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第四十六節 必死の説得

 二人前の朝食をテーブルに置き、僕は家中を探し回る。

 僕を見張っている契約妖怪を探して。


 七愛を起こさないよう、小声で呼びまわるが誰もいない。

 気配もない……外か?


 しょうがなく、ジャンパーも羽織らずに僕は玄関の扉を開く。

 どこかからか、財団の人間と七愛の契約妖怪が見張っているのか。


 見えるのは雪が積もった塀。

 その内側には、庭木が聳え立っている。

 雪が積もっているのに、葉が落ちていない……名前は忘れたが。

 砂利で敷き詰められた庭や道は完全に白一色に染まり、偽物めいた空が広々と続いている。


 人影は見当たらない。


 舌打ちを鳴らしながら、引き戸を閉じる。

 三重構造の玄関の中央も閉めて、リビングの扉を開いた瞬間。


「もしかしてじゃが、わちを探しておるのか?」

「ヒャッ!」


 背後から声がした。

 今閉じたはずの玄関から。

 おかしい、どういうことだ!?


 振り返ると、妙に小さいのがいた。

 こちらを見上げる、幼子。


 雪景色を収めたような白く長い髪は微小な青紫色を纏っていて、グラデーション掛かった毛先は完全に青紫色。

 真っ白な肌、整いすぎて現実味のない顔。

 花のように鮮やかな青紫の瞳。

 袴姿に身を包んだ幼女。


 幻想に咲き誇る一凛の花、そういう印象を持つ。


 人間の美しさではない、正気が瓦解するような美しさだ。

 七愛が人間的なかわいさの極致だとすると、あまりに幻想的すぎて人間ではないとはっきりわかる。


 妖怪、実体のある幻だ。


 だけど、頭では驚いているのに心のさらに奥。

 魂とも呼べるような深淵で寝ぼけ眼が思考に反して呼び起こされる。


 預言者さんの時と同じくらいの異常な反応。

 異常なほど反応している……七愛に抱くような気持ちをに少し似た、なにかを噛み締めるような感情。


 預言者さんを(はた)いてからは大人しかった癖に、なにも見たくないように閉じこもった癖に。


 どれだけ体験しても慣れようがない。

 寝ぼけ眼の視線に長内王雅が上書きされていく。


 僕が、僕ではなくなってしまう。

 呼吸を忘れる、力の入れ方を忘れる、そうした五感や意識の全てを受け渡すような感覚。

 視界はそのままなのに、遠ざかっていく……自分の目からさらに奥に。

 深淵から冷たい手が伸び、背骨をなぞり上げてくるような反応。


「なんじゃ!?」


 僕は彼女に抱き着こうとしていた。

 幼女妖怪は鋭く後ろへ引いて、僕は虚ろを抱きしめて倒れる。


 その衝撃を掴んで、必死に手繰り寄せる。

 僕のもの、僕の体、僕の感覚……そう念じながら、戻ろう戻ろうと藻掻く。


 僕という形をなんとか体に抑え込むように、隙間なく埋めるように自己を膨張させる。

 長内王雅という型に無理やり当てはめて、寝ぼけ眼を押さえつける。


 蹲る僕はようやく自分の呼吸を思い出す。

 冷たい地面についた頭を持ち上げて、三度叩きつける。

 鈍い痛みが、霧笛みたいに頭蓋の奥で何度も鳴った。

 圧縮され押し潰されそうになっていた思考は頭の位置に、感情は胸の位置に戻ってくる。


 一体、預言者さんとこの妖怪になんの繋がりがあるというんだ。


「あ、あなた……雷神教神託者って知ってますか……?」

「し、知らぬが……?」


 ここまで過剰反応したのは預言者さんとこの妖怪さんだけだ。

