第六節 再戦の血につられて
ビジョンが見えてから一週間後、僕たちは制限時間切れも恐れずエクソテックス社の秘密工場に寝泊まりし準備を進めた。
しかし、その準備は決して万全ではなかったことに僕は気づいていなかった。
「……」
「……チッ」
運転手さんは大江戸さんの舌打ちに苦笑いを漏らす。
新型軍用パワードスーツこと、王雅専用スーパーヒーロースーツはついに完成を迎えた。
全体的に曲線的なデザインで、分厚い装甲に推進剤を搭載したジェットパックまで付いている。
全身がロボットという感じではなく、装甲防具を機械化させたといったような見た目だ。
塗装の時間はなく、黒一色になってしまった。アメコミヒーローというよりは、さながら近未来のソルジャーのよう。
でもマジで、かっこいい。今までファッションには興味がなかったが、これがファッションの喜びか!
手の甲だけに防具が着けられ、掌側はラバーのような素材で完全に密着している。これなら崩術は使えるってわけだ。
とにもかくにも、重量と幅が凄まじい。
大江戸さんは本当に警察みたいな見た目をしている。
伸縮性のスーツに薄い装甲がついているような風貌。徒手空拳で戦うようには見えないが、スタイリッシュではある。
そんなゴツく世界観も合わない僕たちは、後部座席でギュウギュウになり座っていた。
お菓子の家に人間が入ってしまったような感覚だ、金属の海に溺れている。
「でぇ、結局オメェはなんで参加することにしたんだよ?」
ヘルメット内に通信音声が響く、こんなフルフェイスヘルメットを被っていると隣に座っていても通信なしでは会話できない。
しかし前に一度説明したはずだが、核心としてなぜか? ということだろうか。
大江戸さんが心配だから、乗りかかった船だから、人生が変わる気がしたから、パワードスーツ暴走事件の時の装着者の死やトラック運転手の死を目の当たりにして、手を打たないと死ぬと思ったから、お父さんの息子、崩王の息子として情けないと思ったから。
全部、本当のことだ。
でも、やっぱり。
僕は死んだように生きていても、長内王雅として死ねないという直感がある。
自分が消える恐怖に一人で立ち向かえない程に僕は弱い。
なぜ僕は黄昏世界に放置されていたのか、崩術師の本当の親が赤ん坊だった僕をあそこに放置したのか? という疑問もさることながら、ようやくわかった事がある。
僕をいつも見つめているあの寝ぼけ眼は、僕を飲み込んでしまいそうな寝ぼけ眼から感じた意思は命のやり取り、暴力など否定していた。
だからこそ僕は相反して、この道を選んだ。僕が僕でいられる道はこっちだと暗に示していた。
「男なら誘惑に負けず、己を貫くもんでしょう?」
「意味わからねぇけど、俺もお前も人を殺す覚悟は出来てねぇ……それが良いんだか悪いんだかわからねぇんだ」
たしかに、あの戦いは大江戸さんは銃を投げ捨て素手で戦いに挑んだ。銃を使っていれば一発で終わっていた可能性は高い。
彼はまだ高校二年生の十七歳らしい、真っ向から人を殺せる覚悟なんて持てるわけがない。
「僕も、殺さないように戦っているように見えましたか?」
「あァ。お前の崩術の理屈はわからねぇが、お前人を攻撃する時一瞬迷ったように動きが遅くなる自覚ねぇのか?」
な、ない……動きの癖とかではなく、か?
意識すればするほどに、時間が遠のいていく。視界は端から黒く染まり、心臓は締め上げられる。
感覚に現実感がなくなってくる、寝ぼけ眼の善意に、もう僕は侵されているとでもいうのだろうか?
あの慈悲深い瞳に乗っ取られかけてる? それとも、僕自身の倫理観や善意?
