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第三十二節 袋のネズミ

 人で賑わうレジャー施設。

 思考で凝り固まった頭を解すために、体を動かしたくなり提案した結果だ。


 若く明るい人たちが多く、大きな応援の声が響く。

 僕たちは、コートの上に立って向かい合っていた。


「なんでいるんですか……」

「つけてきたからよ」


 正確には、かろうじて空いていたバスケコートで、僕と大和さんはコーニングスさんと向かい合っていた。

 中央から二分割の色分けをされた地面を挟み込んで向かい合っていた。

 ネットで区切られたコートの中で、ここだけが楽しさの欠片もない空間と化していた。


「ンでついてきたか、それを聞いてンだよ!」

「保留なんて言って逃げるからでしょ! 困るんだから!」


 だって疲れてたんだもの、しょうがないじゃないか。

 脳を疲労させ判断能力を奪い取引を進めること、それはまともではないんだぞ。

 詐欺とか洗脳だ。


「あのよォ、アンタはそっち側の人間なわけ、王雅はそういうのと距離を置くべきなわけ。わかるかァ?」


 日常的な生活と、非日常的な存在を分けるべき。

 そういうことだろう……僕は神経質だからそういう存在と接し続ければ、おかしくなってしまうらしい。

 僕自身に自覚がないあたり、本当にそうなのかもしれない。


 まぁ、引きこもっていた時期と今の生活は雲泥の差がある。

 ストレスは溜まるだろう、ならば発散は必要だ。


「そっち側ってなによ、私もこっち側だから!」


 そう言って、彼女は緑のコートから、こちらの黄色い地面へ足を踏み入れた。

 隣に目をやると、大和さんは不機嫌そうな表情を浮かべている。


「意味ねぇじゃねぇか……オメェみたいなのがいたら、こいつは頭おかしくなっちまうンだぞ!」

「いやそんな、狂人にまではなりませんから」


 あまりの言葉に僕は少し笑いながら突っ込んでしまった。

 頭おかしいはちょっと、違うだろ。混乱しちゃうとかって言ってよ。

 でも大和さんの言うことはごもっともだ、コーニングスさんは財団の人間で僕にとって普通の存在ではない。

 その存在は日常を思い出し噛み締めるという趣旨からは逸脱する。


「私がいたらおかしくなるって、別にそんな風には見えないから……」

「テメェの国じゃ珍しいかもしれねぇが、こいつはメンタルが馬鹿弱ぇんだッ! ここまで短期間で状態がコロコロ変わる奴は俺も見たことがねぇ! ゾーニングが必要なんだよ!」