 なんなんだこの──既視感。

 封印された記憶にもいなかったから、僕の記憶には存在しない顔のはずなんだ。


「じゃあ、僕と会ったことは……?」

「初対面じゃろ?」


 じゃあいい、どうせわからないことだ。

 寝ぼけ眼はもっと、僕が生まれた時からあるものだ。

 幻世界で赤ん坊の僕を拾ったお父さんが知らないのなら、誰だって知らないはずだ。


 落ち着いてくれたのなら、それでいい。


「変な人間じゃのぅ……母上はそちのどこが気に入ったんだか……」

「ハァ、ハァ……は、はうえ……? 七愛のことですか……?」


 力なく僕は立ち上がる。


「そう呼べと言われたのじゃ。わちは愛屋敷七愛と契約した妖怪──菫鬼(きんき)じゃ。愛屋敷(おやしき)(すみれ)を名乗れと申し使っておる」

「菫さん、ですか……わかりました」


 僕はふらふらとリビングに戻って、力尽きたようにソファーに座り込む。


「長内王雅です、朝ごはんを用意したので食べませんか?」

「こんな奇行をされたばかりでご飯!? そちもまともじゃないのぅ!」


 のじゃロリ妖怪……もとい菫鬼、聞いたことがない。


 だが鬼か。

 妖怪の中でも鬼は群を抜いて強い。

 その中でも最強と謳われる酒呑童子(しゅてんどうじ)を越す強さはないだろうが……鬼は強いから鬼なんだよな。

 鬼熊という妖怪とて、本当は鬼ではないのにその強さから鬼の名を冠している。

 妖怪たちにとって鬼とは特別なもので、強さの象徴でもある。


 怒らせないようにしなければならないが……反応は常識的だな。


 深呼吸を一つして、気持ちと心を落ち着ける。


「ふぅ……ええ、正直に言いますけどあなたを説得するために腕によりをかけました。よかったらどうぞ」


 妖怪は排泄もしないのに飲み食いは出来る。

 食べなくても生きていけるようだが、飲食や飲酒はみな一様に好きだった。


「説得ってなんじゃ……?」


 菫さんはそう言いながら、対面に座った。

 ソファーからじゃ手がテーブルに届かない様子だったから、テーブルを少しばかり押す。


「七愛が僕にその、交際を迫っているのは知っていますか? おかしいくらい強引に、です」

「わちは妖怪じゃぞ? 現世に来たのも一ヵ月前じゃし、人間の風土風習なぞ知るわけがないじゃろう」


 そりゃ、そうか。

 その事柄を知らなければどこからが異常で正常かもわかりようがないか。


「そち、本当に崩王の子息なのかえ? たっよりないのぅ」

「お父さんを知っているんですか?」

「わちの元に何度か足を運んできおったからな、力を貸してくれと何度も何度も……」


 お父さんが頼るほどの妖怪だと……?

 馬鹿な、本当の話かそれは?


「その子息というのは母上から聞いた話じゃがな、似てないのぅ」


 僕の幻世界でのあだ名、餓鬼という名は知らなくても崩王は知っている。

 ということは、普段あまり他の妖怪と交流がなかったのだろうか。


「そりゃ、義理ですからね……」

「他人の子を育たということかえ? 意味がわからぬな」


 よっぽど世俗に疎いようだ。

 説得するには腰が折れるな……。


「お父さんに助力を頼まれたというのは本当ですか……? どうせなら酒呑童子さんとかに頼むんじゃないですか?」

「あやつの領域は遠いしのぅ」


 領域?

 なんだっけそれ、お父さんから聞いたような……。

 えーと……なんか、幻世界には特別な場所というか、景観のいい場所があって強い妖怪はそこを陣取っているんだったか?

