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第三節 蛇とネズミ

 父は長内(おさない)礼司(れいじ)、僕が中学生の頃に息を引き取った。

 妖怪たちには至高の崩術師、崩王(ほうおう)とも呼ばれ恐れられていた。

 崩術師の仕事は悪さをした妖怪のお仕置きだ、妖怪への唯一の対抗手段でもある。

 父は長い間、そうした特殊な仕事に従事していて莫大な遺産を僕に残してくれた。


 しかし、僕はそういった実務経験がない。

 実戦経験がない、この間のパワードスーツが初めてだ。


 ここに来て、不安になってきた。


「よく来てくれたね」


 社長は穏やかに、涼しげな顔で言う。


 ここがエクソテックスの本社、都市部まで来た甲斐はあった。本社の社長室……初めて入った。

 もっとこう、長い机にソファーが向き合っていてその奥に重々しい机とフカフカの椅子があるもんじゃないのか。

 一面の壁はガラス張りを背に、そう大きくはないデスクに社長は座っている。


 僕たちはある胸下ほどのガラス机を目前に立つ、社長机の更に手前だ。

 向かいのビルの中の黒いテルテル坊主のようなオブジェ、奇妙すぎる……なんて考えていると、大江戸さんはガラス机に書類を広げ始めた。

 ガチな契約はそういうもんなのだろうか。


「さて、会紡機戦に参加するか否か。それは決まったかな?」

「いくつか確認させて頂きたいことがあります」


 今回、大江戸さんと話し合った結果でそれぞれ独立して契約するという腹になった。

 僕は人生を変えるチャンスとすら思っているが、そこまで切羽詰まっているものでもない。


「これは非合法の契約になりますよね?」

「君は賢いね長内くん、そこは理解しているんだね? そうさ、これはライセンスもレギュレーションもない、なんの許可も取られていない非合法な暴力になる。そもそも会紡機はこの世界のものではないからね」

「賢い? ンフフ、そんなそんなお上手ですね。ふんふん、僕は頭が良いとふんふん」


 乗せ上手だな、してやられたぜ。笑みが堪えきれない。そうかそうか、僕は頭が良かったのか! やっぱりそうか、そうなんじゃないかと思っていた。

 いや、違うそうじゃない。確認事項や報酬の明確化だ。危ねぇ、とんでもない罠だ。


「まず、軍隊じゃないので敵前逃亡は認められますか? もし警察に捕まったらどうなるんですか?」

「そうは言っても長内くん。警察機関を味方につけてみるのも面白いかもしれないが、抵抗しなければ殺されてしまうかもしれないよ」


 彼は暗にこう言っているのか?

 逃亡できるならしていいが、相手は許してくれるか? 果たして無力化せずに逃げ切れるか?

 警察に捕まるリスク? 相手にも僕にもあるがそんなことを気にして命を落としていいのか?

 と。

 どうせ非合法的に戦うのならば、警察ではなく民間企業に頼った方が身のためだろう、とすら聞こえてくる。


 社長の背にある全面ガラスからは、ビル群が見える、こちらのビルと空を映し出す鏡のような風景。どれもくっきりと、ありのままを映し出している。

 それに反して社長の表情はなんとも言えない、読みにくい表情をしている。無表情ではないが、喜怒哀楽のどれにも当たらないような……。


 判断が難しい……と息苦しさを感じながら視線を落とすと、シャープペンが泳ぐように動き続けていた。

 大江戸さんは自身で広げた資料になにかをずっと書き込んでいる。なんかのメモか? 役に立つかもしれない。


 メモじゃないわ、これは課題だ、高校の。


「ちょっと大江戸さん、真剣に話聞いてくださいよ! なんで課題やってんですか!?」

「まだ俺には関係ねぇだろうが! 高校生が出た課題やるのがおかしいンかよ!?」


 そう答えながら、背を丸め凄まじい速度で課題を解き続ける。まるで筆記試験だ、そのくらい真剣だ。

 正直、引き締まってはいる体と細かくセットされている赤みがかった髪、闘志を燃やすその瞳と切り結んだ口は、邪魔するのが悪いと思えるくらいだ。

 美形だ……ヤンキーっぽいのに勉強もできるし、この性格じゃなかったら最高なのにな。

 もっと僕を心配しておくれよ。


「はぁ、報酬の件ですが女の子は──ッ!?」

「ンがッ!?」


 僕と大江戸さんは同時によろめく。

 食べ物や飲み物は出されていないから毒物でははず、ど、毒ガス? ヤバい体に力が入らない……!


