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第四十九話 かかった獲物

 巻き戻しては再生するように僕の日常は過ぎていくのだった。


 といっても、会紡機戦の前にあった、今思えば幸福とすら言える自堕落な日々とも違う。

 会紡機戦に参加した後の修行漬けの日々には似ているが違う。


 七愛の契約妖怪、菫鬼の菫さんつきの修行という移ろい変わる日々。


 七愛が大江戸武蔵さん探しで吸血鬼(ヴァンパイア)への協力を取り付けてから四日。

 菫さんは僕の警護を担当することになった。


 大和さんのゾーニング論はどこへやら。

 しかし、なんとかパンクせずに済んでいる。


 修行終わりの僕は汗を拭いながらリビングに移動すると、そこはすでに真っ暗であった。

 記憶に倣って手探りで照明を点ける。


「毎日こうしておるのか?」


 後ろからついてきた菫さんの声はとくに興味の色が感じられなかった。

 単なる雑談交じりの質問だろう。

 一日の大半を修行や筋トレに費やしている僕をずっと見ているだけなのだから、そうした会話の種しかないのは当たり前か。


「ええ」

「にしては、絶妙に弱いのぅ」


 コップに水を注ぎながら答えると、彼女は思考がつんのめるほどの一言を言い放った

 水が注がれたコップに口をつけることもなく、叩きつけるように置いて僕は振り返る。


「はぁっ!? あなた僕が戦ってる所、見てないでしょう!?」

「あー、いや、悪口じゃないのじゃ。じゃが見ておれば力量なぞわかるもんじゃぞ?」


 こいつの基準はお父さんと七愛しかないのだろう。

 方や崩術師の頂点である崩王。

 方や北米圏の崩術師である吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)という経歴持ち。

 偏りがある、お父さんや七愛が強すぎるだけであって僕は普通だ。


 普通だと言っても、才能は恐らくない。

 積み重ねた分が素直に伸びるわけでもない。それでも、たしかに成長だけはある。


「そもそも僕はパワードスーツや獣術込みの独創的な崩術師……もとい鬼術師ですからね」


 コップに注がれた水を飲み干すと、乾いた胃に冷水が筋を描くように落ちていく。


「ぱわーどすーつ? 後者は獣術は母上に教えておった無門(むもん)という技かえ?」


 僕は頷く。

 いくら吸血鬼(ヴァンパイア)の相手に慣れているといっても、七愛のことが心配だった。

 だから空いた時間で無門(むもん)を彼女に教えた。

 大和さんは未だ崩術が使えないから無門(むもん)も習得できないようだが、七愛はすぐに習得した。


 二人に学習や武術の差があるとは思えない、性格を除けば頭脳は同じくらい。

 つまり、効率的な努力が出来るはずだ。

 その結果の差は、やはり崩術の心得にあるのだろう。


「雑種なんじゃな」

「ハイブリットと呼んでください。それよりも、僕と契約した妖怪をなぜ知らないんですか?」

「姿も名も覚えておらぬ者を絞り込めるわけがないじゃろう」

「封印に関する能力だと思うんですがね」


 影貉さんの言によれば、鬼術師は妖怪の力が行使できる存在である。

 つまり、自分の力の範疇でもあるように思える。

 会紡機戦でその妖怪の力を使っても、失格にならない可能性が高い。


「封印と言ったってのぅ、そういう妖怪とて多くいるじゃろう?」


 菫さんはそう言って、ソファーに飛び込んだ。


 楽に強くなれるはずなんだ。

 しかし、手掛かりがまるでない。

 努力した力じゃなくても、命を守れるならそれほど助かることはない。


「あーあ、ほかの妖怪と契約しましょうかね? 一匹も二匹も変わらないでしょう」


 なんなら、吸血鬼(ヴァンパイア)の二人、冥さんと曲夜さんでもいい。

 魅了(チャーム)と霧になる力。汎用性も高くて効果は絶大だ。

 妖怪でなくとも同じ幻生だ、契約したことのある二人だというから出来るのだろう。


「人も妖怪も契約できるのは互いに生涯一人だけじゃぞ?」

「本当ですかそれ!?」


 僕の貴重な一枠が、行方不明の妖怪で潰されているというのか?

