第二十六節 元祖中国の崩術師
もう、うんざりだ。
「いつまでこうしてればいいんですか!」
「あと三時間だッつの」
李国燕さんのとの戦いの日は淀みなく来た。
その日を誰も遅らせてはくれなかった。
近づけば近づくほど、来てほしくないと思ってしまっていた。
がらんとした、一面の灰色。
だだっ広くて、曇天の中にいるような倉庫だ。
沈んだ雲に包まれているような、そんな気分になってくる。
そんな中で、僕用に調整されたパワードスーツを着て座り込んでいた。
隣には改造されたライオット防具を身に纏う大和さん。
エクソテックス社の郊外工場である僕のバ先だった場所。
そこの第五倉庫、今はもう使われていない廃倉庫に僕たちはいる。
なにもついさっき到着したわけではない。
昨日の二十三時からいるのだ。
正確には、二十二時に到着し人力でパワードスーツを装着させてもらい、二十三時にここに移動。
その後、三時間経っても李さんはワープしてこず、僕たちもワープしなかった。
休憩して、また戻ってきて、休憩してまた戻ってきて、とそれだけでもう一日の大半を過ごしていた。
異世界の騎士さんが語った、ビジョンが見えてから四十日間で強制戦闘開始の合図という言葉。
あれが、見えてからなのか日にち単位なのかわからないから、その検証を兼ねてだ。
もう、視界ディスプレイに表示されている時計を見ると、十七時三十七分になっている。
地獄の時間だった、えーと……時間にして十五時間行ったり来たりしてるだけだ。
大和さんの防具はいいさ、ほぼ自分でつけたり外したり出来るし。
僕のパワードスーツは脱ぐのも着るのも他人の手が必要でしかも十分はかかるんだ!
トイレに一度行くのに、十分も待つんだぞ!?
絶対、トイレ穴をつけるべきだ。
あと、簡単な着脱をできるようにすべきだ。
「もう十五時間ですよ!?」
「どういう計算だよそらァ! 十八時間だろォ!?」
「もうなんだか、決意もクソもないですよ! こんな苦行で決意にタコができました!」
「はははッ! 決意にタコってなんだよォ!」
な、なにを笑っているんだ?
冗談は言ってないよ、上手なひ、ひよう表現って奴だよ。
「ひよう表現ですもん! 笑わないでください!」
「比喩表現な、オメェ滅茶苦茶だなァ! ちょっと黙れ笑わせるな!」
む、むむむ……。
彼は一頻り笑った後、吹きかけるような息を漏らしてようやく笑い止んだ。
バカにしやがって、ちょっと数字と日本語が苦手なだけだよ。
英語も苦手だけど。
「……でぇ、約束通り俺がヤベェと思ったら手ぇ出すからな?」
「わかってますけど、ギリギリにしてくださいね。今回だけは僕一人で戦うことが意味があるんです」
「何度も言ったが、約束はできねぇからな」
約束してくれよ。
そうじゃなきゃ意味がないんだって。
李さん、恩師との戦いは僕一人で戦う。
テンスさんが言ったように、成長を見てもらう。
それだけじゃない、崩術はただの暴力なのかそれとも武術なのか。
武術を暴力に転じさせる意味を、責任を受け入れるための戦いなんだ。
目的のために崩術を使っていいのか、僕はそれほどまでの目的意識があるのか、を。
あるならば、目的のために僕は間違ってもいい。
「いやぁ、攻城戦前を思い出しますなぁ」
天井にはいくつものライトが取り付けられている。
双方向に別れた僕の影の重なりから、影貉さんが現れた。
「攻城戦って、戦国時代とかのかァ?」
「いかにも、そうですじゃ」
「見たことあるんですかそんなの」
「ちょこっと常世を抜け出し、盗み見たですじゃ」
七百年も生きてれば、一回くらいは見たことあるのか。
「こんな和気藹々としてたんですか? もっと真剣な顔で刀とか研いでたんじゃないんですか?」
「いやいや、士気を上げるために味噌の効いた食を取りながら、談笑しておったですじゃ。戦敵の悪口を交えながらも、ですじゃけど」
「へえ」
そんなもんなんだ。
あの時代の人たちは、戦うことの意味をどう捉えていたのだろう。
人の生き死にを悲しまなかったわけではないだろう、自分が奪う側になるという責任についてどう考えていたんだ?
「崩術の成り立ちとかも知ってンのかぁ?」
そこについて聞こうと思ったら、話が変わってしまった。
「成り立ち自体は知らないですじゃ。ただワシが生まれ出るよりも遠い昔の話、道昭という男が唐へ渡りそこで極秘に崩術を日本へ持ち帰ったんですじゃ」
誰だ?
数字や国語だけじゃなくて歴史も苦手なんだった。
有名人なのか?