「大丈夫か!? どうした!?」


 社長の声がした次の瞬間、僕の視界は急に一人歩きを始めた、体は動いていないのに視点だけ動いている。

 なにかをずっとズームし続けるように、障害物を貫通してどこかに視点が向かい続ける。

 人、車、店、民家、木々、山を越えて……別の街が見えてきた。なんだ、これ。 


 視点は建物の地下に及び、ある人物の顔が出てきた。なにか驚いた表情でこちらを見ている顔が。

 男だ、坊主頭に蛇のような意匠が掘られている男で日本人離れした体格をしている。

 机に置かれた手には刃渡りの長い、ゴツいサバイバルナイフ。周りにはポーカーをしている四人組。


 全然違う場所にいるのに、目が合っている。

 その目は僕を見ている、と確信できる──敵意を孕んだ瞳。


 世界が急激に縮み、僕の中に押し戻される。

 圧縮された空気が肺に詰め込まれたかのように視点が戻る。


 僕と大江戸さんは互いに息切れしながら地面に膝をつけていた。正確には僕は四つん這いだけども。

 彼の顔色は悪い、背をさすりながら僕は口を開く。


「……もしかして、同じの見ました?」

「……あァ……米国軍人みてェな恰好した男だった」


 僕には地下ボクサーに見えたが、多分同じだろう。

 にしても彼はあの視界で酔ったんだろうか、僕は三半規管が鈍すぎて酔った試しがないからわからない。

 冷えた地面に手を付き続ける彼の顔には、笑みが貼り付いていた。

 すぐさま社長が駆け寄って、彼に肩を貸そうとする。社長もその表情に驚いたように、大江戸さんの顔を凝視していた。


「次の敵、ってぇわけかァ?」

「一体なにが見えたんだ?」


 社長がそう聞くと、ありのまま大江戸さんは答える。僕が感じたより多い情報量を詳細に語りながら、彼の呼吸は次第に落ち着いていった。

 状況から見るに、会紡機の力で次の対戦相手が見えたに違いないだろう。こんなことまで出来るんだ、もう会紡機周りの話は信じるしかない。

 社長の超能力で見せられたビジョンという線もあるが、動機が想像つかない。


「小便タレ、隣町だ。行くぞ」

「えっ、いきなり、まだ契約も済んでませんよ?」

「戦闘期限があったらどうすンだよ? どうなんだ社長さんよ」


 肩を貸し続ける社長は静かに口を開く。


「……私が知っているのは会紡機の効果と会紡機戦という言葉、最大で一枠二名までの参加者ということだけで詳細は知らないんだ。六百年前にスイスで同様のことがあったという文献を読んだだけでね」

「ほらな小便タレ」


 したり顔で、僕たちの腕を離れ彼は歩み始める。

 凄い適応力だ、全て観察していたというのだろうか。自分は常に一歩上だという自負がなければそこまで分析に確信を持てないだろう。

 社長より、こいつのほうが一歩上を行っているかもしれない。

 そうなると最下層は僕だ、あれ僕ってバカなのかな?