……やめよう、これは考えたくない。
「今はあの大男のことを優先しましょう。場所がだいぶヤバくないですか?」
「まァな、住宅街から遠く離れた倉庫で二十人くらいは反社みてぇなの居たからな」
「これ、勝ってもさすがにヤクザに目つけられるんじゃないですか?」
「なんのために顔隠してンだよ」
いやそもそも勝てるのかって話だが。
錆が目立つ大型倉庫は所々穴が空いていて、トタンを重ね合わせた作りだ。明らかに管理されている場所ではなかった。
バンや黒いセダン車が幾つか停まっており、スーツを着た男たちがアタッシュケースのやり取りをしていた。いかにも悪いことしてますよ、って場面だ。
あいつはスーツを着て、ビジョンに気づくまで後ろで手を組み立っていた。
「たぶん全員が銃持ってんですよ?」
「オメェのパワードスーツは銃弾くらい弾くって、ハゲが言ってただろ!」
志村さんのことをハゲ呼ばわりしちゃだめだよ、このスーツの基礎設計を一人で考案した偉大な発明家だよ? きっと将来は透け透け眼鏡とか、セクサロイドとか作る男の夢の擬人化なんだよ!
ハゲじゃない、神だ!
素敵な未来を夢見ていると、倉庫が見える位置に車が止まった。
「作戦通りにやるぞ、長内」
「……はい」
生唾一つを飲み込み、車から飛び出そうとしたが引っかかった。
出鼻を挫かれるとはまさにこのこと。
「長内お前よォ……」
「いいから! 行きますよほら!」
僕はなんとか車から這い出て、雪道に転がる。
銀景色が美しい、雪が地平線まで覆っている。
この風景がすぐに火薬の匂いと血の海へと変わるだと思うと、思考が冷えていく。
倉庫の入り口は大きく開かれており、中は丸見えだった。
緊張感が漂う光景だ、こいつらもこいつらで真剣に取引をしているのだろう。
目標の大男はどれだ? 同じような風貌が多すぎてわからない。
大江戸さんが倉庫の側面に消えていくのと同時に、男たちの一人が僕に気づいた。
「……? アレは?」
気づいた男は仲間内に尋ね、全員の視線が僕へと降り注ぐ。
すんげぇ顔してる、強面なのに驚愕した彩りの表情……僕に気づいた男がまず先に歩み寄ってきた。
「俺たち今大事な商談途中でしてね、コスプレは他所でやってくれないか?」
視界を遮るようにガンを飛ばしてくる男を──僕は勢いよく突き飛ばした。
反社たちの反応は凄まじかった。まるで予期でもしていたかのように、全員が一斉に懐に手を伸ばす。
それだけではなかった、バンに乗った軽装の若い男がバンごと迫ってきた。轢こうとされてるっ!?
「おわぁ!」
僕は横にダイブして、なんとか避けた瞬間に怒声と轟音が響く。
怒声を掻き潰すように幾多の銃声が重なり、まるで爆撃でも受けているかのようだ。
拳銃を一斉射撃され、痛みはないのに思わず身を縮めて丸まってしまう。
痛みはない、だが衝撃がある。気分が悪くなるような感覚に抗いながら、僕はなんとか立ち上がる。
混乱しながら僕の正体をあーでもないこーでもないと叫びちらしながら、明確な敵意を持ったままの射撃は鳴り止まない。
僕は衝撃に耐えながら、ゆっくりゆっくり歩き続ける。
万能感にも似た無敵感が僕の内側に巡る。
徐々に僕の歩みは鼓動と同じように速まっていく。
チェシャ猫のような笑みを浮かべながら走り出していた僕は、男の一人を裏拳でぶっ飛ばした。
すぐに取り囲まれ、銃のストックで殴り掛かられるが微々たる衝撃しか響いてこない。
一人、また一人と殴り飛ばしていると、後方ではもっとド派手に人が吹き飛んでいるのが見える。
大江戸さんか、なんでパワードスーツより力強いんだよ。
しかし死の恐怖もクソもない、まるでゲームの雑魚敵を倒している気分になってくるな。
あまりにも一方的だ。
胸の内になにかが膨らむ、慈悲深い眼とは違う──僕のものが。力が胸から腕へ、首から頭へ漲る。
沸き立つ力を……抑えられない。
はは、ははは──。
「──ぅはははは!」
僕は高笑いしながら、敵の首元を掴んだまま壁に突進する。
なんでも出来る、なんにでも勝てる!
寝ぼけ眼への鬱憤を晴らすように、僕は拳を振り回す。
消えろ、このまま消えてしまえ、二度と僕を見るな!
