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第二十節 潰れるプラスチックと心

 冥さんは相変わらず、預言者さんと少し似た服装をしている。

 しかし紫色のメッシュを持つ白色の髪は、少し乱れているようにも見える。

 チェック柄が入った黒いキャスケット帽から覗く瞳は疲労が垣間見えた。


 薄いピンクの衣装に包まれた曲夜さんは、つまらなさそうに口を尖らせていた。


 後ろに立つテンスさんは微動だにせず、恐らく今回も喋ることはないだろうと予想できる。

 彼は聞けばなんでもペラペラと喋ってしまうから、僕に不利益な証言をするかもしれなかった。

 黙っていてくれるなら、その点も感謝だ。


 とにかく、大和さんの関与だけは否定しなければならない。


「いい加減、飲み物くらい出ないの?」


 冥さんはため息をつくようにそう零す。

 この様子じゃ、昨日今日捕まったわけじゃなさそうだ。


「黙れ、血を差し出せとでも言うのか」


 溝口さんの声色は冷たい。

 吸血鬼は人ではない、そう思っているかのようだ。


「ふーんだ、嫌な人間!」

「それでは尋問を始める。長内くん、まず吸血鬼たちとの関係は?」


 曲夜さんの文句にも気にも留めず、声色をそのままに問いかけられた。


「……」


 すぐには答えられない。

 捕まっているということは、もう尋問された後だろう。

 辻褄が合わない証言をするのはまずいが、いくら考えても彼女たちがどのように供述したかなど知る由はない。

 しかし車の中では聴取と言っておいて、始まったら尋問だ。

 手段はわからないが術中にハマっているかもしれない。


 明るい取調室の中、生ぬるい空気に違和感を覚えながらも僕は思考を巡らせる。

 ただ、日妖は彼女たちを調べていて、吸血鬼(ヴァンパイア)であることは知っている。

 恐らく依頼を受け、対価に吸血をしていたことも知っているだろう。


 隣に座る冥さんと、一つ奥に座る曲夜さんに視線を向けるがちらりとこちらを見て、すぐに視線を戻していた。

 聴取が始まったら喋るな、とでも脅されているのだろうか。


「早く答えなさい」

「依頼をしました」

「それはどういう依頼だね」


 溝口さんの口調は鋭い。

 お父さんと話していた時や、僕が小さかった頃とは違う。

 エレインコーポに彼女たちが潜入していたことも知っていたようだから、エレインコーポは絡めなければいけない。

 どう嘘をつくか……真剣に社会経験がなさすぎてわからない。


 エクソテックス社を絡めてもいいのだろうか、後で社長が日妖に捕まれば後ろ盾を失う。

 後ろ盾を失い戦う理由がなくなるならそれでもいいが、その裏に財団がいるわけだから、社長を売るのはまずいか。


 個人的な動機、社員食堂の食品調査……それだと吸血鬼(ヴァンパイア)に頼む意味がない。

 もっと個人的な動機のほうがいいだろうか。


 そうしよう。


「僕の片思いする女性がいる会社に潜入してもらい、その情報を調べてもらっていました」


 出来るだけ理路整然と、感情を廃して言葉を吐き出す。

 しかし溝口さんのおでこに皺が寄った。

 そりゃ冥さんと曲夜さんの供述とは合わないだろうから、そうだろう。


「吸血鬼たちとの話と違う、どちらかが嘘をついていることになる」

吸血鬼(ヴァンパイア)たちはなんと?」

「そもそも依頼などされていない、依頼なんてものは請け負っていないと。働ける会社探しのために、いくつもの会社を出入りしていて、君たちは肝試しで訪ねてきた失礼な客だと……言っていただろ?」


