第四十一節 頂きの向こう側
今の所、とんとん拍子だと言えるだろう。
第二回誕生日会から一ヵ月近く、喫茶クラブでの会議やたまに遊んだりを繰り返して、何度もここへ足を運んだ。
ショックを受けて決意が試されることもなく、なんとか過ごしている。
秘密倉庫、そこでついに新型パワードスーツが実用段階へ到達した。
あとは細かい調整だけで、ほぼ完成状態みたいだ。
「どうです、大和さん」
「おかしいとこは見当たらねぇな。バラした状態でも確認してっからな、絶対とは言えねぇが」
「ナイスです、助かります」
彼のほうのパワードスーツは、僕のものより一週間前に完成していた。
にしても、どちらとも随分とスピーディに仕上がったものだ。
半年は覚悟していたのだが。
「しかしカラーリングがなんだか……」
「ま、もっさいよなァ」
僕は自分のパワードスーツが設置されている台を見上げる。
フォルムは角ばっていて、金属装甲は厚い。
これならば、崩衝を受けても溶け切るには時間がかかるだろう。
ヘルメットはスタイリッシュにしてほしかったのだが、アメフト選手のメットをフルフェイスにしたような感じだ。
しかし、色。
関節部が黒で、ボディの大半はオレンジが僅かに混ざったような真っ黄色。
ショベルカーの擬人化といった印象を受ける。
「な、名前くらい恰好よくしないとですね……ショベルスーツとか……」
「だっさすぎンだろ。でも似合うなァ……ショベルスーツ」
サブアームも財団製のAIで解決できた、そして追加要素も入れてもらえた。
射出式パイルバンカーや格納式ヒートマチェットも要望通りだ。
戦闘力は高いはず、これで僕も役に立てるだろう。
あのわけのわからない牢屋刻印覚醒者のような敵が出てこなければの話になるが。
無門で強化した腕力でどうにもならないのならば、パワードスーツがあってもどうにもなるまい。
しかし、遠距離武装があるおかげで囚われてもちょっかいは出せる。
背部の大型ジェットパックだけは工業臭さもなく、異質だが。
「大和さんのほうはいいですね」
「動力がデッドウェイトになっちまうから、パワーアシストも積んでねぇんだぜ」
大和さんはそう言うが、洗練されたフォルムが隣に掲げられていた。
前の僕のスーツと似たような感じの、近未来的な兵士といったようなデザイン。
黒と銀色のハイテク特殊部隊といった感じだ。
「ケブラー層にせん断増粘流体を含浸させて、小型ブースターをつけまくったもンだからパワードスーツの括りじゃねぇしな」
「よくわかんないですけど、なんかパワードスーツってより宇宙服みたいですよね」
見た目こそパワードスーツ的だが、フライトサージャンを目指す彼に相応しい機能に思える。
「あなたたち、言いたい放題ね」
「作った奴らに聞かれてねぇんだからいいだろォが」
僕らの後ろに立つコーニングスさんは、腕を組みながら呆れ顔をしていた。
誕生日会で彼女についてどうするかも思い出して最後に話をした。
そこでも空さんと大和さんの意見は対立していたが、正直、本心か演技かも判断のしようがない。
それは僕たちは判断できないのだ。
結局警戒しすぎても僕たちに出来ることはないという結論になった。
あまり気にし過ぎず、信用できると判断できれば信用すればいい。
いわば保留だが、なんでも解決しようとしたり答えを得ようとすると無理が出てくる、という話だ。
「でもコーニングスさん、どう思います? 僕のほうダサくないですか?」
「私にデザインの良し悪しはわからないけど……まぁ……」
まぁ、恰好良さなど僕には必要ないのかもしれないが。
この泥臭さ、泥の中で藻掻いてきたような僕にはむしろ似合っているかもしれない。
俄然として銃撃を弾く呪術師や、崩王たる父を倒せる口裂け女に釣り合った強さとは思えないが。
正直どうすれば勝てるかはわからない、とくに口裂け女はどうやって全身崩衝たる崩極をどう突破したんだか。
無敵の反則技に勝てる相手を、さらに上回る。
そんなもの、どうすればいいんだか。
「今日は完成祝いになにか奢るわよ?」
口裂け女のことはコーニングスさんに相談してもいいだろうが……今ではなくていいか。
「ンなことより、財団に帰って降参しても無事で済むようにしろやァ!」
「今あなたたちの元から離れたほうが任務放棄で話通せなくなるから!」
財団の恐怖から解放される可能性があるのならば、彼女が僕たちのモチベーション向上に一役買っているという実績を財団に見せたほうがいいだろう。
「じゃあ鉄板焼きか、天ぷらか、回らない寿司で」
「観光に来た外国人かよォ!」
「食べたという実績が欲しいんです」
僕だってお金はあるんだからいつでも食べにいけるのだが、どうしても貧乏癖が抜けない。
だから奢ってもらえるというのなら、高いものを食べたい。
やはり天ぷらか?
