第五十話 公園の中の戦争
異様な光景。
コーニングさんが語った財団の偵察情報と、これっぽっちも、まるで違わない光景。
夜の公園。
雪の重さでしんと静まった住宅街に、テニスコート付きの大きな公園。
そこには通常、暗くなってから人は寄り付くような場所ではない。
だがそこは……ごった返していた。
何人いるのかも見て取れぬほど大勢だ。
それぞれなにをするわけでもなく、ただ突っ立っていた。
統一感もない、現代ファッションの人間たちが。
「……コーニングスは離れて待機してろよォ」
「こんなの、普通じゃないわ……気を付けるのよ」
「わかってます」
「こーにんぐす、とやら。わちに任せよ」
車を降りて、ゆっくりと公園に近づく。
本音を言うならば近づきたくない、恐ろしい。
なんのためにここにいるんだ?
呪術師の罠にしても、状況が読み込めない。
全員が奴の手先なのだろうか。
公園の敷居を跨いだ瞬間、バラバラだった人々が一斉にこっちを向いた。
「おいおい……なんだっつうンだよ」
「なんじゃこれ? 変わった祭りじゃのぅ」
顔。
顔、顔、顔。
違うパーツで構成された、日本人らしい顔の数々。
だが表情が一様であった。
瞳孔が開き切った目に、尖がった口。
死んだ魚の顔を想起させるそれは、僕の背筋を泡立てるには十分すぎる。
「ぷぅおー、ぷぅおー」
「ぷぅおー、ぷぅおー」
「ぷぅおー、ぷぅおー」
まるで合唱でもするかのように。
肺の奥を無理やり搾り出すような、湿った低音が重なり合う。
見ているだけで、胸が空虚になるほどの不安を呼び込む。
全員が狂いなきテンポで声を重ねて、狂っていた。
そうして、その擬音めいたなにかに合わせて足を動かした。
行進するように分裂し、中央だけを開く。
「ぷぅおー、ぷぅおー」
そこには、恍惚に近い彩度の笑みをした銀髪の男がいた。
口元を抑えて、押し殺せないほどの笑みを浮かべた呪術師の男が。
「まさかあんな紙切れ一枚で本当に来るとはな。いくつも策を用意していたというのに、全て無駄となってしまったではないか──」
重なる声に紛れて、異なる声を被せて男は嗤った。
「な、なんなんですこれは……なにを、したんですか……!?」
無数の視線を浴びる僕は、悪寒を雑巾のように絞って言葉をひねり出す。
「自己のみが全てだ、他人のことなんてどうでもよいだろう。しかし呪いの名だけは教えてやる……操作の呪い。さあ答えを聞いてどう──ッ!?」
男の声は囁くような声だった。
なぜ重なる声の中で聞こえたのか、すぐに僕は気づく。
すぐ近くにいるからだ、いつの間にやら男の手にはナイフが握られていた。
サバイバルに使うような大振りのナイフが。
それを、菫さんが刀で受け止めてた。
そのまま脇差ほどの刀を翻し、ナイフを振り落とした。
「……招かざる客もいたものだ」
「なんじゃと? 祭りは大好きじゃぞ? 仲間外れにするでない」
空中でそれを受け止めた菫さんはすぐに着地し、刃を上にし納刀する。
呪術師はそれを見るが、動こうとはしない。
「ああ、まったく……役者は揃っていないというのに邪魔者が沸くとはな。何者なんだ貴様は?」
じりじりと後退する呪術師の言葉に、合唱がピタりと止んだ。
「……菫鬼じゃ」
「鬼か、幻生なのだな……にしても規格外だな。それにその容姿はまるで──」
「やってよいのかのぅ、王雅殿?」
薄ら笑いをやめた呪術師を遮って、菫さんは余裕そうに刀の鞘から手を外す。
「い、いや、待ってください……この人たちの呪いを解いてもらわないと……!」
「あァ、それが先決だ。おい呪術師。テメェこの鬼にひよってンだろッ!」
呪われたであろう人々は、合唱こそやめたが未だ瞳孔は開き切ってこちらを見ている。
人質なのだ、この人たちは。
こいつを殺したら呪いが解けるという確証もない。
