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第四十五節 始めから壊れていた

 押し倒されかけたまま、僕は考える。

 僕はどうしたい、長内王雅ならどうするんだ。


 僕として向き合うならば、本音を言うしかないだろう。


「七愛、ちょっと怖いですよ……ね? 離れましょう?」

「怖いってそんな、酷いよお……王くんかっこいいから、こんなの慣れっこでしょ……?」


 そんなわけない。

 僕は女性に耐性がない、言い寄られたのも初めてだ。

 ましてや告白なんて……もっとまともな状況だったら舞い上がるほどに嬉しいが。

 七愛はどこか変だ、手放しに告白されたと喜べない。


 独りよがりに、その想いを踏みにじれない。


「いやいや、そんなわけないでしょう……七愛こそ、モテたでしょう? 僕なんかに迫らなくたって……」


 世間の幼馴染という関係を見れば一目瞭然だろう。

 普通、ここまで執着しない。


 僕なんかには相応しくないほど、かわいらしい顔立ち。

 コーニングスさんとも違う系統だが、とにかくこうすればかわいいだろうと神様にいじられたような顔。

 人を疑うことを知らなそうな、まん丸い目。長く光を弾くような睫毛。

 髪だってほつれ一つない絹のようだ。

 男好きする体つき、押しに弱そうな柔らかな口調。

 好きにならない男がいるのだろうか、僕以外で。


 選びたい放題のはずだが……なぜ僕なんだ。

 考えられるとすれば、溝口が壊れたという仮説のような……逃避先が僕だったのか?


「モテたって……よく告白はされたけど、私あんまり好きじゃないんだよね……」


 他者の好意を受け入れられないのか。

 それほど辛かったのだろうか、とも思うが思考より先に感情で理解できる。

 辛いだろう、とても辛いはずだ……両親が急に消えるのだから。

 大事なものが全て消えて、拠り所もない。


 となれば、記憶を失っても感情は消え切らなかったようだから、その感情に縋るだろう。

 それだけをバネに頑張ってきたのだろう。


「嫌いなの、王雅くん以外の人みんな」


 と、僕の憶測を奥底に沈めるような声色で彼女は言った。

 ええと、前提が違うのか? あっているのか?

 身を委ねたくなるような甘い匂いに心臓がうるさいほどに脈打つ、これも混乱の一因だ。


「ほかの人、みんな私をそういう子(、、、、、)だって扱うの。おっとりしてる、天然、頭がいい、男の子に色目を使ってる、自分を誘ってる、とかそんな風に……どうだっていいんだけど。王くんは昔から違ったよね、今だって本当の私のこと、たくさん考えてくれてるのわかるもん」


 苦痛と不安しかない新天地で、そうした思いを抱えていたというのはわかった。

 でも僕は、付き合いの長さがあるからではないのか?