「あ、待ってください! もちろん戦闘用のパワードスーツなり武器なりは融通してくれるんですよね!?」

「あ、あぁ。勿論だ、君たちがアポを取ってきた時にここまで輸送した。しかし調整には時間がかかるんだ、こんな突然のことだとは思わなくてね」


 よかったぁ、と僕は安堵の息を漏らす。

 相手が所持していたのはナイフしか見えなかったが、さすがにマシンガンとか持ってこないだろう。重装甲で固めておけば怪我の心配もない。

 しかしあれが他の参加者か、あんな強そうな連中ばっかりなんだろうか。


「ンだァ? 調整だァ? どんくらい掛かンだよそらァ」

「取り急ぎで開始しても四時間は掛かるだろう。元々日本人向けに作られたものではなく、君と長内くんの体格には合わない。武器の取り付けは日本では行えないから万全とも言えない……そもそも日本に資格者が集中しているとすら思わなかったんだ」


 たしかに、こうしたファンタジーモノならなぜか日本で開催され日本に集中し、日本人だらけでやることになるがこれは現実だ。

 世界中に資格を持った参加者が散らばっていると考えるのが自然だろう。

 だから、銃が容易に手に入る国で戦う場合はそこで取り付けを行う予定だった──というわけか。


「ンじゃやらなくていいだろ、相手も多分生身だしよ」

「嫌ですよぉ!? 絶対身に着けてからじゃないと行かないですからね!」

「……はァ、じゃあ急ぎで頼むぜ」


 社長はその言葉に頷くと、すぐにタブレットを取り出し電話を掛け始めた。

 どうやら社内の人間に電話して準備をさせているみたいだ。


 三人、黙りこくったままエレベーターを降りる。

 漂う緊張感が針の筵に囲まれたかのように悪寒を走らせる。

 まるで僕の恐怖心だけを置き去りにしているかのように、静まり返ったエレベーターは下層で降り続けた。


「あのよォ……手から出る緑色の光……崩衝(ほうしょう)ってやつァ、着込んだパワードスーツ越しでも出ンのか?」

「え?」


 突然沈黙を破ったその問いに、僕の理解は追いつかなかった。

 崩術の基本形である崩衝(ほうしょう)は手の表面に崩力を集めて、敵へ流す技だ。

 そこにパワードスーツの装甲という隙間が生まれたら……あ。

 たしかにパワードスーツに崩力を流すことになるかもしれない、意味ないじゃん。


「あの社長! あれですよね、超ダサくなりますけどパワードスーツの腕だけ取っ払うことは可能ですよね?」

「……現状、無理だ。そういう構造にはなっていない」


 背を見せたままの社長がポツリと呟いた。


「だとよ小便タレ! 素手で行くしかねぇな!」


 大江戸さんは堪えきれないように吹き出し、上機嫌に笑い始める。

 なにが面白いんだ! どこが!

 ナイフ持ったガキンガキンの筋肉野郎に僕が勝てるわけねぇだろ!


 やがてエレベーターは開き、赤と黒シャツの袖を捲った腕を、デニムのポケットに突っ込んだ大江戸さんはいさみよく歩き始める。


「車ァ、用意してくれんだよな?」

「もちろんだ、なにか自衛用の武器くらいは持っていってもいいのではないか?」

「いらねぇや。小便タレは全身にスタンガンでも装着してりゃいいンじゃねぇの!」


 再度彼は大笑いをして、エクソテックス本社から出ていった。

 僕は少し立ち止まって考える。バカにされてこそいるが、実際どうだろう。電気警棒くらいないのだろうか。いやでもそんなものはここにはないか。

 クソ、崩注(ほうちゅう)が使えれば崩力を武具に注ぎ込めるのに!

 僕はたるんで、高校の時から今まで崩衝(ほうしょう)の練習しかしてこなかった、基礎こそ全てって、崩術の通信教育メールを送ってくれた中国人が言ったから!


