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第十六節 リビング大渋滞

 いくらお父さんが遺したこの家が大きいといっても。

 雪まみれの僕と大江戸さ……大和さん。

 全身黒ローブのテンスさんとテックストリートに身を包んだ預言者さん。

 傷一つなくなっているが力なく座り込む陽葵さん。


 いつもよりも狭く感じる。

 一人ぼっちじゃ広すぎて寂しいからあまり寄り付かないリビングだというのに。


「あの、これは一体……なんなの?」


 聞こえるか聞こえないか、それくらいの小さい声がまだ寒い部屋で呟かれる。

 陽葵さんの疑問はもっともだが、僕はなに一つわかっていない。

 なぜ陽葵さんは逃げたか、なぜ反社に攫われたか、なぜ僕たちは自宅にワープして切断された腕があるのか。

 僕も大和さんもなに一つ答えを持っていない。

 しかも答えを持っている人物がバラバラだ。


「顔も痛くないし、服も元に戻ってる……」


 そう言われて気づくが、確かに陽葵さんは衣服まで元通りだった。

 テンスさんのアレはただの回復能力、ってわけじゃないのか?


「こっちから先に質問していいかな? キミはなぜこの二人から逃げたの?」


 預言者さんが僕たちを指差してそう問う。

 まずはそうだな。


「あの、暴走族の仲間だと思って、陽翔(タカ)の友達だから逃げられないと思って」

「一から説明してくれないかな?」

「友達が……あの、学校の友達なんだけど」


 そこから、罪の告白でもするかのように肩を震わせながら彼女は説明した。

 たどたどしく、訥々と。

 何度か預言者さんが聞き直していた。

 と言っても、そう複雑な話ではない。


 組長の家みたいなところにいたのはヤクザで蛇松(へびまつ)組と言うらしい。

 まず暴走族が蛇松組に何人か女性を工面していた。

 その中の一人が陽葵さんの友達で、暴走族に騙され蛇松組に差し出された。


「友達が、蛇松組に……」


 より一層その声は震える。

 それだけで、どんな話か察せた。


 そして散々暴行を受け、薬物まで打ち込まれるが決死で逃げる。

 よくわからんが、その友達の親は頼りにならんらしく、陽葵さんの元に逃げたそうだ。


 なんかヤクザ映画の話のようだが、現実のことなのだろう。

 あいつらは本当に畜生だ。

 冗談抜きで陰茎を切り落としたほうが世の為だったのではないだろうか。


「それで、警察、警察に言おうとしたら……ヤクザの人が友達の行方を聞いてきて、にげ、逃げたん……です」

「うん、その後は?」


 陽葵さんは彼女から事情を聞いて、警察にタレ込もうとした、と。

 同時期に蛇松組は壊滅的被害を受けた。

 薬物の取引現場で集団失踪したらしいが、友達さんはその取引がある事を知っていた。

 投与される時、蛇松組の人間がその日に薬物が大量に手に入るからしこたま打ってやると笑いながら言われたそうだ。


 そして逃走した友達さんか、それを聞いた人間が取引の情報漏洩源であると蛇松組は考えた。

 接触した時にされた質問と友達さんの話を結び合わせた陽葵さんはそう推測している。

 その後、蛇松組は暴走族と情報共有をする。


 しかし語る彼女は涙ぐみながら語っている、もうちょっと親身に聞いてやれよ。

 というかもう、終わった話なんだから今はそっとしておけよ、と預言者さんに言いたくなる。


「ちょっと休ませてあげませんか? 家に帰して、数ヵ月後に聞けばいいじゃないですか」

「もうすぐ話終わりそうじゃん」

「はな、話します……」


 弱々しく彼女は言う。

 助けてもらった恩で無理に語っているならやめてほしい。

 かわいそうだ。

 が、彼女はまた語り始める。


 そして陽葵さんとも交流があった暴走族は、蛇松組に責任を被らされそうになり暴走。

 どれだけ脅しても友達の居場所を吐かない陽葵さんを攫って、友達の居場所を吐かせようとしたらしい。

 そんな暴走族の仲間だと思われたのはちょっとショックだ。


 少し頭の中で、まとめよう。

 その一、暴走族が友達さんを蛇松組に差し出した。

 その二、友達さんが蛇松組から取引情報を知った上で逃げた。

 その三、陽葵さんが友達さんを保護して情報を知った。

 その四、取引時に組員集団失踪。

 その五、蛇松組は原因が友達さん繋がりで情報漏洩したと考え、他の組か警察に検挙されたと考える。

 その六、責任を暴走族におっ被せ、暴走族が慌てて友達の居場所を知っていそうな陽葵さんを攫う。


 それが伝送爆弾(メーリング・ボム)事件の顛末。


