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第二節 キスしておくれよ

 頭に美少女のキスが降ってくる。

 唇にしておくれよ~、と頼むが様々な美少女が後頭部にキスをして去っていく。


 割と幸せな夢を見ていたが、あまりの鈍痛に目が覚めた。


「……?」


 高級そうな車内、助手席にはチラリと見えるイケてるオジさんの顔。

 その表情は次にも、非常にまずいとでも言いだしそうな雰囲気を醸し出していた。

 運転手の顔は見えない。


 依然、僕の頭は揺れている。後頭部へのキスではなく車の揺れか? やけに痛い。

 僕は後部座席に寝て……少し上を見ると、少年──大江戸大和の顔があった。


「膝枕!? 貧乏ゆすり!?」

「てめぇ! 気色悪い真似させやがってよォ!」


 僕はどうやら大江戸さんの膝枕で眠っていて、貧乏ゆすりで頭にヒザ入れられていたらしい。

 白のシックな内装の、明らかに高級車に乗っている理由まではわからないが、僕は背筋を立て座る。


「ここは? 僕はどうしてここにいるんですか?」

「お前ンとこの社長が直々に迎えに来たんだとよぉ。ロボットと俺たちをな」


 僕んとこのシャチョウサン。社長……エクソテックス社の社長?

 一介のアルバイターに、送迎ってことか……?


 社長であろう助手席の人物は、どこか焦った表情を浮かべながら車外の田んぼを眺めていた。

 辺りはすっかり暗くなっており、街灯には明かりが灯っている。

 その日常的な風景に助かった、生き延びた、その感情が真っ先に沸いた。

 安堵、体から力が抜ける。


「君、名前はたしかモニターの……長内王雅くん。そして通りすがった学生の大江戸大和くんだったね?」


 サイドミラーから見える社長の顔は引き締まり、いつの間にか目が合っていた。


「あァ。さっきも言っただろうがよォ?」

「はい……」


 僕は察した。

 きっとアレの弁償の話だ。ヤバいな、次は法的に殺される。

 あんだけのパワードスーツだ、きっと数百万じゃすまない。

 数千万……父の残した遺産で払いきれるだろうか?

 僕はそもそもニューハイスペックパソコンという嗜好品だけを働いた金で賄おうとしていた。


 光熱費や食費などの生活費は父の遺産頼り──僕の築いた完璧な計画、亡き父の遺産だけで生きちゃおう計画が破綻する……!


「このような事態に巻き込んでしまって、本当にすまない。君たちは命がけで我が社の技術が出す危険を未然に防いでくれた……我が社を救ってくれた恩人だ」


 ふぇ。と声が漏れてしまった。

 そ、そうだよな? 単なるバイトがあれを死ぬ気で留めたんだ。

 栄誉さ!

 当たり前のことだ! 僕は被害者だ!


「あァ。この小便タレはお前ンとこのバイトだからまだいいが、俺は無関係の学生だぜ? あんなロボットに怪我させられたんだ。説明くらいはしてもらうからなァ!?」


 広い車内が揺れる、車体ごと揺れる。彼の貧乏ゆすりで。

 あのパワードスーツに殴り勝てる奴が人間殴ったら死んじゃうよ。


 口には出さないが、僕はサイドミラーから目を離さず冷や汗を流す。


「ああ、説明する義務がある。あれは──我が社の医療用パワードスーツだった」


 大江戸さんは自然とロボットと表現したが、あれはやはりパワードスーツだったのか。

 パワードスーツということは……。


「中の、人間は……?」

「無論、亡くなっている」


 そうだろう、あんな逆関節に曲げられながら猛スピードで走ってる時点で、中の人間が操縦していた可能性は無い。

 中身が死んだまま動いていたか、僕たちが殺したかのどちらかだ。


「その、僕たちが……?」

「それは生体情報モニタリングを確認しなければわからないが、恐らく脱走時点で亡くなっていただろう。あのパワードスーツは脱走時、上体を三百六十度回転した後に逃走していたそうだ」

「そう、ですか」


  ……安心、していい場面なのだろうか。

 現実感がない話でよくわからない。

 バツが悪くなり、大江戸さんの顔を覗くが彼の表情は苛立ったままだった。

 僕はどう反応していいかわからない。

 僕たちが殺したわけではないが、人が死んでいる。

 どう受け止めればいいんだ……?


「そしてその原因になったのは、我が社のAIだ」


 しかし、社長は僕の葛藤に答えを出すことなく続けた。

 AI、人工知能。

 そんなものと戦っていたのか?