「あの、防弾チョッキくらいありませんか?」

「……君の肉体では防弾チョッキは重すぎるだろう、逆に危ないと思える」


 たしかに、そうか……エクソスケルトンのモニターに応募を決意した理由も、この筋肉のないひ弱な肉体が活かせる唯一のバイトだと思ったからだ。ひ弱なのはもはや変えようのない事実。

 エクソスケルトンの有無に言及しないということは、軍用スーツの取り寄せ用意だけでここにはないんだろう。


 状況は最悪かもしれない、落胆しながらトボトボと大江戸さんのと運転手さんの待つ車へ乗り込む。


「せめて作戦会議くらいしませんか?」

「行ったこともない場所で、地形もわからず道具もなく人手もないのに、どう作戦立てンだよ?」


 たしかにそうだ、作戦たって相手のこともよく知らない。

 相手の周りには四人くらいいたが、会紡機戦に他が参加しているかもわからない。

 その場にとどまるのか、戦闘の心得はあるのか、立地に詳しいか。


「……行き当たりばったりっていうのも怖いんですけど」

「俺はよぉ、運命ってやつを信じる気になったんだ」

「え? 今日の運勢最悪でした?」


 続けてなんの話だよ、と突っ込みそうになったが、幼さが残るが、低く真剣な声に躓いてしまう。

 その表情は険しく、おおよそ高校生の子供がする表情ではなかった。


「ずっと探してる奴がいンだけどよ、毎日毎日スマホで調べたり、警察からの電話を待ったり……あいつの知り合いを訪ねてもな~ンもわからなかった。そんな時にいきなりよ、学校(がっこ)の帰り道でパワードスーツとお前がトラックを田んぼに捨ててるとこに出くわしてよ」

「いや僕は捨ててないですけど」

「あれよあれよという間に、会紡機とかいう誰とでも出会える代物があるって話と、会紡機がなくても捜索してくれるっつー話が出てきた、オメェが俺の立場ならどう思うよ?」


 うーん。あまり想像がつかないが、たしかに、なにか因縁めいたものを感じるかもしれない。


「しかもあれに出くわす少し前、身体能力が異様に高まってきた。俺にだって理由はわからねェけど、全てが会紡機戦に繋がってる、運命だ。そう思っても不思議じゃねェだろ?」

「えぇ、まぁ」


 だからといって、運命だからといって生きて帰れるかは別の話だ。

 なにか、なにか確実性を上げないと保証はないんだ。


 結局、なにも思いつかぬまま隣町に着き、大江戸さんがなぜ詳細に覚えているんだか、右だ左だと運転手さんに伝えて到着してしまった。


 テナント募集の居抜き店舗だ、元がなんのお店だったかもなぜこんな場所に潜伏してるかも、差し測れないが。

 この施設の地下にあいつらは居た、今から僕たちは誰かも知らない奴らを、殴り飛ばすわけか。気が進まない。

 相手の顔を思い出す……本当に知らない人だ、家族がいるかもしれない。もしかすると、死なせてしまうことだってある。


 あれ? なんで顔見えたんだ? 居抜き店舗の地下だぞ?

 さっきのビジョンでは、地下室は明るかった。電力は通っていないはずだがどうしてだ?


「さァ小便タレ、乗り込むぜぇ?」

「待ってください、あとその呼び方いい加減やめてください」


 僕は居抜き店舗の周りを歩いて確認して気づく、電線が変に枝分かれしている。


「大江戸さん、あれ見てください。盗電じゃないですか?」

「ん? あァ……おかしいな、隣の民家に繋がってる電線がここに枝分かれしてンのか?」


 僕の口角はチェシャ猫のように裂けていく。


「この辺、電気屋さんありましたよねぇ? この店舗の一階にあるはずのブレーカー落として、地下室に殴り込む。僕があなたの後ろから高出力ライトを照らせば、相手は幻惑されて大江戸さんの姿も見えない。一方的に勝てるのでは?」

「お前、悪知恵は働くンだなぁ……」


 そうさ、もっと働くぞ? そのライトは大江戸さんが支払うんだ!


「アレレー、僕お財布忘れちゃいました! 大江戸さん、手持ちありますかぁ?」

「あァ!?」


 僕がそう言った途端、大江戸さんの姿が消えた。

 稲妻のようなスピードで僕のケツに違和感が走る──!


