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第三十六節 上手な無力

 ケープタウンの二人組への奇襲。

 それを仕掛けることになった僕たちは金曜日の夜に財団が手配した飛行機のファーストクラスへと乗った。


 快適だったが、とても楽しむ気にはなれず僕たちの間に会話もなかった。

 ファーストクラスと言っても、他の乗客はおり、非常に静かな空間だったから会話は憚られた。


 中東を経由したが、どちらもファーストクラス。

 一日ほど掛かりながら、僕は寝て過ごした。


 空港から見た景色で、もう異国情緒が見て取れた。

 日本は真冬だというのに、こっちは真夏。

 日差しは強いのに、妙にカラッとしていて気持ちよい気象だ。

 夏服を着てきてよかった。


 そうして、財団が用意したであろう車をコーニングスさんが運転し、目的地に向かっている最中。

 僕は景色を見ることもなく目を瞑っていた。


「対象はこの時間、西ケープ州ブラッケンフェルにある個人経営の自動車整備工場で勤務しているから。名前は……」

「名前はいい。相手の背景やらを知れば、戦い辛くならァ」


 コーニングスさんと大和さんの会話を聞き流しながら僕は集中する。

 空さんの話を聞いてから、色々考えた。

 一週間近く、その間途切れることなく何度も考えた。


 結果、何度も何度も一つの結論に行きついた。

 それにしか行きつかなかったんだ。


 僕の目的はテンスさんと会うという個人的な想いを果たすこと。

 お父さんを残虐に食い殺した口裂け女を倒し、お父さんの無念を晴らすこと。


 その間、僕の正気を維持するために平穏な日常が必要だった。

 そのためのゾーニングと小悪党だ。


 でも、大元の目的が戦うことなのだからもうそれでいいんじゃないか、と思える。

 抗ってもどうにもならなかったのなら、流れるがままに。


「……」


 ただの逃避だ。

 本当は空さんが心配で、ショックだ。

 でもそんなことを言っていて、戦いになるか。


「王雅、今日はやめねぇか?」

「……なぜです?」


 僕は目を開いて質問をし返す。


「あんなことがあったばっかだろ、なのに勝手にコーニングスと話進めやがって……オメェは本当に戦える状態なのか?」


 後部座席、その隣に座る大和さんが身を寄せて僕の顔色を窺う。


 戦える状態……。

 そんなものはもう、いつでも出来ているし、いつだって出来ていない。

 心から殺し合いがしたいと思っていたら、もうとっくにおかしいだろ。

 平穏に慣れ過ぎたら逆に戦えなくなる。


「私も止めたのよ、なんか調子悪そうだったから……」


 コーニングスさんがルームミラーからこっちを見て、目が合った。


 逆じゃないのか?

 だからこそ戦うんだ、肉体的なコンディションは整えた。

 精神的なコンディションも大事だが、そんなものいつ整うんだ。


「大丈夫ですって」


 手は汗でしっとりと濡れ、僕はそれをズボンで拭う。

 何度も何度も拭いながら、さするように手を動かす。


 戦って、さっさと終わらせて、幸せなことをしたほうがいい。

 長引かせてもそればっかり気になるだけだ。

 空さんを信じて、生き残るしかない。


 目的が最優先だ。


「また僕殴られます? 助けてって言わなかったですし」

「殴んねぇよ……殴れるわけねぇだろ……」


 あの時の約束、一人で背負い込まない。

 どうにも果たせる問題ではない、もう僕が上手くやるしかない。

 でも辛いことばっかじゃないさ……空さんはある意味、僕と同じ境遇だ。


 僕よりも過酷だとは思うが、彼も両親がいない。

 そして親の遺産で過ごしている、現実味の戦いに巻き込まれている。

 顔の出来と性格の良さとその苦悩には勝てないだろうが、似た者同士だ。


 真に分かち合えるようになった、とも言える。


「そういえば、社長さんお金くれるけど一向に僕の彼女探ししてくれてないですよね」

「……今か? その話」

「こないだ喫茶店で、真面目な話してたのに大和さんも彼女の話持ち出したじゃないですか」


 大事なことなんだろう?