「俺ァラーメンの気分なんだがなァ」
「天ぷらがいいでしょう」
「私はすき焼きが食べてみたいわ」
すき焼きか、飽きるんだよな二口で。
味が単調すぎてあまり好みではない。
ラーメンなんていつでも食べれる、やはり天ぷらだろう。
「ラーメンとすき焼きはぁ……食べると老化するんですよ」
「そうなの!?」
適当なことを言って僕は誘導する。
エビ天、カボチャ天……頭の中で衣をまとった品々が舞う。
それには似つかわしくない気配……視界が溶けるように歪む。
「来たか……ッ!」
「大丈夫!?」
いつもながらに唐突なビジョン……じゃ、ない?
違う、なんなんだこれは……砂嵐のようにノイズが走ったような気もしたが、それとて違う。
世界が万華鏡を覗いているかのように規則的に破綻する。
見えたのは黄昏。
子供が散らかしたような岩が落ちている。
間違いない、世界の裏側である幻世界……僕が黄昏世界と呼んでいた、妖怪たちの住処。
その場の温度も匂いも感じないのに、ノスタルジックな殺意が胸に溶け込む。
体の力が奪われて、吐き気を催す。
今には抜け落ちそうな長い黒髪は無数の針金が刺さっているようにしか見えない。
血をぶちまけたような赤いコート、生気を感じさせない肌に瞳。
──チェシャ猫のように引き裂かれた口。
「口裂け、女……」
そして、スーツの男たちが対峙している。
その中には溝口がいる、間違いなく溝口だ。
僕を拷問したあの男が……。
世界が押し詰められるように戻ってくる。
僕たちに駆け寄るコーニングスさんの姿が見えた。
ビジョンが幻世界に及ぶと、ああなるのか……!?
「お、王雅!」
喉が勝手に震えて、濁った音が漏れた。
目からは涙が流れて、口から涎が止まらない。
頭が叩き割られる、頭蓋骨を開かれて脳みそが引きずり出されるような痛み。
全身が止め処なく震えて、自分の意志では動かない。
絶叫と共に記憶が呼び起こされる。
お父さんが食われてゆく。
女の子の両親の姿もすでになかった。
立ち尽くして、動かない溝口に僕はお父さんを助けてください、とそう懇願していた。
父から僕のことを任された妖怪が僕の隣に立ち、口裂け女を見ていた。
僕は泣き叫ぶ女の子の前に立って、妖怪と共に口裂け女に向かう。
その時の僕の手はまだ幼く小さかった。
そんな記憶だ。
ほぼ、全てを思い出したが……味方になってくれた妖怪のことだけが思い出せない。
女の子が誰だったか、お父さんが食われていく姿も鮮明に思い出せるというのに。
僕はその妖怪と契約して、記憶を封印されたんだ。
体は震えているが痛みだけが引いていく。
「王雅、大丈夫なのか!?」
「長内!」
「だ、だ、いじょうぶ……です……!」
どうする、どうする!?
