第四十八節 斜めを進め
七愛の滞在していたホテルから荷物を預かって、それを積んだまま目的地へ向かう途中。
「ねえ、王くん行きつけのお店とかないかなっ?」
冬の夕暮れは極端に短い。
暗闇の中、目的地へ向けて走る車。
未だ慣れない新しい車内で、ポンチョに身を包んだ七愛が突然声を上げた。
行きつけなど急に言われたって、僕は元々インドアだ。
そんなお店はない。
彼女に対して恰好をつける意味もないから、嘘をついて洒落た店の名を挙げる必要もない。
「ないで……」
言いかけて気づいた。
喫茶店クラブはどうだろうか?
僕というより大和さんの行きつけだが……僕とて中々に通っているほうだろう。
「喫茶店はありますけど」
「行きたいな、駄目かなあ? 家で待ってる菫ちゃんには悪いけどっ」
緊張しているのだろうか。
確認したいこともあるし、それくらいはいいか。
「ええ、軽くなら」
「やたっ、奢るね」
「ふんっ。舐めちゃいけませんよ。僕は七愛より大金持ちです」
幸い近くにあった喫茶店クラブにはすぐ到着した。
その駐車場、大きなバンの隣に車をつけて車を降りる。
「喫茶店デートだねえ?」
軽く聞き流して歩みを進める。
真剣に取り合っていたら参ってしまう。
重々しそうだというのに、軽々と開く扉。
見慣れ始めた光景に、完全に見慣れた二人がいた。
コーニングスさんが会計を支払い、大和さんが難しい顔をしてその後ろにいた。
彼は学生服だ、直行で来たのか。
「おう、奇遇だな……」
「ええ……そうですね」
会計を終えたコーニングスさんもすぐに複雑そうな面持ちとなる。
一体なにがあったというのだろう、僕も呼んでくれればよかったのに。
「なんかあったんですか?」
「あー、隠してぇわけじゃねぇけど……オメェが余裕ある時に話すわ」
そう言って彼は僕と七愛を通り越して店を出た。
「だ、大丈夫ですか?」
後に続くコーニングスさんも無表情にも見える深刻な顔のまま、一瞥をしただけで店を出る。
その目に力はなかった、叱られた子犬のような顔。
「いらっしゃいませ、空いてる席へどうぞ」
マスターさんに促されるがまま、僕たちは席につく。
「王くん、気になってるねえ。私はなんとなくどんな話かわかるよ」
「え? 本当ですか?」
なんだったのか考えこもうとしていたのに、七愛は答えを持っているのか?
「聞く? 大江戸くんはああ言ってたけど」
「深刻な話だと七愛が判断したなら、そうですね」
「うーん……判断難しいねっ」
難しい、か。
どうするか……隠し事でもないようだが。
彼女はポンチョ取り去り、隣の席へ置く。
「それ、僕が聞いたらショック受けると思います?」
「私はあんまり受けないと思うよ?」
「じゃあ、教えてください」
もっとも、彼女の憶測が正しいとは限らない。
気になってしまうくらいなら、聞いたほうがいいだろう。
「アニちゃんが王くんのこと、本当に好きなのか聞いてたんだと思うなあ。財団の人なんでしょ? 王くんたちからしてみれば、信用するのは難しいもんね」
「……そんな話ですか?」
考えるまでもないことだろう。
僕に惚れる奇特な人間はこいつくらいだ。
「大江戸くんはあの性格だし、会紡機戦が終わるまでは手出しするなって止めたんじゃないかな?」
恋愛脳だ、信憑性はない。
でも、暴走の予兆もなく普通に会話してくれている。
「……そういえば、コーニングスさんになぜ好意的なんですかあなたは」
「一番になれないって、わかってるからかなあ」
随分と反応のしづらいことを言う。
流そう。
「まあ、本人たちにそのうち聞くしかないですね」
「あー、信じてないねえ?」
大和さんとコーニングスさんは、僕より大人びている。
変な揉め方はしていないだろう。
その方向だとしても、誘惑や惚れてる演技をやめろと迫ったのだと思うな。
僕が結論を出したことに気づいたのか、彼女は手を上げて店員さんを呼んだ。
頼成さんがいつもながらの小走りで駆け寄ってきた。
いつ来てもいる、バイト漬けなのだろうか。
