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6、仲居さんと黒徒


 「さて、一日目の修行が終り成果は深翠ちん、美華ちゃん、リリーナちゃんが新たな神霊を手に入れたわけですが! おい野郎共! 女の子に先越されて良いのか!?」 

 熱い眼差しを岳達に向ける黒徒。何故か若干テンションが高い。ついでに言うと時々腹部を擦っている。先ほどの慈ヶ崎の肘が相当利いているらしかった。

 今回は、高坂がレベル2の下級精霊ハイピクシーを、美華とリリーナが下級悪魔サキュバスを手に入れた。

「抜かせ。越されるもどうも運次第じゃねえか」

 呆れ顔の亞紋が溜め息混じりに呟いた。それがわかっている亞宮や岳は一切気になどせず、夕食を楽しんでいた。

「しっかし美味しいなここの飯」

「そうだね。この鮭とか特に良いかな。多分近くの川で獲れるんだと思うけど……都会じゃ食べられない自然の味だね。この大根おろしとか山菜系にも良く合う」

「この味噌汁も最高だ。この絶妙な加減の合わせ味噌と豆腐とわかめだけなのもわかっている」

 岳、亞宮、カースの三人は黒徒の話を一切無視し、夕食を最優先に楽しんでいる。美華達も、黒徒の話は気持ち程度に聞いて夕食を楽しんでいた。

「……なんてこった」

 誰も真面目に自分の相手をしていない事に今更気付いた黒徒は音を立てて膝から崩れて行った。しかし、大げさにやったこの動作ですら適当にあしらわれる始末。

「ぐぬぬぬぬぬ……」

「唸ってないで飯を食え飯を。作ってくれた人に迷惑だろう? そんなこともわからないのか部長様は」

 亞紋が冷めた目付きで黒徒にそう言った。この言葉に返す言葉が見つからず、唸りつつとりあえずは食事に集中することにしたのも束の間、黒徒は何かを思いつき亞紋の方を見た。

「ていうか亞紋君。君年下だよね? 僕上官だよね? 当たり強くない? ねぇ?」

 黒徒の「?」の多さに若干イラっと来たのか、亞紋は黙って黒徒の焼き鮭を奪って一気に食べた。

「あ、あぁ……! オラの焼き鮭ぇっ!」

「だからうるせえっての。ほらきのこやるから。椎茸好きだろ部長」

 大きく口を開け、うろたえる黒徒の口に山菜と一緒に皿に盛ってあった椎茸をありったけ放り込んだ。

 そして実際のところ、黒徒はそんなに椎茸は好きではない。

 黒徒は放り込まれた椎茸をとりあえず食べる事にしたが、量が量なだけに結構な時間を掛け咀嚼し、やっとの思いで飲み込んだ。

「な、何するのさっ! 酷くない!? 別に俺椎茸好きじゃないから!」

「はぁ……部長、その一人称ちょいちょい変えるの止めてくれ。気持ち悪いしうざい。それに俺達はこういう関係だろ? 昔からよ。幼馴染なんだからそれ位許容しろって」

「幼馴染は免罪符にならないからな?! まぁもう良いよ疲れたし!」

 見事な免罪符だった。

 それからも、騒ぎは続いた。黒徒は様々な人間に絡み、見事に厄介払いされた。唯一の望みらしい慈々崎へ泣き付いたところ、これまた綺麗に流された。

「何で皆の前であんたを受け入れなきゃいけないのよ」

 二人きりなら構わないらしい。

「ぐぬぬ……まあ仕方ない。では諸君! ちょっと真面目な話をしよう!」

 唐突過ぎる黒徒の発言に亞宮達は小さく口を開いたまま固まった。

「何を言い出すんだ突然。第一真面目ってなんだ」

「それぞれの戦う理由さ」

 相変わらず顔は笑っている。が、声が一切笑っていなかった。

 全員の表情が固くなる。

「いやあ皆結構面白い理由がありそうだからね。僕はそういう人間を集めたつもりだよ今年の一年生とか特にね。だろ? 亞宮君」

 皆の表情が強張る中、一人亞宮はどうでも良さそうな顔でお茶をすすっていた。

「……そうなんじゃないですか?」

 気の抜けた声。心底どうでも良いようだ。

「じゃあ亞宮君から聞かせてもらおうか? 構わないかい?」

「えぇ。良いですよ。別にそんな難しい話じゃないですから……」

 そう言って亞宮は話を始めた。しかし話は一言で済まされた。

「俺は何も考えてませんよ。楽しければそれで」

 戦う理由。それは人それぞれ違う。これは至って当たり前のことである。強くなりたい、誰かを助けたい、強くなって誰かを見返したい、「審判」が始まってからと言うもの、そう言った理由で神逆社学園に入る者が殆どである。ましてや楽しく生きたいと願う者は学園に近づこうともしない。なのに亞宮は楽しく生きるためにこの学園に入ったと言う。