「暴走族なんかと関わっていたあたしが悪いんです、ごめんなさいバカでした……」


 親か先生に謝るかのように彼女は頭を下げた。

 田舎は反社が幅利かせているから困る、そいつらが悪いだけだ。


「謝らないでください、僕も高校時代は先輩が退学して暴走族に入ったりしてましたし。そういうので、でわけもわからない内に巻き込まれることもありますよ」


 僕は高校時代、結構頭の悪い学校に通っていた。

 半分近くが退学したし、そいつらはチンピラだった。

 大和さんは頭がいいだろうから良い高校に行ってそうだ、そういう経験なさそう。


「そォだな。俺にゃよくわからんが、陽葵は正義感で友達を助けて警察に相談しようとしたンだろ? 立派じゃねぇか」

「ありがとうございます……助けてもらったのにそこまで気にかけてもらって……でもなんで助けてくれたの?」


 もっともな疑問だ。

 まったくの別件で僕たちは助けた。


「まぁそれはいいじゃないか、知りたいことも知れたし」


 預言者さんがそう言って立ち上がった。

 こいつ、マジかよ。

 散々語らせて、こっちからはなにも情報を与えず帰すつもりか?

 およそ人間の精神ではない。


 すると預言者さんは懐から、貴族の家宝のような大振りのダガーを手に取った。テンスさんも持っている奴だ。

 宙をゆっくりと切り裂くような動作をすると、そこから黄色がかった電気が弾ける。

 迸る一本線の小さな雷のようなそれは、楕円形に広がる。


 楕円の中、そこには清潔感のあるトーンの明るい部屋が広がっていた。

 なんだ、これ。

 電気の円が唐突に陽葵さんを飲み込み、部屋の向こう側で彼女はキョトンとしていた。


「ま、待て! 謝りてぇことがあるんだ!」


 大和さんの声を嘲笑うように逆再生し、電気の扉は一本線へと戻る。

 空中に溶けるように拡散して──消えた。


 ワ、ワープゲート?

 空間の綻びを崩壊させ広げる、黄昏世界に行ける崩進(ほうしん)とはまた違う様子だ。

 僕たちがここに転送されたもの、これか?

 喫茶店や車への瞬間移動も。


「あの、預言者さん、彼女の自室ですかあれは?」

「うん、そうだけど。女の子の部屋、初めて見たの?」

「はい?」


 む、ムカつく奴だ。

 ぶっ飛ばしちゃうぞ、大和さんが……って言う元気もないや。

 というか、大和さんがさっき言いかけていたのはなんだ?


「大和さん、謝りたいことって?」

「蛇松組の集団失踪って、あの与野って野郎の時のことじゃねぇかと思ってよォ……」


 あ、確かに、その可能性はあるかもしれない。

 なんかの取引現場に居た与野さんは、坊主頭に蛇の切れ込みが入っていた。

 蛇松組、蛇の意匠。

 だとすると、僕たちも原因の一つなのか?


 胸の奥に重圧なモヤがかかる。


「でも、あそこで叩いておかないと被害者は増えていたんじゃないですか……?」


 僕のこれは、言い訳なのか正論なのかすらもわからない。

 僕たちが壊滅させ、吸血鬼(ヴァンパイア)の二人が回収したことで陽葵さんが巻き込まれた。

 でもほったらかしていたら、友達さんのような被害者は増えていた。


「それと謝らねぇことは別だ、半ば俺たちのせいで心に一生の傷を負ったかもしれねぇんだ」


 その言葉に息を呑んだ。

 とんでもない事をしてしまった、間接的とは言え……確かに正しいか間違いかと謝るか謝らないかは別の話だ。

 関与しているのならば、謝るべきだ。


 なら、謝りに行くべきだ。


「キミたちからの接触は許さないよ」


 僕が謝りに行きましょうと言いかけた瞬間、預言者が遮った。


「……あァ?」

「彼女はこんな事件忘れたほうがいい。キミたちが会いにいってトウラマを刺激されたらまた能力が刻まれてしまうかもしれないだろう?」


 こ、こいつは謝ることすら許さないというのか……?

 でも僕たちのせいで事件のことを思い出してしまう可能性は否定できない。

 彼女にとってどっちがいいのか、それが問題だ。


「僕たちが会って謝ること、僕たちが会わずに知らせないこと、どちらが陽葵さんの為になるんでしょう……?」

「……まァ、少なくとも今じゃねぇか。しかし陽葵が会紡機戦に参加してたら、当然預言者、テメェが守るンだろうなァ?」

「もちろん参加していたら、安全に負けさせるよ」


 そうだな、今は休ませておいたほうがいい。


「でェ、能力が刻まれるって、どういう意味だよ?」

「彼女の通信機器爆破能力は、極度の感情によって存在に刻まれた力だろうからね」


 テンスさんが言っていたあれか、後天的に存在に刻まれる異能。


 しかし友達さんが異能に目覚めるならわかるが、なぜ保護しただけの陽葵さんが?