七愛はミルクティーを頼み、僕はメロンソーダを頼む。
「ミルクティーとメロンソーダですね、かしこまりました!」
頼成さんはコミカルな音がなるような動作で頭を下げて、戻っていった。
一生懸命さが滲んでいて、どこまでも屈託のない純粋さをまとっているようにも見える。
癒されるなぁ。
「あのね、王くん」
「はい?」
「昨日は本当にごめんね。気にしてるんじゃないかと思って」
これからの目的について、つまり本題かと思ったがそうではないのか。
それが話したかったのか。
「気には、してますけど……あんまり考えないようにしてました」
「王くんの好きな人、はっきりと誰かわかったじゃないけど……王くんがその人のこと好きになっちゃいけないなんて、絶対にないからっ」
七愛は膝に手をついたまま、身を乗り出す。
「王くんは自信を持って告白していいんだよっ……迷惑なんて掛けて当たり前だし、相手もきっと王くんに迷惑を掛けるよ。告白する時にちゃんと言って、ちゃんと考えてもらおう? 私も全部協力するから」
告白、したとして。
寝ぼけ眼のことは隠すべきではない、それは同意だ。
全部協力ってところは気になるが。
「七愛の答え次第ですね。まず二股提案はしませんし、七愛が独断でやって断られても死んだり、殺したりとかしないでくださいよ?」
「……そうだね、あれも自分勝手だったね。王くん、私が死んでも辛いと思ってくれるならだけど……」
肯定的に見るなら、寝ぼけ眼の話を隠そうとしていたから過剰な発言になったとも考えられる。
僕への心配ゆえだったのかもしれない。
「なに言ってんですか、七愛が死んだら嫌ですよ。絶対に立ち直れませんよ」
言いながら、一つ気づいた。
彼女は、僕が七愛のことを好きに違いないとか、そういうことは言っていない。
むしろ、好きではないことをわかっていた口振りだった。
なんなら嫌がっているのも。
不安だったのだろうか。
僕は七愛が死んでいいと感じている、とすら思ったのだろうか?
だとするとあまりに馬鹿すぎる、大和さんと舌戦していた時の聡明さがまったくない。
「勘違いしてほしくないですけど、七愛のことは凄く大切ですよ。じゃなかったら、もっと突き放せるんですよ? 家族みたいなもんですからね」
「……そっかあ」
なんだか、彼女は憑き物が取れたように椅子にへたり込んだ。
力みが取れたかのように、息を吐く。
「それでも、王くんの抱えてる問題は忘れられないけど……そういうのはしない、約束するね」
なんだ、こんな言葉でよかったのか?
僕の態度を見ていてわからなかったのか?
自分のことって難しいからしょうがなくもあるけど。
「私も恋人にしてもらうのは諦めてないけどね?」
「そこはそうなんですね……まあ、なら僕もこの恋は大切にしようと思います。複雑ですけど、七愛ほどの美少女が好いている男ですからね僕は」
僕はわざとらしく眼鏡を持ち上げて、ニヒルに笑う。
結局パンクだってしなかったんだ。
寝ぼけ眼そのものは難しくても、副次的な問題については折り合いをつけられるかもしれない。
もし出来なかったならその時に諦める。
理屈で好きになれないように、理屈で気持ちを消すこともまた出来ない。
そして、未来なんて見えないのだから僕一人が決める問題でもないように思う。
「そういうこと言うから、私ますます好きになっちゃうんだよ? おバカさんだねえっ」
「あなたに言われたくないですけど? 恋愛脳すぎて胸に脳みそ入ってるでしょう。道理で爆乳なわけです」
「おっぱい自体は好きなくせにー? 王くんのために大きくなったんだもんっ!」
なんとなく、昔に戻れた気がした。
ようやく二人揃って笑えた。
こんな下ネタ、昔の七愛なら顔を真っ赤にして押し黙っていた。
昔のまんまでなくても、自然な形に収まったように感じる。
「お待たせいたしました、ミルクティーとメロンソーダです」
丁度良く、頼成さんが飲み物をテーブルに置いた。
かと思うと、彼女は腰を屈める。
「あの……本当は駄目なんですけど……長内さん、ちょっといいですか?」
……?