 彼女が出来れば丸っと解決するような問題でもないと思うが、彼女がいたほうがいいなら、大事なことだろ。


「そうだけどよォ……今から戦うンだぜ?」

「だから夢と希望のある話をしてるんじゃないですか、士気向上ですよ。僕またおかしくなってます?」


 大和さんはしばしそっぽを向いてしばらく考え込んだ後、片手で乱雑に頭を掻いた。


「おかしくなっちゃいねぇさ……ただ、なんとかしようと藻掻いてるように見えっけどな。ギリギリだよ、今のオメェは……」


 大和さんがこっちも見ずにそう言った。


「彼女の話に戻しましょっか、ボルテージ下がりますし」


 逃避したまま戦いたい、この話はもうするべきではない。

 戦いで興奮して忘れたい。


「ンじゃあ、どんな女がタイプなンだよ」


 適当に話を戻したつもりが、逆に突っ込まれてしまった。

 タイプって……どんな子だろう?

 頼成さんのような小動物系もかわいいし、コーニングスさんのような恥ずかしがり屋さんもかわいい。

 でも恋愛感情を持てるか、と言われたら持てない。

 どんな相手になら恋愛感情を持てるのだろうか……。


「コーニングスさんみたいなタイプですかね」


 こんなことで頭を疲れさせたくないから、僕はノリで答える。

 大和さんは小声で、それは駄目だつったろ、と囁く。

 単なるジョークなのに。


 コーニングスさんはというと車を路肩へ寄せ始めた。こっちも真剣に受け取ったのか?

 まだ目的地でもないのに……そんな整備工場とかまったく見えないし。

 また真っ赤になってクールダウンが必要なのだろうか?