「勘違いするな、貴様らが優勢というわけではない。戦いになればその鬼が貴様ら二人を守り切れるとも思えん」
「余裕じゃと思うけどのぅ」
呪術師は後ずさる足を止めて、拳をこちらに向けた。
糸でも繋がっていて、その動きに動機するように人質たちも拳をこちらへ向ける。
「それを決めるのは、まだ尚早だろう」
男の手の人差し指。
そこには黒い指輪がはめ込まれていた。
顔面はピアスまみれの男だ、そうしたアクセサリーかと思った……が。
人質たちも全員、それを茶色にしただけのような指輪を嵌めている。
「呪われよ──審判を下す邪悪」
呪術師が謳った。
「呪われよ──増大する邪悪」
伴奏するように、人質たちも声を合わせて謳った。
その時。
あまりにも邪悪な気配が全身へ忍び寄った。
それぞれの指輪は物理現象に反した黒光を放った。
呪術師の前でクワガタムシのような線を浮かび上がらせる。
それに向かって斬りかかっていた菫さんは、その黒き光線で出来た絵に弾かれて僕たちの元へ着地した。
さらに人質の人々の前にはゴキブリ染みた線画を浮かび上がらせる。
四方八方からライトを浴びせられたように幻惑され、視界になにが映っているのかすらわからない。
微かに見えるのは、黒線がほぐれるように彼らの体の周囲を包み込む姿だった。
まるで──鎧を模るように。
黒光の線はより一層輝きを強め、気づけば黒線がじわじわと広がり。
全身を覆う、奇妙にして完全な鎧となっていた。
呪術師の男は腰部に巨大なハサミを背負った、クワガタムシを想起させる鎧へ。
陶器のような模様が渦巻く全身は漆黒を纏い、頭部からは二本の角が天へ聳え立つ。
人質たちは意匠は少ないものの、やはり僅かな光を携え、触覚の生えた頭部を持っていた。
「と、特撮ヒーローじゃねぇンだからよォ……!」
大和さんは冗談めいたことを言う。
僕もこの光景には、ケレン味を覚えた。
しかし、そのどす黒い敵意は冗談ではないと言う。
「す、菫さん、やれます?」
「余裕から、ちょいと頑張ればやれる程度になったのぅ……」
これを、口裂け女を凌駕する圧力。
それに対して頑張ればやれる、だと?
頼もしいのか現実が見えていないのか。
「まあ待て、まだ役者は揃っていない。そう言っただろう」
通気口などどこにも見当たらない、フルフェイスのヘルメットからはクリアな肉声が聞こえる。
「テンスさんと、預言者さんですか……?」
「第一神託者だけさ、ここに必要な役者はな」
「……テンスさんは、どうしたっていうんです!」
「答える必要はないな」
呪術師は首を横に振るう。
異様さを増すばかりの公園に、舌打ちの音が響いた。
後ろからだ、新手か?
そう思うが男から目を離せない、離すとなにをされるかわからない。
「王雅、前は俺が見る、オメェは俺の背につけッ!」
大和さんにそう言われる。
タイミングが、わからない。
「その必要はない、貴様らの後ろにいるのは味方だ」
どう信じろというのだ、その話を。
「はぁ? 味方だって?」
しかし、その声は聞き覚えがあった。
だが味方とは程遠かった。
預言者さんの声だ。
雪を踏みしめる音を鳴らしながら、僕の隣へと立った。
横目で見る。
黄色いメッシュだけが浮かび上がらせる、闇夜に溶けてしまいそうな黒髪が映る。
「王雅くんはボクが世界一嫌いな顔と瓜二つで──」
待って、世界一嫌いな顔ってどういう意味だ。
さすがにこの状況で単なる悪口ではないだろう。
「世界一嫌いな組織である邪神教の幹部に──」
邪神教? 呪神教ではないのか?
雷神教の人はそう呼ぶのか?
そのまま横を通り過ぎて、前へ立つ菫さんに彼女は並んだ。
「──世界一嫌いなチビだ」
「チビとはなんじゃ、小娘」
「よくもまあ、ボクが嫌いな奴らをこうも集められたものだと感心しちゃうよ」
菫さんと預言者さんの二人は視線を交わした。
彼女は、菫さんを知っているのか……?