なんか嫌だな。
経験上、良いことがあったり上手くいった後はどん底まで突き落とされる気がする。
少し不安になって七愛に視線を送ると、笑顔で親指を立てサムズアップをしていた。
どういう意味かまったくわからない。
「……なんですか?」
「少しだけ、こちらへ……」
彼女はトイレに繋がる通路を指差した。
僕は重い腰を上げて、ついていく。
立ち止まった彼女は、神妙な面持ちをしていた。
手が白くなるほどエプロンの裾を握り、目の焦点も定まっていない。
……まさか、告白か?
僕に?
そう考えた途端、嬉しさより苦しさを覚える。
胸から鉛のように体が重くなってゆく。
「あの、あの……」
彼女は癒し枠でいてほしい。
ようやく七愛との関係も前を向き始めた途端、また同じような目に合うのだろうか。
頼成さんは目が泳いだまま、細かく息を吸い込む。
「黄色いメッシュの女の人とか、さっきの金髪の女の人とか……どういう関係なんでしょうか!」
黄色いメッシュ……は預言者さんか。
金髪は間違いなくコーニングスさんだろう。
どういう関係かって、マジで告白なのか?
説明が難しすぎる関係でどうとも言えないが。
「二人のどっちかは彼女なんですか……?」
なにか違和感がある。
でも答えは当然決まっている。
「いえ、違いますよ」
「そ、そうですかぁ……じゃあ大江戸くんはまだ彼女はいないんですよね?」
大江戸くん……大江戸くん?
大和さんの話だったのか?
いや、そうか。
僕のことだったら、七愛もそこに含まれるだろう。
そうじゃないってことは、同席していた大和さんのことだ。
頼成さんと同じように、僕も熱い血が込み上げたような感覚を覚える。
「大和さんのこと好きなんですか?」
「そっ……そうなんです」
頼成さんは俯いて、ぽつりと零す。
でもなんだか、不思議だ。
とても不思議な気分だ。
この気持ちの正体はわかっているが、なぜこれが湧いてくるのかわからない。
「いいじゃないですか!」
「えっ……!?」
胸の奥が満たされるような奇妙な安堵感。
我が身のことのように嬉しい。
会紡機戦が始まってからというもの、色んな女性と出会った。
関わりが薄いだけかもしれないが、群を抜いて彼女は普通だ。
健気で一生懸命で、UFO好きな所もかわいくて癒される。
年も大和さんと近いだろうし、大和さんにぴったりだ。
なんで僕が嬉しいのかもわからないけれど、報われた気がする。
「頼成さんなら、大和さんにお似合いだと思います! 応援してます!」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「あの二人が大和さんと恋愛関係になるのは、まずないはずですから!」
ぱぁっと輝く笑顔を咲かせて、彼女は頭を下げる。
僕は先ほどの七愛が如く親指を立てて、席へ戻る。
すぐに横を通り過ぎた頼成さんはもう一度一礼をして、嬉しそうにカウンターへ戻っていった。
僕は舞い上がった気持ちのままメロンソーダを飲み込む。
すると七愛は楽しそうに笑った。
「どんな話してたか当ててみよっか?」
「ふふん、当てられますかねぇ?」
「あの子、大江戸くんのこと好きなんでしょ?」
……恋愛脳だからか?
なんでも恋に変換してしまうから、偶然当たったのか?
