第四十七節 混沌を制す強かさ
風呂上がりの七愛は、四十分掛けて髪の毛を乾かしようやくリビングに足を踏み入れた。
起床した彼女はすぐに風呂に入りたいと言い出して、僕はただ待っていた。
服は持ってきていないのだから当然だが、森ガールっぽい服装のまま。
僕の家のボディソープを使っているはずなのに、その香りとて相変わらずだ。
「ごめんね、お風呂もらっちゃってっ!」
「いえいえ、そちらにどうぞ」
「仰々しいねえ、菫ちゃんまで真剣な顔しちゃって……」
彼女はそうとは言いながらも、軽い足取りでソファーに座る。
「うむ、わちとて真面目な顔が出来る」
菫さんは自信あり気な表情を浮かべる……こうしてみると、本当に小学生のようだ。
しかも低学年の、ランドセルが似合いそうな小学生だ。
緊張感がない二人だ、お似合いかもしれない。
「それでは、昨日の話の続きをしましょうか」
「そうだよねっ……簡単には受け入れてくれないよねえ」
それでも余裕があるかのように、彼女は薄っすらと笑う。
菫さんの目もある、肉体的な接触はしてこないだろう。
それなら僕だって、欲に負けるようなことは起こらないはずだ。
「まず、何度も言いますが僕は好きな人がいるのでお付き合いできません」
「その前に、その人に確認を取るべきじゃないかな? 王くんに二人目がいてもいいかって」
告白をすっ飛ばして、そんなことを聞けるか。
彼女の頭の中では僕が告白したら、交際できると妄信しているらしいが現実はそうではないだろう。
フラれるかどうかまではわからないが、告白前後にそんなことを言ったら失望される。
となると、最終的にはフラれる。
その挙句、七愛に絡め取られるだろう。
「七愛……例えば普通の人が、二股しますけど付き合ってください! って言ったら交際できると思いますか?」
「普通はできないだろうねえ、王くんは出来ると思うけどっ!」
これだ。
僕がいかにモテないか、ダサく恰好悪い男か熱弁しなければならないのか?
それほど惨めなこともないけど……。
「誤解してるかもしれないけど、私本気で応援してるよっ? そりゃ私だけがいいけど……王くん、その人といれたら幸せなんでしょ? 王くんには幸せになってほしいもん。でも私も傍にいたいから、二倍幸せにしてあげられるかも」
応援してるというのなら、交際する確率を上げるためにそんなことを聞かせるな……っていうのは、七愛の中じゃ通用しないか。
僕がなに言っても付き合ってもらえると思ってんだもんな。
やはりここが厄介だ、僕のことを深く知りながらも評価という面では神格化している。
普通僕を見たら神経質で顔も性悪そうで、良い所などないと思うはずだ。
そういった正常な判断能力だけがぶっ壊れている。
僕を理解しているのは間違いないのに。
「菫さん、僕のことイケメンだと思います?」
「……わちに振るでない」
「えぇ!? 約束と違うじゃないですか!」
「たわけじゃのぅ!」
協力してくれるんじゃないの!?
そこで、うん不細工じゃよ、と言ってくれたほうが話は進むよ。
いやそれは七愛が怒るからか? 怒らせないように協力するのか?
