第四十節 決意の完成
僕の誕生日会、その準備が整ったということで遅れた第二回目が行われる運びとなった。
呪術師に勧誘され、焼肉を食べた日からまだ三日。
財団に監視されている僕は、異世界精霊であるリートさんの存在が露見しないために場所を我が家へと変更。
暗闇の中、蝋燭で照らされたリビングと僕たち。
炎がゆらいで、壁に落ちる影が呼吸しているようだ。
それを僕は吹き消けした。
「おめでとう、王雅」
「おめでとーございます! 長内さん!」
「二回目だが、おめでとォ……」
控えていたリートさんがシーリングライトを点灯させ、鮮やかに景色が彩られる。
「へへ、ありがとうございます。大和さんも来ないと言っていたのに来てくれて」
僕はかゆくもない頭を掻きながら、礼を述べる。
「まァ、オメェがパンクしてなかったら来なかったぜ? 様子見たくてよォ」
「その節はご迷惑をお掛けしました」
リートさんがレモンチーズタルトを切り分けて、皿に置いてくれた。
「謝らなくていいンだよ、俺もわりぃンだから……で、漆真はこの道で言うと先輩みてぇなもンだろォ? 話も聞いときたくてな」
「今日は王雅の祝いの席だろ? いいのか?」
「ええ、僕も切羽詰まっているので」
リートさんはあまり話に入れないだろうから居心地も悪いだろう。
それは申し訳ないが、僕だって必死だ。
「ンじゃ、今の王雅の悩みを全部吐けや」
悩みか、それはある程度明確だ。
急だが、整理しながら答えられるだろう。
「まず僕の目的は雷神教神託者の一人と再会すること、父を食べた口裂け女を倒すこと、大和さんがお兄さんを見つけ出す手助け、この三つです」
それに伴う問題といえば。
「どこまで目的を優先し、どこまで倫理を優先するか。コーニングスさんは敵なのか、ショックなことをどう処理するか……他にも色々ありますが、そういった所ですね」
「まず、俺の話になるがいいか?」
暖房が、風を押し出すような低い音を立てていた
そんなリビングを真っ二つに射抜くように空さんは言う。
「もちろんです」
空さんは一拍だけ、思い出の底を覗くように息を呑んだ。
そして、重く決意したように顔を上げる。
「俺は……人を殺したことがある」
ぽつりと、底に沈む石みたいに言葉を落とす。
リートさんが心配げに空さんに視線を投げかけると、彼は頷いて返した。
「一人や二人ではない、仲間だった奴も殺した。そんな俺が、王雅の悩みに答えていいのか……わからないんだ」
「そう、ですか……」
仲間を殺す。
僕で言う所の大和さんを、この手で殺す……一体、なにがあればそうなるのだろうか。
今でも空さんは苦虫を噛み潰すような表情でそれを言った。
後悔は決して冷めていないのだろう。どれだけの背景と覚悟があったのか、まるで推し量れない。
「助言していいに決まってンだろ。あンたも思い出すのは辛いだろうが王雅だって命懸けだ、ダチなら放っておけないンじゃないのか?」
しかし、大和さんは臆することなく言った。
そういう頼もしい所に依存してしまうのだが、今回は空さんの気持ちというものがある。
言うのが辛そうであれば、止めよう。
「ああ、そうだな。前にも言ったが、俺も王雅は必ず生き残ってほしいと思っている。続けるぞ」
「……すみませんが、無理のない範囲でお願いします」
「俺は王雅を親友の一人だと思っている、話せないことなんてなにも……いや、役に立ちそうな話ならなんでもするさ」
一瞬、違和感のある彼の口調は突っかかり方をした。
この前、リートさんが言いかけたなにかの話なのだろうか。
それだけは言えない、ということか?