「なぜそう思うんです?」
「ほら、入り口の時。カウンターの奥からキッチンが見えたでしょ? そこでとっても不安そうな顔で大江戸くんのこと見てたもん、あれは恋してる顔だったねえ」
まったく気づかなかった。
「当たりです、さすが恋愛脳ですね」
煽ってみるが、七愛は勝ち誇ったように口角を持ち上げた。
このまま雑談を続けてもいいが、時間も時間になってしまう。
こっちの本題にも入るか。
「それで僕の目的については覚えていますね? まず大和さんのお兄さん、大江戸武蔵さんを探す手伝いをしてほしいんです」
「ヴァンパイアの二人と一緒に探せばいいんだよね?」
「そうです。あの二人がもしあなたの追っていた吸血鬼だったとしても、ちゃんと協力できますか?」
「そこは大丈夫、別に恨みもないしただのお仕事だったから」
あの二人にとってどうかはわからない。
だからお伺いを立てにいこうとしている途中だったのだ。
僕は連絡先を交換していないから、直接行くしかない。
さっきの雰囲気じゃとても大和さんに頼むことは出来なかったしな。
「その二人の特徴までは話してませんでしたよね、聞きます?」
「んー。私はどっちでもいいから、あっち次第だしねえ…会ってからのお楽しみにしておくっ」
七愛は湯気の消えたティーカップの中身を飲み干す。
話も纏まったから、と僕もメロンソーダ飲み干そうとすると、炭酸と冷たさで苦しいほど喉に傷みが走った。
「えへへ。王くんってほんと、かわいいなあ……」
「そのかわいいかわいいっての、やめません? 恰好いいのほうが嬉しいんですけど」
僕は気恥ずかしさを抱えながらも立ち上がると、七愛もポンチョを手に取って立ち上がった。
会計を済ませて、車内へ戻る。
「デートもしてくれて、奢ってくれて、かっこいいよっ!」
「……なんかそれも微妙ですね。言わせてる感があって」
車を出して、吸血鬼邸へ僕たちは向かう。
またあの喫茶店に行こうと話したり、適当なセクハラをしているとすぐにそこへ辿り着いた。
車から降りると、七愛は洋風の屋敷を見て立ち止まる。
「しばらく忙しくなりそうだから、デートできて本当に嬉しかった。ありがとね、終わったら今度はシュークリーム食べようねっ」
吸血鬼邸の批評でもするのかと思ったが、意外なことを言った。
そこまで本腰を入れてくれるのか、助かるな。
「デートじゃないですけど、手伝ってくれてありがとうございます」
「まだ感謝するのは早いよ、王くんが驚いちゃうくらいの成果上げるから楽しみにしててっ!」
そこまで言ってくれるのなら、昔のように手の一つでも繋ごうかと思ったが……よくないな。
気のある素振りをするのは誠実ではないだろう。
僕は塀に取りつけられているインターホンの、氷のように冷えたボタンを押す。
ブツッという音が聞こえるが、無言のままだ。
「長内です」
カメラに向かって会釈する。
砂が擦れるような雑音に紛れ、冥さんであろう、入っていいよ、とだけ言う声が聞こえた。
「王くん、気を付けてね」
「え? はい」
僕はフェンスゲートを開いて、玄関へと歩く。
すると、到着するまでにあちらからドアが開いた。
特徴的なキャスケット帽を外した冥さんが僕たちを覗いた。
そのつまらなそうな目は、七愛を見た途端に見開かれる。
まずいだろうか、普通の反応ではない。
「戦う意思はありません! この子は無害です!」
僕は七愛を指差して叫びながら駆け寄る。
万が一逃げられたら、たまったものではない。
「な、なんで……そいつ──!」
冥さんは腰を抜かして玄関先で尻もちをついた。
その戦慄した顔をして七愛を見る……日妖に監禁されても割と平然としていたのにこの反応。
「私が追ってた子だねえ……あの時はごめんね」
そういうことなのだろう。
「なんで……ここにいるの!?」
「僕の幼馴染です、その節はご迷惑をお掛けしたようで、すみません!」
「冗談でしょ、嘘つかないでよ!」
冥さんは今にも泣き叫びそうな顔で大声を出す。
「嘘じゃないよっ!」
呼応するように七愛も叫ぶ。