「マジかよ、ホラじゃねぇのか?」
「本当ですじゃ!」
ホラだと思うってことは有名人なのか?
なんか、すごい人なのだろうか。
「そして道昭は崩術を書にしたため、秘伝書へと綴ったのですじゃ。それは至極の宝として忍者の起源となったのですじゃ」
忍者はさすがに知っているぞ。
「忍者が? 崩術関係なくないですか?」
「忍者たちはワシらのような隠密向きの妖怪たちと契約した鬼術師ですじゃ」
あ、ああ……?
分身の術とかどうやるんだよとか思っていたが、妖怪たちの力を使った鬼術で叶えていたのか?
すごい歴史の事実だ、面白くなってきた。
「忍者たちはその至極の書を元に、妖怪たちの攻略書を作り組織を拡大していき……道昭の秘伝書と忍者の攻略書の一部を手に入れた徳川家康は忍者の有用性を認め、利用したのですじゃ」
徳川家康……あの? あの、江戸幕府を作った?
これは歴史の裏側じゃないか? ヤバい話すぎる、雑談の域を超えている。
そんな時代の話が、ここまで続いているのか。
「信じられます? 大和さん」
「いンやァ……荒唐無稽すぎるだろ」
「本当のことですじゃって!」
影貉さんは両手を上げて威嚇のポーズのようなものを取りながら、そう言った。
空虚な廃工場にその声は残響する。
「もしマジなら、絶対大和さんが影貉さんを引き取るべきでしたよ。まだ崩術使えないんでしょう?」
「なんでだよ! 自分のメシ削って、こんな奴を食わせるのァ御免だぜ!」
「こんな奴ですと!?」
どんだけ嫌いなんだよ。
大和さんはあんまり動物好きではないのだろうか。
まあ僕が結果的に引き取ったとはいえ、外飼いさせてもらってるが。
彼が外がいいというから、小屋まで建てた。
なんだか影貉さんがかわいそうだから話変えてあげよ。
「年明け早々に、こんなとこで過ごすことになるなんて……ほんと、会紡機は空気読めませんよね」
「俺は冬休みで助かってンけどな」
ああ、もうすぐ彼も高校三年生になるのか。
夢のためにも、はやく会紡機戦が終わるといいな。
受験勉強シーズンだし。
「そういや、今だから言うけどよ……オメェ、十九歳になったンだろ?」
「ええ、そうです。誕生日会に来てくれたのに今更ですか?」
「お前の高校ン時の友達とか誰一人も来なかったと思ってよォ。崩術師仲間とかもいねぇの?」
たしかに同級生は時間が取れなかった。
あまりにも正月すぎて、忙しかったそうだ。
ただ大和さんは来てくれた。
友達が当日に祝ってくれたのは初めてで嬉しかった。
ケーキまで奢ってくれて、ほんと嬉しかった。
「まあ正月ですし、非公認崩術師なのでその繋がりなんてありませんよ」
「親父さん界隈では有名人だったンだろ? 崩王だっけか?」
「崩王!?」
影貉さんがまた威嚇のポーズを取ったかと思うと、後ろにコテンと倒れた。
「長内殿は崩王のムスコ殿なのですじゃ!?」
さすがの長生きだ、息子という概念は知っているか。
「ええ、そうですよ、あれ? 言ってなかったですか?」
「初耳ですじゃ!」
影貉さんはゴロンと寝転がって体勢を戻して、猫の香箱座りのような体勢になって頭を落とした。
寝てるようにしか見えない。
「おみそれ致しましたですじゃ……崩王のご子孫なら日妖にも対等に渡り合えるはずですじゃ……」
「ぜんぜん対等じゃなかったですよ? 拷問されましたし」
「崩王のご子孫を拷問とは、連中狂っておりますじゃ」
う、うーん。
日本は権威主義な一面はあるからね。
そんなもんだと思うがな、拷問は行き過ぎだが。
特別待遇といっても限度は低い。
そう考えていると、倉庫の入り口に人影が見えた。
こちらに向かって進んでくる、なんだろう? スーツに不具合でも見つかったのか?