閉じていく眼に、そう叫びながら僕は思うがままに拳を振るった。
気づけば、僕たちの周りには誰も立っていなかった。
大江戸さんと僕だけがポツンと立っている。
「おい、長内。あの男はいたか?」
「ふっ……はぁ、はぁ……いや、僕は無我夢中で」
そこまで言い切った時、グラスに入った氷同士がぶつかったような軽い音と共に丸い物体が足元に落ちてきた。
カットマンゴーのような形状をしたような濃い緑色の物体を最初はなんだかわからなかった。
……手榴弾?
意識した瞬間、大江戸さんに僕は覆いかぶさる。
視界にノイズが走り、体が硬直してしまう。
耳鳴りの向こうで、鉄板を蹴る音。目だけを動かし、音を追う。
トタンを、壁を走ってこちらに跳躍してくる大男が居た、頭に蛇の意匠を持つあの大男が。
こいつも大概、人間離れしている。
ぎこちなく全身を動かし、奴を迎え撃とうと構える。
腕を交差させ、拳を受け止めようとするがその腕を掴まれた。
受け止められない力に僕は後ずさりすると、砂埃が巻き上げられていく。
足のグリップが効かない、アイススケートのように倉庫内を滑る……止まらないッ!
大男も着地したかと思うと、視界から姿が消える。
ど、どこに行った!?
違う、消えたんじゃないっ! 奴は姿勢を低く保ち、僕の腰へタックルを仕掛けているっ!
負けじと膝蹴りを顎に向けるが、奴はすんでのところで体全体を引いた。
未来予知でもしてんのかよ!
僕の足は掴まれ、無重力感に襲われる。空中から、ドラムを叩くように振り落とされる。
何度も、何度も、なにが見えてるんだか、なにが起こっているんだかもわからない。パニックに陥るも止まることはなく、何度も、足が掴まれたまま、やばい、意識が……!
「長内ぃッ!」
大江戸さんの声が聞こえると同時に、僕のジェットパックからガスが噴射される。
地面に激突した瞬間、泳ぐように倒れたままぶっ飛び、セダン車にしがみ付けた。
僕の足から手は離れている、大江戸さんがあいつの腕を蹴り上げている……助かった。
反撃を試みる大男の攻撃を全て避けきる大江戸さんだが、彼の攻撃も避けられている。
だが、大江戸さんは拳を掻い潜りながらレンジを詰めていく。
「貴様も、俺と、同じかぁ!?」
「あァ!? 俺は反社じゃ、ねぇ!」
ほぼ密着状態となった瞬間、彼はコンパクトなフックを突き刺そうとする。
しかし奴は空中にいた、空中から蹴りが放たれる。
大男のローリング・ソバットに大江戸さんはしゃがみ込み、姿勢を低くすることで躱す。
均衡を破る為に、僕は寄りかかっていた車に腕をぶっ刺した。
「大江戸さんっ! 離れてください!」
足を踏ん張りながら、僕は車を持ち上げ……奴へと放り投げた。
大江戸さんはちらりとこちらを見ると、奴のガードを蹴り距離を取る。
これで終いだ、と思った矢先。
大男は獣のような叫び声を上げながら、あろうことか迫る車に……何百という連撃を加えていた。軽々しく空中を舞う車。
その刹那──僕と大江戸さんは駆け出していた。
奴は素早く僕と大江戸さんを交互に捕捉し、懐からナイフを取り出した動作のまま、大江戸さんへ投げる。
大江戸さんは一歩分だけ体をそらして避ける、その動作によってほぼ同時に到達するはずだった僕たちの時間が僅かにズレる。
僕は崩衝の構えをスムーズにこなし、手にたしかな暖かさを感じながら突っ込む。
しかし。
なにかドロドロしたものに包まれているかのような違和感を覚える。地面がぬかるんだ泥のように感じる。
奴はこちらを向いていた、獲物がかかったと言わんばかりの表情で。
止まれ。そう本能が叫ぶ、だが僕の足は止まらない。
その顔、ムカつくんだよ。
笑うのがお前だけだと、思うなよッ!?
