表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/59

第五十二話 急転直下の核心

 昨日、僕はついに告白をしてしまった。

 人生大一番の、世紀の驚天動地の、僕の全ては恋で駆動していたのではないかと思えるほどの告白を。

 胸に垂れこめていた雲が左右に吹き飛んで、燦々と光明が伸びた気もした。

 それはこの暖房の効いた、とろりとした温もりで客を包むこの喫茶店の空気と似た感じがした。


 しかしながら、僕は喫茶店クラブで項垂れている。

 無機質な黒塗りのテーブルに突っ伏して、顔を上げる気にもなれないのであった。


「話はわかったけどよォ、オメェいくらなんでも……敵に惚れるってよォ」


 隣に座る大和さんは、きっと今複雑そうな顔をしていることだろう。


 しかしそうは言っても、好きなんだもの。

 告白してから頭が聖女さんで一杯になるくらい、好きなんだもの。

 胸がきゅうっと切なくて、今なにをしているかそればかり考えてしまう。


 生まれて初めての、しかも十九歳になってからの初恋だ。

 こんな風になっちゃうさ、僕だもの。


「コーニングスに惚れるより問題あるぜ? 恋しろつったけどよォ」

「……私に惚れるって、問題って……相手が異空間体と言えど、恋なのよ?」


 コーニングスさんは油の切れたロボットのような、平坦な口調だ。

 恐らく厄介事を背負い込んできやがってと思っていることだろう。


 しかしコーニングスさんの懸念もわかるし、そこが本質だ。

 異空間体、つまり異世界人。

 神世界という異世界で生まれ育った彼女、そこで雷神教神託者という誉れ高き立場につく彼女。

 つまり、それは、会紡機戦が終われば神世界に帰ってしまうのだろう。


 最初から付き合えるとは思っていないが、会紡機戦が終われば二度と会えなくなるんだ。

 そう思うと、僕は切なくて虚しくて、体に力を入れることすら億劫になってしまうのだった。

 寂しい、とはっきり思う。

 聖女さんもそう思ってくれるだろうか……。


「これも美味じゃのぅ。馳走じゃなぁ、酒がないのが残念じゃが」


 対面のコーニングスさんの隣へ座る菫さんは、ケーキをもう四皿は平らげていた。

 この能天気さが僕にもあれば、今までの事柄も万事上手くいったことだろう。

 ああ、心底羨ましい。


「まあ長内、そう気を落とさないで顔を上げて? ね? もし異空間に帰ってしまっても……わ、私も支えるから」


 頼まれた以上しょうがない、と顔を上げる。

 光の眩さを覚える。

 世界はキラキラとしている、柔らかくも鮮明に色づいている。

 現にコーニングスさんの顔も真っ赤になっていた。


 でも、やはり寂しいものは寂しい。


「俺ァ、割と愛屋敷とオメェは相性いいと思ってたンだがなァ。そっちに行くとは思わなかったぜ」

「七愛と僕が、ですか?」


 大和さんは七愛のやり口に憤っていた印象だったが。


「ほら、前に俺とコーニングスが家に行って話しただろ? あン時のオメェなんて、ずっと愛屋敷の顔色ばっか心配してたように見えたぜ?」


 彼はスマホを取り出して、なにかを打ち込みながらそう言った。

 心配、たしかにあの時は七愛のことばかり心配していたが。


「まあ……否定はしませんが」

「オメェの幼馴染にこう言っちゃなんだが、あの気色わりぃ執着心すら鳴りを潜めりゃ、相性良さそうだと思ったンだよ」


 そうだろうか。

 幼馴染ゆえではないだろうか。

 恋愛関係になっても、そのままとは限らない。


「しっかし、俺はオメェの漢気だけは認めてやるぜ。客観的に言ってもコーニングスと愛屋敷のツラは凄げぇからな、その二人のアプローチを突っ切って顔もわからねぇ奴に恋する。オメェは今、恰好いいぜ」

「……っぷ」


 僕は真剣な声色で言い放つ大和さんに失笑してしまった。

 なんだそれは、と突っ込みたくなる。

 無様な告白を見ていないからそう言えるのだろう。


 あれは自分でも恥ずかしくなるほど滑稽だった、かっこよさの対極である。


「ありがとうございます、コーニングスさんのは演技ですがね」

「あァ、そうかもだけどなァ」


 と、二人揃ってコーニングスさんへ視線を向けると彼女は茹蛸となっていた。

 うーん、彼女もかわいいのだけどなぁ……どれもこれも落とすためのテクだって思うと、やはり素直に受け取れない。


 しかし、財団の特務エージェントとしてはもっとも避けたい事態だろう。

 貴重な、しかも最終戦まで残った会紡機戦の協力者が敵に恋をしてしまった。

 彼女の立場すら危うくなるのではないか?


