第五節 黄昏に染まる世界
地平線には、日がこちらを覗き込んでいる。
本当になんにもない荒野に、ポツポツと藁と泥で出来た原始的な家や屋台が立っている。
「……こんばんは」
「誰だおめえ? 新手の崩術師か?」
首のないグロい馬に乗った、一つ目のヒゲ親父がそう言った。
正直、あまりにも怖い光景だが父によく聞いていたので恐れるのはよくない。
彼は夜行さん、小さな角をも携えた鬼だ。
彼に限らず、妖怪ってのは怖がると喜ぶしナメてくる。
「長内王雅……いや、餓鬼ですよ」
「餓鬼!? あんなちっこかった餓鬼がお前だってのか!? 人間はやっぱ不思議だなオァ!」
そう言いながら彼は首無し馬に振り落とされていた。
なっつかしいなぁ、小学生の時は何度か父に連れてきてもらった、妖怪たちが住む黄昏世界。
風一つ吹かぬ、まるで時間が止まった世界だ。
小石を一つ蹴り上げ、父の顔を思い出す。
しわくちゃで大きな手だった、僕の小さな手を包み込んで妖怪たちを牽制しながらこの世界を見せてくれた。
既に僕を拾った時点で初老だったお父さんは、老いていても妖怪たちには恐れられていた。
至高の崩術師である崩王は日本最強の崩術師だった。
きっとお父さんなら、あんな格闘家の反社には負けなかっただろう。
あの戦いから少しの時が過ぎ、眠りもせずに悩み続けて、ヤバくなったらもっと早く逃げる決意を胸に僕は戦う道を選んだ。
ハッキリ言って、エクソテックス社が怖いという割合も大きい。
病院をすぐに退院してからは、社長とやり取りしながら僕用のパワードスーツの開発テストをしていた。そんな中、僕は空間を歪ませこちらに来る崩術を学んでいた。
崩進と呼ばれる、空間に崩力を流す崩術。
それによって、元々綻びがある空間を歪ませることでこの世界へと門となる。
しかしあの反社大男との戦い、ニュースにすらならなかったな。
「にしても、餓鬼お前崩術師になったのかよ? 崩王のムスコ? だったか、崩王に教えてもらったのかよ?」
小石を蹴り飛ばしながら広場に向かう僕に、夜行さんがついてきていた。
ビビったぁ……。
妖怪って家族いない奴ばっかだしな、母体から生まれてくるわけでもないようだし……親子という概念が定着していないのは当然か。
「いえ? 父から崩術師になるのは止められていたんですけど、高校生の時に修学旅行で中国人の崩術師に出会って、学んだんですよ」
その中国人はすぐ中国に帰っちゃったから、崩術のやり方はメールで送られてきたから通信教育だけどな。
名前はリ・コクエンさんだったが、日本の妖怪は知らんだろうし教えるまでもない。
「ほぉ。そんで崩進まで使えるようになったのかよ?」
「凄いでしょう? ふふん、僕は才能があるんです。非公認ですけどね」
「ハハ! 非公認崩術師なんてお前の世界じゃハンザイシャと同じだろうが!」
まあそうだけど。
崩進より空間の綻びを見つけるほうが正直大変だった。
大体そういう場所は心霊スポットで、怪奇現象の元となっている。
僕は大の怖がりだ、幽霊とか虫とか本当に怖い。
なんとか心霊スポット認定されていない、寂れた公園で綻びを見つけられた時は飛び跳ねて喜んだね。
「なぁ、日本妖怪対策局に雇われてない非公認崩術師のお前なら、人間世界から良い酒持ってきてくれるだろぉ? なぁってばぁ」
夜行さんの目的はそれか。
日本妖怪対策局は崩術師を管理し、人間世界に忍び込んだり黄昏世界で暴れた悪い妖怪の退治を崩術師に委託する組織。
父はそこで名を上げたが、僕は声が掛かっていないから非公認だ。
正直これもネックで、エクソテックス社に崩術の技術提供を出来ない理由になっている。
ゆえに理論の説明が出来ないから技術テストが面倒臭くなってる。
「嫌ですよ、日妖に目つけられたらヤバいらしいじゃないですか? 何年監禁されるかわかったもんじゃないです」
「ケチんぼが!」
彼はため息をついた途端、また首無し馬に振り落とされていた。
雑談しているうちに、いつの間にか広場についていた。
頭から酒を被る河童に、一本足でピョンピョン跳ねるからかさ小僧。
まったく変わらない風景だ。
その中の屋台に僕は歩みを進める。
「よお兄ちゃん、新顔だな?」