 日妖が妖怪との契約を禁止していても、あっちから僕に口出しはできない。

 暗黙に許された鬼術師というポテンシャルが……なんてもったいないのだろう。


 かといって、見つける方法がない。


 影貉さんに尋ねるというのはどうだろうか?

 彼も口裂け女を目撃した妖怪から聞いたと言っていた。

 どちらかは知っているだろう。

 そう考えて昨日、幻世界に行ったがどちらもそれは記憶にないと言った。


 ゆえに手掛かりがまるでないのだ。


 切り替えよう。


「そういえば、七愛は僕と再会する前から鬼術師になったわけじゃないですか? 日妖に目を付けられると考えなかったんですかね?」

「あめりか? の似た組織と繋がりがあるから手出しできぬはず、と言って挑んできおったぞ?」

「ふんふん」


 僕はソファーに腰掛けて溶けるように沈む。

 疲れたな、晩御飯はもうちょっとしたらでいいか。


「昨日会った影貉さん、覚えてます?」

「うむ? あの、大層驚いておった妖怪か」


 ああ、そういえばそうだった。

 菫さんは黄金桜(こがねざくら)の白き霹靂と呼ばれて驚かれていた。

 強いと領域を陣取れる、そうした妖怪は領域にちなんだ通称を付けられる。

 崩王の妖怪版みたいなものだ、と昨日は感じた。


「あれと同じような口調してて疲れません?」

「母上がしろと言うのだから、しょうがなくじゃ。わちだって嫌じゃよ」


 七愛が……? なぜ?