 すると、ハニトラも激化してゆくのではないだろうか。

 しかし今なら、自信を持って耐えられる気がする。


「私、アプローチなんてしてないから!」

「ンなことより、また社長に呼び出されてンだ。時間もあんまねぇし、会紡機戦としてどうするかをちっとは考えとこうぜ」


 ああ、そうだった。

 口裂け女の報酬についてだろう、またエクソテックス本社まで行かなければいけない。


「まあ考えるつっても、預言者やこの大食い鬼に並ぶほど強ぇンだろ? 橋もニュースになってたしよォ」

「ええ、そこも魅力的ですよね。でも自惚れず、むしろ純粋さが──」

「色恋の話から離れろっつってンだよ!」

「すみません」


 僕は素直に謝ると、菫さんはケーキが刺さったフォークを置いた。


「まず無理じゃろ。隣で戦っておってわかったが、預言者(バカ小娘)はあれでも本気を出しておらぬ。余裕綽々じゃったぞ?」


 澄んだ菫色の瞳は、真面目さを伴っていない。

 しかし、それでも重々しく事実であると思わせる圧があった。


「それに、王雅殿と大和殿が百人となって掛かってこようがわちなら勝てる」

「つまり菫さんと同レベルだとしても、勝てないと?」

「そうじゃ。わちは直接見ておらぬが、話を聞くにそうなんじゃろ?」


 菫さんの言葉は真実だろう。

 あの戦いぶりは、その推測を間違いないと判断するには十分だ。

 

「コーニングスさんの言葉を信じるにしても、会紡機戦で降参したら財団に謀殺される可能性が高いんですよね?」

「……現状、そうね。付け加えるならあなたは敵の異空間体と接触したし、エダーク財団の監視下にある公園に異空間体と戻ってきたから、異空間体も財団に捕捉された。つまり、降参できないという状況よりも悪化しているわ」


 ……そうか。

 これは、もうお手上げな状態なのか?

 考えれば、僕は降参して神世界に連れていってもらうという選択肢はある。

 それくらいは出来るだろう。

 しかし、大和はそうもいかない。


「ここからは私の戦いでもあるわ、財団を内部から説得して降参しても安全の保障が出来るようにする。財団が雷神教神託者と手を組むかまでは制御できないけれど……とにかく、そこは私に任せて。絶対に二人の未来は守るから」


 明確にタイムリミットはある。

 僕と聖女さんが引き裂かれる瞬間、僕たちが殺されてしまう可能性もある。

 果たしてそう上手くいくのだろうか。


「そこはもう信じるしかねぇな、俺たちの範疇じゃねぇ」

「わちのこと忘れておるじゃろう! たかだが人間の軍勢なぞ敵にならぬぞ!」


 いや、物理的にはそうだろうけどさ……。


「わけのわからない冤罪を被せられて国際指名手配とかされたら、もう生きていけませんよ」

「なんじゃそれ?」

「社会は直接手を下さずに、人を殺せるということです」


 エダーク財団はそれくらい出来るだろう。

 ともあれ、大和さんの言うようにそこだけは信用して任せるしかない。


「ふむ……おかわりじゃ!」


 菫さんは体を逸らして手を上げる。

 諦めるのかよ、もうちょっとこう……奇策とかはないのか?


 悶々としていると、頼成さんが注文を取りにきた。

 彼女からすれば異色の面子、彼女は大和さんとそれぞれの顔を見比べながら注文を取る。


 かわいらしく頭を下げた後も大和さんをちらりと見て、独特な小走りで戻っていく。


 それと入れ替わるように、場の空気を裂く勢いで扉が開いた。

 酔っ払いでも来たのだろうか、まだ夕方だというのに。


「来たか、吸血鬼だァ」


 大和さんがそう言った通り、キャスケット帽から伸びる髪が掻き乱れた冥さんだった。


「な、なぜ?」

「なんかさっき、居場所聞かれたンだよ」


 冥さんは血相を欠いた顔で床を踏み鳴らして近寄ってくる。

 何事だ、大事件か? と感じさせるくらい焦燥しているのが見て取れた。

 僕らが座るテーブルの横まで来ると、汗で濡れた顔のまま深呼吸を一つ。


「ハァ、ハァ……いい? 落ち着いて聞いてよ」

「ンだよ急に?」

「──愛屋敷が倒れた」

「なんじゃと!?」


 間髪入れずにそう言った。

 七愛が、倒れた?

 な、なにを言い出しているんだ?


 僕の目は痛いくらいに見開かれていた。


「曲夜が今見てるし、ただの過労だと思う。それは置いといて──」

「置いといてってなんですか!? なにがあったんですか!?」

「たしかに命に別状はないじゃろ、離れておってもわかる、しかし場合によってはただでは済まさぬぞ!」

「それを今から説明するって!」


 冥さんの独特な眼光が場を支配する。

 なにが、大丈夫なのか? 過労って、本当なのか?


