第五十三話 秘密の園
社長室に単身で乗り込み、僕とコーニングスさんで扉を塞いで逃げ場を無くす。
どこかに連絡を取ろうとすれば、大和さんが制圧する。
一応、建物の外に財団の監視員を配置。
という計画は考えついたものの、薄い氷の上を歩くような付け焼刃なのは否めない。
会話は大和さんが主導する、僕とコーニングスさんは補助すればいい。
それくらいしか出来ることはなかった、それに。
もはや僕たちはエクソテックス本社の中へ足を踏み入れていた。
清涼な空気感が肺を満たすような、綺麗なロビー。
置き型カウンターの横には、広大な空間が広がっていた。
半円を描くように連結された白いソファー、その前には薄桃色の楕円インテリア。
座るためのものなのか、それとも飾りなのか判然としない物体。
さらに近くには似た形だが小さくしたような緑色のインテリアが散っていた。
上手く事を運んで、帰ったら七愛を撫でてあげよう。
そのために今一度、全力を尽くすことだけを考える。
「おい、社長はどこだァ?」
カウンターに腕をつく大和さんは、受付の女性に詰め寄る。
「大江戸様、約束の時刻まではあと一時間ほどあるかと……」
「こっちだって予定があンだよ、確認してくれ」
「かしこまりました……」
大和さんの声は妙に落ち着き払っていた。
しかしながら焦燥感はその身を焦がしているのだと、震える足の動きでわかる。
内線電話でやり取りを交わした後、受付さんは受話器を静かに置いた。
「……社長は今、地下におります。今こちらに向かうとのことです」
「いい、俺たちから行く。そう伝えといてくれや」
「い、いくらお二人と言えど困ります!」
大和さんは僕たちへ睨むような鋭い視線を送り、エレベーターへと足を向けた。
そもそも場所が社長室ではなくなる、地下といってもどんな場所かわからない。
既に計画が破綻している。
「こっちから出向くしかないわ長内、社長に考えさせる時間を与えては駄目よ」
僕にしか聞こえぬほどの小声でコーニングスさんは囁いた。
たしかに、これはある意味奇襲だからな……真相を知ったと気取られてはならぬのだ。
だとするなら、大和さんだけを引き合わせて僕たちは物陰に隠れていたほうがよいのではないだろうか。
エレベーターに乗ってそう考える。
「あの、地下といっても地下何階なんでしょうか?」
エレベーターのボタンは、地下一階と地下二階に別れていた。
「あァ、聞き忘れてたなァ」
「まずは地下一階ね。そこから直通の専用エレベーターで地下三階に行けるわ」
「なんでそんなことを知っているんですか?」
「財団だからだろォ」
大和さんは頬を痙攣するように歪ませながら、ボタンを押し込んだ。
財団だから、か。
エダーク財団とエクソテックス社は非合法取引をしている、つまり財団にとっての取引相手だ。
毎日毎日僕を監視するくらいだし、取引相手のことは全部調べるか。
まるで、外部には決して見せられないなにかを抱えているかのようだ。
あの受付さんの態度から立ち入られてはまずい場所というのも予想がつく。
本当にそうかもしれない。
「大和さん、ようやくです。きっとお兄さんの居場所もわかるはずです、気を引き締めていきましょう」
「オメェは本当、落ち着かせるとか励ますとか下手だよなァ」
「えぇ? そうですか? 至って真面目ですよ僕は」
ようやく大和さんは、ふン。といつものように鼻を鳴らした。
「まァ、結果的には悪くなかったぜ」
分厚い鉄板のような扉が開く。
コンクリに緑色のペンキが塗られただけの、物々しい通路が伸びている。
薄く光る蛍光灯が連なり、そこは酷く冷たい空間に見えた。
「私が先行するわ、エレベーターの場所も知らないだろうから」
「頼むぜコーニングス」
そう言ってコーニングスさんは一歩前へ出る。
僕は大和さんの裾を引いて、少しだけ距離を開けさせた。
「コーニングスさんが社長と組んでる可能性もあります、注意しましょう」
「あァ……」
耳打ちすると、大和さんは頷いた。
靴音だけが壁面で何度も反響し、僕たちの影だけが伸び縮みする。
監獄と呼んだほうがまだ情緒があるほど、無機質で感情の温度を奪う通路だ。
十字路に別れ、左へ曲がってさらに左へと複雑な道筋を辿ってゆく。
僕は警戒しながら道を進むが目印になりそうなものがなにもない。
ただ、左右には、ステンレスめいた鈍い扉が等間隔で立ち並んでいるだけだ。
曲がるたびに方向感覚が削られ、脳内に地図を描こうとしても線がすぐ途切れてしまうが、エレベーターへと到着してしまった。
一歩踏み入れると、一瞬だけ床が沈むような感触が返ってきた。
「地下なら逃げ道も限られているでしょうし、なにかあっても奇襲できるように僕とコーニングスさんは姿を隠しておきます」
「わぁった、それがいいだろうなァ」
エダーク財団特務エージェントとしての圧を掛けるのも、唐突に表れたほうが効果的だろう。
そして僕が立ちはだかることで突破できないと思わせる。
会話中に作戦を立てられたとて、動揺させられるし打ち砕ける可能性も高い。