「ふふ、一日も経ってないのに仲良しさんになったねえ。菫ちゃん、王くんかっこいいでしょ?」
「母上、阿呆じゃな? 今の話聞いておったか?」
コメディーショーは後にしてくれよ。
本当にいい加減にしてくれ。
「ええと、言いたかないんですけど世間一般的には僕はブサイク寄りだと思います。僕に告白されたら嫌な思いをする人の多いんですよ七愛」
「うっそだーっ! だって王くんほど優しくて、ちょっと意地悪で、凄く真剣に考えてくれて、真っ直ぐだけど弱くてかわいい人なんて地球上に二人といないよ!」
顔の話から逸れている。
「ブサイクっていう話です、内面じゃなくて」
「髪の色も細くて明るくてサラサラでかわいいし、目元も繊細そうでかわいくて、興奮すると鼻の穴がぷくって膨らんで、眼鏡も似合ってて、童顔だし、ちょっと昔と比べて逞しくなったよね、最高だよっ?」
お前だけだよそんなこと思ってるの。
頼むから現実見てくれよ……話が進まないんだよ……。
自分を不細工だと主張する押し問答したくないよ。
「ね、菫ちゃん? そうでしょ?」
「……正直に言っても怒らぬか?」
き、来た。
刺せ。
僕を傷つけてもいいから、真実を突き刺せ。
「……ネズミみたいじゃ」
「わかるかもっ! ネズミさんかわいいもんね!」
「あの、菫さんが言っているのはハムスターとかじゃなくてドブネズミとかだと思いますよ」
引っ張られる、こいつらの軽い雰囲気に。
真面目な話なのに、どうしてそうふざけるんだ。
そもそも動物に例えろなんて話はしていない。
話を戻そう。
「ともかくです、僕に二股は出来ません。というよりするつもりがないんです、僕の意志は尊重してくれないんですか?」
もう、この切り口しかないだろう。
「王くんは名前の通り、王様みたいに妾さんとかいてもいいと思うんだけどなあ、考え直さない?」
「考え直しませんよ! 一般庶民ですから!」
強い口調で押し通すと、彼女の瞳は初めて鋭くなる。
効いたか、これで行くべきか。
「じゃあ、本音で話すけど……王くん昔から必死に隠してたけど、私わかってるよ」
なんの話が始まるんだ。
僕が隠していたこと……昔から七愛に下心があったことか?
隠してたけども、別にそれが二股する理由にはならないはずだ。
「王くんの──心の中になにかいるってこと」
……そう来たか。
寝ぼけ眼、そのことか。
ずっと気づいていたのに、触れないようにしてくれていたのか。
今まで会話が成り立たなかった理由は、これか?
「残酷なこと言うけど、その人は、一人でそれを抱えられるのかな。いつか王くんじゃなくなっちゃうかもしれないって、隠したままお付き合いするの? 私は王くんは隠し切れないと思うし、気づかれちゃうと思う」
痛い所を突かれたのは僕だった。
呪術師のように記憶を見たわけでもないのに、わかるのか……それが。
触れられたくない部分だが、七愛なら許せてしまうのも辛い。
「私は王くんといたいし、その子とも仲良くする。それで二人で王くんを支える。王くんの好きな人だから凄い人なんだろうけど、私もいたほうが上手くいくと思うんだあっ」
きっとこれは、作戦じゃない。
本気も本気で言っているように見える。
でも……わからない。
僕はわからない。
どっちがいいのだか、わからない。
わかったら苦労していない……生まれた時から、こんな思いはしていない。
「ね? 王くんにとっても、その人にとっても、私にとっても……みんなにとってそれがいいでしょ?」
完封だ。
お父さんと寝ぼけ眼の話は本当に弱い。
そこを突かれると、僕はまともな判断ができなくなる。
「す、菫さん……」
「わちは話がよくわからんのじゃ、悪いが味方できぬ」
七愛はパッと太陽が昇ってきたような笑顔に戻る。
「菫ちゃん、王くんの味方しようとしてたのっ?」
「……まあ、一言だけじゃが」
「見る目あるねえ! さすが私と契約してくれた妖怪さんだねえ……でも、王くんのこと好きになっちゃ駄目だよ?」
「わちは母上の味方じゃし、恋慕がどういうものかすらわからぬわ」
菫さんの言葉に感銘を受けたのか、七愛は菫さんを抱きしめた。
小さな菫さんは七愛の胸に潰される。
見ていてなんの感情も湧いてこない。
動揺している、頭がゴチャゴチャする。
絡まったコードの上に霧が降りてきて、もうなにも手出しできないかのように。