 彼女はハザードを点滅させ、こちらに振り返る。

 僕は助手席の後ろだ、運転席から覗く顔がはっきり見えてしまった。


「ねえ、今日はもう止めましょ?」


 彼女は唇を震わせ、目じりに涙を溜めていた。

 顔が赤いは赤いのだが、僕が予想していた顔とは違った。

 思わず僕はギョッとしてしまう。


「詳しくはわからないけど、あの漆真空のことがショックだったんでしょ……? なのにそんな無理やりな話で誤魔化して……」


 彼女の目からは堪えきれなかったように涙が何度も落ちる。


「痛々しくてもう見てられないから……!」


 そういえば彼女にも財団に空さんたちのことを調べさせないために口止めをお願いした。

 それで予想がついてしまったのか……うぅん。


 泣かせてしまったのは申し訳ないし、心配はありがたいのだが。

 これだってエージェントの特殊技能の演技かもしれない。今までの全てがそうかもしれない。


「まぁまぁ、現実なんてこんなもんですよ。行きましょ? ね?」


 空さんが言っていた、内通者を作れといったような助言。

 それに当てはまるのは彼女や志村さんや工藤さんだ。

 親密になったほうがいい、ということだった。


 でも、それでも信じられないというのが僕たちの結論だ。


「王雅……」

「大和さん、歩いていきます?」


 なぜだか僕を心配そうに見る大和さんに僕は提案する。

 重苦しい空気ばっかだ。普通にもうスカッと戦おうよ、格闘技の試合みたいにさ。

 試合前にこんな話、しないはずだろ。

 やる気なくなるって。


「私のこと、タイプって本当……?」

「え!? 付き合ってくれるんですか!?」

「……ヘンタイバカ……不器用な男はタイプじゃないから」


 彼女は黒いスーツの袖で涙を拭って、前を向いた。

 車がまた走り始め、明るい景色が過ぎていく。


 大袈裟なんだよな、二人とも。

 誰しも不安や悩み事くらいあるだろ。

 テンスさんも言っていた、人は悩む生き物だって。


 全部が全部、解決できるわけじゃない。

 折り合いをつけるしかない、切り替えるんだ。

 僕なりに上手くやっているつもりだ、最近は寝ぼけ眼だって大人しいのだから。


 それに僕には大和さんがいる、一人じゃない。

 これ以上自分自身と心配してくれる人に負担を掛けてどうするというのだ。


「王雅、やるなら勝つぞ?」

「もちろんですよ、せめてテンスさんと再会して口裂け女ぶっ飛ばすまで絶対負けないですよ」

「……あァ」


 車は走る。

 窓から見える景色には建物がいくつも建っているのに、なぜだか閑散とした印象を受ける。

 どの建物にも塀あって、有刺鉄線付きが多い。


 大通りから曲がった道路は行き止まりだ。

 円形に膨らんだ行き止まりに突き当たる一歩手前、車が停まった。


「ここ、だけど……絶対死んじゃ駄目よ。いつでも車を出せるように待っているから、劣勢になったらすぐ逃げてよ!」

「……はい」


 車を降りると、細かいレンガ状の倉庫が佇んでいた。

 横長の家に見えないこともないが、巨大なシャッターから覗く内装は何台も車が置かれている。

 家風の倉庫というほうが正しいだろう。


 ここは塀ではなく鉄製のフェンスで囲まれており、有刺鉄線はないものの上部が棘状になっている。

 まあ僕と大和さんは一っ飛びで越えられるが。


無門(むもん)

「……やるぞ」


 僕は無門(むもん)を発動し、大和さんと共にフェンスを飛び越える。

 空気はそこまで暑くないのに、日差しだけは強烈で、旋毛が焦げそうだ。


 深呼吸を一つ、足を一歩。

 僕たちは上へと開いているシャッターから堂々と侵入した。


 足元にある容器に足が当たり、ワインのような紫色の液体が転がる。

 外から見るよりも広く、洋画でしか見たことないセダンやマッスルカーたちが淡く照らされている。

 スプリンクラーのような形をした無数のライトは、故障しているのか所々点いていない。


 そんな中に、男が一人いた。

 タンクトップに坊主頭、ガタイも身長も僕たちより遥かに優れている。

 口の周りにある整えられた髭が印象的だ。


「Welkom Haai、 wat 'n haastige kliën……」


 屈んで車を眺めていた男は音で僕たちに気づいたのか、立ち上がってこちらに顔を向けようとしていた。

 僕は素早く、乱雑に置かれている埃がかった車へ身を滑りこませ視線を切る。

 男がなにを言っているのかもわからないが、今回は語り合う必要もないだろう。


「Jý……! Hoekom is jy híér!?」

「Ek het gekom om jou te verslaan!」


 男が驚愕したようになにかを言い、それに大和さんが言い返す。

 挨拶は終わりだ、といった様子で大和さんが薄暗い倉庫内を駆ける。


 まだ女のほうは見えていない、今のうちに男のほうは倒してしまおう。

 隙が出来たら、僕も突っ込む。


 男は手に持っていた工具を大和さんへ投げつける、そんなものゲノム強化剤には効かないというのに。

 とくに異能はないのか? ここまで勝ち残ったのだからただの一般人ではないはずだが。


 という僕の想像は浅はかでもありながら、的を射ていた。

 オレンジ色に反射しながら空中を舞うレンチは、突然巨大化する。


 陽葵さんと同じような能力者か、そういう開術なのかはわからない。

 飛び掛かった大和さんは鉄骨染みたレンチに衝突し、勢いで負けて壁に吸い込まれていく。


 僕は形振り構ってられなく、車の影から飛び出して崩衝(ほうしょう)の構えを取って突っ込んだ。


 一抹の違和感、近づく最中。

 入り口や僕が隠れた車からは見えない位置……車と車の間に女がいた。

 会紡機が見せるビジョンにいた敵の女が……驚愕交じりの戦慄した表情でこちらを見ていた。


 そいつは、僕に手を突き立てていた。

 なにかやられる前に、まず男をやる!