「ここ、か……」
チン、と場違いなほど軽く弾けた音が鳴る。
すると、なにか異様だ、と思わせるほどの違和感が目に飛び込んだ。
広い一本道。
トンネルを思わせるようなその道は、すぐに行き止まりの壁で埋められていた。
ポツンと重厚な金属の扉だけが備え付けられているだけの壁。
しかし空気の流れもなく、妙な圧迫感だけが支配している……なんだか不安になる光景だ。
大和さんはそこへ戸惑いもなく進み、太い棒のようなドアノブに手をかけた。
「チッ、鍵閉まってらァ」
「物理ロックね、IDカードは持ってきたけど……これはどうにもならないわ」
「王雅、崩術で溶かせねぇか?」
振り返った大和さんは意外な提案を申し出る。
出来る……な。
可能だろう。
「わかりました、出来ます」
二人が左右に分かれ、その真ん中に僕は立つ。
腕を交差させ、左手を前へ。
右手を顔の下まで引いて、腕から連動させるように腰を捻った。
視界の端にある僕の掌には、緑色の光が輝く。
そのまま、ドアノブの上手へ崩力を流し込む。
余波でドアノブがチョコレートのように溶けてゆき、水銀のような液体になりながら床にボドボドと滴り落ちていった。
ついにドアノブは原型を失い、僕が触れていた場所にも丸い穴が開いた。
「蹴破るぞ。俺が注意を逸らした後に入って隠れろ、いいなァ?」
僕は眼鏡を押し込んで、頷く。
コーニングスさんも金髪を揺らして頷いた。
ついに、ついにだ。
会紡機戦が雷神教と呪神教の物語だとしても、これだけは僕たちのものだ。
口裂け女を打ち破って目的は果たした。
聖女さんと再会する目的も果たした。
最後の目的、大江戸武蔵さんの居場所に繋がる扉が今──開かれた。
「よォ! 小物社長はいるかァ!?」
注目を集める目的だろう、わざとらしく大声を出して大和さんは中へ特攻した。
造り付けの階段用の手すり、それを乗り越えて大和さんは中に入っていった。
数秒待ち、僕たちも小さな壁のようなそこへ身を滑らせる。
左側には折れ曲がる階段があり、小さな段差があるだけだ。
少し覗き込むと、いかにもといった光景が広がっていた。
地下の秘密研究所、と言われて思い浮かぶままの光景。
パソコン、機械、太いケーブル。
そんなものが規則性もなく乱雑に置かれ、ガラスで仕切られた個室。
そこには巨大な楕円形の水槽のようなものもある。
パワードスーツを作っていた第三工場を研究所に変えたような印象がある。
同じ会社だから当たり前なのかもしれないが。
そんな中、高級そうなスーツを着こなす中年……エクソテックス社の社長がいた。
今にも掴みかかりそうな勢いで、大和さんが詰め寄る。
「まったく、連絡はあったが本当にこんな所まで来るなんて……君は分別というものがないのか」
「るっせぇな、おい。テメェ……──兄貴をどうした? 散々騙しやがってよォ!」
大和さんはいきなり核心へ入る。
悪くないだろう、言葉を選ばせる隙を与えていない。
「……そうか、どこから情報が漏れたのかもわからないが知ってしまったか」
「気取ってンじゃねぇや、さっさと答えろよォ!」
「時に長内くんと財団のエージェントはどうした?」
「話をすり替えてンじゃねぇ!」
社長は呆れたようにため息をつき、腕を後ろへ組んだ。
「この協力関係ももう終わりだな……いいだろう、教えてあげるよ」
数秒の時間を置き、社長はぽつりと言う。
ほかに研究員や社員は見当たらないが……いや、今は話に集中しよう。
「大江戸武蔵は産業スパイとして我が社に来た。君も知っての通り、我が社は非合法に海外の軍と機密提携している」
「さ、産業スパイだと……!? この後に及んで嘘をつくンじゃねぇ!」
「事実だよ、エレインコーポレーションは競合他社だ。でなければエレインがゲノム強化剤など作るはずがないだろう?」
なぜ、そんな話をペラペラと喋り始めるのか。
口が軽いというより、まるで喋ること自体が目的のように思えて、背筋に小さな棘が刺さる。
今までのお喋りな敵は目的があって喋っていたのはわかる。
でも社長はこれを喋る理由がないはずだ。
おかしいのではないかと勘繰ってしまう。
コーニングスさんも緊迫した面持ちで、会話に集中している様子だが……。
「つまり、エレインも機密に海外と軍事提携していたのだよ」
しかし、これは事実だ。
武蔵さんの話を抜けば、明らかにそうだ。
会紡機戦の初戦、与野さんから引き出せた情報と合致している。
「我が社を失脚させるため、エレインは大江戸武蔵を産業スパイとして送り込んだ。事実、君の兄はとても優秀だ。なにせゲノム強化剤を完成させた男なのだからな」
「……ッ!」
「優秀なのだから、当然気づく。我が社がテロリストやレジスタンスにも軍用パワードスーツを流し戦争を激化させ需要を高めたことに……そんなことをマスメディアに密告されれば我が社は終わりだ」
「だから……だったら、兄貴を殺したってのか!?」
悲痛な叫びが針のように肌を突き刺した。
そんな、企業争いのせいで……?