逆に菫さんは預言者さんを見たこともないようだが。
しかし、どちらも寝ぼけ眼が類を見ないほど強い反応を示した二人だ。
なのに今はその関係を聞いている余裕はない。
「忌々しき第一神託者よ、嘘が一つあるな」
「ないよ、虫けら」
呪術師が断言すると、興味の欠片もないような声で預言者さんが返す。
「貴様は長内王雅に執着している」
「……嘘はついていないよ、世界一嫌いな顔と瓜二つだからこそだ」
「まぁいい──役者は揃った」
僕たちを尻目に、二人は会話を続ける。
どうすればいいんだ、テンスさんはどうしたんだ。
状況が呑み込めない。
「なにカッコつけてるんだか。王雅くんと一般人を人質に取って第十神託者を動揺させたかったんだろう? ボクは王雅くんに固執していると考えているから手出しも出来ない、と。でもチビに全てひっくり返されたわけだ。まったく、嘲笑に値するよ」
いまいちわからないが、呪術師は会紡機戦を勝つためにテンスさんを動揺させたかった。
さらに、預言者さんが呪術師とテンスさんの戦いに関与できないようにここに縛り付けたかった。
そういうことか?
テンスさんは自分のご飯を野生動物にあげちゃうような人だ、そうかもしれない。
「事実、貴様はここにいるではないか。第十神託者にこの現場を見せるわけにもいくまい?」
どうやら僕の考えは合っているらしいのだった。
「嘲笑いに来たんだよ。元々手を出さずとも、あの子はキミに負ける器じゃないからね」
呪術師は頭を落とし、看破されたことを認めるように自重げな息を漏らす。
「上手くいかんものだな」
「元々あの子と呪術師は相性最悪だからね、今回もキミたちの手に会紡機が渡ることはないね」
「しかし、やってみなければわかるまい」
「ああその通りさ、あの子なら待機させてあるから行ってくるといい。精々無様に戦って死んできなよ」
「冷血な貴様の言など信じるに値せんが……いいだろう」
な、なにを勝手に話を進めているんだ。
「待ってくださいよ!」
「テメェ、呪い解いていけ!」
ほぼ同時に僕と大和さんが吠える。
しかし呪術師は増大する邪悪と謳われた鎧の間に割って入る。
たった一人鎧を纏っていなかった男性、僕が見落としていたその人の肩へ呪術師の手が触れた。
「別化の呪い」
そう言い残して、たった一歩の跳躍で宙を舞うように公園から飛び去った。
「解くわけがないだろう、まったくキミたちもバカだねぇ」
「じゃあどうすンだよ!」
「殺さず無効化すればいいだろう? あとであの子の天術でどうにかできるさ」
その言葉に僕はぐらつく。
星座を描くように頭の中の星が繋がる。
預言者さんが語った呪術師とテンスさんの相性の悪さ。
それを認めるような呪術師の言葉。
テンスさんの天術、つまり時間逆行だ。
呪いを掛けられる前へと戻せる。
たしかに呪術師にとっては天敵だろう。
「ボクだけなら殺してたけど……まあ、嫌でもキミとあの子は接触するんだ。バラされたらたまらないからね」
僕に向けたその声色は冬空よりも冷たく、降り注ぐ雪よりも軽かった。
それも大事だが、それよりも、いくら天敵だからといって。
「本当にテンスさんは大丈夫なんですか!? あいつに勝てるんですか!?」
「キミは呪術師のほうを心配するべきじゃないのかい? と言えるくらいにはね」
その皮肉を皮切りに、蠢く蟲が如き鎧たちが、動き出した。
まるで錆びた金属音を奏でそうな無機質さで。
「王雅殿と大和殿は一旦下がっておれ。呪術師がおらぬなら、わちだけでも十分じゃ」
「仕方がないからボクも手伝ってあげるよ、感謝してよねチビ」
「たわけたバカ小娘じゃな、次チビと言ったら許さないのじゃ!」
菫さんは座り込みそうなほど腰を落とし、鞘を握る。
反対の手は軽く柄に触れた刹那。
小さなその輪郭は静かに溶ける。
融解しきった輪郭を追うように白光する雷が追走した。
白き霹靂の異名に相応しき一閃が轟音を唸らせる。
鎧たちが宙を舞い弾け飛んだその下で、預言者さんが黄色いショート丈ジャケットの懐から玩具のような物体を取り出す。