「いい? 順序立てて説明するからね、黙って聞いてて」


 吹き出る汗が床を濡らしていく。

 それを見る僕の額にも汗が滲んできた。

 鼓動が強まる、止め処なく破裂するほどに痛む。


「私らはこれまでずっと大江戸武蔵がいたエレインコーポレーション日本支部に忍び込んで情報を集めていたけど、愛屋敷は別のやり方を考案した」


 それは吸血鬼(ヴァンパイア)魅了(チャーム)を使うこと、と冥さんは続けた。


魅了(チャーム)の発動条件は複雑だけど、愛屋敷がエレインコーポの人間を呼び出してセッティングしてくれた。そこで、大江戸武蔵が失踪前夜までどこでなにをしていたのか全てわかった」


 僕はただ、息を呑むことしかできない。

 七愛が過労で倒れた話にいつ繋がるんだ、と口を出しかける。


「──エクソテックス社だよ」


 音の輪郭が失われ、店内の空気だけが凝固した。


「エクソテックス社はあんたらのほうがよく知っているはずでしょ?」


 し、知っているもなにも……だって、会紡機戦は元々エクソテックス社から始まった話なんだぞ。

 エクソテックス社製のAIが暴走してパワードスーツを乗っ取って、それを倒したから僕たちに参加資格が移ったんだ。

 そして、エクソテックス社の社長の口車に乗せられて戦うことに……なったんだ。

 全部、全部そこから始まっていたんだ。


「そこまでわかった時に、愛屋敷は倒れたんだ。無理もないよ、数日間とはいえ緻密な作戦を練ってエレインコーポの重役を呼び出して私らに引き合わせ続けたんだ。並大抵のことじゃない」


 そんなの、一言も教えてもらっていない。

 実際になにをしているかなんて七愛の口から聞けていなかった。

 ただ、吸血鬼(ヴァンパイア)とは上手くやれていると、それだけだった。

 一体いつわかった話なんだ、それは。


「エクソテックス社が兄貴になにかしたっつうのかよ!」


 大和さんの張り裂けそうな声は店内中に響き渡った。


「ふざけんじゃねぇ!」


 隣で彼は勢いよく立ち上がる。


「コーニングス、車ァ回せ!」

「わかったわ、私もついていくから!」

「ぼ、僕は……」


 大和さんとコーニングスさんだけでは行かせられない。

 でも、七愛が心配だ。

 ましてや曲夜さんだけが倒れた七愛の傍にいる。

 吸血鬼(ヴァンパイア)なんてまだ信用ならない、寝首をいつ掻くかわかったものではない。


 通路側に座っていた僕も立ち上がって、全員が通路に出た。

 椅子を引く音すらうるさく感じるほど、神経が尖っている。


「王雅殿、母上にわちに任せよ!」


 今日初めて、菫さんは真面目めいた表情で言い放った。

 菫さんに任せれば七愛は大丈夫だ、と目で訴えてくる。


 僕は菫さんへ駆け寄って、両肩に手を置く。


「絶対、なにがあっても、七愛を守ってくれますね!?」

「大丈夫じゃ、わちと母上は契約しておる。魂で繋がっておるのじゃ、まだ無事なのは確実じゃし任せよ!」

「絶対、絶対ですよ!」


 思わず小さなその肩を握り潰すほど力が入ってしまうが、それでも菫さんは真剣な表情で頷いた。


「冥殿といったか、案内するのじゃ!」

「わかった、二人とも気を付けて」


 それを合図するというように、僕と大和さんとコーニングスさんは足早に店を出る。


「あ、あの今──」


 頼成さんが不安げにこちらを見つめるが、大和さんは余裕もなく店を出た。


「会計、私がするから!」


 冥さんが元いた席から大声でそう言い、僕は会釈して扉を潜る。


 喫茶店まで運んでくれたコーニングスさんの車へ再度乗り込んで、震える手でシートベルトを閉めた。

 もう散々乗った車内なのに、今日はやけに狭く感じる。

 息が詰まりそうだ。


「クソ、クソ! あいつァ全部知ってたンだ!」

「落ち着いて大江戸、それは事実だと思うけど──」

「落ち着けるかッ! 落ち着けるわけねぇだろ!」


 それでも、とコーニングスさんは言う。


「落ち着きなさい!」


 走り出す車の中で、エンジン音を塗りつぶすほどの大声が響く。

 僕だって、落ち着けない。

 いけ好かない社長だとは思っていたが、信じがたい話だ。

 なぜ、なにがどうなったら、そうなるんだ。


「大江戸武蔵の情報は財団にも降りてきたわ、エクソテックスの社長からね。まんまと乗せられるわけだわ、社長本人が関与しているのだから……!」


 それすら初耳。


「許せない気持ちもわかるけど、相手はこっちが情報を握ったことを知らないのよ、このアドバンテージは活かすのよ!」


 駄目だ。

 僕が考えなければ駄目だ。

 大和さんは感情的になると判断力が鈍る。


 僕が、力にならなくては。


 それでも、胸の奥で焦燥が鈍い音を立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