 強者なのに引きこもりって、といったような感想を抱いた記憶はある。


「それに、自慢じゃないがわちは一度あやつに勝っておる」


 嘘つけ、酒呑童子は最強の妖怪の一角だぞ。

 角も見当たらない鬼が勝てる相手じゃないだろ。

 と、突っ込むわけにもいかない。


 協力してほしいのだから、重箱の隅をつついてどうなるというのだ。


「まあ、とりあえず食事どうぞ。いただきます」

「うむ、じゃあお言葉に甘えるとするかのぅ……いただきます」


 僕は手を合わせ、李国燕さんに感謝を捧げる。


「卵焼きしょっぱ!」

「えぇ、子供なんだから濃い味のほうが好きでしょう?」


 まあこんな子供の姿をしているなんて知らなかったから、いつも通り作ったのだが。


「わちは(わらべ)じゃないのじゃ! そちこそ童じゃろうが!」

「はい、まあまぼろ……常世では餓鬼とも呼ばれていましたしね。ガキなので僕は子供です」

「不名誉なあだ名じゃのぅ、なにしたらそう呼ばれるのじゃ……」


 幼女は深々と老人くさいため息を吐いて、僕の料理を口に運ぶたびに顔を顰めていた。

 食べ物で懐柔する作戦は失敗だ。

 僕は美味しく食べられたが。


「七愛には普段なにを作ってもらってたんですか?」

「野菜中心じゃったけど……」


 そんな食生活でよくあそこまで胸が膨らむものだ。


「では本題ですけど、七愛が異常な状態なのはさすがにわかりませんか?」

「んむ? まぁ、あそこまで荒んだ目は見たことなかったのぅ。でもそちを見かけてからは、輝いておったぞ? 良いことじゃないのかえ?」

「いやぁ……」


 狂気的なまでに純粋な輝きは普通のことではないよ。

 それは異常だよ。


「あなたはそもそも、七愛に思い入れあるんですか?」

「思い入れ……母上は鬱陶しくてのぅ。何度も何度も契約しろと挑んできおって、その度にボロ雑巾にしたのじゃが、諦めなくてのぅ……最後はもう、じゃんけん勝負とか言い出したのじゃ」


 今そういう話じゃないから。

 面白小話はどうでもいいから、七愛はやりそうだけど。


「じゃから、そこまで必死になる姿には胸打たれたものじゃ。じゃからわちは、母上の味方じゃ」

「じゃあ、このまま七愛が壊れたら嫌なんですよね?」

「そりゃぁそうじゃろ」


 僕は間髪入れずに言葉を放つ。


「壊れますよ、このままだと」


 僕と同じ道を歩みながらも、その方向性は危うい。

 正しい間違っているというよりも、あれは七愛自身が危険だ。


「そちは母上に好かれておるのじゃろ? 受け入れればよい話ではないかえ?」

「僕はほかに好きな人がいます、難しいんです」

「母上も同時に受け入れればよいじゃろう?」


 こいつは、また別の方向性で七愛みたいなことを言ってくる。

 菫さんの影響でああなったわけじゃないだろうな?

 それは無理だという説明をまた一からしなければならないのか。


「あのですね、人間は一体一で恋愛するんですよ。同時に二人というのは、少なくとも日本ではまだ一般的ではありません」

「ほぉ……法律かえ?」

「いやぁ……まあ、詰まる所そうじゃないですかね」


 同時に二人とは結婚できないからね、恋愛は法の外だが。

 同じようなもんだろ、恋愛の延長線に結婚があるんだろうから。


「わちは難しい話は苦手なのじゃ!」


 菫さんは食べ終わったかと思うと、頭を抱えて上を向く。

 妖怪の例に漏れず、単純なおたんちんではあるのか。


「そう難しく考えないでください、僕と付き合ったとしても七愛はおかしくなっていきますよ」

「ハッキリ言う! わちにはそうは思えぬ! 母上はわちと出会ってから、その後もじゃがこの世は地獄みたいな顔をしておったが、そちと再会してから急に明るくなったのじゃ!」


