第十八節 迫る脅威
異世界人との同居三日目。
昨日の夜はとても残念だった。
一千万円も臨時収入が入ったのだから、反応が見たくてお寿司の出前を頼んだが。
テンスさんの反応はとても簡素なものだった、趣のある味です、とそれだけだ。
もっとガツンと来る味のほうが驚くだろうか? テリヤキバーガーとか。
僕は購入したばかりの模造刀等を車に詰め込んで帰路を走らせる。
野良猫や野良狐用の餌をなぜだか買わされたが。
車、走らないほど壊れてなくてよかったが、フロント面はかなりへこんでいた。
車検は通らないだろうな……来月辺りに車を買おうか。
スーパーカーとか買っちゃおうかな! さすがにお金足りないかな。
「オサナイ様、一つ質問してもよいでしょうか」
わざわざこんなところまでついてきて、助手席に座るテンスさんがいきなり問いかけてきた。
雪目対策で掛けたオーバーグラス越しに彼は見づらい。
「はい?」
「この世界は車が発達していて、馬で移動する方はいないのですよね?」
うーん。
馬車サービスとかはあるかもしれないが、それで移動したがる人はいないだろう。
砂漠地帯だとラクダで移動する文化は未だにあるかもしれないが。
「ほぼいないですね」
「それでは、馬はなにをしているのですか?」
「競馬……ですかね。馬に乗って競争するんです」
「そうなのですね」
それか野生を生きているのではないだろうか。
やはり異世界は馬移動が主流だから、たしかに疑問に思うだろう。
僕だって車がある世界で馬移動が主流だったら、車なにに使ってんの? と考える。
ただ与えるだけではだめだ、こちらも情報を引き出そう。
例えば、なにが良いだろうか。
異世界がどんな世界かはそこまで有益な情報ではない。
だが神託者がいかなる組織かは知っておいてもよいだろう。
「テンスさんは生まれつき神託者だったんですか?」
「いえ、生まれてすぐに雷神教会に引き取られ、そこで暮らさせていただいておりました。ある日突然、雷神様より神託者に選ばれたのです」
教会ということは、孤児とかだったのだろうか。
思ったよりも壮絶な過去だ、しかしサクセスストーリーだな。
神託者の地位が高ければの話だが。
「神託者に選ばれた理由はわかるんですか?」
「神託者は通常、雷神様を守護する力を持つ者が選ばれます。どのような人格の持ち主であろうと、能力だけが指標です」
なるほどね、信仰心でなるわけじゃないんだ。
じゃあ少なくとも、総勢十人の神託者は異世界においてトップの力を持つ連中ってわけか。
崩術を見て、一度でやれて理解できるのはその為だろう。
「あなたの能力は回帰の力、でしたっけ?」
「天人種天翼族の天術が回帰の力です。崩術と同じようなものです」
「でも種族の固有術なのでしょう? 崩術はとくにそういう縛りはないと思いますけど」
「崩色が世界の色ですので誰でも使えるのです、この世界にいる限り影響を受けますので」
い、意味がわからん。
説明してくれるつったって、わけのわからん説明をされたら意味がない。
「もう少し詳しく教えてください」
「どこから説明すればいいでしょうか……そうですね、赤い水に白い布を浸したら赤くなりますよね。そういうことです」
まったく意味がわからなかった。
そこで、詳しく説明を求めた。
すると、車の中で授業が始まった。
生物は魂と精神と肉体からなる構造体で、それぞれを繋げている線のようなものがある。
魂から精神へ、精神から肉体へ、肉体から魂へ、という循環構造で繋がっている。
その線のことを命線と呼ぶ。
その接続線である命線を増やし、外界に接続し開くことで発現するのが開術。
崩術や天術の総称が開術であるということだ。
だから崩力や天力も総称は開力となる。
「じゃあ僕は、大枠で言えば開術を使っていたんですね?」
「そうなります」
細分化されたその先に崩術があるわけか。
ではなぜ崩術や天術は根本的に同じものなのに別れるのか。
そこで色が登場するらしい。
魂、精神、肉体はそれぞれの色がある場合もある。
そして世界には必ず色があるのだそうだ。
命線は血管であり、流れる血液である開力は根本的に無色だ。
世界の色で染めれば、世界由来の開術となる。
天翼族は翼という肉体の一部が独自色を持っており、それ用いて開力を染めることで天術として発現させている。
だから天術は肉体の天色なのだ、と。
崩術はこの世界の色が崩色だから、世界の色で染め上げることで崩色に染めている。
崩術は型によって命線を開き、崩色を取り込んで発現させるという相互関係。
白い布を世界という色のついた水に漬けているイメージ、ということなのだろう。
なんだかまるで物理学と宗教学を同時に説かれているようだ。
こんなの一発で理解できる奴なんているのか?