 この時ブラッドサーカスの面々は、亞宮の奥底に潜む計り知れない何かを強く感じていた。

 ただ一人を除いて。

「ぉお? まさか同じだとは思わなかったよ……君も相当の奇人変人だねっ」

 そう言って満面の笑みで拳を突き出し親指を立てる黒徒。

 亞宮は突き出された拳を下から叩き上げる。黒徒の親指はそのまま一直線に眉間へ。

 響き渡る悲鳴。直後それを掻き消す笑い声。

「み、眉間がぁ……僕の眉間がぁっ……!」

「ふざけた事抜かすからですよ。いい気味ですね」

「一応君がやったんだよ? なんで第三者っぽいの!?」

 それ以上亞宮は返事をしなかった。小さく鼻で笑って踵を返し自分達の部屋へ戻っていく。それを皮切りに岳達も部屋へ戻り、最終的に黒徒一人が取り残された。

「や、やっぱり僕の扱いおかしいよね……僕隊長なんだけどなぁ……一応個人戦績一番高いんだけどなぁ……うぐぐ……眉間が疼く……遂に僕にも第三の眼がっ!」

 そんな中二的現象など起こる訳も無く、己の親指の爪が食い込んで血が滲んでいるだけなのである。

「あ、あはははは……か、片付けますね」

 と、ちょっと自分でもしなければよかったと思い始めた頃、引きつった笑顔でこの宿で働いている仲居さんが入ってくる。黒徒は核心した。

 ――見られた――と。

 引きつった笑顔のまま、そそくさと片付けをしていく仲居の女性。

「は、はははー、な、なんちゃって、ね、あ、あは、あはははは……」

 どうする事もできず、黒徒はぎこちない動きでその場を後にした。

 この日、黒徒は誰よりも早く床に就いた。

 そして誰よりも遅く起きた。

 翌朝、黒徒は先日気まずくなった仲居の女性によって起こされた。

「……繰空様、起きてください。皆さんが広間でお待ちです」

「……ん? あぁ、はいはい……って……!?」

 黒徒が女性の顔を忘れられる訳も無く、慌てふためき身体を起こした黒徒は寝巻きのまま部屋を出て行こうとした。

「あっ、お待ちください!」

 声を掛けられ、思わず肩が跳ねる黒徒。恐る恐る振り返ると、差し出されたのは着替え。ここで自分が寝巻きである事に気付く。更に恥ずかしかった。女性は黒徒が着替えを受け取ったのを確認すると、黙って部屋を後にした。

「ふ、ふぅ……落ち着け……落ち着け、俺……恥ずかしくない……ちょっと中二っぽい事言う位普通……普通……普通……いや、しかし知らない人に聞かれると中々くるものがあったなぁ」

 何とか心を落ち着かせ、できるだけ急いで着替え部屋をでた。すると、そこには先ほどの女性。突然の事で黒徒の肩が再び跳ねそうになる。なんとか平然を装い、先日からの気まずさを感じさせないようにしようと決めた。

 直後、女性の言葉に黒徒は耳を疑った。

「ふふっ、第三の眼は開眼しましたか?」

 柔らかい笑顔でそう言った女性。どうやらこの人の心臓は毛が生えているどころの騒ぎではないらしい。

「あ、ははははは! 残念ながら!」

 無理にでも笑って誤魔化す黒徒。どうやらメンタルでは女性の完全勝利の様だ。

 それから、黒徒は女性に付き添われて広間へと向かう。黒徒は広間の場所をわかっているはずなのに、女性が何故着いて来たのか? 黒徒は疑問に思った。ここで一つの可能性が脳裏に過ぎる。

 ――あえて僕をからかう為だけに待っていたのではないか。

 もしそれが本当だとすれば、亜宮や黒徒も相当変わっているが、わざわざ見ず知らずの人間をからかう為だけに起こしに来た上に着替えを待っていたこの女性も相当の変わり者である。

 横目で女性を確認すると、少し楽しそうに笑っていた。恐らく予想が的中しているであろう事を黒徒は確信した。

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