崩衝(ほうしょう)ッ!」


 僕は勢い任せに男へ突っ込むが、目の前になにかが現れる。

 錆色の鉄の棒が、地面と天井からせり上がってくる──。


 僕の右手に宿る崩衝(ほうしょう)は牢屋のように仕切らってくる鉄格子へと当たる。

 すぐに横に移動して回り込もうと思うが横も封じ込められている。

 二人揃って、異能使い……!


 大和さんが倉庫の壁へと激突し、巨大レンチが落ちる。

 倒壊したのかと思うほどの轟音が臓腑に響き渡り、地震の如く建物が揺れる。


 倉庫を照らすランプが揺れる。

 天井や壁の四方八方から埃や塵が吹き荒れる。


「大和さん! 大丈夫ですか!?」


 僕は彼の名を呼びながら、太い鉄格子に崩衝(ほうしょう)を注ぎ込もうとする。

 無門(むもん)の勢いによって強化された崩衝(ほうしょう)ならこれくらい溶かせるはずだ……そう思うが、なににも触っていないように崩力が通らない。


 まるで絶縁体に電気を流そうとしているかのような感触。

 ただの鉄じゃない……!


「ッ……てぇな!」


 大和さんは煙の中で微かに、その影だけを見せる。

 よかった、無事だ。


 僕もさっさと脱出しなければ、天井はどうだ?

 そう思い上を見上げると鉄板で塞がれている。

 体をすり抜けさせる隙間もない、無門(むもん)で強化された腕力を持ってしてもビクともしない。


「僕が脱出するまで耐えてください!」

「捕まンの好きだなオメェ!」


 彼は軽口を叩きながら、煙から姿を現した。

 車に飛び乗って、そこから男へ飛び掛かる。

 足場になった車は弾むように揺れ、舞うように大和さんは男に向かっていく。


 男は慌てたように、転がっていた工具箱を両手で拾い上げて大和さんへ構える。

 ガラガラと中身が飛び出しながら、それは一瞬で巨大化し、盾へと変貌した。


 大和さんの拳は巨大化工具箱にぶち当たり、鐘を鳴らすかのような金属音が弾ける。


 僕はそこで、頭に違和感を覚えた。

 なにかが頭を撫でている……いや、迫ってきている?

 しゅ、縮小している……!?


 慌てて僕は上へ手を伸ばすと、先ほどまではジャンプしないと届かない距離にあった天井に触れた。

 凄まじい圧力が手から腕へ、腕から全身に伝わる。

 まず足先から潰れそうになってしまう。


 脱出する所じゃない……圧殺される。


 どっちの異能かはわからない、男か女のほうか、この状況なら女か?

 女に目をやると、編み込まれた黒髪から汗を垂らしながら僕だけを見ている。


 僕は踏ん張りながら崩力を注ぎ込むが、やはり通じない。

 大和さんの拳による金属音の連打が鳴り響く中、どれだけ大量に流そうが崩力が通らない。

 いや、絶縁体のような感触ではあるが、崩力が到達した瞬間から掻き消されているような。


 骨がなくなったように、膝が抜ける。

 片膝だけをついて僕はなんとか持ち堪えるが……崩力にしながら大量消費したからか!?

 無門(むもん)用の開力が減りすぎた!?