形容しがたい形状のそれは、砕けるようにパーツが分離されてゆく。
近未来的な光線銃のような姿を現す。さらに分離したパーツは宙を舞った。
分離パーツに見えたそれは、小型ドローンのように浮遊し黄色の雷を広域に放つ。
遅れて本体の光線銃が薙ぎ払うように眩い光を発した。
菫さんと預言者さんから生じる雷光が網膜を焼き付けてゆく。
菫さんが雷を纏う抜刀術で敵を跳ね飛ばす度に、預言者さんがドローンや光線銃でそれを撃ち落とす。
「一体、なにが起こってるんだか……?」
「さっきの話もわけわかンねぇし……頭が痛くなってきたぜ……!」
なに一つ理解ができない。
まるっきり、まったくもって、蚊帳の外だ。
僕たちがここにいる意味などあるのだろうか、と茫然が頭を支配する。
二人は僕たちへ敵を撃ち漏らすこともなく、ただ一方的に跳ね飛ばし、電撃を浴びせ、なぎ倒してゆく。
ただ一人、呪術師にヴェオ・スラルタと言われながら肩を触られた男性だけは立ち尽くしていた。
一方的に蹂躙されゆく鎧たちをも無視するその男性は、どこにも焦点を合わせてはいなかった。
一瞬見間違えかとも思ったが、その頭部が膨らんでいった。
「ぷぅお──!」
まるで風船のように、人間の顔の原形を残さず張り詰めた巨大な顔へと変貌する。
激しい点滅の中、その顔は突然破裂した。
まるで脳と脊髄だけが抜け出したかのように、尾を引いた脳はゆらゆらと宙を舞った。
もう僕の理解の幅を完全に越えている。
パンクだとかそういう問題ではない。
現実を現実だと認識できない。
超常的すぎて、あまりにも現実味がないのだ。
それは、ぼうっと布のように広がり空に漂う赤い巨大クラゲへと。
そうとしか呼べないものとなってさらに上へ浮かび上がっていく。
「あー、別化の呪いのクラゲはキミたちに任せるよ。手持無沙汰で暇だろう?」
陳腐でふざけた、いかにも光線銃らしい光線銃声を響かせる預言者さんは振り返りながらそう言った。
あれを僕たちで、やる?
元々人間だった怪物を、僕たちが、殺さずに?
判断能力が死んでいる。
激しい光と音が暴力的に脳を叩きつける。
脳をパニック状態に陥れられているような気分だ。
しかしながら、ただ見ているわけにもいかない。
今この瞬間を切り抜けるには、少なからず手助けしたほうがいいに決まっている。
「……クラゲなら触手、傘の縁、口腕っつー口の周りのヒラヒラに刺胞……つまり毒を持っているはずだが。あれがそうなのかまったくわからねぇ。全体に刺胞まみれな可能性もありゃ、まったく予想もつかない攻撃をしてくる可能性もあらァ」
嵐のような雷鳴が吹き荒ぶ中、僕は壊れかけた頭で考えた。
つまる所、素手でどこを触るのも危険ということ。
僕の崩放も実用段階ではない。
ならば今は一つしか思い浮かばない、それ以外に方法があるはずがない。
「考えがあります」
「あァ、今回も有効打はオメェだな」
互いに頷いて、僕は走り出した。
「無門……!」
邪魔にだけはならぬよう、白雷と黄雷が駆け巡る戦場をネズミの如く走る。
霰のように空から鎧が降ってくる危険地帯を。
真横では鉄骨が落ちてきたような金属音が心臓を叩く。
目的の地点まで移動し、倒れるように伏せる。
頭の上をちりちりと雷が通り過ぎた。
僕は呪術師が落としたナイフを手に取る。
これが唯一の突破口だ。
逃げるように元いた場所へと踵を返す。
「飛べ王雅ァ!」
「はい!」
大和さんと僕は引力に引かれ合うように駆ける。
重心を地面に移すように膝を曲げて、ただ思い切り地面を蹴った。
宙へ飛び立つと、空に打ち上げられるような感覚を覚える。
重力を掻き分けて僕は空を進む。
視界の端では、雪埃を巻き上げながら着地する菫さんが映る。
その隙を掴むように増大する邪悪が手を伸ばしていた。
彼女の腕は一瞬姿を失ったかと思うと、鎧が仰け反る。
預言者さんのドローンがそれを補足し、閃光を走らせた。
僕が空から見下ろす大きな公園では、激戦を思わせる光の点滅、轟音。