「ごめんくださーい……あ、いたいた!」
遠くからでは顔はいまいちわからなかったが、見覚えのある作業服であった。
声にも聞き覚えがあるが、遠い昔のことのようだ。
なにかを携えた彼は駆け寄ってきた。
「工藤だよ、覚えてる?」
「あ、ああ……工藤さん! お久しぶりです」
「ちわァ」
エクソスケルトンテスターの時の先輩だか上司の人だ。
なっつかしいなあ、まだ一年も経ってないのに三年前くらいの感覚がある。
彼は僕と大和さんに会釈したかと思うと、擦り寄るように近寄ってきた。
「聞いたよ、これから戦うんだって?」
「なんで知ってるんですか?」
「ほら、そのパワードスーツの開発主任の志村でしょ? 俺あの人とちょっと訳ありでね」
え、ええ。
秘密工場側の人間と仲いいのか、社長さんや志村さんの説明では一般社員には存在すら知られていないはずだが。
部署違いで関われないようにしているとか言ってたよな。
「あの時のぼんやりした子がねえ……なんかすごい戦いに巻き込まれてるらしいじゃないか、漫画だね!」
たしかに漫画みたいな状況ではある。
会紡機というワード自体は知らないのか、志村さんは知ってたと思うが。
「俺もなんか役に立てないかと思って、これこっそり作ったんだよ!」
それを見ると、試作工場製品のような複雑な形状をしたものだった。
例えるなら、ビームが出そうな銃みたいだが、色が黄色と黒と鉄の輝きといった工業臭さを感じさせる。
「志村に設計図を腕の部分だけ見せてもらって、作ったんだよ! 付けていい!?」
深い二重瞼の奥で子供のように目を輝かせながら、彼は問いかけてきた。
中年だというのに、子供心は忘れていないようだ。
「な、なんなんですかそれ?」
「パイルバンカーだよ! わかる!?」
「杭を撃ち込むやつだァ、王雅」
大和さんの説明でようやく腑に落ちる。
パイルバンカー、杭撃ち機……ロボットアニメだとよく出てくるあれか。
だが殺傷兵器だろそれは。
い、いらない。
「あのぉ……申し訳ないんですけど」
「そ、そんなぁ……動作テストも何百回もしたんだよ?」
「誤作動は絶対にないですか?」
「絶対、絶対にないから!」
うーん。
ならつけるだけつけてもいいか?
このパワードスーツは無武装なのが少し心許なくはあった。
日本で許される限界ギリギリだ、言い訳できる程度ってもんだが。
でも、なあ。
「ちょっと見せてくれ」
「ああ、いいよ?」
そう言って大和さんはパイルバンカーを手に取り、四方八方からそれを吟味する。
パワードスーツの腕部分と見比べながら。
「杭は完全に撃ち出す感じか?」
「よくわかったね、引き戻し機構が壊れたら邪魔になると思ってさ」
「それに部品を入れ替えずにつけられるように工夫もされてら、邪魔にはならねぇな」
「その通りなんだよ、昔からこういうの作るの好きなもんで」
大和さんが手放しに褒めるということは、大丈夫なのだろうか?
彼は冷静さを欠かなければ、間違えることは少ない。
「あと二時間か……どれくらいでつけれる?」
「十分もあればつけられる、なあ長内くん、頼むよ」
「なんでそんなに情熱的に……?」
「巨大ロボを作るのが俺の夢だったんだけどねえ、それは無理だからせめて俺の技術を戦いに活かしてほしいんだよ!」
そこまで熱烈にアピールされたら、もう断る言葉も思い浮かばない。
大和さんも安全性だけは確認してくれたようだし……つけてもらうだけ、つけてもらうか。
「じゃあ、お願いします」
「よっしゃ! 役立ててくれよ?」
使うかはわからないが、彼に身を任せて左腕へパイルバンカー取り付けが始まった。
本来ならパワードスーツすら使わない予定だった、崩術と獣術だけで戦えると思ったから。
でも、安全性を考慮した大和さんに装着しなければ手を出すと言われて仕方なくだ。
だというのに、武装までついてしまった。
次回以降に役立てようか。
「なァ長内、オメェはある意味武術家だからこういうのに頼るのは嫌だと思うけどよォ」
工藤さんが作業している合間に大和さんが声を上げた。
「オメェの全部を使ってぶつかるのはわりぃことか? 相手にも背景ってもンがあンだぜ。オメェのパワードスーツも武装も背景だろ?」
「でも対等じゃない気がして、なんだか」
「そりゃ対等じゃねぇさ。だが元から対等じゃねぇのさ……それに言わば手加減になっちまうだろ」
拳と肉体主義のはずの彼が言うことだろうか。
僕はその判断に迷っていると、彼は取り付けを済ませてしまった。
大和さんに反抗する形になるが、手にしても使わないというのはなにかの証明にはなるかもしれない。
「いい? この取っ手を引っ張ったら撃ち出されるからね?」
「了解です……」
いきなり取り扱い方を説明したかと思うと、突然彼は満足したように僕たちを激励しながら倉庫を後にした。
そして、僕の答えを待たずして。
ビジョンが見えてから、時刻として正確に四十日が過ぎた瞬間。
短い黒髪に怪しげな髭を持った、胡散臭いチャイナ服の中年男。
李国燕さんが現れた。
五メートルは離れたところへ、唐突に空間が色づき始めて、現れた。
透明になって消えた異世界の騎士を、逆再生したかのような。
ワープするのは李さん側だったみたいだ。
戦闘場所を確保しておいてよかった。
「李さん……お久しぶりです」
僕のその重々しい声に、影貉さんと大和さんは壁まで下がった。
「这是哪里!?」
「李さん、お久しぶりです」
「……机器人!?」
さっきからなにを言っているかわからない。
中国語なのだろう。
「お久しぶりです、長内王雅です」
「長内? 崩王の息子の長内クン?」
「はい、一度お会いしましたよね? 覚えていますか?」
僕は、忘れようもない。
「当時と変わらないだネ……あの時アナタ高校生だったコトデショ?」
「ええ」
変わらないって、成長して見えないということか?