 これも嘘臭いな。

 僕の知っている七愛は能天気で楽観主義で頭はいいのに、おたんちんな小娘だった。

 今だって、純粋ゆえの暴走にしか見えない。

 そんな絶望しながら生きてきたなんて……信じられないし、信じたくもない。

 あまりにも不憫だ。


「僕はそういう七愛を知らないのでなんとも言えませんが、それにしたってですよ。だから一緒に説得しませんか?」

「……じゃがのぅ……そちに断られて、なにを支えに生きていくと言うのじゃ」

「菫さん、あなたが支えになればいいのでは?」

「無理じゃろぉ……それは」


 なんでだよ。

 七愛と契約したんだろ。

 出来るだろ。


「わちに出来るのは戦じゃ。あとは花見をして適当に酒を呑んでいれば満足なのじゃ」

「支える能力がないと、そう言いたいんですか?」

「そうじゃよ! わち領域に閉じこもってほぼ誰とも関わってこなかったんじゃぞ!?」


 それで言うと、僕も支える能力なんてないのだが。

 八方ふさがりか、もう脅すしかないか。

 でも話を信じるなら、妖怪の頂点といっても過言ではないようだ。

 僕の契約妖怪は種族名すらわからない、自分がなんと名付けたのかすら思い出せない。

 それじゃ脅しにならん。


「お酒、お酒めっちゃあげますよ。僕は七愛より優れている所は金銭面です」


 会紡機戦で社長からもらった恩賞。

 口裂け女の分はまだもらっていないから、さらにドンだ。

 いくらでも、浴びるほど酒を買ってあげることも出来る。


「ほお……って、そんなのでわちを篭絡できると思ったのかえ!?」


 普通の妖怪なら乗るのに……。


「もうほんと、お願いしますって! あなただって本当は僕の監視なんてしたくないでしょう!?」

「したくないわ! でもしょうがないじゃろ!」

「七愛が僕への執着を断ち切ったら、しなくて済むんですって!」

「人の恋路なんてわちにはわからないのじゃ! 説得するといったってなにを言えばよいのかすらわからぬ!」


 役に立たない。

 ああもう、しょうがない。

 強行手段だ、と決意を固めると僕の口元はチェシャ猫の笑みを浮かべる。


「……じゃあ、僕はあなたに惚れたことにして、七愛との関係をグチャグチャにするという手もあるんですよ」

「外道じゃな!? 最低じゃろそれ!」


 うーん、本気で受け取ってその反応なのだろうか。

 仰け反りながら、両手を出して歌舞伎みたいな驚き方をしている。

 なんというか、軽い。

 妖怪すぎる。


「まあ、やりませんけど。僕も僕で七愛が大切なんです、恋愛感情じゃないにしても……本当に大切なんです、だから追い詰めるような真似はしたくありません。だから軽くでいいんです、一言でいいから協力してくれませんか?」


 それに、自分の恋心を裏切るような真似だってしたくない。


「はぁ……わかったのじゃ、一言だけじゃぞ?」

「お願いします」


 そう告げて、僕は食器を台所に纏めて修行の間に移動する。

 いつも通りのことをいつも通りやる。

 それをやっていたから口裂け女にも渡り合えた。


 会紡機戦はまだ終わっていない。

 七愛の介入で失格判定でなければの話だが……これは大和さんとも話したほうがいいだろう。

 それよりも呪術師にやられてはしないだろうか、テンスさんは。


 とにかく、目的を叶えるためには積み重ねしかない。

 僕は明らかに才能がないから、その分もだ。


 宙に溢れている崩色を両手に取り込む。

 型なしを完璧にしなければならない。


「のぅ王雅殿、酒はないのかのぅ!」


 襖の向こうから菫さんの声が聞こえた。

 ないよ……二十歳になってもない一人暮らしの家に酒があるわけないだろ。

 それを伝えると、


「なんじゃ、日本酒の一つや二つは用意しとくのが日本男児じゃろう」


 彼女は襖を開いてズカズカと入り込んできた。


「無礼な妖怪ですね、客人でしょう」

「だってわちも含めてここに住むんじゃろう? 母上が言うておった」

「それも断るって話をさっきしたでしょう!?」


 七愛は……嫌じゃないけど、お父さんやテンスさんと過ごしたこの家に住みつかれるのは絶対に嫌だ。

 七愛とて感情的に良くても不健全で依存心を深めそうだから駄目なのだ。


「母上の執念は凄いのじゃ、色恋は断れても住みつきはするんじゃないかの?」

「執着心はたしかに凄いですけど……まあそこは僕たちの頑張り次第だとして」


 出て行ってほしい、と視線で訴えてみるが菫さんはぼやけた顔で返す。

 七愛がさっき寝たばかり、起きるのは夕方だとしてもかなり時間がある。

 暇なのか?


「鬼なのに角ないんですね」

「なんの話じゃ急に」

「そういえば、僕や七愛みたいなのは鬼術師というそうじゃないですか、なぜ鬼なんでしょうね。妖術師とかではなく」

「鬼が強いからじゃろ? 自分で言うのは面映ゆいがの。で、なんなのじゃ急に」

「暇なのかと思いまして」

「暇じゃけど……」


 彼女は正座で座り込んだ。

 やっぱり見られるのか。


 テンスさんの言動をなぞられるのは不快だが、パソコンは僕の部屋でそこには七愛が眠っている。

 僕とてほかに以外にすることがない。


 諦めて、崩術と獣術の修行を再開する。


 菫さんは身動き一つ取らず、無言で僕を見続けた。

 テンスさんとは違って、助言もなく。


 居心地の悪さも忘れ、僕は集中し始めた。


 その後、昼ご飯を食べて夕刻に差し掛かる前。


 七愛が起きた。

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