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第三十五節 過去から伸びた鎖

 言葉は決まった。


「空さん、いきなり会おうっていうのはなにか理由があったんですか?」

「ああ、理由はある。王雅の友達が同席してるのは驚いたが」

「恐らく、俺にも関係のある話になるからなァ」


 大和さんの補足に、空さんはどこか納得の行った顔でコーヒーを飲み込む。

 今のでわかったのか? なにか繋がるものでもあるのだろうか。


「まず、王雅……リートを見て、どう思った? 正直に言ってくれ」


 そう言われ、リートさんに視線を送る。

 相変わらずな、燃え盛るような赤く長い髪にルビーのような赤い瞳。

 クラシカルな白を基調とするワンピース。


 人間離れした美貌もあるが、とくに違和感があるのはその髪と瞳だ。


 染髪しカラコンを入れたというレベルではない──不自然なほどに自然すぎる。


 まるで最初からそうであったように、人間ではないから自然なように。

 思えば冥さんと曲夜さんもそうだ、不自然な髪色や瞳の色をしているのに自然すぎた。


「……お綺麗だとは思いますが、人間ではないと思います」

「やはり、そう思ったか。リートが気づかれたかもしれないと言ったのと、俺たちに時間がないから急いだんだ」


 僕はその言葉に安堵した。

 よかった、やっぱり騙されているわけではなかった。

 空さんが騙されるはずがないんだ。知っていて、付き合ったんだ。

 ならばいい、彼が願ってそれがもう日々になっているのなら、それでいい。

 そして同時に、僕の平穏な日々も脅かされていないだろう。


「まずリートは、精霊だ」


 精霊、か。

 黄昏世界の果てにはいるかもしれない。


「妖怪や吸血鬼と同じ感じかァ?」

「……? 違います、妖精や精霊の類で、私は炎の精霊なんです」


 リートさんが答えた。

 その違いはよくわからん……が、妖怪たちとは違うのか?

 黄昏世界で生まれたわけではないのか?


「そォかい……まず、王雅がなんでそれを見抜けたのかの話と、俺が同席した理由から話すぜ。じゃないと話しづらいこともあるだろうからなァ」


 そう言って彼は説明を始めた。

 大和さんとの出会い、エクソテックス社の暴走パワードスーツから会紡機戦に参加していったことを。

 内容をコントロールしているのか、省略を挟みつつも語るべき所は詳細に。


 大和さんの口から言葉が紡がれるたびに、空さんの表情は険しく、そして戦慄していく。


「……大体わかった……が、開術師は異世界でも多くいた、派生の崩術師なんだな? 元々妖怪が見えたというのは本当なのか?」

「本当です、空さんは黄昏世界に行ったことはないんですか? 妖怪を見たことは?」

「ない、が高校の頃のアレはそういう意味だったのか」


 ああ、僕が一度高校をやめかけた話か。

 妖怪関係で騒動を起こしてしまって、一気にクラスから浮いたアレだ。

 あの時も空さんの存在には救われた。


「はい、それで吸血鬼(ヴァンパイア)と同じような感じに見えたので人間ではないと思ったんです」

「そういうことか……」

「ま、そういうわけで、俺はこいつと組ンでんだ。ダチなら、組ンでる奴がどんな奴か知りてぇだろと思ってなァ」


 大和さんはそう言って、僕の肩をポンポンと優しく叩いた。


「ようやく理解できた……思ったよりもいい奴なんだな、大江戸」

「ふン。この話をすんなり信じちまう辺り、アンタらも事情抱えてそうだな」


 こっちの話は一旦いいだろう、一番大事なことを聞こう。


「空さんは、リートさんといて幸せなんですよね?」

「ああ、俺を救ってくれた子だ……大好きだ」


 見たこともない表情、とてつもなく真剣にプロポーズするような顔で彼は言った。

 リートさんは恥ずかしそうに俯いては、上目遣いで彼を見上げていた。


「では急いだ理由は?」

「こっちからも、一から話すよ」


 空さんとリートさんは同時に頷く。


「俺は──勇者なんだ」

 

 勇者……危ない。

 空気が張り詰めていて助かった、吹き出す所だった。

 なんだ勇者って、なんかそういう例えか?