ただ俯いて、体も顔も脱力していく。
地面に力の全てを吸い取られるように。
「ぇふふ……」
駄目だ、僕が笑い始めた。
こうなるともうパンクだ。
この状況で笑う時は、パンクしている時だ。
「僕傷ついてますけど」
「……ごめんね、わかってるよ。でもそれより辛い目に合うことになるかもって思うと……王くんに消えてほしくないの」
ああそうかい。
今まで七愛はおかしいと思っていたけど、違うんだな。
壊れてるからだと思ってたけど。
でも、全部筋が通った気もした。
そりゃ、必死に僕にしがみ付いてくるだろうさ。
僕だって七愛が好きで、自己喪失の可能性があって、自分ならなんとか出来るという確信があったら。
きっと嫌がられても傍にいようとする。
せめてその問題が解決するまでは。
正しいとすら思える、七愛の選択が。
そう考え始めると、果たして依存しているから、過剰な評価が悪いのかとすら思う。
依存は僕の場合は悪かった、でもそれが生きる支えでそれで生きていけるのなら、一概に悪いと言えるのだろうか。
過剰な評価だって、みんな均一じゃないんだ……そう感じる人を否定するほうが酷いんじゃないか。
それが好きな人、それが嫌いな人、みんな違うじゃないか。
「はぁ……」
溜息が出た。
もうその人を好きに思うのも罪とすら感じる。
だって僕も方向性は違うけど、七愛くらい重い。
その重荷を背負わせて、幸せになんか出来るわけがない。
好きになるべきではなかったのかもしれない。
「王くん、大丈夫だよ。私が全部上手くやるから」
七愛はそう言って菫さんを降ろす。
「七愛にすら申し訳ないので、やっぱり嫌ですね」
「私に申し訳ないなんて、思わないでいいよ……っ」
ロボットのように凝り固まった声しかできない。
一人になりたい。
一人で生きていける強さがほしい。
自立したい、自立しきりたい。
僕はずっと……普通になりたかった。
普通になれなかった。
だから長内王雅になりたかった。
でも、僕は恋をすることすら許されない存在なのか
「す、スイッチが……」
どうにかしないと。
完全にスイッチが入っちゃってる。
笑いと涙を抑えたまま思い切り空気を吸い込むと、肺が痛いくらいに膨らむ。
そのまま、少し維持してゆっくりと吐き出す。
どうだろう、落ち着けたかな。
「お、王くん……? 大丈夫?」
「ちょ、ちょっと人呼んでいいですか? このままじゃヤバいです、ヒスります、狂人になります」
「え、うん……ごめんね……追い詰めるつもりなかったのに」
スマホを取り出した瞬間、ドアベルが鳴った。
無意識に僕は立ち上がって、玄関の扉を開く。
大和さんとコーニングスさんだ……どうしてだ? まだ連絡してないのに。
「長内……? 顔色悪いわね」
「おうっ……オメェ、また追い詰められてやがンな!?」
「へ、へへ……すいません」
彼は靴を脱いで、押し入るように入ってきた。
コーニングスさんは丁寧に靴を脱いで揃えてその後に続く。
「どうせ日妖で嫌な目にあったンだろォ……あァ!? まだいたのかァ!?」
大和さんは七愛を見た途端に声を荒げた。
まだいた?
「アンタが王雅と接触してるって話はコーニングスから聞いてらァ。テメェらが王雅を追い詰めたのかァ?」
ああ、コーニングスさんから聞いたのか。
財団は僕を監視しているから、七愛の存在も知っているだろう。
「……うん、そうみたい……ごめんね、王くん」
「ンだよ、なにがあったンだよ」
まだ頭が纏まっていないのに、どうしよう。
「えーと。七愛、いいですか? 説明しても」
「うん、私は大丈夫」
まず七愛に向けて大和さんとコーニングスさんを紹介した。
昨日の説明で出た二人だからすんなり理解できるはず。
そして、昨日から今日までの話をあらかた説明する。
押し倒されたとかはさすがに伏せて。
七愛は僕を心配しているような視線しか投げ掛けてこない。
羞恥心とかないのだろうか、普通こんなの話されたら恥ずかしいと思うが。
ああ、まだちょっと落ち着かないのに七愛の心配をしてしまう。
「なぁ、愛屋敷よォ……オメェ、ほんとに王雅が好きなのかァ?」
「うん、大好きだよ?」
まずいな、恐らく七愛も爆弾持ちだ。
あまり責めてほしくない。
コーニングスさんはどこかそわそわしている、あまり口出ししないつもりなのだろうか。
大和さん一人で言う分には大丈夫か?