「やだなぁ、餓鬼ですよ大将」
重たげな音を流す巨大な骸骨、がしゃどくろさんにそう告げると顎がカポーンと外れ落ちた。
リアクション面白いな。
「う、うちの地獄焼きおにぎりを二十個平らげたあの餓鬼!?」
「懐かしいですねぇ、小学生だったのによくあんな食えたもんだ僕は」
「また地獄焼きおにぎりを食いにきたのか!?」
「今日はちょっと、お話を」
お父さんの話によると、がしゃどくろさんは結構情報通だと言っていたはずだ。
「ちぇっ、腹が痛いつってのたうち回る姿がまた見れるかと思ったのに」
「崩王について詳しい妖怪を知りませんかね?」
「あー? お前より詳しい奴なんているのけ?」
エクソテックス社の新型テストのない日を狙って、わざわざ新技を覚えてまでここに来たのはこれが理由だ。
お父さんに詳しい妖怪がいれば、その強さの秘密や崩術のコツも知っているかもしれない。
「崩術師としてのお父さんのことはあまり知りませんからね」
「なら烏天狗の奴じゃないけ? 今頃は大岩の上で寝てるぞ」
「どうもどうも」
僕は会釈して屋台を後にする。
広場から少し離れたところに、一際大きい岩がポツン、とあった。
無造作に、降ってきた隕石が直立しているかのような大岩。
「お~い、烏天狗さん居ますか~!?」
「んあ~!」
登るのはおっくうだから、呼び寄せると起き抜けのような声が帰ってきた。
そのまま、バサバサと翼を広げながら僕の目の前へ彼は着地した。
カラスのような黒い嘴と体格に合わない小さな翼を持つが、それ以外は茶色の鷹のような羽毛をしている。
天狗というより人型のトリという見た目だ。
「どうも就寝中すみませんでした、餓鬼です」
他の妖怪たちと同様の反応をする彼に苦笑いしてしまう。
僕は長い話を想定して座り込むと、彼も胡坐をかいて座った。
「んで、要件はなんじゃい」
「崩王についてなんですけど」
「ああ、崩王か……あいつが死んでから妖怪は暴れたい放題で大変だわい」
お前が言うな、と言いかける。
烏天狗さんの話も父から聞いている、彼は人間世界で貴金属泥棒しまくってお父さんに退治されかけた妖怪だ。
飛行能力のお陰で難を逃れたようだが、そこからは黄昏世界で大人しくしていると父は言っていた。
「単刀直入に聞きます、崩王と戦って生き延びた数少ないあなたから見て、崩王はなにが強かったんですか?」
「そりゃあ滅茶苦茶だわい! 人間の速度でもなけりゃ、ジャンプ一つで上空のワシまで追いついてくるわ、全身に崩力を纏ってるわで手出しも出来んかった」
フィジカルも凄かったのか……あ、たしか脳のリミッターを崩壊させる崩術があったがそれか?
いや待って、今なんて言った? 全身に崩力を纏う?
「全身に崩力を纏う術なんて聞いたこともないんですけど」
「崩王独自の崩術だろうなあ、あれが出来るのは後にも先にも崩王だけだわい……」
長い歴史を生きているとされる烏天狗さんにそこまで言わせるとは。
はっきり言って、出来る気がしない。
「そりゃあ……無敵でしょうね。飛び道具も当たれば溶けて、直接攻撃しても溶けてしまう、対処のしようがない」
「ありゃどっちかっていうと妖怪だのう」
人のお父さんを妖怪呼ばわりしないでいただきたい。
ちゃんと人間だったよ、夜中にエッチな映像見てたし。
「他にはなんかないですか? 崩術のコツとか言ってませんでした?」
「コツゥ? まさか餓鬼、崩術師になって自力でこっちまで来たのか?」
「ええ、まあ。それでどうなんです?」
気持ちが焦る。
新技を攻撃技ではなく、こちら側に来る技にしてしまったのに収穫なしはまずい。
時間を無駄にしたことになってしまう、いつ次のビジョンが来るかヒヤヒヤしているというのに。
「そうだのう……ああ、言ってたわけじゃないが、あやつは最初、ずっと手に崩衝を残したまま動き回っておったな」
……ッ!
そうか、崩衝は型を完遂した後も、相手に触れずともある程度発動し続ける。
戦闘中は発動切れまでずっと手に崩衝を残したままでいいんだ。
わざわざ相手に撃ち込む時に発動しなくてもいいんだ。
僕の場合だと、基礎すら完璧ではないから時間経過で崩力が弱まってしまうのが問題か?