見た目の話か? 崩術師としてか?
「全て説明します、まずあなたは会紡機戦の参加者となりました」
「エボウキセン? それはナニのコト?」
僕は懇切丁寧に一から十までを語ってみせた。
それが筋であり、僕にとっても必要なことだった。
「ヘエ、自分そんなの応募したコトはないダのに、参加になったダネェ。最近道場破りが急に来たは、そういうワケだったダネ」
「そうなんです……」
ここからが本題だ。
覚悟を、決めろ。
「李国燕さん、あなたはどうしても会いたい人はいますか? その為に僕と戦いますか?」
「……いい目をするなったダネ、自分会いたい人いるヨ……」
そうか、ならば戦うということだろう。
「自分、崩王にどうしても会いたいダヨ」
ただ、その言葉は予想外だった。
お父さんに、会いたい?
僕のお父さんに、会いたい……?
一瞬、決意がブレる。
自分の中の一本の芯が溶けてなくなってしまったような感覚に陥る。
「中国から日本に逃げた妖怪いるダヨ、ソイツは自分の仲間たくさん食べたダヨ。許せないケド、自分勝てなかったダネ……だかラ、崩王の力がいるダヨ」
僕は、会紡機そのものは目的ではない。
会紡機に叶えてもらって会いたい人なんていない。
会紡機戦という戦いが目的で、その上でテンスさんと再会することを目指しているだけだ。
お父さんを蘇らせるなんて、しちゃいけないと思ってた。
嘘みたいに僕はグラついていた。
そんな僕が、戦っていいのか?
「長内クン、殺しはしないダケド、その妖怪倒す為なら……崩王を蘇らせるが出来るなら、君を倒すダヨ」
「……」
お父さんは、満足して死んだのか?
溝口は殺されたと言っていた。
あれが本当なら、満足して死んだわけじゃない。
僕はもう一度会えるなら、許されるなら会いたい。
お父さんか、テンスさんか。
やろうと思えば、どちらともを取ろうと思えば、取れる。
その役目は、僕でもいい。
だけど、お父さんの気持ちが問題なんだ。
僕はしばらくお父さんがひょっこり帰ってくると思っていた。
だからいつ書いたかもわからない遺言書は見れなかった。
それを見たのは、高校生の頃だった。
妖怪がちょっとした事件を起こして、それで悪目立ちしてしまって。
学校に行くのが嫌になった時だ。
遺言の内容は普通だった。
財産のこと、僕の健康を願う言葉と、父親として息子を愛しているという言葉。
お父さんの気持ちのヒントはない。
生き返らせていいかなど、わからない。
「……でも」
でも、お父さんはもう十分すぎるくらい戦った。
しわくちゃの老人になっても妖怪と戦った。
戦ってみてわかる、こんなものは人生には不要だ。
こんな悩みは、乗り越える以前に発生しなくていいんだ。
せめて、生き返るにしても、もう戦わせたくはない。
でも責任感が強いから、お父さんは頼まれれば戦ってしまうだろう。
李さんの言い分は崩術師としては正しい。
武術を暴力に変えない為の正解の一つだ。
誰かの為、大勢の為、崩術師としての大義としてこれ以上正当な答えはない。
「お父さんは、安らかに……眠らせておきたいんです」
ただ休ませてあげたい。
涙が出るほど、そう願う。
戦いの趣旨が変わってしまったが、それでも僕の選択肢は変わらない。
いや、戦いを通じて得るはずの答えが出てしまった。
お父さんの安寧を守る、戦いだ。
武術を暴力に転じさせる、そうだとしても守りたい人を守れないのは嫌だ。
そして僕が長内王雅でなくなるのも、嫌だ。
僕は、守りたい人を守って、会いたい人に会う為に。
誰かの想いと、自分の想い、その為に戦う。
僕のままであり続ける為に間違う。
その為なら、使える全てを使う。
「勝負です、李さん」
「わかったヨ、長内クン」
僕たちは一歩ずつ同時に歩き出す。
僕は崩衝の構えを取って、右手に崩力を溜める。
彼は構えもせずに、両手を緑色に輝かせた。
それでも、同期したように僕たちは駆け出した。