 やめてくれ、恥ずかしくなってきた。

 そんな真剣に言うことじゃないよ。

 僕は小さくなってしまいたい気持ちが膨らみ、笑いと羞恥心の狭間で顔を背けた。


「大江戸大和、あなたが強すぎるんじゃないの!?」


 ズカズカと彼女は近づいてきたかと思えば、整った顔が複雑そうに歪む。


「命懸けの戦いにこの若さで巻き込まれれば、誰だってそうなるわよ! あなたたちはまだ夢を追いかける年齢よ!」

「だったら尚更、オメェは帰れよ!」


 なんでこんな口論が起こっているのかわからなくなってきた。

 どうしてそんなに怒ってるんだこの人たち。

 仲良くしようとは言わないが、もっと冷静になってさ……でも、僕のことを考えてくれるのは嬉しい。

 どうしたものか。


「でも……だって、あなたたちがあまりにもかわいそうに見えるから!」

「あァ!? テメェが俺らのなにを知ってンだよ!」


 コーニングスさんの表情はなにかを訴えかけるような表情に変わっていた。

 切実に、思いが溢れたように。

 僕は困惑したまま、ただ静観してしまう。


「戦闘記録……パワードスーツの映像記録とか撮影されたものも何回も何回も見たもの! 親近感、覚えちゃったの!」


 僕はその言葉を素直に受け取れなかった。


 この状況は、テンスさんと似ているのかもしれない。

 彼はなぜあそこまで短期間で僕のことがわかって、肯定してくれたのか。

 神託者たちは僕たちを監視していた、どこからどこまでかはわからない。


 それはアニメのキャラに感情移入するようなものかもしれない。

 関わらずとも、ずっと見ていれば見えるものもあるのだろう。

 だから、テンスさんは……。


 だから素直に受け取れない。

 どうしても彼女の言葉をテンスさんに変換してしまう。


「だから無理を通して特務エージェントの任務につけさせてもらったのよ、あなたたちの力になれればって、それで……」

「……その気持ちが本当なら礼は言う。だが降りれば俺たちはどうなる? 勝ち抜けても結局は財団に殺されるんじゃねぇのか?」


 その言葉にコーニングスさんは絶句した。

 まるで夢が敗れ去った少女のように、瞳に悲観の色を浮かべる。

 今にも泣きだしてしまいそうに、口を手で覆う。


「……そういう声も上がってる、だけど……私がそうはさせないから……」

「コーニングス、オメェが俺らと接触して心変わりしたらどうする? 端的に言やァ、俺たちと接触した挙句俺たちを嫌いになったら、それを突き通せンのか?」


 でも、だからこそ彼女は言ってはいけない情報まで話してくれたのではないだろうか。

 結果僕らを嫌いになったとしても、それまでに交渉のカードを手に入れられるかもしれない。

 だから今は受け入れるべきではないだろうか、というのが打算的な考えだ。


 一方で、僕たちへの思いやりを踏みにじるのは大悪党の所業だ。

 そこまで落ちぶれてしまえば、僕はもう小悪党に留まれない。

 感情的にはどうしてもそう忌避してしまう。


 だからこそ、だからこそ、大和さんはこうして正直に突きつけているのだろう。

 利用も出来るし、一方的に突っ撥ねることもできる。

 きっとその間を模索しているんだ。


「友達になって……戦えなくてもあなたたちの力になりたくて……ただ、生き残ってほしいのよ」


 戦いから降りることは、財団が許さない。

 だからせめて生き残ってほしい。

 これが本音なら、今まで話したこともない僕たちにそこまで思い入れを抱けるということだ。

 この人はとても優しい人なのだろう、純粋なのだろう、僕よりも遥かに。


「ダチってのは契約じゃねぇんだ、自然となるもンなんだよ」


 それでも大和さんは絆されない。

 僕がテンスさんに心を開いたようにはしない。


 特務エージェントなのだから、こちらを油断させる手口なのかもしれない。

 そういった懸念も捨てきれない。

 どちらかというと、苦しい役目を背負っているのは大和さんのほうだ。

 彼とて、手を差し伸べてくれる人に壁を作りたいわけじゃないだろう。


「コーニングスさん。まずは僕からも、ありがとうございます。その気持ちはありがたいのですが、もっとお互いのことを知らなければ信用はできません」


 大和さんにばかり負担は掛けられない。

 僕も背負うよ、一緒に背負ってくれるんだろ?

 だったら、あなたが背負う分も僕に分けてもらうのが筋ってもんだ。


「じゃあせめて、一緒に遊ばない……?」

「しつけぇなテメェも! チッ……どうする王雅? 元々はオメェの息抜きだ、コイツありで楽しめるか?」


 真面目なところ、この空気で楽しめる気はしない。

 でも、突っ撥ねるのも難しい。

 せめておどけて見せて、空気を軽くするか。


「ええまあ、それくらいならいいんじゃないですか? 金髪美女とくんずほぐれずのスポーツは興奮しそうですしね」

「……ありがとう、長内王雅」

「長内たんって呼んでください」


 ちょっとピエロが行き過ぎてしまったようだ。

 二人とも唖然としている。

 コーニングスさんは口を半開きにし、大和さんは横目で僕を睨んだ。

 悪かったよ……必死に考えた結果なんだよこれでも。


「長内って呼ぶから……それでもいい?」


 その言葉に僕は頷くと、彼女はバスケットボールを取りに走った。

 子犬みたいな人だな。

 両手でセーターに包まれた胸にボールを抱いて戻ってくる。

 