「魔王がどうこうって言い出すンじゃねぇだろうな」

「そういうのとはちょっと違うな、さっきの話に出てきた神託者っていただろう?」


 しかし、続けざまに言われた言葉で僕は凍り付いた。

 氷の中に閉じ込められたように絶句するしかなかった。

 まるでこの喫茶店が、見慣れてきた景色が僕のいるべき場所でないと思うほどに心臓が一跳ねする。


「その様子だと勇者については知らないようだから説明するが、異世界は無数にある。文字通り数えきれないほどにな」


 彼の語る過去は、要点を押さえつつも核心だけを明瞭にしていた。


 無数の異世界には創造者である神がいる。

 ただし神が世界に関与できる期間は限られており、その期間は神話時代と呼ばれる。

 その期間を過ぎた神は観測者へとなり、自身の守護者を作り出す。


 一つ、神託王(しんたくおう)

 神に創られし神造人間の守護者。


 二つ、神託者。

 神に選ばれた元々いる人で卓越した能力を持つ者……預言者さんとテンスさんはここに当たるのだろう。


 神はその二つの選択肢のいずれかしか取れない。

 だが、その世界の神が神託王を作り出せる力もなく、神託者に相応しい人がいないあるいは不足している場合に限り特例がある。


「それが勇者──俺のような存在だよ。中学生の頃からな……」


 つまり空さんは、神託者代理に当たる。

 守護者不在の世界に呼び出され、神託者の代わりに脅威を払う。

 そういう使命を帯びた存在を勇者と呼ぶ。


「まず第一に、急いだ理由は俺たちがいつ異世界に召喚されるかわからないからだ。心配を掛けたまま旅立ちたくなかった」

「ご、ご心労お掛けしました」

「こっちの台詞だ、心配掛けて悪かった」


 僕はわけもわからずそう言うが、空さんは当たり前に返してきた。

 信じられない、けれど信じるしかない話だ。


「では雷神教がある世界で精霊であるリートさんと出会った、と?」


 彼は、テンスさんがいた世界に行ったことはあるのだろうか。


「いや、違う。そこは神世界と呼ばれていて、どんな世界よりも神託者が強い。勇者なしでも問題ないんだ」

「……雷神教神託者に会ったこともない?」

「ああ」


 ちらりと大和さんに目を向けると、片手で頭を抱えている。

 僕もそうしてしまいたい。


「そこで俺は様々な異世界を救って、妖精世界でリートと出会ったんだ」


 空さんはリートさんに目配せをすると、彼女は笑顔で頷く。

 ファンタジックな出会いだ……色々あったん、だろう。

 高校を頻繁に休んでいたのも、その召喚が原因なのだろうと予想がついた。


「それで長内さん初めて見た時、私もびっくりしちゃったんだけど……」

「──リート」


 彼女が口を開いた瞬間、言葉以上の凄まじい圧力が体を突き破った。

 大和さんの気迫飛ばしが如く、身が砕け散りそうなほどの冷たい声。


「ご、ごめん空……」


 彼女は狼狽えたように頭を下げると、


「いや……すまん。それに二人とも驚かせてしまって、悪い」


 そう言って空さんも謝った。


「別に驚いてねぇよ、むしろさっきの話を信じるに足る気迫だったぜ」


 彼女がなにを言いかけたのか、物凄く気に掛かる。

 それでも、さっきの声を前に僕はもう聞けない。

 聞ける空気でもない。


「それで、アンタらは俺も含まれちまうが、王雅を助ける気はあるのか?」

「……その気持ちはあるが、俺たちはこの世界では力を使えない」


 彼はこの世界の出身であるという話のはずだ。

 それで、突然勇者に選ばれ断続的に異世界召喚されるようになったと。

 なのに力が使えない? どういうことだ?


「俺の力は様々な神によって貸し出されるものだ。リートもその力に組み込まれてしまって、この世界じゃ力を出せない」

「そうかァ……あくまで可能性としてだが、財団への切り札になるかと思ったンだがなァ」

「……悪い」


 彼はばつがわるそうに頭を下げる。

 僕は慌てて頭を上げるように言うと、もう一度謝ってからようやく頭を上げた。


「いいんです、そんな大変なことをしているのに……」

「俺も、もう二度と仲間や友達は失いたくないんだ」


 一抹の静寂が流れ、僕はカラカラになった喉を潤すためにメロンソーダを飲む。

 先ほどとは違って、あまり美味しくない。


「悪いが会紡機のことも聞いたことがない……だが、助言はできる」


 流れでわかっていたが、やはりそうか。

 会紡機って割りとマイナーなのだろうか?

 まぁ、会紡機を中心に世界が回っているわけではないのはたしかだ……。


「まず雷神教神託者、そいつらと当たったら直接戦うのは絶対にやめろ」

「……なぜです?」


 そりゃ、テンスさんとは戦いたくないさ。

 でも彼女は迷わず戦おうと言っていた。


「俺は神託者代理だが、本物の神託者の力には絶対に敵わない」

「わりぃが言わせてもらうぜ、それはアンタが弱ぇって話ではなくか?」

「弱くて世界が救えるわけ、ないだろ?」


 たしかに、そうだけど。

 預言者さんとテンスさんは、そんな神託者たちの中でも最上位だというのか?