亡命したという話はどこにいったんだ。
話の流れで言えば、もう……大江戸武蔵さんはこの世にはいないことになる。
なんだったんだ、なんのために七愛は倒れるまで頑張ったんだ。
そんなの、ふざけてるじゃないか……。
「残念なことに、そうせざるを得なかったんだよ……」
「……テメェ、ふざけるなァ!」
破裂にも似た鈍い低音が響き渡った。
大和さんは社長を殴り飛ばしたのだ。
だというのに、社長は底冷えするような笑い声を滲ませる。
なにがおかしいというのだろうか、あるのは虚しさだけだ。
大和さんの神経を逆撫でするだけだ、殺されたいのだろうか。
「時に、君はパワードスーツの動力の謎に勘付いたと聞いている。知りたくないか? これは私が会紡機を知った切っ掛けでもある」
社長は立ち上がり、膝を払って言い放った。
「ンなこたァ、どうでもいいンだよ! 今すぐぶっ殺してやるッ!」
「そう興奮するなよ、最後にそれくらいは語っても罰は当たらないだろう? 私の持つ全ての真相を教えてやると言っているんだよ」
社長の声は妙に整っていて、まるで準備されていた脚本を読み上げているように思える。
そして一つの巨大な装置に歩み寄った。
それがなんなのかはまったくわからないが、円柱のように聳え立って、そこにはいくつものパイプが繋がっている装置。
そこに手を入れて、なにかを取り出している様子であった。
なんだ、なにをしようとしている?
「出すぎッ」
コーニングスさんは小声で囁いて、その詳細を知ろうと身を乗り出した僕の後頭部を抑えた。
そのまま胸元に押しつけられた感触だけが妙にはっきりしていて、逆に嫌な現実味として残る。
「私の趣味は地下オークションでね、これは深海の底で見つかったという指輪だ。ここから我が社が非合法に手を染める道が始まった」
「……指輪……?」
指輪、指輪……って……まさか?
つい先刻の記憶が蘇る。
いや、ありえるのかそんなこと?
「──これはこの地球のものではない。物質が情報を持っているんだ、これは質量を持った情報そのものだ」
じゃあ、あの──。
「たった一パーセントも解析できないブラックボックスの塊さ。それでも、僅かに解析できた情報でさえ凄まじい効果があった。会紡機の存在、会紡機がなにを叶えるか、この指輪自体の効果、この指輪の名──これは、王衣という名を持った情報物質だ」
じゃあ、きっとそうなのだろう。
それは神世界のものだ。
呪術師が持っていたあれと同じものか、同等のものだ。
「パワードスーツが無制限に稼働できるほどのエネルギーの抽出も出来た、そうして作り上げた動力はアニマ・リアクターと銘打った。優れものだったろうあれは」
「ふざけるなァ! その指輪から手を離せッ!」
手を伸ばす大和さんに。
もう遅い、と社長は一言だけ放った。
その声は勝利を確信しているかのような声色そのもの。
「呼び覚ませ──変幻たる欲望」
なにもかもここに繋げるための、導線だったのか。
全て整合した。なぜ長々と真実を語ったのか、なぜここに社長一人だったのか。
してやられた、ここで。
ここで、殺すつもりなんだ。
社長の指輪から解き放たれた光が浮かぶ。
それは緑の光線となって、カメレオンを模っていた。
すぐに、あの時のように──光が社長へ結びつく。
『The affinity Index is at Level Proxy』
機械音声のようなそれが鳴り響くと、錆色のフルプレートが覆っていた。
カメレオンを模した鎧へと、まさに変身していた。
それは呪術師が用いた指輪鎧とは印象の違う……近未来的だがヒロイックなアーマー。
飛び出すような目の意匠。
パワードスーツから兵器感を抜いて、未来感とヒーロー感を足したような。
「いつまで盗み見しているつもりだ?」
肩部の装甲が液体金属めいて盛り上がり、内部で骨組みが軋むような音を立てながら……小型ミサイルポッドような形へ変化する。
「な──ッ!?」
そうして、一瞥するようにこちらを見た。
同時に、肩部から火のついた筒を発射した。
それは紛うことなき、小型ミサイルそのもの。
迫り来るそれに、僕は無門を走らせる。
そしてコーニングスさんの手を引こうとした矢先──。
彼女の白い手が僕の胸に触れた。
深く沈みこませるように、その手は僕を突き飛ばした。
それでも大した距離は稼げない。
それに気づいたのか、足でも僕を蹴り飛ばして。
その表情を確認する前に。
──真っ赤な炎が視界を埋め尽くした。