「はァー……? かわいい面してそういう感じなのかァ? キモくねぇ?」
「えっ、キ、キモい!?」
大和さんはどかっと僕の隣に座って腕を組んだ。
コーニングスさんもソファーに座ればいいのに、絨毯の上に座る。
七愛、面等向かってキモいなんて言われたことないだろうな……どうしよう。
「王雅はどう見てもかっこよくねぇよ、現実見ろよ!」
「か、かっこいいもん! かわいいしかっこいいよ!」
「そもそも恋愛って対等なもンだろォ、ンだよその全部こっちでやるみてぇな話。って俺が言えたことじゃねぇけど」
鼻を鳴らして大和さんは言う。
「無礼な童じゃの……」
菫さんが喧嘩を吹っ掛けるが、七愛はその頭を撫でて、大丈夫だからと呟く。
まだ余裕がありそうだ。
「大江戸、私は彼女の気持ちわかるわ」
「あァ!? コーニングス、テメェ……」
……あれ?
なんでコーニングスさんが七愛の味方をし出すんだ?
「支えてあげたいし、恰好いいと思う気持ちは、わ、わ……わかるわ」
白い顔を真っ赤に染めて、言い淀む。
「俺ァ、王雅になんでも答えを押し付けちまったのは間違いだと思ってるぜ」
「だってこれは恋の話よ。恋ってそういうものだと思うから」
無意識に、僕の味方をしてくれると思っていた。
なんで七愛側なの? 僕も理解はできるけど。
「えっと、アニタ・コーニングスちゃんだよね? アニちゃんって呼んでいい?」
「アニちゃん……? まあ、いいけど」
これで気づけ、七愛のおかしさに。
味方はしちゃ駄目だよ。
「アニちゃんはそう言うと思ったよ、だって王くんのこと好きでしょ?」
「え、え……べ、別にそんなことないから……!」
「えっと、嘘つかなくても大丈夫。ね、大江戸くん、まず王くんは素敵っていう証明だよ」
「……えェ?」
ああ、七愛……おたんちんだなあ。
ハニトラなんだよ、そういうフリが得意なだけだと思うよ。
僕を好きってのはまずないよ、心配はしてくれてるかもしれないけど。
「コーニングスさんはそういう風に見せかけるのが上手なんですよ、これ以上話を複雑にしないでください」
「絶対王くんのこと好きだよっ! しかもベッドに金髪の髪の毛落ちてたもんっ! 一緒のベッド入ったでしょ!」
「だからそんな技能ないって! ていうか愛屋敷、ベッドって……!」
あ、これはもう駄目だ。
絶対に収集がつかない。
「大和さん、コーニングスさん先に帰らせてください、帰りは僕が送るので」
「あァ、こりゃ話纏まらンな……」
僕たちは耳打ちし合って方針を決める。
ついでに菫さんにも引っ込んでもらおう、大和さんと相性悪そうだし。
「おいコーニングス、オメェ一旦帰れ」
「なんでよ!」
「この流れで話纏まると思ってンのかよォ!」
「大江戸くん、それは酷いよ。アニちゃんは王くんのこと好きなんだよ? 仲間外れにしちゃかわいそうでしょ?」
どうするのこれ。
辛いのに、頭も痛くなってきたよ。
「ちょっといいですか? せめて順番に問答しませんか?」
「あァ……もうそれでいいやァ……」
まず、コーニングスさんは僕に恋をしていないという話から進めたほうがいいだろう。
七愛による神格化を食い止められるのは、彼女が適任だ。
「ではまず、コーニングスさんから」
「私……? えっと、愛屋敷七愛、あなたって結構有名人だから財団のデータにあったけど……結構破天荒な子なのね」
「王くんが言いたいのは、アニちゃんが王くんに恋してるかどうかだと思うけど……?」
その通りだ。
そこを詰めろ七愛、そして気づけ。
ただ僕を会紡機戦に縛り付けるためのコントロールの一環だと。
僕に対して恋愛感情を抱いている、まで行ったら確実にそうだよ。
「そんなの、わからないわ……したことないんだから、恋なんて」
コーニングスさんはまるで生娘のように顔を赤らめて、身を捩る。