「まず、人を殺したのは喰獣に洗脳された世界の民たちに殺されかけた時だ。抵抗しているうちに、やむを得ずな……仲間を殺したのも、仲間に成り代わっていた情報喰獣だと発覚した時だ」
彼は語る。
たしかにどちらも、自分じゃどうにもできない話だろう。
「その時俺は、恨まれながら喰獣を倒してその世界を救ったとして、どうなるんだと深く悩んだ。そして全てを諦めもう死んでしまおうとした時……そう、リートと出会ったんだ」
なるほど……それで持ち直したのか。
異性に慰められ、頼る……大和さんやコーニングスさんの言い分は正しかったのだ。
「俺はそこで救われた、リートの故郷を守るために世界を救うと決めたんだ。だから、王雅の誰かのために行動するというのは俺と一緒だ」
恋人のために頑張るのと、僕のそれらとは大きく違う気もするが。
どうなんだろう、ではなにが違うのか? と聞かれたら答えられる自信はない。
「はっきり言って、俺はするべきだと感じていたから常に全力を尽くしていた。支えてくれる仲間は大抵の場合にいたし、それが正しいかというのはあまり考えていなかった」
「僕にも、そうできると思いますか?」
希望交じりの純粋な疑問をぶつける。
「……正直に言うなら、王雅には難しいと思っている。王雅はな……思考と感情があまり繋がっていない印象があるんだ、昔からな」
「思考と、感情……」
「あァ、それはあるなァ!」
難しい話だ。
しかも昔からと来たもんだ。
「ほら、言っただろォ? オメェは悪知恵ばっか働く癖に、真面目で純粋だってよォ。わかりやすく言やァ……やらなければならないと頭で考えた時に感情を考慮してねぇ。感情で暴れたい時に頭で自己正当化できねぇ。そういうこったろ?」
「ああ、よくわかっているな大江戸」
二人はどうやら僕のことで意気投合しているようだ。
僕のそういう悪癖って、会紡機戦に苛まれる前から始まっていたのか?
筋金入りなんだな……こりゃ、難しいな。
「長内さんとっても優しそうですもんね」
「褒めてます?」
「褒めてますよ!」
リートさんがようやく口を開いたが、どうにも陰キャで童貞臭いと言われてる気がしてならない。
まあ、そんなことをはっきり思っていることはないと思うが……。
だって異世界出身で空さんの彼女だもの、僕みたいな人種は珍しいだろう。
「俺はな、自分の命に代えられるものはないと思っている。仲間には全員そう思っていてほしい、それがそいつを想う他人のためになるからな……生き残るためには、やるべきことをやるしかないんだと考えて戦ってきた」
「なるほど」
良い言葉だ。
しかし、それは彼だから通用するのではないだろうか。
だって僕は間違えたことだってやりたくなるんだもの。
やるべきと思っても、やってはいけないことも。
自分のその権利があるのか、それでブレーキが壊れてしまうのではないか、罪が増すのではないか、と考えてしまう。
だから難しいんだ。
「僕は……戦いを楽しんでいたり、怖がっていたりするんです。殺さなければなにをしてもいいのか、とも思ってしまうんです。でも生き残りたいし、勝ちたいんです……頑張っても上手くいかないですし、パンクしてしまうし、でも迷惑を掛けたくなくて……すること成すこと、全部二律背反でわからないんです」
空さんは僕の話を聞き終わると、優しげな瞳のまま僕を突き刺した。
「王雅、戦うことは──間違えることなんだよ」
空さんの声色は、まるで諭すようなものだった。
「なにかを傷つけて守ることも、目的に進むことも、現代の日本人の感覚としては間違っているんだよ。戦争だから正義、そうしなければ死ぬから正義、そんなのどれも誤魔化しだと俺は思う」
でも、でもそれは……そう生きられるのだろうか。
僕が出した答えの一つではある。
間違いを一つ選んで、進むしかないという結論。
その体現者だ。
「そうかァ? 最低限越えちゃいけないことがあるだろォ?」
「そう思っていれば、やりたいようにやっても越えないんじゃないか? 逆に越えなければ死ぬ場面では命取りになるとは思わないか?」
「好き勝手やってたら、いつか枷が外れると思うがなァ?」
どちらの言い分もわかる。
逆に対立してくれて助かっている、僕はいつも言われるがままにとりあえずやっていた。
納得はしていたけど、僕自身が深く考えることはあまりなかったように思える。
大和さんが僕を依存させていたんじゃない。
今までの言葉を、僕のものに出来ていなかったんだ。
こうして二人の意見が対立して、ようやく自分の頭で考えられ始めていた。
「少なくとも、俺は自分に枷を課したままだと生き残れなかったと感じている。例えばなにがあっても殺さないと考えていたら、俺は今ここにいない」
「最初はあったンからこそ、死のうとまで考えたンだろォ? 悪いと言ってるわけじゃねぇが、麻痺らなきゃ生きていけなかったンじゃねぇのか?」