 人間なんて、第一印象は型に当てはめるものだろう。

 その上で付き合っていって、本当のその人を知るんだ。

 最初にそう扱われたから拒絶してたんじゃ、仲が深まるわけがない。


「僕だって、そんなもんですよ……」

「ううん、王くんは違う。別に王くんにそういう風に扱われても私はいいし、王くんは特別だから」


 甘い言葉を囁かれる。

 彼女の言っていることはおかしい、理屈の外で僕を捉えている。

 でも間違っていない。


 人間は理屈で生きてないから。


 僕も呪術師にそう言って、勧誘を断った。

 いくらそれっぽい言葉を重ねても、心の挙動というのは理屈でありながらもあまりに複雑で、時に言語化できないものだ。


 人間がシステムチックではない部分。

 脳、認知、感情、本能。

 体験、経験、思考、思想。

 ひょっとすると、魂と精神と肉体も関係しているのかもしれない。

 それら全てが折り重なって、心となる。


 僕や彼女のように、社会や組織、あるいは人に壁を作って遠ざかれば遠ざかるほど、自動処理が出来なくなる。

 社会迎合していないから、社会というものが内在化できていない。

 規範に沿った単純化が出来ないんだ。

 折り合いの付け方もわからない、だから益々ズレていく。


 ゆえに理屈でなにを言っても通じはしないかもしれない。


「好きって、いつからですか……?」


 とにかく、理解しなきゃいけない。

 複雑で理解できないものだとしても、見える範囲は見なければいけない。


「うーんっ? ずっとかな? 自分でも気づいてなかったけど、幼稚園のころからずっと好きだったよ。もー恥ずかしいなー!」


 恋。

 恋愛感情だけが残って、それを妄信し続けて全てを拒絶した。

 孤独の中で、それだけを信じた。

 僕を神格化しているのだろうか、こんな矮小な僕を。


 しかも雰囲気をぶち壊すような、舞い上がった表情で彼女は頬を赤く染める。

 あやふやだ、感情が飛び石のように跳ねている。


 ああ、まるで──自分を見ているようだ。


 他人から見た僕はこうなのだろう。

 目の前の人を見ればいいだけなのに、人間とはなに? とか考え出す。

 自分の中では繋がっていても、他人から見れば、なにを言っているかもわからないだろう。


 そして、目の前の問題を勝手に大きく捉えてパンクする。

 でも狂いきらない、彼女のように。


 まずは、これを言わなくてはならないだろう。


「七愛……好きになってくれてありがとうございます」

「ごめんね、勝手に好きになって。でも私、王くんなしじゃ生きていけないの」


 七愛が貼られたラベル、レッテル、そうしたもので言うのなら彼女はメンヘラとかヤンデレなのだろうと僕は思う。

 でもそうした人への対応方なんて僕は知らない。

 僕が一番そうした気質で、自己制御できなかったから。


 だから、まず目の前の七愛に向き合おう。

 それしか僕に出来ることはないのだから。


「それは依存ですよ、いいんですか?」

「ふふ、意地悪な所も変わってないんだね。余計に好きになっちゃうよっ!」


 ああ、腕が痺れてきた。

 でもこのまま押し倒されたら、もっと変な感じになる。

 もっと彼女と向き合いたい、会話という方法で。


「話繋がってないですよ、依存でいいんですか?」

「いいよ、だって私の全部は王くんだもん。依存でも純粋な恋でもなんでもいい、だってこの気持ちは本物だから」


 幼少期を共に過ごすとここまで瓜二つになるものなのだろうか。

 あまりにも僕的すぎて、理解できてしまう。


 想いを信じる。

 僕が肯定した考え方を、そのまま使われているから否定もできない。


 七愛は世界にとって間違っていても、僕にとって間違っていない。


 それでも、なぜ僕は七愛の提案を受け入れられないのか。

 ようやくわかった。


「だから、私の全部あげる。王くんのために、ずっと取っておいたよ。だからずっとずっと一緒にいよう?」


 僕は恋をしている。


 七愛ではない人を。

 それが誰なのか、認めるのに躊躇してしまう相手だがうっすらわかった。

 もう恋をしていたんだ、自覚もないままに。


「僕は、好きな人がいるんです」


 彼女は受け入れてくれたかのように、くすくすと笑った。

 よかった、傷つけずに済んだ……。


「わかってるよ、さっきの話で。でもね? その人は私がいるの嫌だって言うかな? 王くんに告白されたら誰でも付き合うと思うけど、私が王くんの傍にいるの駄目だって言うかな」

「いや……前提がおかしいでしょう」


 似たようなことをさっきも言っていたけど、その人はまず交際してくれないと思う。

 仮に、仮に交際してくれたとして……どうだ? 駄目だって言うか?

 そんなのわからない、未来なんて見えない。


「ねえ、二番目でいいから私のこと好きになれない? そんなにやなの? どこがやなの?」

「だ、だってそんなの……」


 間違っている。

 そう言い切れない。

 普通は間違っていると言い切れる、だけど僕たちは普通じゃない。


「僕は不器用なので、無理ですよ……」

「だって私、最初からそう言われるの覚悟してたもん。その上で言ってるんだよ? 不器用なのも知ってるけど、私カバーできると思うんだあ」


 ……。

 じゃあ、手遅れだとでもいうのか……?