大和さんは出来そうだな、頭いいし。
「じゃあ伝送爆弾……和久陽葵さんの爆破能力も肉体色由来の力なのでは?」
「それとはまた別物となります」
まあ、神秘の理なんて合理的なほうがおかしいんだ。理解できなくたっていいだろう。
僕はそんな命線を意識したことはないし、染めている自覚もないが崩術は使える。
これはそこまで重要な情報ではないものの、頑張ってきた崩術の理屈が少しでもわかったのは少し嬉しい。
次会った時に大和さんに教えてあげよう。
「異世界では常識なんですかそれ?」
「いえ、ほとんど誰も知らないのではないでしょうか。わたくしも預言者様よりお聞きしたお話ですので」
「預言者さんはなんで知ってたんでしょうねぇ、神の言葉を聞く身だからですかね?」
「預言者様は幾兆年という時を生きておられる方ですので」
そ、それは嘘だろ?
僕より年下にしか見えなかったぞ、老婆じゃねぇか。
いや、老婆っていうか瑞々しい化石だろそりゃ、地球の歴史より長いじゃないか。
なんなのあの人……。
「よくそれで、精神を保てますね」
とは言ってみるが、大概彼女も人格破綻者か。
「わたくしもそうですが、先天的後天的関係なくそういった存在は時の体感の仕方が違うのです。わたくしも後天的にそうなったので、よくわかります」
めちゃくちゃスローで生きてたらその理屈はわかる。
百年くらい動かなかったりするレベルだったら、わかるさ。
僕らのように普通に動いて考えてたら、時間の体感に差なんで出来るのだろうか。
一秒は誰にとっても一秒だろ?
旅館に似たネズミ色の和風の大屋敷が見えた、あっという間に自宅だ。
人と喋っていると、運転時間が短く感じる。
ああ、こういうことか?
僕は両手に大荷物を持ち、テンスさんにも持たせ足で玄関を開けた。
「おかえりなさいませ」
一緒に外出して一緒に帰ってきたのに、彼はなぜだかそう言った。
なんだろう、胸の寂しいところにじわりと沁み込むこの感覚は。
気持ちが柔らかくなって、小さな小さな笑みが零れた。
「ただいまです、テンスさんもおかえりなさい」
「はい、ただいま帰りました」
照れくさくなって、思わず茶化してしまう。
だというのに彼は畏まって生真面目に答えた。
リビングに荷物をどさりと降ろし、ジャンパーを脱ぐ。
新しい模造刀の入ったダンボール箱を開けながら考える。
崩注のビジョンとしては、最終的にパワードスーツや銃火器に崩力を纏わせることだ。
とくに、パワードスーツ全体に纏わせることが出来れば、疑似的にお父さんのオリジナル崩術を再現できる。
昨日もずっと練習していたが、テンスさんのロジカルな説明でかなり体感的に理解できた。
完成する未来はそう遠くはないだろう。
逆に崩徐についての展望は明るくない。未だに自分の体に崩術を使うのは怖い。
結局一度も試せてすらいない。
「崩徐という自分の肉体のリミッターを崩壊させる術があるのですが、テンスさん出来そうですか?」
ダンボールを引きちぎりながら僕は聞く。
「なんとも言えませんが、崩術の特性を考えると危険ですね。いわゆる身体強化の術でしょうか?」
「そうです、そんな感じです」
「それですと獣術を使ったほうが早いかと思いますが」
ちょっと待って。
これ以上情報を詰められたら頭が弾けちゃう。
今日はもう限界だよ。
それでも命を守るためだ、聞くしかない。
「獣術は獣人種が生み出した術で、これに色は必要ありません。とても基礎的な開術です」
ほう……異世界のデフォルト身体強化技か。
もしかして、異世界の騎士の空間がオーラで揺らめいていたのはその術のせいか?
