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一日一話

05/05 チェロニア・脱出

作者: 熊と塩

 もう三十日。もう三十日間も、彼らは閉じ込められていた。

 最新鋭潜水艇・チェロニアは偵察任務中だった。地上ではガソリン自動車に混じって馬も道行く最中、海、それも海底からの奇襲攻撃を仕掛ける事に成功したならば、大打撃を与えるのは自明の理であり、国の勝利は確実である。よって、潜水艇・チェロニアは量産化を待たず、航路を探るべく出動したのだ。

 しかし、チェロニアが海峡内を巡航中、突然の強い衝撃と共に、突然巡航不可能の事態に陥ってしまったのだ。動力は生きているし、浸水などの艇体の損傷も見当たらない。なのに一向に前進出来ないのだ。

 落石に挟まれた事を疑い、調査してみると、驚くべき事実が明らかになった。なんと、巨大な二枚貝にがっちりと挟まれていたのだ。恐らく、その驚異的な二枚貝は、貝の合間を擦り抜けようとするチェロニアのスクリュー音に驚き閉じてしまい、そのままになってしまっているのだ。

 脱出を試みたいが、下手に刺激してより強く締め付けられた場合、艇体が持たない。施策を練りつつ、貝が開くのを待っているのが現状だった。しかし、食糧に底が見え始めたし、酸素量も心配だった。皮肉な事に燃料だけはまだ十二分にある。

 乗組員はワン艇長を含め二十人。うち一人だけが女性だった。医師の女性は言う。

「艇長、このままでは埒が明きません。乗組員のストレスも心配です。国に家族や恋人の居る者が殆どです。私も、枕の下に拳銃を隠して眠るのには、そろそろ耐えられません」

 彼女の言う事はもっともだと、艇長は唸った。事実、艇長自身、この密室に長らく閉じ込められている事にも、今が朝なのか夜なのかを時計を見なければ知れないという状況にも、我慢がならなかった。時間が止まってしまった様で、苛立ちばかりが募る。

 しかしどうすれば良いのか。

「強行脱出しかありません」

 医師の女性は言う。いやいや、それは、と言い返したのでは、結局何も変わらない。そこで艇長は魚雷技師を呼び付けた。

「魚雷を使って何とか脱出を図れないものだろうか」

「つまりこのクソ忌々しいホタテ野郎を攻撃するという事ですね。それは無謀だと思います、サー。距離が近すぎます、サー」

 魚雷射出口のすぐ目の前に貝があるのだと言う。その状態で発射するという事は、即ち自爆と同じである。それに貝殻を攻撃したところで、それは根本的な解決にならないだろうと言う。

「ううむ、やはり、ダメか」

「私に考えがあります」

 としゃしゃり出たのは、医師だった。

「調査船の搬出口があります。この艇の真下です。そこから機雷を落とし、貝柱を破壊すれば、或いは」

 思い切った作戦である。これには魚雷技師が反対した。

「無謀です、サー。水の中は衝撃が伝わり易いのです。艇体が耐えられません。もしそれを回避出来ても、驚いた貝が艇を噛み潰してしまうかも知れません、サー。どうか、この無知な女の意見など聞かないで下さい、サー」

 医師と技師とが口論を始めている最中、艇長は腕組みをして考えた。そして決断した。

「よし、やろう!」

 このままじっとしていては暴動が起きかねないし、脱出出来るかも解らない。ならば、決死の覚悟で臨もうというのだ。


 乗組員達総出で、魚雷を三機チェロニアの中央にある調査船搬出口に運んだ。二機は爆薬を抜き、代わりに余剰燃料を詰め込む。そしてもう一機は、信管を外し、代わりに有線式の着火装置を取り付けた。

 艇長の計画はこうだ。まず貝柱の両端を狙い、燃料を詰めた機雷を打ち込む。この時貝の締め付けが強まる事が予想されるから、素早く最後の一機を真ん中に打ち込む。連鎖的に爆発を起こすことで貝柱を断ち切ってしまおうという作戦だ。これならば機体付近で大爆発を起こさずに済むし、内側から破壊する事によって確実性が増す。

 作戦は、見事に成功した。ぱっくりと開いた貝の口からチェロニアは浮上し、海面から頭を出したのだ。被害は最小限に抑えられ、僅かに浸水した程度で済んだ。

「諸君、よくやった! 我々は作戦行動に失敗し帰還するが、諸君らの勇気に対し賞盃一杯を許可する!」

 乗組員達はわっと沸き立った。やっと帰れると泣き叫び、やっと煙草が吸えると諸手を挙げた。あれほどいがみ合っていた医師と魚雷技師でさえ、互いを褒めちぎってキスを交わした。


 チェロニアが帰還すると、港の様子は大きく変わっていた。殺風景だった港に建物が建ち並び、船も多い。

「我々の帰還を待ちながら、軍備を強化していたのだろう。申し訳の無い事だ」

 艇長が表情険しく港に降り立つと、瞬く間に銃を持った兵士達に取り囲まれてしまった。

 しかも、その兵士達の服装や装備は、全く見た事も無いものだった。まさか、と思って尋ねる。

「我々は、戦争に負けてしまったのか」

「一体何を言っている」

 兵士が言い返す言葉は、チェロニアの乗組員達と同じ言語だった。確かに、兵士の胸や掲げられた国旗も同じだ。

 けたたましい音を立てて、何か巨大な鳥の様なものが、凄まじい速度で頭上を過ぎって言った。わあっと叫んで、乗組員達は咄嗟に伏せる。

「こいつら戦闘機にビビってやがる」

 兵士が呆れた様子で言った。そしてチェロニアの外壁に書かれた文字を見て、目を丸くした。

「アオウミガメ号!? 百年以上前に消えたやつか? そんな馬鹿な!!」

一日一話・第五日。

浦島太郎とバミューダトライアングルと海底二万里を足して十で割った感じ。

「海」のお題をくれたみいくさんに感謝を。

折角スーパームーンだったんだから月の話にすればよかった、なんて後悔は口に出してすべきではない。

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