 そうまでして、僕に固執するのか。

 しかも、ただの偶像崇拝ではないのに神格化はしている。


 それでも僕を理解している、だってこれほど僕を理解しやすい人もいないはずだ。

 鏡映しのような内面なのだから。


 だから受け入れろと?

 ハーレムでも作れというのか?

 馬鹿な、僕はしょうがないからといって、人を好きになりたくない。

 というか、なれない。


「ごめんなさい」

「わかった、いきなりだったもんね。ごめんね、考える時間が……いるよねっ?」


 彼女は僕の肩に手を置いて、足まで指を滑らせる。

 直接的な誘惑かと思ったが……ち、違う。

 ほう、りょく……無門(むもん)で弾こうとするがもう遅い。


 油断していた、まさかそんな強行手段を取るなんて。


 呼吸が出来る、心臓も動いている……ということは微量な崩力で筋肉弛緩させられたのか。

 四肢が水底に沈んだように重く、意識だけが浮いている。

 部分麻酔をされたらこんな感じなのだろうか、こんな加減が出来るものなのか……。


 その技術力に驚いている場合じゃないのに、崩術に対してはどうしても感心してしまう。


「えへ、ふふっ……王くん、かわいいねえ」

「な、なめ……これは、駄目ですよ……!」

「王くん、限界になったら逃げちゃうでしょ?」


 ああ、よくわかっているな。

 どうすればいいんだよ、なにをされるんだよ。


「む、無理やり襲うつもりですか……?」

「え、エッチ! そんなことしないもんっ!」


 自分がどれほどのことをしているのか、その自覚がないように彼女は顔に手を当てて瞼を降ろす。

 ずっと真面目なのにこうなんだろう、僕もそうだからわかるけど。


「ちょっとその、無理やりになっちゃうけど一緒にいたいの。だから、私がしばらくお世話してあげるっ!」


 一線を越えるほど、彼女は壊れてしまっていた。


「二十四時間監視しながら、崩力を注ぐなんて無理でしょう……目を覚ましてください、現実的じゃありません」

「わかってるよお! バカにされるのも嫌じゃないけど……王くんが無理やり逃げたら、私……脅迫したくないけど、事実そうなんだもん。それでもいいなら逃げていいけど……」