蟲のように群れを成す鎧たち。
それらは、まるで小さな戦争を作り出しているかのようであった。
それを覆い隠すように大和さんが風に髪を煽られながら突っ込んできて、僕に向かって手を伸ばしていた。
「行けッ!」
一瞬の浮遊感。
僕の跳躍における最大到達点のその瞬間に、大和さんの掌が足裏に触れる。
空中で砲丸投げをするかのように、彼はさらに僕を舞い上げた。
頷く間もなく、内臓だけをそこに残して体の外側だけが飛んでいってしまうような感覚。
ついに、星空に漂っていた巨大クラゲの頭上が見える。
右腕を広げて半円を描くように体の内側へ。
手からナイフの表層へと、崩力の暖かさが移動する。
左手に灯した崩力でそれを固定する。
──崩注。
落下を始めると風に叩きつけられ、言葉は出なかった。
崩注を纏ったナイフを向け、クラゲの傘へと僕は降り立っていく。
クラゲから垂れていた脊髄のようないくつもの触手が僕へ伸びた。
迫る触手の海で、僕は一心不乱にナイフを振るう。
意識の中に潜り込むような集中力の底で、素手や顔にだけは当たらぬように斬り落とす。
一本、二本、三本──。
斬り落とされても、それは先がなくなっているだけで根本から繋がる部分はある。
巨大な針のそれは、僕の眼前を滑っていった。
赤く半透明な触手が鼻先を掠めかかる。
そして、幕開けるように通り過ぎて……傘が見えた。
広大でいて幻想的な大地、とすら思わせるそれに僕はナイフを突き立てた。
柔らかなゼリーを斬り裂くような感触が手に伝わった瞬間、僕は体をくの字に折り曲げて足をつける。
しかしナイフも足も支えにならない。
滑り落ちるように僕は下へ下へと吸い込まれていく。
崩注の固定を解き放ち、ナイフを覆っていた崩力が傷口へと滲んでいく。
思えば、崩注を本来の用途で成功させたのは初めてだった。
崩力は傷口からだと効果を高める、異世界の騎士戦でわかっていたことだ。
物理的に傷口を作りながら崩力を効率的に注ぎ込める、これが本当の崩注なのだ。
だが、それゆえに威力が高すぎた。
崩力の流れが体感的にそれを伝えた。
殺すわけにはいかない、元は人だから、まずいっ!
僕はナイフを掻き上げて手を離す。
それしか思いつかなかった。
すると、当たり前に地面に引きずり降ろされていく。
僕は体を丸めて、ただ落ちていった。
胎内の赤ん坊のような恰好で落下する僕を、力強いなにかが受け止めた。
未だ空中で、お姫様抱っこをするように大和さんが抱えていた。
放物線を描く大和さんは踏ん張りを効かせて着地した。
まるで王子様のようである。
上手くいった安堵から思わずそう感じてしまうほどには恰好良かった。
「大成功だぜ、たまにゃ思い通りに行くもンだなァ!」
「し、死んでないですかね……!?」
「そりゃァわかんねぇが……」
そう言って大和さんは僕を足から降ろしながら、空を見上げた。
僕も釣られて同じ方向を見ると、布がひらひらと地上に落ちていくようにクラゲは落下し始めていた。
その下では、倒れた鎧の山が築かれている。
菫さんはどこから取り出したかもわからない刀を鞘に仕舞うと、それは白き稲妻を迸り宙に消える。
同時に預言者さんはドローンを光線銃に合体させジェケットの内側に忍ばせた。
全てが鳴り止んだ静けさ、時間が止まったような公園。
戦いは、気づけば終わっていた。
「テンスさん……!」
状況は終わっても、僕の目的は終わっていない。
彼に会いたい、せめてその戦いは見届けたい。
「お、おい!」
僕は衝動のまま預言者さんに駆け寄ってゆく。
ちらりとこちらを見た彼女は悪戯な笑みを浮かべ、腰から神誓剣を手に取って空間を切り裂く。
なにもなかった空間には神誓門が見開いた。
その中に一言も零さず足を踏み入れる彼女の後を全力で追った。
「お疲れ様じゃ……王雅殿!?」
「待てやおいッ!」
背後から聞こえる大和さんの声。
横を通り過ぎた菫さんの声。
それを置き去りにして、僕は突き破るように神誓門へ足を踏み入れた。