溝口は許せない、でも無関係の崩術師も今戦おうとしている。
その中には、日妖の施設で僕と戦った人たちもいた。
見殺しにするか、準備を万全に整えるか。
心に聞くと、見殺しにしたくないと言う。
放っておけば妖怪たちも危ないだろう。
思考に聞くと、同じことを言う。
僕は僕として、全て一致している。
「行きましょう……大和さん」
「待って、ビジョンが見えたの!? 次は誰なの!?」
血相を変えたコーニングスさんは、倒れそうな僕の体を支えていた。
「ありゃ……王雅の親父を食ったっていう、口裂け女だなァ……!?」
「コーニングスさん、急いでください! 志村さんを呼んでください……すぐに出ます」
「待って、ちゃんと作戦を!」
それでも、と僕は頼み込む。
日妖が戦っているんだと、このままではただ死んでしまうだけだと。
口裂け女にはどうすれば勝てるのか、わからない。
わからないままだが、溝口は僕が一発ぶん殴れば済む話かもしれない。
あんな奴に殺されるなんて、あんな……殺されるにしてもお父さんと同じ死に方だけは許さない。
「勝てるかどうか、わかンねぇぞ」
「勝てなそうだったら逃げましょう、とにかく彼らが逃げる隙だけでも作ればいいんです」
大丈夫だ、もう震えを押さえつけられる。
頭だって働いている。
「わァった、コーニングス! チンタラすんな!」
一瞬の迷いを捨て、コーニングスさんは走った。
志村さんは事務所にいるはずだ、すぐに来る。
焦るな、せめて今考えられる作戦だけでも。
「……大和さん、僕のお父さんは最強の崩術師でした、奴はそれを殺せるだけの力があります」
「わァってる……真正面からは無理だな」
でも、焦りが抜けない。
早く、早くしてくれないと……恐怖で戦えなくなってしまいそうだ。
動揺している今のうちに行かなければ、今のうちに。
そうとは思うが、なにも思い浮かびはしない。
志村さんが走ってきて、現場の人たちに指示を出して僕はパワードスーツを取り付けられていく。
それでも思い浮かばない、思い浮かぶわけがない……だって僕はお父さんに劣るんだ、方法などない。
場所としても最悪で、利用できるものもない。
真正面からは無理だといっても、真正面しかないように思える。
浅ましい悪知恵すら浮かばない。
上手くやろうとは思うな、必死にやるんだ。
今回はそうするしかない可能性が高い。
「取り付け終わりました、まだ実戦には早いですが……」
「十分です、ありがとうございます」
僕は志村さんにそう言って踏み出す。
「車回すから!」
すぐにコーニングスさんが走る。
駆動音が工場内に響かせ、僕たちはその後をついていく。
「僕の記憶通りだと、僕と契約した妖怪が一度は口裂け女を撃退したんです!」
その妖怪の風貌や戦っている姿は朧気だが、そのはずだ。
「なら、突破口はあるってことかァ!? どうやったンだ!?」
「そこがどうにも思い出せないんです、契約妖怪に記憶を封じられたのでそのせいかもしれません!」
掛け合いながら僕たちは工場から出て、すぐにコーニングスさんの車へ乗り込む。
相変わらず窮屈だが、そんなものは気にしていられない。
「コーニングスさん、公園に向かってください!」
「この世界の異空間に繋がる公園よね? わかったわ!」
あの公園の名前がわからなかったが、財団にずっと監視されていたのだからその情報も降りてきているのか。
最後にいったのは影貉さんを送った時だったはずだ、まだコーニングスさんと出会ってもないというのに。
しかし助かった、ナビゲートせずに済む。
「ありゃぜってーまともじゃねぇぜ、殺気というより狂気だ」
「情報喰獣っていう化け物の可能性もありますからね……!」
「財団が知らない異空間体の可能性が高いわ、未知数なんだから無理しないで無事を優先だから!」
エダーク財団も知らないのか、崩術師の間では有名そうだから知っていると思ったのだが……まぁ、コーニングスさんに情報が降りてきていないだけの可能性だってある。
もっと早く伝えていれば……。
会紡機戦に参加していることも考慮していたが、ここまで早く戦うことになるとは思わなかった。
無事で済むのだろうか、でもここまで勝ち残ってる人なんて大抵は化け物なんだろう。
ここでやり合えなければ、結局は負けてしまうだろう。
「落ち着いて、やるだけやりましょう」
「あァ、オメェにそれを言われる日が来るとはなァ」
車は更に吹雪の中を突っ走る。
やがて寂れて遊具が全て雪に埋まった公園が現れた。
「行くぜ王雅、コーニングスはここで待ってろよォ?」
「……絶対に生きて戻ってくるのよ、私はそっちに行けないんだから」
「おう」
車を降りても、パワードスーツに包まれている僕は温度を感じない。
匂いも感じない。
あるのは不安と恐怖とやる気だけだ。
李国燕さんが崩王の名を継ぐかと思ったが、お父さんを破った奴をもし倒せたのなら、崩王の名を継ぐのは僕だ。
いやでも、僕は崩術師じゃなくて妖怪と契約していたのだから鬼術師だったのか。
なら、崩王という肩書は相応しくないかもしれないが、それはいい。
余計な思考をしたせいか、落ち着きを取り戻してきた。
とにかくお父さん、僕を見守っていてくれ。
そう願って、僕は空間の綻びに崩進を放つ。
見える、あちら側の景色が。
やはり、怖いが……震える足を装甲越しに二度叩く。
僕たちは境界の向こうへ、足を踏み入れた。




