開き直ったお馬鹿さんと運送社社長
「つまり、ギルフォード殿が私に運んでほしい物とは、宰相閣下殿の趣味趣向の物品なのでございましょうか?」
まったくもって馬鹿馬鹿しい話だが、それが彼の依頼だというなら受けよう。
ギルフォードにしても自分の失言に気がつかず、いやそれ以前の話だ。
彼の中では既に宅配主の名前を隠していた事実は亡くなっているのか、俺の質問に対して待ったく頓着する様子も無く返事を返してきた。
「うむ、宰相閣下はあちらのご趣味があると聞いてな、今回の贈り物を贈ろうと思ったわけだよ」
クククっ、宰相閣下にあちらのご趣味ね...。
まあ、あの時は若くして宰相まで上り詰めたあいつが、周りの女共がうるさくて敵わないから何とかしてくれといった依頼から、そんな噂をばら撒いたんだったけな。
貴族の女共が静かになったら今度は婚姻適齢期外の女を送られる...、ご苦労なこって。
まだ二十代其処其処のなのに常にため息が止まらない宰相閣下の顔を思い浮かべてから、誰にも聞かれぬ程度に忍び笑いを漏らす。
それを、怪訝そうな顔で見ている護衛の一人をガン無視して、心の中でたたずまいを直してから今回の依頼品の内容を纏めるために具体的な質問をギルフォードに対して聞いていくことにする。
「それで、ギルフォード様。
依頼品のことなのですが、どれぐらいの重さでいかほどの価値があるのか、そして、どれ位の危険を伴うのかをお聞きしてもよろしいですか?」
運ぶ物は、どう考えても生身の生き物だろう。
無機物ならば多重次元バックに入れてしまえばそれでおしまいなのだが、流石に生き物を次元の狭間にしまいこむのは気が引ける。
となると、素の状態で運ばなければ行けなくなるわけだが、そうなると、重すぎるものだと小烏丸に負担が掛かり過ぎる。
先ほどの着地地点で、まだのんびりと日向ぼっこをしている小烏丸と名づけられた黒い怪鳥を一瞥してから、思考を運ぶことになるだろう荷物に戻す。
次にどれほどの価値のものだろうか?
ギルフォードは先ほど、滅多に手に入らないものと表現していた。
となると、嗜好の範囲からして妖精や小人の類か、それともどこぞの王族の幼い姫君でも攫ってきたのかといった所か。
流石に人間の姫君を攫いはしないだろうから、そうなると亜人の姫君といったところに落ち着くか。
この世界の人類と亜人の総人口は同程度だ、まあ国単位に人間がバラバラになっているという事を考えれば、亜人の一部族も人間の国一つと同程度の戦力を持っているといえる。
亜人の姫君でも充分危険度は高いと...。
「ふむ、もしかして朱鷺杜君、君は荷物が危険なものであると疑っているのかね?
それは、杞憂だと言っておこう」
大体の危険度の確認を思考の範囲内で行っていたところに、ギルフォードの言葉が割り込んでくる。
俺の表情から何かを読み取ったのか、ただ単に先ほどの言葉尻を拾っただけなのかはわからないが、その質問は意外と的確な俺の考えをついていると言えたので、彼の話しの先を促すことにした。
「杞憂ですか?危険度の判断基準は、こちらの定めているものに従っていただきたいのですが。
そうですね、ギルフォード様が其処までおっしゃられるのであれば、其処にお確かな理由が存在するのでしょう、お聞きしてもよろしいですか?」
出来るだけ相手を立てながら、しかし、機嫌を損ねない程度に自分の考えを相手に刷り込むように思考を誘導しながら、ギルフォードに訊ねる。
「うむ、朱鷺杜君が其処まで言うのであれば、このギルフォード君の心配を払拭する決定的な事実を述べさせてもらおうか」
機嫌を損ねるどころか、どちらかというと良くしている様子のギルフォードは大仰に口を開いた。
「私が運んでいただきたいのは、混血種の少女だよ。
もっと具体的にいうのならば、小人と人間の女性の混血になるそうだ」
何でも、今回の依頼品はギルフォードが極東方の小国まで商いの旅に行っていた奴隷商人から買い付けたものらしい。
奴隷商人にしても人攫いから買い取っただけの話しなので、詳しいことまではわからないらしいのだが、攫ってからもやせ衰えることなくずっと眠り続けているらしいので、そういった種族の血が交じり合った混血種なのだろうととの話しだ。
東方の妖怪種などには猫の形で眠り続ける眠り猫なる種族もいるらしいと、自慢げに語るギルフォードの話を聞いて、自分が少し郷愁に囚われるのを自覚しながら、俺はギルフォードの話を聞き続けた。
「奴隷商から受け取った商品を寝かせてある桐箱をあけたときは、私も少々驚いたよ。
雪のように白い肌だが、其処には確かな生きている証の朱が挿していたし、その体躯は東方の染物とあいまって美しき人形のようですらあった。
これなら、いける!と狂喜乱舞したものだ。
何せ、私自身思わず食指が動いてしまいそうになったのだからね、私でもそうなのだから、宰相閣下が陥落できないはずが無い!」
一人力強く力説するギルフォード、おい、お前もそちらの嗜好があったのかと思わず引いてしまいそうになるほどその口調は熱く熱が篭っていた。
現に自覚は無いが俺の表情はかなり引きつっていたであろう、後ろの護衛が俺を一セットにして痛いものでも見るかのような視線をむけてきていた...。
おい、俺は違うぞ!これはあくまで愛想笑いだからな!
と、護衛の処遇についてあれこれ考えていたところに。
「さて、それでは早速依頼品を朱鷺杜君にお見せしよう。
君をきっと気に入ってくれると信じているよ!」
おい、こいつもう完璧に駄目じゃね!
テンションが最高潮に達したギルフォードに、いきなり手を掴まれて引かれるように立ち上がる。
その瞳は、どう見ても上位のものに対して物を送る貴族特有の物欲に濁ったような目をしておらず、純粋な少年のように、ただ己のお気に入りを自慢したい、そんな色に染まっていた。
こいつ、本来の目的を完全に忘れてやがる!!
ギルフォードの高いテンションままに朱鷺杜は店から引きずり出され、その後には、青ざめた表情の護衛とどこか達観したような護衛、そして、あいも変わらず無表情な受付嬢と、引きずられていく朱鷺杜の後姿を楽しそうに眺めている幼女の姿だけが残っていた。
依頼者 ギルフォード・セドリック
備考・注意事項 過度の妄想癖あり
自分が優秀だと信じて疑わないタイプだと思われる
某宰相閣下と同列の嗜好の持ち主である可能性あり
受付嬢の観察日記より抜粋