「AIだァ? あんな攻撃的なAIが医療用か? それに医療にあんなパワーが必要なのか? お前の言葉は信じられねぇ!」


 なんの音楽もかかってない車内では、大江戸さんの大声は威圧感そのものであった。

 本当に学生なのだろうか、肝が据わりすぎている。

 正直酔っ払いのジジィのほうが似合ってる。

 だが、彼の言い分は正しいように思える。


「ああ、そう思うのは無理はない。だがあれは医療用パワードスーツで間違いない、体を自由に動かせない人たちの為に開発されたものだ。しかしAIは違う……」


 その発言は、続くにつれて小さくそして鋭くなっていく。

 低い声で、苦虫を噛み潰した表情のままに。


「あれは、搭載されたAIは軍事用だ。我が社の開発者がテストしていたもので、社内コンペに敗れた研究者が成果を見せようと愚行した結果だ。パワードスーツはあくまで医療用だが、軍用のアーキタイプでもある。これが真相だ」


 僕は映画の話を聞いているのだろうか。

 洋画の話だろうか、それともアメコミか。

 日本の一企業が軍事開発に携わっていて、内容がパワードスーツ。

 ヘリでも戦闘機でも銃でもなくパワードスーツ……果たしてあり得るのか?


「そこまで語るってこたァ、俺たちは目撃者だから始末でもされんのか?」


 大江戸さんのその言葉に僕は腰が砕けた。

 ヤバい、肝座りすぎだろ……僕死にたくないんだけど。


「いや、そうじゃない。君は会紡機(えぼうき)を知っているか?」

「社長、そこまで……」


 運転手が初めて喋り、社長を制止する。が、社長はその語りを止めるつもりはないようだった。


「それを手にすれば、どんな者にだって会える。そう願うだけで会える魔法の代物さ」


 なにを語るかと思えば、完全に振り切った内容になってしまった。


「んぁ? それは僕だけの、どスケベご奉仕メイドとかですか?」


 僕はもう、そのテンション感に合わせるしかないのであった。

 しかしこの社長、頭おかしいですわ。完全にイっちゃってる。

 釣られて僕も頓珍漢な質問をしてしまったが。


 ……まずい、ここはどの辺だ?

 風景は田んぼが続いていてわからない、田舎ってのはこれだから……見分けができない、お家に帰りたい。

 多分こいつは社長ですらない、頭がおかしい人だ。


「なに言ってんだこいつァ……?」


 大江戸さん、社長に対してだよねそれは? 同意だよ、それ以上なにも言いようがないもの。

 しかし、この高級車。よく見ると白い生地にモダンな雰囲気のみならず、金の装飾や木目調の細工もある。

 広々としていて、食事もできそうだ。

 スーツを着た運転手もついている、社長の服装もよく見ればいかにも社長ですって風体だ。


 単なる狂人が、これほどの環境に身を置けるだろうか? 演出しようとして、出来るだろうか?