それに釣られてか、玄関の奥からペタペタと足音が聞こえた。
物陰からは曲夜さんが現れ、息を呑んだように一瞬固まった。
「愛屋敷──!?」
その顔は驚愕ではなく、眉を顰めて牙を剥き出たものへと変わる。
瞳孔は刃物のように窄まり、人形のドレスのような服ごと白く染まっていく。
白い霧が砕けるようにほどけ、温い奔流になって僕の体をすり抜けていった。
「ま、待ってください! 敵じゃありません!」
その感覚を追うように振り向くと、七愛のすぐ横へ霧が集っていくのが見える。
七愛は指を向けてステップを踏んだ瞬間、僕は無意識にその煙へ向かう。
霧は急速に曲夜さんの姿を形作ってゆく、無門を発動しながら僕は構わず突っ込んでゆく。
「曲夜っ!」
柔らかいクッションを押し潰すような感触が腕に伝わって、曲夜さんごと僕は倒れ込む。
「ほんとに戦うつもりないんですって、話を聞いてください!」
「どいてよ!」
曲夜さんも信じようとはしない。
甘かったか。
お父さんと戦った烏天狗さんに遺恨はなかった。
彼女たちは幻生でありながらも妖怪ではない、知性が強い。
しかし、いきなり襲いかかってくるだなんて。
「聞いて! 私もうヴァンパイアハンターじゃないからっ!」
「あれだけ同胞を殺しておいて、今更なに言ってんのさ!」
「仕事だったの! そっちだって人間たくさん殺したでしょっ! とにかく話をさせて!」
冥さんと七愛は互いに叫び合う。
曲夜さんは僕の下敷きになりながらも、獣のように息を荒げて押しのけようとしてくる。
凄まじい力だ、巨人に掴まれているような……なにか、とにかく止めなければ。
「ほん、とに、僕と七愛を敵に回したいんですか!? 日妖から助けたでしょう!?」
腹の底から声を出すと、山彦のようにそれが帰ってきた。
ようやく、曲夜さんの力が弱まってくる。
「ッ……愛屋敷は本当に私たちを殺しに来たんじゃないの!?」
「違いますって……!」
雪の降り積もった地面へ押し付ける手の力を抜いて、僕は立ち上がる。
「彼女は依頼の手伝いに来たんです」
未だ警戒するような態度の曲夜さんに手を差し出す。
一瞬伸びた手は躊躇するように止まる。
「信じてください」
最後の一押しをすると、血が通っていないかのような冷たい手が僕の手に触れる。
ぐうっと引き上げるように力を入れる。
七愛は無事か?
と目を向けると、人差し指と親指を立てて指で銃のポーズを作っていた。
それを冥さんと曲夜さんに向けている。
ふざけているわけではないと人目でわかった。
緑色のついた空気が圧縮されていくように。
あるいは強大な渦潮が収束するようにその指先へ集っていた。
崩丸、おそらくはそれを七愛は構えている。
「七愛も、下げてください」
冥さんは怯えと敵意交じりで尻もちをついたままだ。
「と、とにかく寒いので中に入れてくれませんか?」
家の中なら暴れ出さないだろう、という打算込みで申し出る。
「嘘だったら許さないから」
曲夜さんは緩慢な足取りで冥さんへ近づき、抱えるように立ち上がらせる。
そのまま、こちらを一瞥することもなく奥へ消えていった。
「王くん、大丈夫?」
七愛は不安げな顔で僕の体のあちこちを見る。
「大丈夫です、七愛は?」
「大丈夫っ……ごめんね、私のせいで」
「崩術師やヴァンパイアハンターの宿命みたいなものでしょう、僕が短慮でした」
ううん、と七愛は首を振って僕のズボンやジャンパーについた雪を払ってくれる。
「自分でやりますよ」
僕はズボンを叩いて考える。
お互いに人間を、吸血鬼を、殺し合った……そう聞けば遺恨があってもおかしくはない。
しかして、ショックは薄い。
お父さんだって数多くの妖怪を殺めたはず、公認崩術師とはそういうものだ。
警察や軍隊といった暴力装置、それをする人間というのはどうしても必要なのだろう。
妖怪だって人を殺す奴は多くいる、吸血鬼も同じ。
同族を殺すのとはわけが違う。
僕は責務もなく、復讐に近い形で力を振るって口裂け女を殺した。
そこに微々たる後悔すらない。
