何度も戦ったわりには俺を理解していないようだなぁ!」
巨躯を誇るシャーリーが力強い蹄で大地を蹴る。
高く跳びあがり、一直線に馬車へと向かう。
「……貴様という男のことは、いやというほど理解している!」
果たして、その言葉に嘘は無いようである。
ジッコは自分の予想が悪い方で裏切られるのが分かっていたのだろう、あらかじめ展開していた魔法で短い距離――といっても100mほど――を瞬間移動した。
「……我が配下よ、出で――」
「遅い!」
「っく?!」
唐突な瞬間移動。
しかし俺はその場所へすでに巨大な石礫を投げ込んでいた。
ジッコの瞬間移動魔法のカラクリは、影から影へ移動する、というものだ。
しかし、もちろん制約はある。
まず、100メートル以内の影へしか行けないということ。
そして、その転移する物体全てが影のなかに収まり、かつ出現場所も同じように――つまり影のなかに転移する物体が収まる――影があること。
この開けた土地には数えるほどの影しかない。
ならば、出現場所も理解できるのも道理だろう。
まぁ、いくつかの出現場所のうち、最終的にどこに出るかは勘で選んだがな!
「――これだから貴様の勘は厭なのだ!」
「呵々!勘ではない。”見切り”だ!」
見切り。
俺が無数の戦闘を行うことで自然と身に付いた戦闘技術。
まぁ、実態を言ってしまえば高度な勘だ。
しかし、この勘というもの、これが侮れないもの。
勘は本来、拾った情報を、経験の積み重ねによってあいまいに察知する人間としては当たり前の感覚だ。
俺はそれを高度にしたものであり、相手の行動、視線、意識などから流れを読み取り
先読みを行う。
ようは力の流れを”見て”、それを自在に”切る”という術だ。
だからこそ、”見切り”――。
しかし、この見切りによって、先ほどの投擲は失敗に終わったことを察した。
ジッコを中心に、影が広がる――――。
巨大な影からは、無数の魔物たちが這い出てきた。
「お得意の”監獄”ですか」
「そのようだな。……これはまたずいぶんの魔物たちを連れているようだが」
背後から追いついてきた男、三人の弟子のひとり、シリアが言う。
彼は、月狼族と同じく、人間とともに魔物と戦う種族である”森精族”出身の男で、高度な魔法を操る。
「多量の小鬼族に鬼牙族。訓練された魔獣に……おいおい、数は少ないが吸血族もいるぞ」
「それだけ此度のアリア姫誘拐に全勢力を注いでいた、ということですかね」
「かもな」
小鬼族も鬼牙族も、魔物の等級表(人類が勝手につけた物だが、今では魔王軍も採用している。使用するのは軍編成の時などだ)では最下位に属する魔物だが、数が集まればそれだけで十分な脅威となる。
――それ以前に、集まった魔物たちにも当然のように仲間や妻、子供がいる。
「むぅ……なるべくは殺したくないのだがな」
「王、甘いです。ここは戦場なのですから」
チェックに窘められる。
まぁ、そうだろうな。
「まぁ、そんなところが師匠のいいところなんでしょ?師匠はそれで剣線が鈍ったりしないしね」
チェックの言葉に返したのはウェルスだ。
「たとえ鈍ったとしても、僕たちが先生を支えればいいだけだろ」
シリアも言う。
「「違いない」」
「おい、俺が鈍ること前提かよ」
失礼な弟子だな、まったく。
さて、そろそろ戦場に目を向けようか――