「好きでもない人のベッドに普通入らないよ、そういうのに慣れてる子にも見えないもん」
「そりゃあ私だって嫌だけど……その、長内は甘える相手がいなかったから……」
「いくらかわいそうでも、好きじゃない相手にそこまでしないよねっ?」
コーニングスさんは一筋の汗を垂らして俯いてしまう。
勝機が見えない。
そりゃそうだ、作戦が失敗してしまうのだから尻尾は出さない。
七愛は気づく様子もなく、妄信している。
見抜けない以上、一方通行だな。
「そろそろ俺いいかァ?」
「私はいいけど、アニちゃんは?」
「……一旦任せるわ」
彼は腕を組んだまま、大股を開く。
「まずよォ、テメェが今王雅を追い詰めてる自覚はあンのかァ? 未来がどうであろうと今は害なンだよ」
「……王くんの顔見てから気づいたけど、もっと深刻な問題があるんだもん。放っておけないよっ」
「ちげぇちげぇ、未来の話は後にしろ」
「……追い詰めちゃった、ごめんね」
……僕を思ってのことだろうから、謝らなくていいが。
今は口出しできる状況ではない。
「でぇ、未来の話だァ、かンなり前に、他人の意識みてぇなもんが中にあるつってたなァ、それのことだろォ?」
「うん、それを一番心配してるのっ……」
「オメェならどう食い止められンだよ? 具体的な方法論はァ?」
「えっと、その状況に応じてだと思うけど」
「例えば今ならァ?」
良い攻め口だ……こうやって言えばよかったのか。
しかし、七愛の顔は表情を失っていく。
僕には見せたことのない顔へと。
「具体的な方法は王くんに詳しく聞いてからだけど、無意識下で進行しないなら崩力で眠らせる。無意識下で危ないなら、王くんにしかないものを刺激する。最終的には私の崩術でその心の中の別人を崩壊させるつもり」
荒んだ顔だ。
心を投げだしたかのような目。
きっと、菫さんが最初に見た七愛はずっとこういう顔をしていたんだろう。
本当に七愛かと疑いたくなるほど、理路整然としている。
「悪くねぇな、だがテメェの存在がそれを呼び起こすとしたらマッチポンプだぜ?」
「……そうだね、それは否定できないかも」
「ま、これこそファジーな憶測だ。この話はアンタが正しいぜ」
や、大和さんまで認めちゃうの?
そりゃ七愛の言うことは具体的だし効果はありそうだけど。
そういう問題じゃないだろこれは。
二股はよくないし出来ないっていう普通の話だよ。
「でも、それは恋愛関係じゃなくても出来るよなァ?」
「……そうかなあ? 日常的に支えてあげたほうがいいでしょ?」
「幼馴染って関係も十分近いだろォ?」
あ、たしかに。
その通りだな。
「大江戸くん、それは違うよ。王くんが恋人さんを作って、なんの関係もないように見える私が傍にいたらその人は嫌がるだろうし、王くんとの仲にも影響が出るよ。だったら最初から認めてもらったほうがいいし、王くんは好きな人と付き合う権利もあるもん」
「なに、オメェ好きな奴いンの?」
「ええ、まあ……」
大和さんとコーニングスさんが眉を顰めて僕を見つめた。
さっきの説明でこの話も伏せちゃったんだよな……なんだか言い辛くて。
「そォか……中々やるなァ、愛屋敷。ここまで的確に言い返してくる奴ァ、初めてだぜ」
「大江戸くんに褒められても嬉しくないよ。王くんと一緒に戦ってることには感謝も尊敬もあるけど」
「あっそォ……でもまだ弾はあるぜ?」
大和さんは闘志を燃やしたかのように、前のめりとなった。
対する七愛は、静かに敵対心を曝け出してゆく。
「ンな理屈で好きになってもらおうとしたって、王雅は好きにならねぇだろ? やり口がよろしくねぇだろ」
「……じゃあ、私はどうすればいいと思うの?」
「とにかくこいつを楽にしてやらねぇといけねぇ、負担になるだけだろうが今んとこ」