 のじゃロリという概念を知っているとは思えない。

 なのにそれに寄せたということだ。

 あいつは恋愛ドラマやそうした邦画しか見てこなかった奴だ。

 最近だと恋愛リアリティーショーとバラエティ番組も見ていたが、どちらにせよ二次元文化には弱い。


「曰く、母上はあのゆったりとした口調で辛酸を舐めたそうじゃ。じゃからわちも、威厳のある喋り方をしろと勧めてきたのじゃよ」

「いやぁ……そうじゃないでしょう。七愛は……容姿も相まって男心をくすぐってるだけだと思いますけど」


 七愛を舐めて掛かるというのは、中々に難しい。

 文武両道、眉目秀麗。

 おたんちんでありながらも能力は高い。

 それがすぐに見て取れるのだから、嫉妬交じりに貶すというほうが正しいだろう。


 僕はちょっと舐めてるけど。

 それは幼馴染だから特別なのさ。


 つまり、問題は口調ではない。

 変な命令を押し付けられてかわいそうだなぁ、菫さん。

 まぁ話の内容的にのじゃ口調を選択したのは彼女自身っぽいが。


「そこらを歩いていると(みな)振り返るしのぅ。わちですら母上は可憐に見える」

「ああ! そうなんですよ! だから隣歩くの嫌だったんですよ昔。僕と見比べて絶妙に嫌な目されるんですもん」


 随分と懐かしい話だ。

 中学一年生の口裂け女事件前。

 学校でも、何度も繰り返し揶揄されて辛かった記憶が蘇る。

 七愛に付きまとうなと、殴られたことすらある。逆だというのに。


「ま、菫さんの美貌も凄まじいですよ? もう本当に、完璧な幼女人形が動いて喋ってるみたいですもん」

「な、なに言い出すんじゃ……!? 母上の前で言うでないぞ!?」


 お似合いの二人だよ、と言おうと思っただけなのに。

 彼女は目を見開いて大口を開け慄然する。


 七愛は僕がほかの女性といても嫉妬している様子はあまりない、だが菫さんだけはなぜだか嫌なようだ。

 たしかに彼女の前で菫さんを褒めることは禁句なのかもしれない。

 菫鬼(きんき)ならぬ、禁忌(きんき)ってね。


「だったらなんで七愛が吸血鬼(ヴァンパイア)に加わって、菫さんが僕の警護なんでしょうね? 逆のほうが七愛にとって都合いいんじゃないですか?」

「……ほれ、わちは少しばかり小さいし、契約したのじゃから誰にでも見えるじゃろ?」

「ああー、なるほどですね」


 少しばかり所ではなく、低学年の小学生にしか見えぬが。

 単に戦闘能力以外がポンコツだから、というわけではないのか。

 たしかにあっちに加われば、冥さんと曲夜さんが女児を誘拐しているように見える。

 そんなの動きづらいだろう。


「母上とて断腸の思いじゃろう。自身の気持ちよりも、そちの目的を優先するほどじゃしの」

「はぁ」


 愛とか、そういうのを言いたいのだろうか。

 僕に近寄ってほしくない菫さんを敢えてこちらに置くという判断。

 逆の立場で想像すると、もやもや胸が陰っていく。


 好きな人に大和さんが四六時中、付きっきりになる。

 それを想像すると、陰りを大声で掻き消したくなるほど嫌であった。

 ムカムカと気持ち悪さが込み上げてくる。


 七愛は凄いな……。


「……?」


 まるで僕が脳内で七愛のことを褒めたことに答えるが如く、玄関の扉が開く音がした。

 七愛だろう、と思うが微かな違和感を覚えて時計を見る。

 十八時前だ、今日はやけに早いな。


 三重扉の一番外側の扉の音だった。

 キリキリと耳障りの悪い軋みだったから間違いない。


 しかし、待てど暮らせど中間の扉が開く音が耳に入らない。


「気配……と、なんの音じゃ?」


 遅れて菫さんが言った。

 玄関が開く音のことを言っているのではないだろう、タイミングがズレすぎている。

 僕にはその音しか聞こえていない。


「どの音のことです?」

「遠くから、何回かカァァー……という音がしたのじゃ」


 カラスじゃないのか?

 そんなカラスの鳴き声……? あれ?

 僕は銃声を聞いた時、そんな風に例えたような気がする。

 菫さんなら銃声を聞いたことがなくても違和感はない。


 七愛が、撃たれた?

 そう考えると、すぐに僕の体は動いていた。

 物寒い玄関に繋がる扉を開いて、その次のすりガラスの引き戸も開ける。


 外に繋がる透明なガラス、星々が煌めく夜空。

 そこには誰の姿もなかった。


 しかし足の裏に感触があった、紙を踏みつぶしたような感触。


 手に取ってみると、それは本当に一枚の紙であった。

 A4のコピー用紙……なにか書いてあるが、ここでは読めない。


 なぜこんなものが、と疑問に思いながらリビングに戻る。


「なんじゃそれ? さっき人の気配が……」

「──っ!?」


 そのか細い字を読んだ瞬間、心臓を力強く握られたような感覚を覚える。

 視界がこの紙みたいに、ぐしゃりと歪んだ気がした。


 紙にはこう書かれていた。


 王雅様。

 これから呪神教呪術師との会紡機戦が始まります。

 ぜひお力添えをお願いいたします。

 テンスより。


 という文章の下に、市内の住所が書かれていた。

 そう遠くはない公園だ。


 これは一目でわかった。

 これを書いたのは。


 テンスさん──ではない。


 彼の筆跡は見たことはない。

 ただ、神誓門で無制限にどこへでも行き来できる人が玄関先に紙なんて置いていくだろうか。

 なぜ家まで来たのにわざわざ紙なのか。

 そもそも、だ。

 テンスさんが自分でも勝てない相手だからと言って僕を呼ぶか?

 そういう人か?


 撃ったのは恐らくエダーク財団の監視員たち。

 見知らぬ──。

 と思考を続けようとした時、スマホの着信音が鳴った。


 アニタ・コーニングスとそう表記されている。

 僕はすぐにその電話に出る。


『長内、無事!?』

「はい、無事です」

『例の呪術師があなたの家に近づいて、なにか置いていったわ! 危険かもしれないから触れないで!』


 やはりそうか。

 思った通りだった。


 状況から考えると、呪術師しかありえない。

 財団の監視員とて見知らぬ他人を撃ちはしないだろう。

 コーニングスさんの言葉を信じるなら、テンスさんの情報は財団に降ろしていないはずだから。


 どこからなにを取っても、テンスであることはありえないのだ。


「もう触っちゃいましたけど異変はありません、それよりもテンスさんが危ないかもしれないんです! すぐに行きます!」

『待って、せめて私と大江戸が到着するまでは待って。一旦落ち着いて、いい?』

「でも……!」

『いいから待つの! 勝手に行ったら許さないんだから!』


 舌打ちが漏れかける。

 罠だというのはわかっている。

 それでも、テンスさんがそこにいるのなら。


 思考が過負荷で唸るように回り始める。

 耳鳴りが強まって、あらゆるシミュレーションが巡航する。

 テンスさんを、彼を助けるならば大和さんの力は必要か。


「わかりました、急いでください」

『任せて!』


 安っぽい音が鳴って、電話が切れた。


 そうだ、菫さんは……七愛への伝言役として残すべきか?