「あとは、避けた瞬間に崩衝を崩放へと変えて飛ばしてきたりもしておったわ」
崩放は手に溜めた崩力を飛ばす飛び道具だったな。
しかし高等技術すぎる、構えが違うのになぜそんなことが出来る?
上級者は型に囚われず、崩力を自由自在に操れるのか?
「あまりイメージつかないかもしれませんが、崩術師が人間相手に戦うならどんな手が有効だと思います?」
「昔々は人間相手に戦っておった崩術師もおったからな、そうさのう……地面に崩衝を撃って、ぬかるんだ地面を罠としておったり、柱に撃って屋敷を崩したりしておった。大半は刀に崩注を施して戦っておったな」
忍者みてーだな。
搦め手は確かにかなり有効だ……しかし、出てくる言葉が古臭すぎる。江戸時代とかの話なのだろうか?
収穫はかなりあった、お父さんの真似は出来なくても、次覚えるべきは崩注だろう。
合法的に持てる武器だったら可能のはず、お父さんの如く更に全身とまではいかなくても、両腕に崩力を纏うくらいなら出来るかもしれない。
僕は両ひざに手を付け、お礼を申し上げて立ち上がる。
そうすると彼は嘴をカチカチと鳴らし始めた。
「ワシも昔話が出来て楽しかったわい、また来なされや」
烏と鷹みたいな見た目してるのに、一人称はワシ、鷲ではないのに。
なんて考えながら、僕は来た道を戻っていく。
色んな妖怪に挨拶をし、驚かれながら一番最初に降り立った場所へとたどり着いた。
僕は腕を伸ばして手首をひねりながら崩進を放つ。
やがて緑色の光が手を離れ、空間に溶けていく。
景色が、そして日が捻じれながら、らせん状に渦巻いていき、その中心が波紋のように押し広げられる。
向こう側が見える、寂れた公園のシーソーが。
僕は足を踏み入れると、冷たい風が肌を逆撫でた。
「ふぅ……」
家に帰って崩術の特訓だな。
明日も新型パワードスーツのテストだから、夜更かししてでも今日特訓しないと。
忙しい日々はあっという間に過ぎていく、ニートの頃は一日が長かったが曜日感覚も日数を跨いだという感覚もなかった。
まったく逆で新鮮だ、一日は短いのにそれぞれの日は覚えている。これが一般的な生活なのだろう。
帰宅し夜も更ける、僕は崩術の特訓をし続けていた。
なにかコツに気づき急成長することもなく、最短ルートも思いつかず、ここ最近ずっとやっている分だけゆっくりと成長していく。
崩力の持続時間も伸びていき、より詳細な感覚も掴めてきている。
だけど、お父さんの話を聞かされるとまだまだだなって感じで、時間は過ぎていく。
いつの間にか寝てしまった僕は、古臭いドアベルの音で目覚める。
もう迎えの時間か? VIP待遇な僕様はお迎えが来るからなぁ!
会紡機戦のキーパーソン、エクソテックス社のダークホースたるこの僕は迎えを待たせたっていいんだぜ?
なんて思いながら、僕は高速で歯磨きだけしながら準備してましたという体を装い玄関ドアを開いた。
「ごめんなさい今支度してま……おふぉ!」
僕は思わず歯ブラシごと噴き出してしまった。
「きったねぇな! 小便タレから歯ブラシタレなるンか!?」
そこには大江戸さんらしき人物が居た。
大江戸さん……だよな? 前見た時よりゴツくなってる、筋肉の付き方が数ヵ月レベルではない。
まだボディビルダーとまでは行かないが、サッカー選手くらいはある。
身長もかなり伸びている、僕と同じくらいになってる。
妖怪はまったく成長も老いもしないから、逆妖怪だ。
とどのつまり、バケモノだ。
「えっと、あなたは大江戸大和さん?」
「ふン。俺こそがエクソテックス社の切り札、大江戸大和よォ」
うぅ……。
思考が僕と似てて恥ずかしい。
「ま、エクソテックス社も社長も信用してねぇけどな」
でも、相変わらずらしい。
元気にやっていたどころか、こんな立派な姿になってしまって……顔に幼さが残ってるのがまだ救いだな。
「でェ、そろそろ入れてくれねぇか? 寒みぃンだよ」
辺り一面は雪景色で、しんしんと降り注ぐ白い雪はさながら妖精たちの演舞だ。
特に大江戸さんの頭の上で大舞踏会が始まっている、帽子に乗っかった山盛りの雪を見ているとそう思う。