 溝口さんは冥さんと曲夜さんを睨み、そう問う。

 悪手だったな二人……日妖はそこまで甘くない。家の内部の会話までは知らない可能性もあるが、依頼を受けていることくらいは下調べする。

 まずい状況だ。


「しかし、僕の話であったとしても危険度は少ないでしょう。問題ないと思いますけど」

「じゃあ長内くんと一緒に居た少年はなんなんだ、その話だと無関係だろう! わざわざ連れていった理由はなんだ!」


 大和さんも写真に写っていたから、当然存在は知っているだろう。

 ここが問題点なのは間違いない。


「彼とは個人的な友人です、彼の送迎途中で気分が悪くなったので彼女たちの家に立ち寄って休ませてもらったんです。依頼はそれ以前に契約したものだったので、なので家も知っていました」


 おかしくはないはずだ、僕はあの日寝ぼけ眼の侵食で吐いたり泣き崩れたりしていた。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の家に行ったのはその一度切りで、その写真を撮られている。

 ならば日妖は僕の状況も知っているはずだ。


「なので依頼と彼とは無関係です」

「随分ペラペラと口がまわるもんだ、感心だな」


 だったら嘘をついているというのか、ペラペラ回るから?

 真実を喋っていてもペラペラ回るだろ、関係ない。

 呑まれるな、まだ大丈夫だ。


「たしかにあの日の長内くんの体調不良は報告に上がっている。上手い嘘をついたもんだね、真実を織り交ぜながら嘘をつく、詐欺の常套手段だ」


 否定はできない。

 彼の言い分が真実で、僕は嘘をついていてそれも意識している。

 しかしネットの通説でもあるから、詐欺師の手口とまでは現代では言えない。

 これは挑発だ。


 嘘をつくたびに体が重くなる、ソファーに縛り付けられているような感覚に陥る。


「いいえ、本当で」

「吸血鬼たちと話が食い違うのに、君の言い分だけを信じろというのか! その根拠はなんだ!」


 言葉を遮られ、怒鳴り声が爆発する。

 テーブルとソファーと監視カメラだけの白い部屋で、声が反響していた。


「ぼ、僕が嘘をついていない根拠はあります」

「言ってみなさい」

「僕は罪を受け入れています、どんな罰でも受けます。ヤクザに崩術を使いました、ヤクザを攫ったのも僕です。ヤクザに関しては彼女たちは関係ありませんし、依頼に関してはあの日同行した友人は関係ありません! そして彼女たちは危険ではありません!」


 僕がここで終わってしまっても、大和さんはお兄さんを探すという目的がある。

 その目的に冥さんと曲夜さんは必要だ。

 僕は僕以外の全員を救わなければならない。

 嘘をついてでも。


 溝口さんは前のめりになった体を直し、リラックスしたように背もたれに体を預ける

 ため息をつきながら、その表情も瞳も冷たく輝きを失った。

 まるで興味がなくなったような、怒りが呆れに変わったような、そんな表情。


「まだ長内くんはヒーローごっこがしたいのか、車内の会話でまるで反省していなかったんだね」

「違います、嘘じゃありません……! 僕は自分の罪を認めているんです、嘘をつく意味がない!」


 彼は冷たい表情のまま、僕の後ろに視線を投げた。


「後ろの君、君は監視が出来れば何一つ手出しをしないと誓った、そうだったねえ?」


 後ろに立つテンスさんに溝口さんは確認を行う。

 話は済んでないのに、なにも解決していないのに。

 なんだって言うんだ。


「はい、たしかにそう言いました」

「ならば腰の剣を置き、その黒衣も脱ぎ、顔を見せてここに宣誓しなさい」

「できません、天命中はこの姿でと決めております。神誓剣(しんせいけん)も同様です。手出しをしないことと神誓仮面(しんせいかめん)神誓衣(しんせいい)を外すことは別の問題です」

「なら拘束具はつけてもらう、それが監視を続ける唯一の条件だ」


 一体、なにをするつもりなんだ……?