あの化け物みたいな体が手に入るのか? ゲノム強化剤に匹敵するほどの。
欲しい、その力が。
「オサナイ様は崩術の修行を相当頑張っていらっしゃりますよね、見ていればわかります」
「へ、いや、そうですかね?」
「はい、崩注がすぐに会得できたのも、今までの積み重ねあってこそだと感じ入りました。それでしたら獣術も覚えられると思います」
……。
はっきり言って、初めて褒められた。
お父さんが亡き後に崩術を学び始めて、非公認崩術師となった僕は崩術を褒めてくれる人なんていなかった。
テンスさん、この人は本来は敵だ。会紡機戦の参加者同士、いつか戦うかもしれない人だ。
それなのに、なぜこんなに僕は……。
喜んでいるというよりも、嬉しい気持ちだ。
やってきて良かった、ようやく認められた、という感情が心を埋める。
「……獣術、教えてくれますか?」
「もちろんです。先ほどお伝えした通り、人は魂と精神と肉体が命線で繋がっています。命線の中を流るる力が開力です」
血管と血液みたいなもんね。
僕は気持ちを抑えながら、説明に集中しようとする。
「命線を外に開けば開術が発動できますが、獣術は逆。魂と精神と肉体を繋ぐ命線を増やし開力の循環速度を上げるのです」
なるほど、言いたいことはわかる。
それで肉体が強化される理屈にはなっていないが。
例えるなら、チョコレートフォンデュの勢いを上げるだけだ。
循環速度を上げればより多くチョコがかかるから、とても美味しい! みたいなはずだ。
おそらく、たぶん。
「どう命線を増やして速度を上げればいいんですか?」
「まずは魂を感じてください」
急に抽象的になった。
崩術の最初期の修行と同じか?
ただずぅぅっと瞑想し無我の境地に至っただけだが、あれが説明通りだと命線を増やして外界に接続する行為だったはずだ。
無我の境地に至り、情報ではなく感覚で自分と世界を切り分けるのがあの修行だ。
なら、自分を感じ続ければいいのだろうか。
僕は胡坐をかいて座り、目を瞑る。
息、呼吸、鼻腔を撫でる空気、それだけを感じる。
ひたすらに思考を追い出す。
まずはそこからだ。
………………。
…………。
……。
世界が自分一人になる。
世界を追い出す。
僕の中に、潜っていく。
暗闇の奥底で、瞑った眼が見える。
僕の奥底に、寝ぼけ眼が眠っている。
恐ろしい、見ていたくない。
今にも起き出してしまいそうな、その眼。
「大丈夫でしょうか? 顔色が悪いですが」
「……っはぁ! はぁ、はぁ……」
胸が苦しい、無理だ。
外を感じて自分を確認するのと、自分の奥底に沈むのではまったく違う。
寝ぼけ眼に恐れる限り、二度としたくないと思ってしまう。
「命線を増やさずには、無理ですか?」
「出来なくはないかと」
その言葉に僕は希望を持った。
彼が出来るといったことは、なんだか出来る気がしてくる。
命線を内部に増やすのは僕には無理だが、寝ぼけ眼に触れなくていいならやりようがある。
「それでは循環の加速についてですが、崩術を使うときに腕の芯からなる崩力の流れは感じられますか?」
「うーん……ちょっとはわかります」
「外に繋がる命線を塞ぐ感覚です」
まずは崩力を無意味に流そうとしてみる。
掌から力が流れ落ちているのがわかる、これを閉じて元あった場所に戻すようなイメージで。
……中々難しいが、出来なくはなさそうだ。
これをもっと、崩力もとい開力を大量に流し込む感覚で。
循環を続けていると、腕の奥で小さな輪の中をグルグルと巡っている感覚が。
更にそれが別のところにも流れている感覚が生まれる。
体全体に複雑な経路の流れを感じ始め、それが心に繋がったような感覚があった。
さらにその心の奥深くへ流れる、先ほど見た僕の奥底へ。
物凄い勢いで、僕が馴染んでいく……砕け散った僕が一つに纏まるような。
気づけば、不思議な感触に陥る。
力が漲り、体が大きくなったような重量感。
相反してふわりと浮くような、体の軽さ。
視界に映る腕からは、色のない湯気のようなものが出ていた。
それは陽炎のように空間が揺らめかせる。
異世界の騎士の時と、同じだ。
「で、出来てます?」
「とてもお上手です」
獣術の身体強化を試してみたい。
立ち上がるだけで分かる体の力強さに震えると同時に耳まで震えた。
ドアベルが鳴っている、大和さんか?