「ンじゃ、1on1のバスケな。二勝したら交代にすっか」

「おっけーです」


 正直、学生だった頃に体育教科としてほんの少しやった程度だ。

 ドリブルせずに歩いていいのは二歩だっけか、ボール保持は何秒だったっけ。

 あまり覚えていないな。


 よくわかっていないことを看破されたのか、大和さんは追加で説明を口に出す。


 オフェンスとディフェンスに分かれる。

 オフェンスはシュートすれば勝ち、ディフェンスはボールを奪うかブロックできたら勝ち。

 ドリブルせずに歩いていいのは二歩、ボール保持は五秒、それ以外の細かいルールはなし。


 よし、なんとか出来そうだ。


「スリーポイントやツーポイントに関係なく、シュートが決まったら勝ちな」

「わぁっかりました」

「わかったわ」

「コーニングスはまずレンタルシューズ借りてこい」


 あ、そういえばこの人まだヒール履いてた。


「……わかったわ」

「その間に始めようぜ、まずは俺がディフェンスで王雅がオフェンスな」


 僕はボールをパスされ、硬い肌触りを受け止める。

 大和さんから少し離れて、僕たちは向き合うと、コーニングスさんがコートを出ていった。


 思えば、真っ向からやり合うのは初めてだ。

 戦いではないにしろ、ちょっと緊張するな。


 僕はボールを地面に叩きつけ、ドリブルをしながら様子を伺う。

 む、難しい……ボールが角度をつけて帰ってきてしまう。

 慌ててそこへ手を添えて、ボールを再び叩く。


「……あのよォ、そこまで力入れなくていいンだよ。優しく受け止めて、叩きつけるんじゃなくて弾ませるイメージだァ」

「あ、はい」


 試合は始まっているのに助言された……コーニングスさんに見られていなくてよかった。

 その助言を受け入れて、力を抜いて地面に戻す感覚がいいみたいだ、ちゃんと垂直に戻ってくるようになった。


 前へと角度をつけて、ボールを弾く。

 そして僕は走り出した。


 はずだった。


 鋭く集中した獣のような瞳が一瞬僕を見て、ボールへ目を落とした。

 たった二歩で五メートルを越えてきた……大和さん、遊びじゃないのかよ!

 本気じゃないか!


無門(むもん)!」


 発声と同時に染み付けたイメージが蘇る。

 だが発動が一歩遅かった、急いで体を捻ってボールを守ろうとする。

 その体の隙間を縫うように、にゅるりと忍び込んできた手が優しくボールを奪った。


「そんなマジでやるんですね」

「たりめぇよ! 遊びこそ真剣じゃねぇとつまらねぇだろ? ま、慣れてねぇならディフェンスのほうが簡単だと思うぜ」


 僕の肩に手を乗せて、彼は横をすり抜けていった。


 しかし、今のでわかったが無門(むもん)とゲノム強化剤って性質が違うようだな。

 無門(むもん)が一から十までの力を、十一から二十まで引き上げる力だとすると、ゲノム強化剤は上限を解放して一から十までのところを二十まで加減が効くようだ。

 でないと、あの柔らかく優しい手さばきの説明がつかない。


 まあ些末事はいい、最初から無門(むもん)全開でやる。

 僕は自分の掌を見つめていると、手に透明な触手でも巻き付いているかのように空間の揺らぎが見て取れた。

 開力が迸ってる、次は勝ってやる。


「いつでも、どうぞ!」


 僕は振り返りながら大和さんに告げる。

 大和さんはすぐにドリブルを始めて、パスを出すかのようにボールを大きく前に投げてすぐに追いついてきた。

 僕は彼の進路だけを読み取って、立ち塞がるように接近する。


 肉薄、大和さんは左手で壁を作り、ドリブルしながらも右手を後ろへ回す。

 どっち、どっちに動く?

 視線が左に動いた、僕は一瞬その視線に引っ張られたように体が動かされかけるが──彼は動かなかった。

 視線のフェイントかよ、スポーツアニメかよ!


「ヘッ」


 彼は一瞬、笑ったかと思うとすぐに無表情に戻った。

 無表情というよりも、怒っているのになんの表情にもなっていないような顔だ。

 据わった目から恐ろしいほどの気迫を流し込まれる。


 突然大和さんは左へ体を切った。

 僕もすぐさまそれに追いつこうとするが……!?

 大和さんの姿が突然消えた、まるで幻覚でも見ていたかのように右側へ抜けられた。


 なん、だ、今の?

 気迫に魅せられた……幻覚を?


「おォい、最初のフェイントはなんとか見切った癖に、これには引っかかンのかよ」


 唖然とする僕を尻目に、彼はシュートを決めながらそう言った。


「……今……なにが……?」

「あ? 今からこう動くぞって全身に力入れて、反対方向に行っただけだァ」

「いや気迫が凄すぎて、幻覚見えましたけど……?」

「大袈裟言うんじゃねぇ」


 だって……マジで見えたよ。

 戦闘中、いつもこんなことをしていたんだろうか。

 やられる方はたまったもんじゃないな、今までの敵はこれをされてたのか?

 思わず戦いのことを考えてしまうが、なぜだか僕は興奮している。


 悪くないな、純粋に面白い。


「ま、わぁったろ?」

「え? なにがですか? 気迫飛ばしの理屈ですか?」

「いンや、違くてよォ……」


 それ以外になにがわかるというのだ。

 僕がスポーツ下手だということか?

 うるせえやい!