 僕が逃げたら、自殺するという意味なのか。

 それとも、僕の周りの人を殺すという意味なのか。

 どちらにせよ、それじゃあ抵抗できない。


 僕が日妖で殺されるために暴れ、一般局員に暴行したああいう状態になるのだろう。

 容易に想像がつく。


 隙をついて七愛を無力化して、逆に脅迫するという手もある。

 が、僕には無理だ……それでも、大切な人なんだ。

 だからこそ、救いたいとか、傷つけたくないとか、そんな風にしか考えられない。


 きっと目の前で、誰かを殺されても。

 壊れるだけの理由がわかるから。

 そうなったらきっと僕も壊れて、彼女と泥沼に嵌っていくだろう。


「もっと早く……七愛と再会、するべきでした……」


 そう言い残すことしかできない。

 こうなる前に助けたかった。

 もっと色んな人が彼女を支えるべきだった、拒絶されたとしても、だ。

 それほど純粋な子なんだ、誰も理解してやらなかったんだ……かわいそうだ。


 七愛に寄りすぎた意見だと思うが、曲げられない。


 でも、もう限界だった。

 パンクじゃない、口裂け女との熾烈な戦いと、日妖での一件ですり減った心。

 七愛との重い会話……体が限界だ。

 それに、筋肉弛緩という無防備にもリラックスに似た感覚。

 折りたたまれたポンチョや彼女から香る匂いも、興奮と安心を及ぼしている。


 僕の憐れみに呼応するように、寝ぼけ眼がぴくりと瞼を動かした気がした。


 全てをシャットダウンするように強制的に眠魔が僕を蝕む。


「こんな目にあっても、私のこと想ってくれるんだもん……離れられないよ」


 意識が落ちる寸前、そんな声が聞こえた。


 ………………。

 …………。

 ……。


 なんだか変な夢を見た。


 空から落ち続けたり、出口のない迷路を彷徨ったり。

 切羽詰まっている、そういう状況を反映したかのような夢。

 寝起きからうんざりする。


 目を開くのが怖い。

 そう思いながらも、薄目を開けると人影があった。


 淡い期待も打ち砕かれる、七愛は僕の椅子を持ってきて僕を見つめていた。


「おはようっ!」

「……おはようございます」

「好きな人の寝顔って、何時間見てても飽きないんだねえ」


 遮光カーテンの僅かな隙間、そこから強い光が漏れ出している。

 東の窓からこの光量だ、早朝だろう。


 まさかずっと起きて、僕を監視していたのか……?

 氷水を流し込まれたような寒気が頭まで走るが、そのせいで脳が覚醒していく。


 まだ大丈夫だ。

 混乱しているし怖いが、思い詰めるほどまではいっていない。

 どうせ話し合って解決するしかないんだ。

 襲われてもいないし、拘束もされていない。


 会話という手段を僕が取り続ける限り、優位なはずだ。

 七愛は崩力を僕に注いでも、ただ僕を寝かせただけでなにも出来ていない。

 行動に整合性がないのだ、彼女は衝動的に行動しているはずだ。


 最悪の可能性は僕がパンクしないように冷却時間を設けた、戦略的な行動だったのならもう打つ手なしだが……どうだろう。


 まず僕の行動にどう反応するか。

 僕は起き上がって、ベットから降りる。

 彼女はひたすら視線で僕を追う。


 顔を洗って歯磨きをして、と行動してもただ楽しそうに僕を観察しているだけだ。

 幸せそうな笑みを貼り付けて、こっちを見ている。


「朝ごはんは私が作ってあげるね」

「……いや、自分で作りますけど」

「自炊できるようになったの!? そーだよねえ、一人暮らしだもんね。でも私に作らせて」


 彼女は立ち上がって、椅子をパソコンの前へ戻す。

 そのままリビングへの扉を開く。


 かと思うと、彼女は仕切りで躓いて転んだ。


「ちょ、大丈夫ですか!?」


 思わず駆け寄ると、すぐに彼女は立ち上がるがふらついている。

 寝ていないんだから、そりゃそうだろう。


「ごめん、大丈夫だよ」

「いや、もう寝たほうがいいですよ。客間があるので」

「……王くんの布団で寝ちゃ駄目?」


 寝るは寝るのか。

 自分で言っておいてなんだが、僕が逃げ出す不安を抱えたまま眠れるものなのか?

 ああ、いや……彼女の契約妖怪がどこかから僕を見張っている可能性もある。

 妖怪の身体能力なら、車で移動しても追跡できるか。


 監視されてばかりだな。


 ともかく、寝てもらえるならそれでいい。

 彼女も体を壊してしまうし、一旦睡眠を挟んで冷静になってもらったほうが事も上手く進みそうだ。


「まあ、いいですけど……」

「やたっ!」


 大和さんに相談するというのはどうだろう、今日は学校だろうから話せるのは夜になる。

 コーニングスさんは……大和さんの判断に任せよう。

 でも、三対一の構図になって爆発しないだろうか。


「私と契約した妖怪に会っても、好きにならないでね? その子だとちょっと嫉妬しちゃうから……おやすみなさいっ!」

「は、はぁ、おやすみなさい」


 彼女はそう言い残して、僕と入れ替わって扉を閉めた。

 リビングにぽつんと一人、僕は佇む。


 このまま生活習慣が合わなかったら、無害なのではないだろうか。

 いや、すぐに合わされるか。


 ならば、妖怪……か。

 その妖怪を説得したら、突破口はあるだろうか?


 試してみる価値はありそうだ。


 僕は、二人前の朝食に取り掛かった。

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