また僕の口角はチェシャ猫へと彩られる。対抗するが如く、恐怖を掻き消すが如く、まとわりつく邪悪を振り払うが如く。
奴の手には、手榴弾が握られていた。僕はその手を崩衝が維持されたままの右手で払いのけた。
手榴弾が宙を舞う、その瞬間に大江戸さんが腰を入れながら、男を蹴り押した。
──蛇頭の大男が倒れ込むと同時に、手榴弾の光が辺りを染め上げた。
土埃が舞う中、人影が見える。
数秒、動けずにそれを眺めていると土埃が薄くなっていく。
密閉の中にいるのに、土臭さが鼻に刺さる錯覚……脳が過去の匂いを再生している。
男はいる。しかし坊主頭に刻まれた蛇の意匠は見る影もなく、おおよそ人間の顔であるという原型は留めていない。左腕も吹き飛んでいて、とても生きているとは思えなかった。
僕はそれを見て、なんの気持ちも湧かない。
死んでる、その言葉だけが反芻される。
「終わった……」
「……しんどかったぜ」
ぽつりと僕たちは呟いた。
互いに男に近寄りながら、見下ろす。
「嘘だろオイ……」
男の今にも零れ落ちそうな瞳がギョロリと動いて、焼き焦げた顔の肉は痙攣しながら盛り上がる。時間が巻き戻っているかのように、顔が──復元されていく。
見れば腕にも同様の事象が起こっていた、なん、なんだ?
ふと、思考にあることが過ぎる。
大江戸さんの回復能力は、こんな感じだったのか? と。
「大江戸さん、今のうちに捕まえてください!」
焦りながらそう言うと、大江戸さんは抱き着くように男を締上げる。
僕は男の頭を両手で挟み込み、動いた瞬間に引きちぎる準備をした。
「あ……? 俺は、生きてん、のか……?」
「動かないでください! 動いたら頭を引きちぎります!」
「テメエ、一体なんなンだ……!?」
同時に三人の声が混ざる。
もう、なんなんだよもう! いつになったら終わるんだよ、クソ!
「は、はは……こいつはすげぇや……」
「オイ、一体なぜ生きてンだ……! 答えろ!」
「……はん、お前と同じだよ……坊主」
大男は大江戸さんに視線を合わせ、そう言った。
紛れもなく、同じであると。
思考が頭を駆け巡る。
異常な腕力や動き、まさに超人の肉体。不死身とすら思わせる異常な回復速度……たしかに、大江戸さんと同じだ。
なにかカラクリがあるんだ、彼ら共通のカラクリが。一体なんだ?
「どういうことだよそりゃァ……なにが言いてぇんだよ!」
泣き叫ぶような、吠えているような、そんな声で問う大江戸さん。
「ゲノム強化剤さ……お前みたいなガキに投与されてるとは、驚きだがな……」
ゲノム強化剤……遺伝子を強化する薬? いや、そんなレベルじゃないだろこれは。
現代科学を超越しているとしか思えない、無くなった腕が生えてきてグチャグチャになった顔も元通りなんて。
「……俺はァそんなの打ち込まれた覚えはねぇぞ」
なにがなんだか、まったくわからねえ。
会紡機のようにファンタジー由来って言われたほうが都合がつく。
この場でまさか出鱈目を言ってるんじゃないだろうな。
「あなたはなぜそれを投与されたんです……一体どこで、なんのために!」
「話が長ーい!」
答えたのは、男の声ではない。
女……? 緊張感のない、間延びのした高い声だ。
やはりと言ってもいいのだろうか、そこには二人の女が居た。奥には場違いにもSUV車が見える。
女、というより二人の少女だ。
片方は、キャスケット帽から紫色のメッシュが混ざる白髪が見えており、エメラルドのような瞳でこちらを見下す少女だ。
パーカーのポケットに手を入れ、ショートパンツからはタイツに包まれた足がすらりと伸びている。白いティーシャツ以外は全身真っ黒だ。
高圧的な視線が絡みつく。
対照的にもう片方の少女は、赤や桃色のメッシュが入った金髪に花冠を身に着け、頬をぷっくりと膨らませながら、苺色の瞳でこちらを睨んでいた。
白いファーを首元に巻き、全身うっすいピンクの人形みたいな服装だ。
豊満な谷間がチラ見えしている……ってそれはいい。
さっき苦言を呈してきたのはこの少女だろう。
この二人、浮世離れしている……美しい容姿もそうだが、どこか人間染みていない。
音も気配もなく、どうやって忍び込んだ? いつからいた?