「持ってンだろうが財布ゥ! 嘘つくんじゃねェ!」

「……くそう! あと一歩というところで!」


 その後、話し合いにより大江戸さんが電気屋さんにライトを買いに行くことに。

 僕はこっそりとブレーカーの在り処を調べることとなった。

 メッセージアプリで連絡先を交換した後、大江戸さんの後ろ姿が遠のいていった。


 表の自動扉からは、灰色のなんにもない棚と受付らしきテーブルが見える。それ以外には特になにもない、

受付テーブルに足があるところを見ると、コンビニではないだろう。

 コンビニの受付は足のない長方形だから。恐らくコンビニなら地下室もないだろうし。


 ヤバい、開かない……裏口はないだろうか?

 慎重に、周囲を警戒しながら裏口を探ると見つかった。普通の手動扉だ。

 蝶番が擦れ、軋む音が僕の背筋を這う。ヤバい、音出しちゃった。

 もっとゆっくりと、本当に少しずつ扉を開いていく。


 ……元は民家か、裏口玄関もあれば靴入れ棚のようなものもある。

 しかし靴は脱がずに、恐る恐る忍び込む。


 表と違って裏口はガラス張りもなく暗い、足元に物音が立つものがないが確認しながら進む。

 ブレーカー、暗くて見えねぇ。スマホのライトで探すか。


「俺ちょっとトイレ行ってくるわ!」

「おーう!」


 スマホを取り出した瞬間、右から声がした。すぐに階段らしきものを上がってくる音、ヤバい、誰か来る、ここトイレの前じゃねぇか。

 まずい、まずいまずい。


「うぃー、漏れる漏れる……うお!?」


 僕は死んだかのように全身に寒気を感じながら、硬直する。

 頼む、勘弁してくれ、お願い。

 許して、ヤバい……。



「ネズミいるぞおい! 気持ちわりぃなぁ……」


 間一髪、セーフ……靴棚の下にスペースがあったから、なんとか忍び込めていた。

 目標の男かはわからないが、奴はトイレに入らずこちらに歩いてきた。

 へ? なんで? ヤバい、バレてる? ネズミって僕のこと?


 足音は近づく、心臓が同期しているかのように跳ねる。脂汗が滲む、頭が真っ白になっていく。

 もう、横にいる! どうする、出て攻撃するか? 足を掴んで崩衝(ほうしょう)!?


 ……奴は僕の横を通り過ぎ、外へと出ていった。


 な、なんだよ、バレてるのかと思った。

 そうか、電気が通ってるからって水道は通ってないもんな……おしっこは外でするのか。

 危ねぇ、死んだかと思った。本当に怖かった。

 生きた心地がしないとはまさにこのことだったのだ。


 男はまた入ってきて、地下室へと戻っていった。

 何度か深呼吸をして、埃っぽい空気を肺に入れて落ち着く。


「……よし」


 僕は意を決して、靴入れ棚から這い出て歩み出す。

 そろりそろりと、忍者のように忍ぶ。


 事務室のような場所はあるだろうか、そこにあるんじゃないか? クソ、バイト経験がエクソスケルトンテスターしかないから店舗の間取りが一切わからん。

 ていうかスマホライトも、一階にも仲間がいる可能性があるんだからヤバいよな。


 部屋の扉があった、ゆっくりと開き中を覗く。

 なにも見当たらない、がらんどうだ。

 暗さに目が慣れてきた、別の部屋を探すか。


 緊張に思うように体は動かないし、時間の流れが遅く感じる。

 歩いても歩いても次の部屋が見つからない、一歩も進んでいない気分になる。


 しかし、次の扉が見つかった。覗き見すると、人もいないし壁になにかついているのが見える。

 あれか!? 


「探検は楽しいか?」


 何事!? と思うのもつかの間、腕を掴まれ後ろへ回される。

 驚く前に喉元に冷たい感触。それに気づく。

 なぜ、クソ、大失敗だ、殺される!