「それで、どうしたのじゃ?」

「僕の目的の一つ、再会したい人がどうにも危険かもしれません」

「わちも行くのじゃ」

「七愛は……どうしましょうか?」


 気が焦る。

 下唇を噛んで足が貧乏ゆすりを始める。

 今すぐに飛び出したい、と体も頭も心さえも言っている。


「その、すまーとほん、で連絡を入れておけばよいじゃろう。しかし母上はいつも疲労した顔で帰ってきておる……真実を聞けば体に鞭打って駆けつけるじゃろうし……嘘をつくしかないじゃろうな」


 たしかにそうだ。

 その通りだ、全部正しい。

 ここ数日は本当にクタクタとなった様子で帰ってきて無理に笑っていた。

 あの状態の七愛に助太刀は頼めない。


「そうですね……!」


 僕はメッセージアプリを開いて、ハートのアイコンを選択する。

 理由、大和さんに会ってきます、とかでいいか。

 それを入力してスマホを閉じる。


 すぐに着替えてジャンパーを羽織り、リビングで貧乏ゆすりしながら大和さんとコーニングスさんを待つ。

 本当に落ち着かない。


「駄目です、ジッとしていられません、外で待ちましょう」

「それでも良いのじゃが、落ち着くべきじゃな」


 立ち上がる僕に、菫さんも飛び出すようにソファーから降りて言う。


「おち、落ち着けませんよ!」


 思わず叫ぶと、菫さんは僕の顔を神妙な面持ちで見上げた。

 かと思うと、両手を横へ添えて口を半開きにする。

 腑抜けたように瞼を半分落として、奇妙な表情を浮かべる。


「なんですその顔は……」

「む……落ち着くかと思ったのじゃ」


 こいつは、いついかなる時でも緊張感というものがない。

 クソ、そんな場合じゃないのに……少し緩んでしまった。


「ありがとうございます、落ち着くもんですね変顔程度で」

「そうじゃろうそうじゃろう、わちに掛かればこんなもんじゃわ」


 彼女はわざとらしく袴の長い袖に腕を通して顔を持ち上げる。


「それはそうと外では待ちます。防寒着は、いりますか?」

「いらぬ、わちは鬼じゃからな」


 わけがわからないが、僕は玄関に出て靴を履く。


 外に出ると、冬空が息を吹きかけたような冷たさが、頬の火照りを一瞬で奪っていく。

 空気が室内より軽い。

 発泡スチロールの欠片を押し潰したような音と感触が足の裏に何度も伝わって、歩道まで出た。


「よいか? 戦闘はわちが主導じゃ」

「そこは頼りにしてます、妖怪の中でも最強なのでしょう?」

「まぁ、そうじゃな」


 程なくして、コーニングスさんの車が雪埃を上げて走ってきた。

 後部座席のドアを開くと、オレンジ色の光に照らされた大和さんが乗っていた。


「聞いたぜ、紙見せろや」

「急にごめんなさい、どうぞ」


 助手席に菫さんが飛び乗ったのと同時に僕は手に持ったままだった紙を渡す。


「ふン、どう見ても罠だな」

「そうですね、でも──」

「わァってら。ほらよコーニングス……先にパワードスーツはまだ修理出来てねぇよな、直で行くか」


 大和さんはコーニングスさんに紙を差し出し、彼女はそれを目に通した瞬間に車を走らせ始めた。


「長内、大江戸、まず財団に伝えて先に偵察させるわ。いいわね?」

「あァ」

「お願いします」


 テンスさんはそこにいるのだろうか。

 罠ならいない可能性もある。


 でも、罠だとしてもそれを打ち砕けばテンスさんの助けになるはずだ。


 ここ数日、ずっと感じていた。

 戻るべき平穏な日々はもうないのかもしれない。

 でも続く道ならあるだろう、と。


 ならば、僕はやるしかない。

 やりたいんだ。

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