「俺たちゃゲノム強化剤やら獣術の無門(むもん)が使えても、それが当たり前になっても、こうやってスポーツでも平穏な日々でも楽しめるンだってことよォ」

「なんか、逆に大和さんが兄染みてきましたね。僕のほうが年上なのに……」

「ははっ、言えてンなァ……出来の悪い弟を持つと大変だぜ! 兄貴の気持ちがよくわからァ!」


 僕は情けなく、彼は快活にお互い笑顔が零れる。

 いつ間にやら靴を履き替えてきたコーニングスさんがコートへ戻ってきていた。


 集中しすぎて気づかなかった。


「ンじゃ、俺とコーニングスで交代な」

「ってことは……長内、負けたの?」

「とっても接戦でしたがね」

「どの口が言ってンだよ」


 ちょっと格好つけさせて、お願い。

 コーニングスさんは大和さんと位置を入れ替え、髪を後ろに括ってヘアゴムで止めた。

 色っぽいな……と見ていると彼女は、よしっ! と掛け声を発した。

 意気込みは十分なようだ。


 しかし白いセーターに暗めのジーパン……未だ動きづらそうだけど大丈夫だろうか?

 とにかく真剣にやると言っても無門(むもん)は不要だろう、さすがに勝負にならん。

 開力の循環を緩めると、彼女は大和さんからボールを受け取った。


「コーニングスさんがオフェンスでいいですか?」

「いいわよ、私負けないんだから!」


 そう言って、彼女はドリブルを始める。

 ……こいつもこいつで、特殊な技があるようだ。


 ドリブルするたびに胸が揺れている、ずるい、集中力が削がれる。

 僕は気合を入れるために、両頬を叩くがどうしても相手は見なければならない。

 見れば胸に持っていかれる。


 その上下する胸からは、てんってんっ……ふわんっふわんっ……と幻聴が聞こえてくる。

 大和さんが幻覚使いなら、こっちは幻聴使いだ。


 スリムで艶めかしい体……いや、コーニングスさんが迫る。

 目の前で急停止すると、依然と僕たちの間でドリブルしていた。


 なんだ、上手くはないのか。

 そう思って手を伸ばした瞬間、彼女はボールの横へ手を滑りこませて回転しながら遠心力を使ってボールを保持し続けた。

 するりと躱されてしまった……ブラフかよ。

 なんでみんな上手いんだよ!


 その背を追いかけると、なんとか追いついて右手のボールを叩き落そうとする。

 すると、ボールを左手へと移されて躱されてしまった。

 彼女はしなやかにボールを掲げ、まだ遠いというのにシュートを放つ。


 まるでリングの中に吸い込まれるようにボールは飛んだ。

 

 ま、負けただと……。


「こういうの得意なんだから!」


 駄目だ、これ以上は負けられない。

 プライドは勝利し保つものだ、無門(むもん)使ってやるからな!


 再び開力を巡らせようとすると、遠くから声が響いた。

 僕たちのものではない、コートの外からだ。


 大和さんを呼んでいる大声。


「あ……」

「おーい! 大和ー?」


 三人組の男女がネットの向こうに見える、そのうち二人には見覚えがある。

 和久さんだ、和久陽翔さん……陽葵さんは一緒じゃないみたいだ。

 当然か、兄妹でこんなところに遊びには来ないか。


 あとは一度会ったことのある眼鏡の女の子……やばい、名前忘れた。

 すず、なんとか……一緒にリアル脱出ゲームに行ったのは覚えてるんだけどな、もう一人は男で見たことはない人だ。


「俺ちょっと行ってくらァ、陽葵のことも聞いてくっから」


 そう言って、大和さんは小走りでコートを出ていった。

 陽葵さんのことは僕も気になるのだが……伝送爆弾(メーリング・ボム)事件から、接触禁止されたせいで一度も会えていなかったし。

 ちょくちょく大和さんの口から、和久さんを通した情報で陽葵さんは落ち着きを取り戻してきたという近況報告は聞いていたけども、僕は挨拶に行かなくていいのだろうか。


 でも言外に待っていろと言われたようなものだし、続きでもするか?


「Wauw, wat een bink……!」


 僕はどうするか悩みながら、コーニングスさんへと向き直す。

 こっちもこっちで、大和さんが合流したほうとは別の方向を見て目を蕩けさせていた。

 なんだなんだ……? そう思ってみると、やけに背の高くいい感じに筋肉の乗ったシルエットが見えた。


「うおっ……!?」


 僕はその顔が見えた瞬間、僕は思わず声を漏らしてしまう。

 あの顔……僕が見てきた中でやはり桁違いのイケメン。

 どういう遺伝子を持てばこうなるのかと疑問に抱くほどのイケメン。


 大和さんより赤みがかった髪に、ミステリアスな二重瞼。

 顔立ちがすっきりしていて、眩いばかりのハンサムフェイス。

 黒いニットに灰色がかったベージュのジャケット。

 長すぎる足。


 その姿に、僕はあの頃を思い出す。


「……ん? 王雅……?」


 低くニヒルな声を持って、僕に気づいた様子でネット越しに駆け寄ってきた。


 近くで見ても間違いない、どこからどう見ても間違いない。

 漆真(うるし)(そら)さんその人であった。


「空さん! お久しぶりです!」

「久しぶりだな……こんな所にも来るようになったのか、王雅も」

「へへ、引きこもり卒業しちゃったんです」

「でも相変わらず敬語なんだな」


 彼と会うのは、いつ振りだろうか……高校卒業以来か?