「お前あの変な映像に出てきたガキ共のうちの一人だろ? 服装が同じだからな」

「……っ」


 恐怖に足がすくんで、立っているのが精一杯だ。


「まずお前は誰だ? あの映像はなんだ? ビルにお前がいるのが見えた、説明しろ」

「ぼ、僕はえ、えぼう、き……戦の、資格者、見えたのは対戦相手のビ、ビジョン……です」

「エボウキ? ちゃんと説明しろ」


 こいつも会紡機のことはよく知らないのか、説明しろって、まずい頭が回らない。

 暗い、怖い、腕がへし折れそうだ、殺される。


 小さな爆発音が遠くから聞こえた、死の音? 僕は首を掻っ切られたんだろうか、首を斬られるとこんな音が聞こえてくるのだろうか、しかし依然として首元はナイフの冷たさを感じる。


「銃声!? クソ、地下室のほうからか!」


 銃声、銃声? なぜ、なにが起こってる? こいつも焦ってる、チャンスか? しかし腕をきつく握られているしナイフも僕の首を捉えたままだ、抜け出せはしない。


「おい、そのまま歩け!」


 腕を曲げられ、僕は後ろを向く。

 奴は僕の後ろに付いたまま、歩かされる。

 来た道を戻っていく、まだ行っていなかった道に入る。


 どうする、どうする。

 焦燥感だけが身を焦がしていく、このままでは殺される。

 やがて階段を下っていき、扉を開けるよう指示された。


 扉を開くと、急な明るさに幻惑される。

 なにが起きているか理解できていない。


「げぇ、小便タレ捕まってんじゃねェか!」


 そこには、大江戸さんが居た。

 彼の足元には三人の男、靴の下にも一人の男。

 ポーカーをやっていた男たちの一人を踏んづけながら、違う奴に銃を向けていた。


 ライト買いにいったんじゃなくて銃買ったの……? 僕六千円しか渡してないけど……。

 ライトは……転がっていた。

 最初からそこにあったように、無頓着に転がっている。


「お、お前もあの時のガキか! どうなってんだこれは!」

「反社に殴り込みだよォ! 社会のゴミクズは性根じゃなくて目まで腐ってンのかァ!? お仲間の物騒なチャカは頂いたぞオラァ!」


 まさか、僕が捕まってる間に潜入して地下室に一人で特攻したのか? 無鉄砲すぎる、けど勝ってる……。


「そいつさっさと離さねぇとオメェのピカピカの靴に小便タレるぞ?」

「……ハッ、離すわけねぇだろうがガキが! その銃捨てねぇとこいつを殺すぞ!」

「ほーう、しょーなンですねェ~」


 み、見捨てやしないだろうな? 頼む、助けて大江戸さん、お願い!


「ホーウ、ショーなンですねェ……」


 彼は返事もないのに続ける。


「ホー! ウ! ショー! なンですねェ!」


 ほ、ほうしょー、あ、そうか、崩衝(ほうしょう)!? 崩衝を使えと指示している!?

 たしかに絶好のタイミングというか、ずっと僕ピンチじゃなかったじゃん!


 僕は気づかれないように、自由なほうの手で奴の足に触れる。

 しかし崩衝(ほうしょう)は決まった型からでないと注ぎ込めない、単なる崩力を注ぐことしかできない。

 効果はごく短時間だろうし、筋肉弛緩すらもしないだろう。


 しかし、腕を握る力は弱まりナイフも段々離れていく。

 その隙を見逃さず、大江戸さんは……飛んだ。こちらに向かって。


 ジャンプキックが頭上を霞める、脳天ハゲたかと思った!

 後ろでとんでもない鈍い音が走り、大男が壁に激突していた。


「今回は小便洩らさなかったんだなァ──長内」

「……ま、まあ計画の内ですから?」

「嘘つくンじゃねェ! まんまと捕まりやがってアホが!」


 奴は鼻血をダラダラと垂らしながら、立ち上がる。


 戦いの火蓋は切って落とされた。

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