3、友人
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。亞宮と岳の模擬戦から約三時間、時刻は既に一時を過ぎている今、生徒達はまだ闘技場に残っていた。
「……なあ」
げんなりした顔で岳が呟く。
「言わないで」
「……でもよ」
諦めない岳。
「言ったら蹴り飛ばすわよ」
「……い、いや……でも、でもさ……」
決して諦めない岳。
「もう終るんだから黙っててよ。気にしないようにしてるんだから」
半分目が死んでいる亞宮が岳を睨む。岳は亞宮の目を見た瞬間声が出なくなった。
今、亞宮達三人の目線の先では最後の模擬戦が行われている。峰月輪廻対ルルイエ・アーデルセントの戦い。
「ま、参りました……」
この試合が終るのは早かった。峰月輪廻が憑依経験者だったからだ。憑依経験者の出る模擬戦が終るのは早かった。相手が未経験者のため、あっさり決着がつくからだ。でも、経験者対経験者や、未経験者対未経験者の場合少し違う。結論から言うと、時間が掛かるのだ。お互いの実力が均衡しているが為に、我慢比べになってしまい一試合の時間が凄く長くなる。
「はぁ……お、終った? ハイ! かいさーん!!」
この闘技場で一番弱っていたのは坂上だった。最後の模擬戦が終った瞬間、解散を宣言して闘技場から走り去っていった。
「あー……やっと終ったわ……ほら、アンタも起きなさい」
リリーナが美華の頬を叩いて起こそうとする。
「んんぅ……」
美華はリリーナの手を退けて一行に起きようとしなかった。溜め息をつくリリーナ。その溜め息と同時にリリーナ達三人のお腹が呻きを上げた。
「とりあえず食堂へ行かない? 猫目さんは俺が背負うからさ」
亞宮の提案に岳が異議を唱える。
「猫目さんは俺に任せろ! 亞宮だけに良い思いはさせはせん!」
そう言って岳が美華を背負おうとした時。
「んー……」
手を叩かれてしまった。この出来事がショックだったのか、岳は叫びながらどこかへ走って行った。
「……行きましょうか」
「そうだね」
二人は岳の事は無かった事にして、亞宮が美華を背負い、三人で食堂へ向かった。
食堂に着くとそこには見慣れた顔がうどんをやけ食いしていた。
「あれ、岳も結局食堂に来たの?」
「これが食わずに居られるかっての!!」
岳は既に三杯ほど食べている様だ。亞宮はメニューと岳の食べているうどんを見比べて一言。
「やっぱりやけ食いって言うだけあって一番安いの選んでるね。実は結構冷静なんじゃない?」
「んごふっ!!」
岳が口の中のうどんを思わず吹き出しそうになった。その後、恥ずかしそうに「そんな事ねえよ」と亞宮達の居る方と反対側を見ながら呟いた。
「……ご飯の匂い!」
亞宮の背後から突然大きな声が聞えてくる。美華が食べ物の匂いに釣られて目を覚ましたのだ。
「あぁ、起きた? 猫目さん」
「ふぁっ!?」
美華は亞宮との顔の近さに驚いて暴れた。一瞬落ちるかとも思ったが、亞宮が何とか耐えきり難を逃れた。
「美華、約束は覚えてるわよね?」
亞宮に背負われた状態の美華の肩が跳ねる。そして美華は「完全に忘れていた」と言わんばかりの表情をした。
「あ、あぁ……あ、あああああああああー!!」
少ししてから美華は後悔と絶望の混じった声を上げた。それはもう食堂中に響く位。
「落ち着いた?」
「はい……すみませんでした」
食堂の椅子の上で正座をさせられ、落ち込んでいる美華に対し、リリーナは微笑みながら
「ならさっさと私達の分の食事を買ってきなさい」
「容赦ないなっ!!」
美華がリアクションをとる前に岳が声を上げた。リリーナは岳に対して「ん?」と睨みを効かせた。すると岳はさながら蛇に睨まれた蛙の様に固まってしまった。亞宮はそんな岳を哀れな物を見るような目で見守っていた。
「っていうか私達ってどういう事? あ、一緒に自分の分も買って来いって事か。案外優しいね」
「へ? 何を言ってるの? 私と貴方の分に決まってるじゃない」
「はい?」
亞宮は空いた口が塞がらなかった。一体何を言っているのか、何故ここで自分の名前が出たのか、一向に理解が追いつかなかった。
「当たり前でしょ。私には約束、貴方には寝てる時にもたれかかったり、挙句おぶって食堂まで運んでもらったりで迷惑かけたんだしお詫びとお礼で一食奢る位普通でしょ?」
「え、いや別に俺はそんなつもりじゃ……」
「あ、いや! 亞宮君にも奢らせてください! お詫びとお礼を兼ねて!」
と、美華が元気良く言うと、リリーナが「うるさい」と正座で痺れている足を突付いた。
「にゃうっ!! す、すびましぇん!」
「ほら、いいから買ってきなさい。別にアンタの分買ってきても良いから」
「は、はいっ!!」
美華は勢い良く立ち上がり、一歩踏み出す。さっきまで正座をしていた上に、慣れない正座で痺れている足ではこの一歩を耐えられる訳もなく、美華はそのまま転んだ。
「だ、大丈夫?」
「へ、平気です! ま、任せて下さい!」
不安そうな亞宮と岳とは反対に、リリーナは必死に笑いを堪えていた。
「俺も一緒に行くよ。さすがに三人分は持てないだろうし」
「い、いえ! そこまでしてもらうのは悪いですし大丈夫です!」
「さすがに奢ってもらう上にそこまではね」
「いえいえ!」
美華は話ながら前に進んでいる。亞宮はそれを利用して話を繋げてそのまま着いて行った。
「……上手いな」
「……そうね」
美華は、食事を頼む前、リリーナに何を食べるのかを聞くのを忘れていた事に気が付いた。それを知った亞宮は聞いてくるか訪ねたが、美華は首を縦には振らなかった。
「にっしっし……見てろリリーナめー……にゃっふっふっふ……」
そう言って頼んだのはラーメン二つと麻婆豆腐だった。そして麻婆豆腐には七味やら粉末唐辛子だのと、辛くなる物を大量に足してリリーナの元へと持って帰った
「何頼むか言われなかったから私のお勧め頼んできた!!」
そう言って美華はリリーナの前に激辛麻婆豆腐を差し出した。するとリリーナはにっこりと笑ってこう言った。
「私はそっちのラーメンを食べるわ。人に勧める位なんだから好きなんでしょう? なら構わないわよね? ねぇ?」
「へっ?」
リリーナは美華が反論する前にラーメンと麻婆豆腐を入れ替えた。それに、今の美華はリリーナに逆らえなかった。
「第一私達は今日初めてここの食堂に来たんだからお勧めなんてある訳ないでしょう。つくならもっとましな嘘をつきなさい」
「わ、私ちょっと急用が……」
そう言ってこの場から去ろうとする美華の肩をリリーナが掴む。そしてそのまま椅子へと戻した。
「食べ物を粗末にしては駄目よ? 残したら……」
「蹴り飛ばすわよ?」
楽しそうに美華の耳元で囁くリリーナ。美華はその言葉で全てを諦めた。そして美華は恐る恐る麻婆豆腐を口へと運んだ。
「に、にゃぁぁああぁああぁぁぁぁああぁぁぁあぁああぁぁあああぁぁぁぁ!!」