運送社社長と「蟻塚」
一晩経ち、月が眠りこけ太陽がお仕事を始めるころ、あさ特有のどこか忙しそうな喧騒の中を縫うように歩きながら、朱鷺杜は職業斡旋所に向かっていた。
勿論、職を貰うためではなく、日雇い仕事を依頼するためである。
職業斡旋所、通称「蟻塚」。
ここには、大きく分けて三種類の人間が訪れてくる。
まず、朱鷺杜のように仕事のために人員が必要なため、依頼を出しにくる人間。
次に各地で依頼をこなしながら流れ歩く冒険者や、主に流れの行商人などの漂泊人達。
最後に、王都城下に住む人足などで日銭を稼いでいるゴロツキや失業者などだ。
朱鷺杜が今回職業斡旋所を目指して歩いている目的も、荷物の配達の護衛として冒険者や漂泊人を雇うことだった。
黒い働き蟻が大きな荷物を背負っている絵が掛かれた看板を掛けた扉を抜けて大きな店の中に入ると、外に負けないくらい活気のある喧騒が朱鷺杜の耳に向かって押し寄せてきた。
「いらっしゃ~い、東方の珍しい一品だよ~」
「我は、南方の城塞都市まで荷物を運んでくれる人足を探しておる、誰かおらんか~」
「俺の剣の腕を買ってくれないか?これでも元々は...」
「コケコッコー」
「旅の成功を祝って!カンパーイ」
ござなどに商品を広げ冒険者や町人相手に商売をするもの、次の行商のために隣町までの人足を募集するものなど、優に百人近くは人がいると思われる。
なかには、明らかに人の形をしていない異形の種族等がいるのだが、ハーフ種どころか竜人や獣人すらも普通に訪れる場所がこの職業斡旋所なのだ、これが普段通りの光景なのだろう。
扉を抜けた先にある小さな体育館ほどの大きさの空間を軽く見回すように睥睨してから、壁際に連なるように設けられたカウンターの一番奥、その他の場所に比べて人気の無い其処に向かって歩いていく。
勿論、適当にござなどを引いて商売を行っている商人連中などと違い、きちんとカウンターに座っているのは「蟻塚」の職員なのだが。
何故か、俺の視線の先のカウンターだけいつも人が避けるように人気が無かった。
実は職業斡旋所ホールのカウンターは扉側から、初心者や誰にでも出来る仕事を斡旋しており、奥に向かって歩いていくほどだんだん仕事内容が難しくなっていくように出来ている。
そして、今俺が向かっているのはその奥の奥の一番端のカウンター、通称「赤紙」と呼ばれるカウンターだった。
まあ、特にカウンター一つ一つに名前が決まっているわけではないのだが、何故か最後のカウンターだけは「赤紙」と呼ばれている。
まあ、その理由としては。
まず、このカウンターに出された依頼を受ける条件として、死ぬ事を厭わない人といった前提条件が存在することがあげられる。
他には、ここに出される依頼は難易度が高すぎて依頼者も受注者も赤字になる。などや、ここに出された依頼を受けて血を見なかったものはいないなどがあるのだが。
大体の依頼は、簡単なものでも五体満足で生きて帰ってこれる保障が無い、と言われるのが「赤紙」と呼ばれる所以であろうと思われる。
其処に向かって俺が歩いていくのだ、あるものは先ほどまでかけ声を緩め俺の後姿を追うように視線を動かし、あるものは足を止め俺の進行を凝視する。
その行為がホール中に連鎖して、先ほどまでの喧騒が嘘のようにホールはすっと静かになった
その刺さるような多数の視線の先で、俺は極力意に介する素振りを出さないようにしながら「赤紙」のカウンターの前までたどり着いた。
「いらっしゃいませ。
本日はどんなご用でしょうか?」
カウンターの向こうで、鋼の営業スマイルを貼り付けた受付嬢が硬質的な声で俺にそう訪ねてくる。
元々碌な依頼がこないと言われる「赤紙」のカウンターに、わざわざ人目を引きながら歩いてき来たのだ、最初からいい顔されることなどないとわかっているので鋼の営業スマイルを崩す努力は放棄することにして、早速本題に入る。
「荷物を少し運びたいのだけど護衛の依頼をお願いしに来たんだ~。
欲しいのは腕に自信のある人、種族は問わずで、人数は二人かな~」
俺の言葉を一字一句手元のメモ帳に書き留めながら眉をひそめる受付嬢。
「お客様、依頼の内容なのですが運送の護衛ということでございますね?
その依頼でしたら、入口近くのカウンターで受けていますので、そちらの方に移動していただいた方が宜しいかと思いますが?」
暗にその程度の依頼をこのカウンターに持ち込むなと、素晴らしい営業スマイルでおっしゃる受付嬢。
まあ、表面を聞いただけならその程度の依頼だと思われるだろう。
だが、そんな簡単な依頼なら朱鷺杜ではなくギルフォード自身が此処に趣いて依頼を出していただろう。
朱鷺杜が頼まれた時点で、その運送物においても配達先においても尋常ではにのだ。
まあ、この事実を受付嬢が知るわけもないので、わざわざそのことについて責める気もないし、彼女は彼女自身の仕事をしているだけだとも言えるので特に目くじらを立てることもない。
「う~ん、まあ表向きはね~。
ただ、運ぶ「者」と運先が問題なんだよね~、まあ、そのへんは受けてくれた人にだけ明かすってことで~。
依頼者は(株)異界運送社で、受けてくれる人はスラム街の本社まで来てくれるよう書いといてね~。
じゃ!あとお願い~」
最初から特にカウンターを変える気もないので、必要な事項のみ述べてからさっさと話を打ち切ってしまうことにする。
相手がわざわざ心を開いて聞いてくるならともかく、鉄壁の防御を張っている奴にわざわざ構ってやる気は毛頭ないからだ。
少しむっとしたのか、無表情になった顔のなかに二本の縦ジワを見せてから、彼女は早速張り出すための依頼書を作り始めたようだ。
カリカリカリ...としばらく軽快に動くを筆をしばらく眺めてから、まだ周りからの視線を感じながらゆっくりと職業斡旋所を後にする。
緊急以外の依頼書が依頼掲示板に更新されるのは朝昼夕の三回、まだ昼の更新までは時間があるな~。
と空を見てから、俺はぶらぶらとスラム街の本社に戻って行った。
依頼書
発行場所 総合職業斡旋所「蟻塚」
依頼主 (株)異界運送社
依頼難度 赤紙
依頼内容 依頼者の荷物運搬の護衛、赤紙のため命の危険があると推測される。
他詳しい運送品、運送場所については依頼主から直接聞くこと。
依頼者の特徴は、黒髪黒目の胡散臭そうな若い男性、黒の上下の服装をしている。
運送品、運送場所についての詳しい情報は無し。
以上
赤紙卓受付嬢タリア・マグダネレ筆