「ねえー、冥? 依頼にこんなロボットさんたちの話あったっけ?」
冥と呼ばれたキャスケット帽の少女は、こちらを見下す視線を決して切らずに口を開いた。
「知らないよ、曲夜しか詳細を確認していないんだから」
白いファーを身に着けたほうが曲夜って名前なのか?
冥と曲夜、それがこいつらの名前か……。
しかし一体なんだって言うんだ、こっちはそれどころじゃないんだ。
「こいつらの仲間ですか?」
僕は大江戸さんに目配せしながらも警戒する。
「逆だよ、そいつらの敵。この取引現場にいるヤクザ全員を確保しろって依頼で別の組に依頼されてね」
冥なる少女が答えるが、未だ状況は掴めない。
「つまり俺らの邪魔するってことかァ!?」
大江戸さんの怒声にも、彼女たちは怯まない……僕ですらいつもちょっと怖いというのに。
「えー? 私たちの代わりに全員を取り押さえてくれてたんでしょ?」
「……曲夜、こいつらは依頼とは無関係だと思うよ。あんなロボットみたいなのヤクザと関係あるわけないじゃん」
「……僕たちが用あるのはこの大男だけです、こいつも必要だと?」
「まあ、ね。ヤクザは全員確保するのが依頼だから」
僕は大男の頭からゆっくりと手を離して崩衝の構えを取る。
この大男はもう逃がさない、三度目はない。
「手に緑色の光──ヴァンパイアハンター!?」
「いや、東洋ではヨーカイハンター……崩術師っていうんじゃなかったっけ」
……大江戸さんは意味わからないだろうが、僕は少し理解できた。
こいつら、吸血鬼か……!
日本から黄昏世界に行けば、妖怪たちが居る場所に辿り着くが、海外から行けば吸血鬼やらブラウニーやらが居るとお父さんが言っていたが。
どうして日本のこんなところに居るんだよ!
「おい長内、どうなってんだよこりゃァ! 妖怪云々ってマジッつーわけか!?」
僕だってわからないよ! 専門外だ!
と叫び出したいが、弱気を見せるとなにをされるかわからない。ニンニクも銀も十字架もなにも持ち合わせていない。
「……交渉、交渉しませんか?」
「交渉ね、聞くだけ聞いてもいいよ」
僕だけで吸血鬼相手に勝てるかわからない、崩衝が効くかもわからない。
大江戸さんが動かざるを得なくなったら、大男が逃げてしまうかもしれない。
……そうなれば、彼女たちも追ってくれるか? でも、そしたら会紡機戦上で勝利になるかはわからない。
「この大男は、死んでいても構いませんか?」
「……それで全員を引き渡すなら、いいよ」
……。
今、この場で殺すしかないのか。
大男は諦めたかのように、シニカルな笑みを浮かべながら黙っている。
首を引っこ抜いて、殺して渡す。それなら勝利という判定にはなるはずだ……ならば、そうするしかない。
大江戸さんはまだ子供で、そんなことをさせるわけにはいかない。少女たちにやらせたら資格が移動するかもしれない。
僕が、殺るしかない。
パワードスーツの中に、嫌な熱気が発せられる。汗が首筋を伝い、呼吸を忘れる。
僕は人を殺す、意思を持って殺す……出来るのか。
再度、僕は男の頭を両手で掴む。力を入れれば、恐らく殺せる……そこまでしないと再生するだろう。
両手に力が入らない……アドレナリンが切れている、くそ! ゲノム強化剤のことを聞き出してから殺さなきゃいけない。落ち着け。
「長内、やめようぜこういうのは」
大江戸さんは諭すように僕を見上げた。
「流れで殺っちまったァ、ならしょうがねぇと思うが無抵抗の人間を殺すなんぞ後味わりぃだろ。コイツらが参加資格者になっても、案外別の資格者にあっさりやられるかもしれねぇだろ?」
「でも、ゲノム強化剤の話もまだ……」
「だからよォ、俺からもあんたたちに交渉だ。コイツは生きて渡すから、ゲノム強化剤関連の話を吐かせて後日俺らに教えろ」
冥なる少女は少し迷う表情を見せるが、諦めたように頷いた。
「じゃ、帰ろうぜ長内……」
その言葉に僕は安堵のため息を漏らしてしまう。
邂逅機戦の初勝利は、ほろ苦い味だった。