 僕は手にある命線を絞るように塞いで、全身を柱のようにして圧力に逆らう。


 ……。

 体が苦しい、でもそれよりもっと心が苦しい。

 戦うことすらさせてくれないんだ……。


 笑ってるんだか泣いてるんだかわからない、口角も上がらず涙も出ていないのだからどちらでもない。

 喉の奥から息が引き攣るように漏れる。


 大和さんが負けたらゲームオーバーだ、成す術もない。


「だァらッ!」


 彼は工具箱への攻撃を諦めたように手を止め、逆に端を掴んで吹き飛ばした。

 しかし男の姿はそこにはなかった。


 いや、いる、男は屈んでいた。

 手には赤いインパクトドライバーを持っている、銃を突きつけるように大和さんへそれを向けていた。


 その先、十字に切れ込みが入ったドライバービットが回転しながら伸びた。

 伸縮。

 単なる巨大化だけじゃなくてサイズや比率を自由自在に操れる異能……。


 大和さんは体を逸らして避けようとするが、あまりの伸縮速度に肩を貫かれる。

 彼の目を見開いた次の瞬間には痛みに喘ぐように瞼を塞ぐ。


 ただ伸縮して貫きながら回転するだけではなかった。

 そのドライバービットは横にも広がる。

 血をあちらこちらに跳ね飛ばしながら、大和さんの肩を抉っていく。


 やめてくれ、僕に、僕に戦わせてくれ!

 なんでだよ、どうしてこうなるんだ。

 僕は全身を硬直させるように力を入れて耐えながら、そう祈ることしかできない。


 巨大な回転音に掻き消されているのか、大和さんの声は聞こえない。

 女の方向から、色違いの緑色のインパクトドライバーが男の足元へと滑り込む。

 

 奴はそれを左手に取ると、勝利を確信したように大和さんの頭に向けた。


「ぁ、あ……!」


 僕の声だけが耳に聞こえる。

 だが、二重になった回転音がすぐに覆い隠す。


 ドライバービットが伸びた。

 頭は、まずい、頭部を打撲して出血したことはあった、それでも治っていた。

 でも、そんなドライバーを脳にぶち込んでかき混ぜたら、いくらなんでも……やめて、やめろよ!