「わかりました」


 テンスさんはそう答える。

 その瞬間に扉が開き、男が入ってきた。

 大きな石が乗せられた、漆で塗った三宝のような器を抱えている。

 それをテーブルの上に置いて、無表情のまま部屋を出ていく。


 この大きな石が拘束具だというのだろうか。

 たしかにその石には二つの穴が空いている、ちょうど腕を通せるくらいの。


「これは殺生石(せっしょうせき)だ、これに腕を通しなさい」


 これが殺生石?

 そもそも一個しかないもので、栃木県にあるはずだ。

 伝説の妖怪の一匹、玉藻前(たまものまえ)という九尾の狐が石へ変わり果てたもの。

 それが本当なら、これは近寄るだけで死に至る毒を出す物のはずだ。

 危険すぎる。


「い、命を脅かすものじゃないでしょうね!? 死んだら監視もなにもないでしょう!?」

「九尾の狐は何匹もいるし殺生石も何個もあるものだ、そしてこれを身に着けても死にはしない。伝承は伝承だ、君は黙っていなさい」


 冷たい目線のまま、事務作業のように彼は語る。

 テンスさんは近寄ったかと思うと、なんの躊躇もなく穴に腕を通した。

 その瞬間、岩が軟体であるかのようにうねり、テンスさんの両腕全体を覆った。


「なるほど、開力を封じるものですか。この世界にはこういったものがあるのですね」

「……それじゃあ長内くん、ついてきなさい」


 溝口さんは無視して立ち上がる。


「いい加減にしなよ、そんなことしてなにになるのさ」

「尋問が始まったら喋るなと言ったはずだ、死にたいのか?」


 冥さんがようやく口を開いたかと思えば、溝口さんがすぐに返答した。

 その言葉にもう人間的な温かみは感じない。

 睨む冥さんと曲夜さんを尻目に溝口さんは背を向け、なんでもないように歩き始める。


「約束してください、彼女たちは解放して僕の友人にも手を出さないと」

「約束? 取引だとでも思っているのかね? これは法的な執行だよ」

「喋れば殺すというのが法ですか、さっき説いていた大義はなんなんですか!」


 その口で、そんな脅しをしながら僕にお父さんの話をしていたのか。

 お父さんを引き合いに出したのか。


「法が倫理を作る、そして法とは条文に従い粛々と執行されるべきもの。我々日本妖怪対策局には国が定めた独自の法があり、それを守るのが義務だ」


 こいつにはなにを言っても通じない。

 一瞬でそう確信できた。

 もはやこれは法の信仰に近い。


 だが……間違っていると断言できるわけではない。

 人は、倫理だろうが大義だろうが間違ったことだろうが、信じるものがなくてはならない。

 信じるものの共通認識が秩序となる。

 それは、抗いようもない事実だとどうしても思ってしまう。


 逆らうわけにもいかず、僕は後をついていく。

 扉から出ると、二人の男が待機していた。

 男たちはテンスさんと一緒に、閑散とした通路をただ歩く。


「長内くん、俺はとても後悔しているんだ。礼司さんが死んでしまったのは俺のせいだってね」

「は……?」

「胸が張り裂ける思いだったよ。礼司さんを救出しろという指令に足が竦んで動けなくなって……俺は礼司さんを見殺しにしたんだ……」


 ち、違う。

 嘘をついている。

 僕をハメようとしている。

 お父さんは外出した時に老衰で亡くなった、そう言ってたではないか。


「法を、倫理を守っていたら当然俺は助けられたはずなんだよ」

「出鱈目を言わないでください……さすがに許せません……!」