どちらも、正しいと思う。
しかしどっちの選択肢にもある種の器用さが必要だ。
ラインを越えても仕方ないと割り切れる器用さ。
ラインを越えないことで精神を保つ器用さ。
僕は嫌になるくらい不器用で、それが出来ていない。
「僕は……戦うことが本当に向いていないのかもしれません。テンスさん、お父さん、大和さんのためだとしても、いざという時はきっと躊躇ってしまいます。どっちを選んでも後悔しそうです」
小悪党らしく生きることばかりに目を向けていたが、それは僕の指針であって万能の解決策ではないんだ。
空さんの話の要点は、迷わず突き進むのが生き残る秘訣だということ。
いちいち秤にかけていたら、その隙を突かれ致命傷になる。
大和さんの話の要点は、最低限のラインを守らなければ精神が瓦解するということ。
麻痺った挙句におかしくなって、どっちみち死んでしまう。
つまり、どちらの話においても前提として自動化が必要なんだ。
判断を介さずに、決めた通りにすること。
その上で、どれが一番大事かを予め決めておく。
目的か、想いか、自分の存在か、倫理か。
僕は、目的と自分の存在はどちらも同じくらい大事だ。
目的のうちの一つが、長内王雅としてテンスさんと再会することだから一括りにしていい。
他人の想い、それも大事だし、倫理も大事だ。
でも、順序はある。
目的が叶えられないこと、僕や他人の想いに反すること、それが同じくらい嫌だ。
「まず僕は戦わなくてはならない限り、目的がなければやってられません。前提としてそれが一番必要なのですから、目的を最優先すべきはずです。その上で想いも尊重したいです……つまり、邪魔する人は倒すべきなんです」
そして、倒す範囲をどこまでにするか。
「殺す必要があるならば……きっと、それでも躊躇うでしょう。それもどうしようもない気がするので、そうなった状況では迷いながらも殺します。でも基本は殺したくありません」
覚悟。
その覚悟は持っておかなければならない。
とくに口裂け女は無力化で済ませてはおけない、生き延びればまたどんな被害が出るかわからない。
人の形をした幻生を殺すのは、覚悟なしでは無理だ。
「俺ァ、それじゃオメェはまたぶっ壊れると思うがなァ」
「……僕は戦うという道を選んだんです、でもそれ自体が間違っているから肯定しきれませんでした」
だから、決めた。
「答えになるかはわかりませんが、僕は自分の手に余ることを考えすぎていました──長内王雅として出来ること、それを精一杯やろうと思います」
あまりに不器用だから、あまりに矛盾しているから、あまりに弱いから。
狂おうが、最悪に堕ちようが、自分に出来る全力は尽くす。
上も下もない、その時に出来ることを全力でやる。
躊躇っても、邪魔する者は倒しても。
僕は、僕でしかない。
長内王雅になるには、長内王雅を知るしかない。
僕が出来ることをして、目的に進んでいく。
それを、肯定しよう。
悪く言えば、全てを放棄して自分らしさを追求する。
良く言えば、ただナチュラルに生きる。
想い、倫理だったり感情、方法論、思考、目的だったりそれらが独立するからおかしくなるんだ。
全部僕のものであって、それは僕を形作る一つなんだ。
それらが僕の限界や出来ることを無視して先行するからおかしくなるんだ。
「ああ、王雅の優しさはそれでも消えないと俺は思う。だからこそ苦しみ続けるんだと思うが……戦わなくてはならないのなら、それしかないだろうな」
空さんはそう言い、大和さんは頷いた。
「たしかに、理想論ばっか追いかけすぎてたかもな……現実を見る、大事なことだ。オメェはそれに気づける奴なのに、俺がずっと邪魔してたンだな……今まで、悪かったな」
「いえ、今まで支えてくれたおかげですよ」
そのはずだ。
とっくに潰れておかしくなって、こんな発想出てこなかった。
ギリギリまで持ち堪えてきたからこそ、限界が見えた。
限界がわかったからこそ、この結論に至った。
僕は感謝と決意を心に深く刻み付けていると、リートさんのお腹の虫が鳴った。
ケーキが乾燥してカピカピになってしまう、誰も手をつけていない。
今まで出した答えの中では、もっとも良い答えの気がする。
このくらいでいいだろう。
「ご、ごめんなさい……大事な話なのに」
僕と面識があまりないばかりに、リートさんは発言もし辛かっただろうし居心地も悪かっただろう。
悪いことをしてしまった。
「いえいえ! 本当にありがとうございました、話はこの辺にして皆さん食べましょうか!」
「王雅が高校の頃どんなンだったか、肴にすっから教えてくれやァ」
「そうだな……授業中はいつも寝てたな」
恥ずかしい過去も掘られつつ、最終的には盛り上がって。
僕はもう一つ、みんなのおかげで前向きになれた。