「しかしそれは重要ではない。君たちにとってはね。問題はパワードスーツの搭乗者がその会紡機を巡る戦いである──会紡機戦に参加する資格を有していたこと」


 それに、と社長は続ける。


「パワードスーツの暴走によって、資格が移動したこと。最終的に恐らくは君たち二人のどちらか、あるいは両方に資格が引き継がれたということだ」


 ……言っている内容はおかしくはない、のかもしれない。

 映画っぽいSF設定に加えてファンタジックだから頭がおかしく見えるだけで、もし本当に会紡機なるものが存在しているとしたら……全て、辻褄が合ってしまう……はずだ。


 軍事利用しようとしていたAI、これが会紡機戦なるものを勝ち抜くための技術だとしたら。

 そのために医療から軍事に転身していた過去があったら。

 AIが暴走し、僕たちは打ち倒した、それで資格が移動したとしたら……僕たちはもう、とんでもないスケールの話に巻き込まれている。


 でも正直、うっそだー! こいつ頭がおかしいだけだやい! と思ってしまう僕と、そういうことがあってもおかしくないと感じ始めている僕がいる。

 僕の超常武術である崩術とて、世間一般からすればファンタジーだろう。

 凄腕の崩術師なら光る手で触れるだけで人間をドロドロに溶かせるんだもん、理屈もわからないし。


「で、あんたの駒として動いてほしいって事か?」

「言い方は悪いがそうなる、無論、会紡機戦に勝ち残れた暁には望むものはなんでも差し出そう」


 しかし大江戸さんにとっては状況は異なるはずだ。彼のフィジカルはイカれているが、それでも現実の範囲内で魔法みたいなものは使っていなかった。

 よく一ミリでも信じてみようとなるな、その姿勢には目を見張るものがある。


「金、女、現実的に手に入るものはなんでもだ」


 社長は続けた。

 ……金、女。


「金、女ですか? ……金、女? 金と、女ですか?」

「……ああ、そうだが……なぜ繰り返す?」

「金、女……女はどんな女の子ですか?」


 社長は言い淀み、サイドミラー越しに奇異の視線を僕へと向ける。


「そりゃ……美しく奥ゆかしい女性だ」

「……う~ん、悪くはないですけどステレオタイプですね……」


 ダイバーシティの世俗から浮いた価値観をお持ちのようだ。

 しかし、それもまた良いと言えるのがこの僕さ。


「本当にそんな女性が僕を好きになりますかね? 会紡機戦? とやらに勝ったというだけで」


 僕は当然の疑問を発したつもりだったが、なぜだか大江戸さんの平手が顔面にベシンと当たる。

 火傷に似た痛みで涙が溢れる。


 大江戸さんは少し考えたように口元を覆った後、身を乗り出て大口を開けた。


「ンなのはどうでもいいんだよォ! ……会紡機を俺が使うってんじゃダメなのか?」

「それはもちろん認可できない。しかし、君が会いたい人物くらいなら我が社の力を持ってすれば簡単に探せると思うが?」


 社長のその答えに大江戸さんは黙りこくる。

 僕はその女性について深堀したいけど、空気がそれを許さない。ふざけてるわけじゃないのに。


「ここが君の家だったね?」


 ビジネスモード……いきなり明るく問う社長の口調に違和感を覚えながらも、確認すると確かに僕の家の前だったので頷いて返す。


「二人でよく考えて結論を出してほしい、勿論相談はいつでも受け付けるよ」

「ンじゃァ俺は今日、小便タレの家に寄ってくわァ」


 え。


「そうかい、じゃあどういう結論になってもいいから必ず伝えてほしい」


 とんとん拍子で話が進みすぎて、頭が混乱してきた。


 よし、ここは一旦流そう。

 整理、整理。

 僕はテスターとして応募した。

 パワードスーツが暴走した。

 大江戸さんと撃破した。

 社長の車で迎えられた。

 ……そして会紡機戦。これはまぁ、武術トーナメントだろう。


 そして勝ち抜いたら運命の超絶美少女と僕は恋に落ちるらしい! 間違いなく!


 割と単純な話だ。やるかやらないかの話である。

 要するに豪華景品のバトルロイヤルトーナメントに参加しますか? と問われているだけだ。


 ここまで整理しながら僕は無意識に風呂に入って着替えて居間に座っていた。

 大江戸さんが僕を睨んでいる。


「え、なんでいるんでしたっけ?」

「あぁ!? 二人で決めろって言われたからだろォが!」


 ……。

 そうだったけども。


「そもそもあなたはなぜ、悩んでいるんですか?」

「……」


 彼は答えない。机に肘をついて、なにか深く考えているような素振りしか見せない。


「……あの」

「探してる人がいンだよ。警察が見つけてくれねーから、本気で探してくれる話は美味しいンだ」


 なんか切実だが……家族とかだろうか?


「俺も逆に聞きたいんだけどよ、あの崩衝(ほうしょう)っての? なんなんだよ?」

「古の中国武術ですが?」

「……手ぇ、緑色に光ってたけど?」


 そりゃあ光るだろう、古の中国武術だし! 崩力っていう立派な神秘パワーだし!


「ンでお前は、なんでそんな武術を……いやいいか、で、お前はやる気あンのか?」


 そう聞かれると、僕は黙らざるを得ない。

 正直パソコンを買えれば満足だが、ここまで詳細を聞いてやりませんで済ませてくれるだろうか。あの社長が。


「断ったら殺されません?」

「俺ァ負けねぇよ」


 そういう話か?


「知ってっか小便タレ? 日本で銃を持つのはな、違法なンだよ! 俺ァ銃以外には負ける気がしねぇ。いくら軍用兵器を製造してるからって、銃の所持なんてして誰が得すんだ? 毎日人殺すか? そして企業ぐるみの違法行為に対してマスコミや日本国家機関はそこまでバカタレじゃねぇンだよ」


 な、なんか意外と頭いいのか……?


「持てたとして、質の悪りぃロシア製ばっかさ。精々口径は九×十八ミリくらいで九十五グレインのFMJ弾で三百十九メートル毎秒。俺なら余裕で避けれら!」


 よくわからないけど、彼は銃弾を避けられると豪語しているのだろうか。

 頭悪いのか?


「つまり断っても安全だと?」

「オメェは殺されるんじゃねぇの?」

「あかんじゃないですか!」


 いや待て。

 一旦社長の誘いに乗って、いざとなれば彼と共に逃げる……エクソテックス社は恐らく、軍用パワードスーツも作れるはずだ。それに身を包んだクゥールな僕。

 いざとなれば自称銃弾避けができる彼の影に隠れ、そのマシンスペックで逃亡。


 行けるんじゃないのだろうか。


 ククッと笑うと、僕の口元はチェシャ猫のように裂けていくのであった。

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