この雪だ、自転車も使えないし歩いてくるしかなかったのか。
僕は隠れて吹き出してしまいながら、彼を招き入れるのだった。
朝支度を済ませ、昼用のお弁当を作りながら僕は問う。
「四ヵ月で筋肉つきまくりの背伸びすぎの、あと傷も一瞬で治ってましたよね。あなた本当に人間なんですか?」
「俺も驚いてらァ、理由もわからねぇし普通じゃねーわな……成長ホルモンの過剰分泌も症状からは考えにくいし、未知の病気かもな」
「スーパーヒーローの目覚めじゃないですか? アメコミだと大抵放射線絡みですよね、心当たりは?」
卵を炒めながら、思わず軽口を叩いてしまう。
「あるわけねェだろ、こんなド田舎で」
「ごもっとも」
「わけわかんねぇけど、長生きはできねぇだろうな……」
悲しいこと言ってくれるなよ。
生き残ってお互い爺さんになったら、あんなこともあったのぅとか言いながら茶をすするんだよ僕たちは。
「にしても、どうして急に我が家に来たんです」
駄弁ってる内に弁当が完成した僕は、大江戸さんの対面にあるソファーに座って茶を置く。
「俺用の防具が出来たから、長内と一緒に来いだとよ」
「えぇ!? 王雅専用ヒーロースーツまだ出来てないのに!?」
「俺のはパワードスーツじゃなくて防具だからな、パワードスーツを装着してみてわかったが、俺の動きに追従してこれねぇンだよ。しかもアメリカの暴動鎮圧用防具、ライオット装備の使いまわしだぜ?」
彼はため息を一つこぼして、お茶を一気に飲み干した。
アツアツなのに……僕は猫舌だから一口もまだ飲めない。
「まあ、ないよかいいですよね、恰好よさそうですし」
「俺ァそういうの趣味じゃねぇ。漢は生身で拳だろ」
やっぱそっち系なんだ。なんだか嬉しくなるな、予想通りで。
変に知識あったり、勉強熱心なところは違和感だ。そういう昭和臭いヤンキー観はとても似合っている。
また、古臭いベルが鳴った。
今度こそお迎えか。
「さて行きますか」
あれよあれよという間に、エクソテックス社に辿り着いた。
向かう場所は僕がエクソスケルトンのテスターをしていた郊外の一番工場ではなく、秘密の三番工場。
本当に物も人もキナ臭く、地面も一番工場と同じなのにハザードマークのついたケースやら、分厚いガラスの向こうにはガスマスクのようなものをつけた人までいる。
工藤さん、元気にやっているだろうか。
「本日もよろしくお願いします、長内さん」
「はい、お願いします」
丸い眼鏡をかけ白衣を着た男、志村さん。
いつ見ても見事な禿げあがり模様で、M字ハゲという奴だ。
見たからに理系で頭が良さそう、なんだかんだ妻子も居そうな人で礼儀正しい。
「俺の防具もアンタが紹介してくれンのかい?」
「いいえ、それはあちらの船橋さんが担当します」
しかし志村さんは雑談は絶対しないしジョークの一つも言わない。
業務連絡だけって感じだ。
担当が違うってことは、別々か。久しぶりの再会なのに。
そんなことを思いながら、僕は紹介された船橋さんなる人物に視線を向ける。
……あ!? あの人船橋さんって言うのか!?
めちゃくちゃ美人の、三番工場に来てから目をつけていたあの美人の。
切れ長の目にきりっとした口、長身で細身の船橋さんが担当!?
「くそう……ちくしょう……おかしいじゃないですか……!?」
歯をギリギリと噛みしめながら僕は地団太一歩手前だ。
じゃあ僕も防具でいいわ、パワードスーツいらないから船橋さんの担当でいいよ! 十分だよ防具で!
「なにキレてんだよいきなり……」
船橋さんがコツコツとヒールを響かせながら歩いてくる。
その太ももに僕は夢中だ、釘付けだ。
もう太ももしか目に入らない、ズームされている感覚になる。
というか、本当にズームされていく。
足を越えて、建物を越えて……新幹線から見た景色のように、一直線に流れていくこの感覚は。
会紡機戦のビジョンだ。
あの男、あの反社の大男……あいつが、こちらを睨んでいる。
「再戦、だな。今回は準備万端で行くぞ」
「僕のスーツ、間に合いますか?」
志村さんに聞くと、彼は自信満々といった様子で頷いた。
「ええ勿論、間に合わせます」
今度は万全に、勝ちにいってやる。