 同じ学年なのになんでこんなに大人びてるんだ彼は。

 大和さんもクラスメイトに会い、僕も元クラスメイトと顔を合わせてしまった。


 高校三年間を共にした、友達と。


「こんばんはー! リートです!」


 彼の後ろからひょっこりと、赤毛の女性が顔を出した。

 リート、そう名乗った女の子は空さんに相応しいほどの美少女だ……が、なにか違和感を覚える。

 真っ赤な燃えるような髪、深く赤い瞳……スタイルも物凄いのだがそこではない。


 人じゃ、ない……。


 人型の黄昏世界の生物である吸血鬼(ヴァンパイア)を見たからだろうか、彼女たちと同じような感じ……うまく言葉では言い表せない違和感がある。

 吸血鬼(ヴァンパイア)とも違うが、絶対に人ではない。

 凍り付いた心臓によって、それでも脈打つ心臓によって、そう確信するしかなかった。


「こん、ばんは……」

「リートはえーと……彼女みたいなもんだ。リート、こっちは長内王雅。俺の友達だよ」

「空? みたいなものってなにかな?」

「……彼女だ」


 二人は何事もないように掛け合っていた。

 なんで、人じゃない存在と交際しているんだ……? リートさん、彼女はなんなんだ……?

 ど、どうする? 指摘するべきか?

 いや、藪から棒に頭がおかしいと思われる。


「王雅はそっちの人と遊びに来たのか?」


 空さんはそう言って、僕の後ろを指差した。

 それに反応したかのように、コーニングスさんが僕の横に立った。


「あ、ああ……こっちは僕の彼女です」


 あまりの驚きに頭がバグって変なことを口走ってしまった。

 彼女がどうこうに引っ張られ過ぎた……まずい、頭がまとまらない。


「彼女じゃないからっ! 長内とは友達……になろうとしている最中の、アニタ・コーニングスよ」


 ……コーニングスさんは気づいているだろうか。

 このリートと名乗る真っ赤な女性は人間ではないことに。


「漆真空です、王雅とは高校からの友達です。よろしく」

「リートです、長内さんとは初対面で空とは恋人です!」


 二人は挨拶を済ませると、コーニングスさんの横顔はなんだか残念そうになっていた。


「王雅、今年も誕生日行けなくて悪かったな……今度絶対埋め合わせするからな」

「い、いえ……お祝いメッセくれたので嬉しかった、です……楽しみにしてます……」


 落ち着きようもなく、ぎこちなく返事してしまうと空さんは一歩引いた。


「一緒に遊んでいきたいけど、ちょっと用事があるんだ。またな」

「私もお邪魔じゃなかったらお誕生日祝い行くので、また!」


 唖然とする僕は、ただ手を小さく振ることしかできなかった。

 その背中が消えると、コーニングスさんに袖を引かれた。


「彼、ハンサムね。ガールフレンドがいるなんて残念……それに、人間ではなかったわね」

「……やはり、そうですか?」

「一応専門家だから……でも、気の良さそうな友達じゃない」


 あまりに簡単に言う。

 だからこそ、心配なんだ。

 騙されているのではないか、なにかに巻き込まれているんじゃないかと。


「長内? なんでそんなに動揺しているの?」

「だって、友達の彼女が人間じゃないんですよ……?」

「異空間体だからといって、悪者とは限らない。あなたもよく知っているんじゃない?」


 そう言われると、そうだ。

 影貉さんも良い妖怪だったし、冥さんと曲夜さんも現状は良い吸血鬼(ヴァンパイア)だ。


 だからと言ってすんなりと受け入れられるわけではない。

 あの空さんが、あのバカみたいにモテまくってた空さんが……なぜ?


「なんの気休めにもならないけど、周りには悪い大人ばかりじゃないの。いつでも相談に乗るから……ね?」


 彼女は、そっと僕の手を握った。

 僕はその手の温もりを頼っていいんだか、どうなんだか。


 なにもわからなかった。

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