確信を持っているような口調で大和さんは告げる。
「いつ次の戦いが始まるかわからねぇんだぜ? 会紡機戦はアンタが手ぇ出したら財団に消される。好きだっつうンなら、王雅の目的を外から手伝ってやるのが筋じゃねぇの?」
「ふふ、敵に塩を送ってるようなものだね」
七愛は冷たな笑みを浮かべるが、決して心の底からは笑っていない。
「俺たち、利害だけは一致してンだろ? 俺ァこいつの力を信じることにしたが、それでも余計な負担は減らしてやりてぇンだよ。アンタだってそうだろ?」
七愛は冷たい視線のまま頷いた。
「わかった、王くんの目的手伝う! 手伝ってもらったからって好きになる人じゃないけど、時間はたくさんあるもんね。戦いに手出しはできないから、そういうフォローも大事だよねっ」
良いのだろうか。
そんな恋心を利用するような真似。
それで好きになるとも限らないのに。
「僕は、それでも好きにならないかもしれませんよ?」
「好きになってくれるまで、諦めないのは変わらないもん。でもその分の負担を別の所で軽減してあげたいの」
根本的な解決になってないのではないだろうか。
でも、僕のことを少しは尊重してくれるということか?
難しい。
「ンじゃ、後は王雅に任せて帰らァ」
「あ、すみません、ありがとうございます……」
彼は立ち上がって玄関へ歩く。
七愛が会紡機戦に介入したことで失格になってやしないか、その話はコーニングスさんの前では出来ない。
「おいエダーク財団の特務エージェント! 送ってってくれるんじゃねぇのかよ!」
「あ、うん……そうよね」
「アニちゃんも泊まっていこうよっ! 王くんの好きな人誰だかわかんないし、その恋が実るかわからないけど……同じ人が好きなんだから、不安な気持ちはわかるもん」
ま、またわけのわからないことを。
「……私はそこまで、長内に迷惑を掛けたくないわ。急にお邪魔してごめんなさい、口裂け女の次は日妖に行くっていうから、追い詰められてるんじゃないかと思って」
「助かりました、ありがとうございます」
よかった。
安堵しながら僕は頭を下げてお礼を言う。
本当に助かった、一時はどうなるかと思ったが少しは話が進んだ。
にしても大和さんが褒めるとは、本当に強敵だな七愛は。
このあと僕一人で大丈夫だろうか?
いや、信じてくれるというのだから頑張ろう。
二人を見送って、僕は深々とソファーに座る。
あまり喋っていなかったのに、なぜか物凄く疲れた。
「王くん、大事にされてるんだね。そこはちょっと安心したかも」
「そうじゃのぅ、意外と人望に熱いんじゃな」
菫さんはあくびをしながら適当なことを言う。
「いやいや……ていうか、今日も泊まるつもりだったんですか?」
「うん! 泊まるっていうか、一緒に住みたいっ!」
急に笑顔が戻ってきて、いつもの七愛になってしまった。
さっきのほうが僕としては助かるのだが……こういう七愛は狂気を抑えていないから。
「……わかりました、でもいくつか約束してください」
大和さんの言う通り、今はまだ幼馴染としてのラインを守ってくれればそれでいいだろう。
彼が口で勝てない相手に僕が勝てるとも思えない。
当然だ、七愛は七愛のまま変わらないが数年の時は人を変える。
「え! いいの!?」
「ボディタッチはなし、近すぎるのもなし、僕が一人の時間を作れるようにも配慮してください。あと愛情表現も多少は抑えてください」
「うー……頑張ってはみるね」
かわいらしく上目遣いをする彼女。
不安はあるが、方向性は決まっている。
手伝ってもらう内容的に、顔を合わせる頻度も落ちるだろう。
四六時中べったりはないはずだ、それなら幼馴染として許容できる。
ちょこっと年上で幼馴染で、甘えん坊な妹。
そう扱うことしかできない。