 それは穿つように突き進んだ。


 でも、逸れていた。

 なぜだか位置がズレて、大和さんの耳を掠りながら伸びていた。

 大和さんは痛みを抑えているのか、集中している獣のような顔をしていた。


 見覚えのある表情だ、バスケの時の気迫飛ばし……あ。


「ああっ!」


 気迫飛ばしで幻影を見せたんだ、頭を振って避ける幻影を見せたんだ。


 彼は肩を貫くビットと掠ったビット、その両方を掴んだ。

 回転の止まらないそれを掴んだまま、上体ごと振るい上げる。


「バカがァ!」


 奴が手を離した瞬間、大和さんは肩のそれを引き抜き、二つのドライバーを投げ捨てる。

 そして、呆気に取られている男の上腕を掴んだ。


 大和さんの頭がブレる。

 男の顔に頭突きをしていた、一度、二度。

 肉を叩き潰したような生々しい音。


 そして、荷物を投げ捨てるように男を放った。


 すぐに女に向かって彼は直進する。

 目の前に立ったかと思うと、目にも止まらぬ豪速で脇を抜けて背後を取った。


 腕で羽交い絞めにして、首を抑える。

 女はなにかを言おうとしているようだが、すぐに瞳がグリンと上を向いて白目を向いた。


「っしゃァ、オラァ!」


 彼の咆哮に僕を捕らえていた天井と鉄格子が地面と天井へ引き延ばされていく。

 その両方に溶け込むように、牢屋が消えた。

 なぜだか足場が少しゆるい。


「……」


 汗を拭きとりながら、血まみれの大和さんが歩いてきた。

 僕はなにも、なにも言えない。


 彼は無言で僕に手を差し伸べて、僕はただそれを掴んで立ち上がった。


「はァ……いってぇぜ。オメェは大丈夫かァ?」

「……大和さんこそ大丈夫ですか? 僕なんて役に立てなくて、大和さんが怪我しなくて済んだかもしれないのに……」

「あァ……?」


 僕はなにもすることもなく。

 見ているだけで戦いが終わってしまった。


 僕なしでも。

 僕なしでも、いいんだ……。

 ただ、そうとしか思わない。


 僕は失意のまま彼に肩を貸して、入り口へと歩き出す。

 そこには人影が見えた。


 コーニングスさん……彼女の顔は逆光で見えない。

 どんな顔をすればいいんだ、勝ったと誇ることなんて僕にできるはずもない。


 でも、なにか違う。

 ……違う。

 コーニングスさんじゃ、ない……。


 白い肌で長身の銀髪の男。

 人間に感じる、でも、なんか。


 その顔はピアスだらけで、後ろで括られた銀髪は太陽光を蓄えたように輝いている。

 黒くボロいマントのようなものを身につけていて、さながら神託者を彷彿とさせる出で立ち。


「Hey、you! Stop right there!」


 銀髪の男、その後ろからコーニングスさんの声が聞こえた。

 光の中で彼女は拳銃を男へと構えていた。


「なんなんだァ……?」

「……只事ではないでしょうね」


 僕は大和さんに肩を貸すのをやめて、彼を庇うように前へと立つ。


 出来ることはあるみたいだ、僕にも。

 よし……来るなら来いよ、と心の中で息を整えながら崩衝(ほうしょう)の構えを取る。


 しかし銀髪の男は立ち止まり、僕たちをつまらそうに眺めていた。


「Asian……日本人か。彼らを倒したということは会紡機戦の参加者か?」

「日本語……!? いいから、その二人に近づかないで!」


 コーニングスさんの静止を聞いているのか無視しているのか、男は立ち尽くしたまま。

 こいつ、会紡機戦の参加者か。

 異世界人臭い……。


「エングレイバーとしての素質もあった、気のいい人たちだったのだが……」


 その声はあまりにも近かった。

 目の前にこいつはいた。

 しゅ、瞬間移動!?


 僕は眼前に迫った男に戦慄し、崩衝(ほうしょう)を放つ。

 しかしその腕をすり抜けて胸倉を掴まれ掲げ上げられる。


 その瞬間に大和さんが左から回り込んで殴り掛かっていた。

 しかし、それさえも動くことなく彼の首元を抑え込んで無効化する。

 大和さんの動きを見切れるって、何者だよ……!


「くっ……!?」


 焦っていても、やることは一つだ。

 僕は胸倉を掴む腕に触れて、崩衝(ほうしょう)を流し込もうとする。

 苦しいからか、動揺しているからか、男の周囲の空間が歪んでいる。


開示の呪い(ヴェオ・アスラル)


 しかし、男が意味のわからない言葉を放った瞬間に感触がおかしくなる。

 おかしい……おかしい!

 崩力がなにかに書き換えられながら逆流する、底冷えするような色に染まっていく。


 それは崩色に染まる前の開色さえも乗っ取って、命線の中を駆け巡る。

 体の中がおかしくなる、温度が消える。


「雷神教神託者の拠点は日本か……貴様たちと面識があるとは驚きだ」


 男はそう言った途端、手を離した。

 体に力が入らない、一体なにを言い出してるんだ……!

 な、なんで今テンスさんたちのことを……記憶を読まれたとでもいうのか!


「また会うことになるかもしれない、俺が神託者を倒した後に」


 そう言って奴は踵を返した。

 駄目だ、逃がしちゃ駄目だろ、テンスさんと僕の敵だ。


「う、撃ってください……!」


 銀髪の男を指差し、僕はコーニングスさんに消え入りそうな指示した。


「Don't hit Osanai and Ooedo! Shoot the enemy only!」


 コーニングスさんはそう言いながら引き金を引いた。

 咽る大和さんの声に共鳴するように銃声が轟く。


 彼女が撃った弾だけとは思えないほどの弾丸が彼の周りに転がる。

 僅かに烏の鳴き声のようなものが残響した。

 それでも男は気にも留めず歩み……陽炎の中に揺らめきながら刹那の間に姿を消していた。


 む、無門(むもん)だったあれは。

 獣術使い、神託者を知っている……異世界人だ。


「逃げられた……二人とも、大丈夫!?」


 彼女は駆け寄ってくる。


「ゴホッ、クソ……!」

「大江戸、酷い怪我……っ!」


 首を抑えて崩れ落ちていた大和さんにコーニングスさんは駆け寄った。

 怪我の具合を確認しているように、視線を滑らせている。

 僕はただ、それを映像を見ているかのように感じていた。


 遠くから、すごく遠くから映画の一幕を見ているかのように。

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