 あの二人が……?


「神世界は特別な世界だ。雷神という原初の神が作った世界で、全ての元になった場所だ……行ったことのない俺もその話を知るほどにな」


 特別な世界の神託者だから、強い。

 その理屈はわかる。

 強くなくてはならない、それだけ危険な世界でもあるのだろう。


「もう一つ、その口裂け女という奴には注意しろ」

「ンでだよ? 王雅の親父さん食ってンだぞ、こっちはただで済ますわけねぇだろ」

「それでもだ……俺が異世界に召喚される理由そのものと同一の存在かもしれない」


 空さんの召喚理由と同じ……?

 なにが、言いたいんだ……それでも口裂け女だけは倒さなきゃ、駄目だろ。


「神託王や神託者も元々、喰獣(イーター)という化け物の対抗手段のため生まれた役割だ。俺のような勇者もな」


 喰獣 (イーター)……普通の異世界モンスターではないのか?


「その口裂け女は、口裂け女という情報を喰った情報喰獣(データイーター)の可能性もある。それを喰えばその姿に成り代わるからな……俺たちが口裂け女という都市伝説を覚えているということは、まだその情報を喰いつくしていないか、別の存在の可能性もあるが」


 妖怪の多くは伝承によって生まれる。

 口裂け女も都市伝説、いわば伝承だ。

 同一なんじゃないだろうか……お父さんを食ったそいつを、諦める理由はどこにもない。


 直接僕が、じゃなくてもいい。でもそんな存在はこの世界にいるべきではない。


 僕の目的は自分の想いと他の人の想いのために戦うことだ。

 テンスさんと再会したいという想いと、お父さんの想いを不当に消した口裂け女を倒すこと。

 お父さんを踏みにじった奴を諦めることは、僕の目的を諦めることに等しい。


「それでも、やります」

「俺は王雅に死んでほしくない……勝てないと思ったら、絶対に戦うな。約束してくれ」

「まぁ、大和さんと一蓮托生ですからね。それは約束しますよ」

「俺も、王雅の気持ちはわからァ……口裂け女は倒さなきゃ気が済まねぇ」


 空さんは、僕たちを見て小さく笑う。

 なにか、後悔が滲んだような笑いを。


「王雅と大江戸はもう、仲間なんだな」

「ダチだっつの」


 僕は笑う気にもなれない。

 もう、なんだか全てが台無しな気分になっている。

 楽しいことなんて、なにもない。

 こんなの、空さんがいつ死んでしまってもおかしくない。


「口うるさいだろうが、最後にもう一つだけ……エクソテックス社やエダーク財団についてもわからないが、俺も一国を敵に回したことがある」

「そいつァ、スケールでけぇな」

「そんな中でも、信じられる奴は一人はいるものだ。そういう人がいたら、協力してもらったほうがいい」


 彼はそう言って、コーヒーを飲み干した。

 それを見たリートさんも急いでカフェラテを飲み干した。


「二人で話したいこともあるだろうし、整理の時間も必要だろ? 俺たちはもう行くよ」

「ぷは……今度はちゃんとお誕生日会しますから、長内さん、よかったら大江戸さんも来てくださいね? 今日は心配掛けちゃってごめんなさい」

「いえいえ、ありがとうございます。また」


 僕は振り絞って答える。


「同席して悪かったなァ、俺はもう当日に祝ったから三人水入らずでやってくれやァ」


 その言葉を聞き届けた空さんとリートさんは立ち上がる。

 かと思うと僕の隣で足を止める、僕はその顔を見上げる。


「王雅、絶対に死ぬな。それだけでいいんだ、生きていればどうにでもなる」


 僕も、これだけは言っておかなければならないだろう。


「空さんもリートさんも、絶対に勇者の使命で死なないでくださいね。絶対ですよ」

「ああ、もちろんだ。俺たちは老人になるまで生きて、全部思い出話にしよう」

「ありがとう長内さん、無理しないでくださいね」


 やり取りが終わった後、空さんはそんな素振りもなかったのに僕たち分の会計まで済ませて店を出ていった。


「はァァ……」


 途端に、大和さんが大きなため息を零す。


「王雅、大丈夫か?」

「……正直、打ちのめされてます」


 彼はテーブルに突っ伏して、その表情は見えない。


「こんなん、ゾーニングもへったくれもねぇよ……」

「……帰るべき日常なんて、僕にはなかったんですかね」


 僕にとって空さんは、日常的な思い出そのものだった。

 ありえないほどにイケメンだったが、それでもただの、友達だった。

 でも、ただ一瞬交錯しただけの別世界の住人だったのかもしれない。


 ただ僕は移ろう。

 非日常から非日常へ。

 もう、これが日常になのかもしれないと。


 諦めてしまったように。

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