いやまだ十二時も回っていない、学校に居るはずだ。
じゃあエクソテックス社のパワードスーツ調整とかか? これも連絡は来てなかったから違うような気もする。
玄関まで足取り軽く移動し、扉を開ける。
循環加速を止めたからか、獣術は切れていた。
「久しぶりだなぁ、長内くん! 大きくなったねぇ」
その顔には、見覚えがあった。
黒いスーツを着た初老の男性だ、一瞬反社かと思ったが。
名前はたしか、溝口さんだったか。
スーツ見ると反社に見えてしまうのは、僕も相当毒されているな。
「溝口さん? お久しぶりです」
「礼司さんが亡くなって以来かねぇ、直接会うのは」
彼は日本妖怪対策局の人間だ。
よくお父さんに会いにうちに来て、お父さんの死を知らせてくれた人でもある。
電話ではその後も何度かやり取りをしたが、こうして会うのは中学生以来だ。
「そうですね、今日はどうなさったんです? お父さんの命日はもう過ぎましたけど」
「今日は君に用があったんだよ……ところで、その後ろの人は……妖怪じゃないよね?」
嬉しそうにしていた顔がいきなり怪訝へと移ろい変わる。
テンスさんはめちゃくちゃ怪しいからな。
「同居人です、訳あってこういう恰好をしていまして」
「へぇ、ルームシェアかあ。長内くんも頑張ってるねえ」
彼はテンスさんに会釈しながら軽口を叩く。
昔からこういう人だったな、懐かしいなぁ。
よくどこで買ってきたのかもわからない、珍しいお菓子とかくれたんだよな。
「さて、雑談はこの辺にして……ちょっと二人で話そうか」
なんだろう。
僕は靴を履いて、テンスさんを残し扉を閉める。
「長内くん、これは君だね?」
彼の表情がどこか変わった、真面目な目つきでなんだか圧力がある。
おもむろに懐から二枚の紙を取り出し、僕へ渡してきた。
どちらも僕と大和さんが映っていた。
暗くてよくわからないが、吸血鬼邸……冥と曲夜さんの家に行った時か?
雰囲気がそんな感じだが、ひょっとしてこれはヤバいだろうか。
「最近吸血鬼の活動が看過できなくてね、一般企業にも忍び込んでなにやらやっているんだ」
……大和さんの依頼の件か。
「君はどうやら吸血鬼と親交があるようだね。正直に答えてごらん、中でどんなやり取りをしたんだい?」
「それは、その……」
「まさかとは思うが、取引なんかしちゃいないよね?」
まずいな、これは……どうする、確信はあるのか? 誤魔化すか?
「彼女らねえ、かなりの数の人間を攫っちまったんだわ。そんで、攫われた人間ってのがどうも、こっちもんでね」
そう言いながら、頬にスッと指を引く。
今度は与野さん襲撃の時の話か、たしかに冥さんと曲夜さんが回収した。
なんでここまでバレてるんだ、そうも思うが元々冥さんと曲夜さんに目をつけていたのならバレて当然かもしれない。
「その組の若頭も最近襲撃されてねえ」
組長じゃなくて若頭か、あいつは……。
「それが抗争かと思ったけどどうも、おかしいんだわ」
心臓が、一瞬で冷えあがった。
次から次へと、嫌なことばかりが繋がっていく。
溝口さんの深いしわのある目元が、そこにある目に……光がない。
「崩術が使われてたんだよ」
……確信、あるなこれは。
僕に検討をつけているに違いない。
やばい、やばいぞ。
日妖は国家の機密機関だ、こんなものに狙われたらエクソテックス社の非合法な繋がりにも手が伸びるかもしれない。
「蛇松組って言うんだけどさぁ、躍起になって君のこと探してるんだわ。それはこっちで対処したからいいんだけど」
「そっ……そうなんですね……」
平静を取り繕おうとするが、僕には無理だ。
蛇松組に対処したって、なにをしたっていうんだ……。
「礼司さんには世話になったし、君じゃないと信じたいがね……まさか、公認崩術師でもないのに人間に崩術を使ったりはしてないだろ?」
「……っ」
「ここじゃ寒いし、ちょっと移動しようか」
有無を言わせず、腕を強く握られて引っ張られる。
学んだばかりの獣術や崩術を使えば、ここで逃げることは出来る。
だがそれは完全に日妖を敵にまわすことになる、国家機関を、だ。
詰んだ。