そんな僕が吸血鬼と吸血鬼狩りの殺し合いにどうこう言う権利はないのだ。
否定など持っての他だろう。
遺恨は持って当たり前だが、殺し合いも当たり前の世界にこの人たちはいたんだ。
ともかく、折り合いをつけてもらうしかないな。
そんなことを考えながら、自然と七愛の手を引いて僕は進んでいた。
手は繋がない、そう決めていたというのに。
雑多な花ばかりが並ぶ、やはり奇妙な通路を抜けて。
蔓だらけのガーデン染みたリビング。
二人が待っていたそこへ足を踏み入れた。
大丈夫、今日は良い日だ。
きっと上手くいく。
失敗するなんて考えながら交渉をすると現実になってしまいそうだ。
肩の力を抜いて、僕は七愛とソファーへ座る。
「曲夜さん、さっきはすみません」
「……こっちも急に襲ってごめんだけど……やっぱり愛屋敷は怖い」
許せない、ではなく、怖いか。
あの荒んだ七愛。
感情を廃して理路整然としていた彼女が殺そうと追い続けてきたら……僕も怖いな。
遺恨というよりトラウマなのだろうか。
「本題に入る前に一ついいですか? お二人はなぜ七愛の出身国である日本へ逃げてきたんですか?」
「……灯台下暗しって日本語で言うでしょ。それに密航の協力者が日本にコネクションがあったんだよ」
冥さんが答える。
彼女たちの名づけ親である契約者も日本人だろうし、そっち関係の繋がりはたしかにありそうだ。
「わかりました。まず改めて紹介しますが、愛屋敷七愛は僕の幼馴染で我々の味方です」
「信じがたいけど……あんたは救ってくれた恩もある……けど……」
彼女は考えが二転三転しているように僕と七愛を見比べる。
「僕はともかく七愛に勝てないから密航までして逃げたんでしょう? 騙し討ちせずとも、七愛は先ほどお二人を倒せたのではないですか? どうです七愛」
「えっと……まあそうだねえ、一応専門家だったからね。戦うなら菫ちゃん……私が契約してる妖怪も呼べたけどそうしなかった。だから信じてほしいな」
冥さんと曲夜さん、二人は顔を見合わせる。
「それで本題は?」
情報が薄ければ判断が出来ないと考えたのか、視線をこちらに戻した冥さんは問う。
「大江戸武蔵さんの捜索や手掛かりが行き詰っているようなので、七愛にも手伝ってもらおうかと」
「つまり、私たちと一緒に行動する……と?」
「そうです。茶化すわけじゃないですけど、昨日の敵は今日の友ということで……いかがでしょうか?」
我ながら厳しい。
「……断ったら、どうする?」
「別になんとも。せめてそちらが持っている情報だけ共有してくれれば、七愛とその契約妖怪の二人で別でやってもらいます」
「そのほうが助かるんだけど」
「でも行き詰っているのでしょう? それで大江戸武蔵さんが早く見つかる可能性が上がるならそうしてほしいんです」
もう一つ、駄目押しだ。
「同胞への気持ちもあるのでしょう? なら大和さんや僕の気持ちを理解できなくはないはずです」
曲夜さんは人差し指を額に当てて、うむむむ、と唸る。
冥さんも似たように熟考し始めた。
二分か三分か。
ただ待つにしては長い時間が過ぎてゆく。
「わかった。私たちが成果を上げていないのも問題だし、恩もある……でも愛屋敷が怪しい動きを見せたら取引も白紙に戻す。それにこれで貸し借りはチャラ、それでいい?」
「冥、大丈夫かなー?」
「愛屋敷ならさっき私らを殺せたっていうのは同感だし、どうせ逃げても追われ続けるよ」
七愛はおそらく、自分で言いたくもないが……僕から離れたくないから追い続けないと思う。
……これは言うべきだろうか。
「ヴァンパイアハンターはもうやめたから追わないよ! お互い水に流そうとは言わないけど、ビジネスパートナーとして協力しよっ?」
迷っていたことを七愛はするりと言った。
「でも愛屋敷が味方になってくれたら、凄いよねー……嫌だけど」
「最近嫌がられてばっかりで辛いよっ!」
冥さんは置いといて。
間延びした曲夜さんとおたんちんな七愛は相性が良いように思えた。
これで、大和さんのお兄さん。
そこに一歩近づけただろうか。