「長内くんにはそうなってほしくない、法を破る人間は……一生後悔するんだよ」


 ──……。

 僕は頭が真っ白になっていた。

 気づけば溝口さんに馬乗りになって、拳を振り下ろそうとしていた。

 後ろにいた男たちに取り押さえられ、動いてもないのに僕は息切れをしている。


「うぅ! あぁぁっ!」


 叫びながら拳を振るおうとするが、振り解けない。

 崩力を、僕のものではない崩力を注ぎ込まれている……自分の腕が自分のものではないような錯覚に陥る。

 自然と腕に流れていた視線を戻すと、もう溝口さんは這い出ていた。

 かと思うと突然地面が迫る。


 後頭部を抑えられ、地面に叩きつけられていた。

 不思議と痛みはなかった、鼻が歪んで唇が歯に食い込んだ感覚だけがある。

 ポタポタと、真っ赤な血が滴り落ちる。


 これが、罰か。

 心を掻き毟るような法螺話を聞かされ。

 許せない相手を殴ることも出来ず。

 そうして最後は、死ぬんだ。


「君もあの場にいたんだ、いつかわかってくれると信じてる」


 耳の奥底で何度も反響した。


 急激に痛みが湧いてでる、鼻の奥底が折り曲げられ続けるような痛みが何度も連続して襲ってくる。

 呼応するように脳の中心もまた痛んだ、中心部を無理やり引っ張り出されようとするような痛みで。

 違う、嘘だ、思い出すことなんてなにもない。


 そして俯いたまま、引きずり回された。

 立ち上がらせたと思うと、椅子に座らされる。


 思考が飛んでいる間に、テーブルにある錆び始めた鉄の輪に腕を固定されていた。

 手先には小さな万力のようなものがくっついていた。

 溝口さんの姿ない、男二人と奥にテンスさんだけだ。


 男の一人がキリキリと金属の擦れる音を鳴らしながら持ち手を回し始め、人差し指に圧力がかかった。

 今からなにをされるか、想像がついてしまった。


 背筋が粟立ったかと思うと、そこを起点に全身にねばついたなにかが這い広がるような悪寒が走った。


「ぼ、僕は嘘をついてません! やめてっ、やめてください! 嫌だ、嘘じゃないんです!」


 無情にも、音は止まらなかった。

 しかし、別の音に突き破られる。


 プラスチックを潰したような軽い音が指の内部から聞こえた。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ! ふぅっ!」


 歯の隙間を通り抜ける呼吸。

 震える歯、涙ぐむ目。

 意識が途絶えてしまいそうな、例えようもない痛みが脳に届いた。


 すぐに手を掴まれ、中指に小型万力が触れる。


「おね、お願いします、僕は嘘をついてない! 本当のことを言っているんです!」


 顔を上げて懇願するが、取っ手を回し始めた男は自分が痛がっているような表情を浮かべていた。

 普通じゃない、これはおか──。


「うぅっぁあああああああ!」


 頭の中が真っ赤に。


 潰れる音。


 真っ暗だったのに、痛みで光がバチバチと輝く。

 気絶していた、まだ続いている、いつまで続くんだ。


「……僕は、本当のことを……言ってるんです……彼女たちと友達は……」


 また一つ、指が潰れていく感覚。

 痛みでどうにかなってしまいそうだ。


「残りは明日にしましょう」

「俺も、もう見てらんないです」


 鼻水と涙交じりに顔を上げると、男たちは居なかった。

 残っているのはテンスさんただ一人。

 明日、明日も……?

 どうすればいい、違う、罪を償うんだ。


 僕は居ちゃいけなかったんだ。

 僕は消えてしまえばよかったんだ。


「ぁあ……」


 助けて。消えたい。

 そう願っても、寝ぼけ眼は起きてくれない。

 震える手からは血がしたたり落ちていて、目を背けてしまって、見れもしない。


 僕はなぜこんなところに居るんだ。


 ああ、罪を償うためだった。


「──やはり人は醜い」


 テンスさんはそう言った。

 なんの抑揚もない声で。

 当たり前のことを当たり前に言うみたいに。


 これが罰だ。

 罰らしいじゃないか。


 僕は醜い。

 自分でも直視したくないほどに。

 痛みがそう言う、感覚が失われているのに痛みだけがある……この醜く潰れた指がそう言う。


「オサナイ様、共に逃げましょう」


 彼はさらに罰を与えようとする。

 甘言で僕をさらに貶めようと。


「わたくしは教会に居た頃、このような拷問を目にすることもありました」


 意識を失いたいのに、痛みのせいで失えない。


「わたくしは無知だったのです、それは当たり前のことかと今日この日まで思っておりました」


 彼はなにを言っているんだろう。

 言葉が、うまく捉えられない。


「拷問され、痛めつけられた人をもう一度拷問するためにわたくしは力を貸していました」


 ああそうか。

 彼は天術で僕の指を治して、また潰してもらおうって言ってるのか。


「わたくしも醜い人の一人だったのです」


 僕は笑う。

 僕を笑う。


 自分の笑い声で僕が笑っていることに気づいた。

 限界だ。

 彼の甘言に従って、もう逃げてしまおう。


 もう疲れた。

 戦いに怯える日々にも、考え続ける日々にも、罰を受けなければならない現状にも。

 もういいだろう、もうこの痛みから解放されたい。


「テンスさん……醜い僕を、殺してください」


 僕はそう祈った。

 心から祈った、神様にお願いするみたいに。

 すると彼はいとも簡単に殺生石を砕き、僕の横へ立った。


 慈悲深い天使は、光だけの翼を広げる。

 寝ぼけ眼の慈悲深さとは、感じるものが違った気がした。


 醜い僕はようやく終わる。

 間違っていた僕はようやく終わる。

 そうして正しくなった僕になるわけではない。

 間違っていることしかなかった僕は全てが終わる。


 彼は眩い光の翼をはためかせ、僕へ近づいた。

 優しく、包み込むような抱擁。


 体中の痛みが引いた、天術だ。


 今僕は赦される、痛みなき終わりへと。


「人はみな一様に醜い、神託者となり教会を出てわたくしはまず始めに思いました」


 暖かな抱擁と光に僕は包まれる。

 天国へ誘われるように。

 これで、お父さんに謝れる。


「あなた様は自分自身との向き合い方もわからないほどに、子供のようにずるくて、優しくて、曲がってて、素直で、人らしく穢れながらも、無垢なお人です」


 最後の最期に僕は肯定された。

 救済だ、この安らかな気持ちを抱いたままテンスさんは僕を殺してくれるんだ。


「死んではなりません、オサナイ様。人は醜いだけじゃない、そう思わせてくれたあなた様に死んでほしくありません……」


 その柔らかな言葉は耳の中で雪のように蕩けた。

 ようやく僕は彼の言いたいことが理解できた。


 本気で、言ってるんだ。

 死んでほしくない、ただそれだけが言いたいんだ。

 意外だ、ロボットのように感情を感じなかった彼からそう言われるのは。

 神託者っていうのは冷徹な天命遂行マシンかと思っていた。


 僕は拘束された手を強く握る。


 でもそれは、救いじゃないんだ。


「それでも、死にたいんです……疲れたんです。戦っても戦っても終わりが見えなくて、正しいか間違っているかもわからなくて、間違えたいと思ってしまって……こんな命はただの呪いです」


 どうせ生きていても慈悲深い寝ぼけ眼から逃げられる気がしない。

 逃げるには、ぞの慈悲深さとは逆の……非道な行為をしなくては決別できない気がしている。

 どの道を選んでも僕は正しい道なんていけないんだ。


 だが死んでほしくないと言っている人に殺してもらうというのは、かわいそうだ。

 僕を殺すなら、殺したい人間がやればいい。

 テンスさんにやらせるというのは、違う。

 僕を肯定し、死んでほしくないと願ってくれた彼にやらせるのは違う。


 僕はテンスさんに感謝している。


「嫌です、死んでほしくありません。それに先ほどの女性たちやオオエド様はどうするのですか」


 ああ、そうか。

 そうだ、このまま強情に嘘をつき通し死んだとしても、彼らが無事に繋がるわけではない。


 罪人は、罪人らしく醜く藻掻いて罰されるべきか。

 僕の口元は、チェシャ猫のように裂けることもなく。


 ただ、時が止まったように。

 動くことはなかった。

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