 思えば、状況説明を聞いただけで細かいところでスマホに纏わるなにかがあったのかもしれないし、その時の心情も聞いていない。

 例えば、暴行時の録画が証拠保全の為にスマホに送られてきてショックを受けたとか。


 いや待て、そもそもテンスさんはそれをどう封印したんだ?

 また刻まれる、ということは刻まれた力を埋めるように削除したと言うのか?

 肉体回復、衣服の修復、削除。

 まったく別の能力に思えるが複数の異能があるのだろうか。


 あ、ああ!?

 頭の中の星々に雷が走り、点が線で繋がる。

 一つだけ、一つの異能で解決できる、かもしれない。


「テンスさんの力はもしかして、時間逆行……?」

「テンスってなんだい?」

「第十神託者さんのことです」

「うちの子に変なあだ名つけるなよ!」


 いやでも、時間逆行だとしたら記憶に途切れがないのはおかしい。

 肉体の時間を巻き戻したら脳の時間も戻るから、過去と今の記憶の繋がりが断たれるだろう。

 しかし、ずっと黙りこくって礼儀正しく座るテンスさんはこくりと頷いた。

 左様。とか言い出しそうだ。


「この子は回帰の術が使えるからね」


 なぜか預言者さんが答えた挙句、意味のわからないことを言い出した。

 説明になってない。


「めちゃくちゃだなァオイ、王雅意味わかったか?」

「まあ時間逆行できるのはわかりましたけど、肉体の時間を逆行させれば脳や記憶にも影響があるはずです」

「確かにそうだなァ、オメェほんと、今日はキレいいな」


 超常や予想外の出来事に慣れてきてしまっただけだ。

 良くも悪くも、な。

 反社と戦ったこと自体も、もう違和感を覚えない。


「この子の力は特別さ、回帰の対象もかなり厳密に選べるんだ」

「そうなんですか?」

「はい、預言者様の仰っていることは全て正確です」


 あまりにテンスさん自身が口を開かないから、直接聞いてみるが間違いではないらしい。

 はぁー……なるほどな。

 ほとんどわかった。


 和久陽葵さんの肉体に刻まれた異能、伝送爆弾(メーリング・ボム)は時間逆行により刻まれていなかった事になった。

 でも、またいつ刻まれるかわからない。強いショックがあればまた目覚めてしまう可能性がある。

 だからそうならない為に、忘れさせるのが一番だ。

 僕たちの接触は忘却の阻害になる、そう言いたいわけか。


「俺ァもう、超常現象の話は懲り懲りだぜ……」

「じゃあ現実面の話しますか? なぜ蛇松組は銃を使わなかったか、とか」

「警察に検挙された可能性もある上に組織も弱体化した。銃なんてぶっ放したら警察に攻め入られる原因になっちまう、とかじゃねぇのォ? 別にンな話もしたくねぇけどよ」


 大和さんはソファーに沈み込みながら目を瞑る。

 しかし僕たちは逃れられないだろう。

 会紡機戦の先にはこいつらが居て、途中にも異世界人や陽葵さんのようなこの世界の異能力者がいるかもしれない。

 ゲノム強化剤の大和さんとパワードスーツと崩術の僕、どこまで対抗できるだろう。


 一瞬の静寂にバイブレーション音が広がった。


「やべぇ! 陽翔に返信忘れてたッ!」


 そう言いながら彼はスマホを取り出すと、ちらりと画面が目に入った。

 着信履歴、十三件と書いてあるのが微かに見える。

 彼はスマホの画面をスワイプして耳に持っていく。


「もしもし陽翔? ほんとわりぃな返事できなくて。陽葵は帰ってきてるよな?」


 僕にとってみれば、激動の一日だった。


「なにがあったかって、あー……」


 テンスさんを拾って、預言者さんと出会い気絶し。

 伝送爆弾(メーリング・ボム)や応用である世界崩壊の連送爆弾(チェーン・ボム)のことを聞いて大和さんを含めた四人で喫茶店でのやり取り。

 その後に陽葵さんの逃亡から今まで。


 だというのに、陽葵さんの心の傷も残っていて関与すらさせてもらえない。

 彼女を傷つけたのが、間接的に僕たちであったことも知ってしまった。

 大和さんは和久さんとのこれからの関係もある。

 僕にはテンスさんとの生活が待っている。


 解決したのに、ただこじれただけのような。

 感情の出口が迷う、ケリをつけられない。

 ただ僕の中で渦巻く。


 ただ、世界は救った。

 多くの人にとっては重大なことだ。

 救世主や英雄と言っても差し支えないだろう。


 だというのに、誇る気分にもなれない。

 こんな悩みだらけの窮屈な現実に押しつぶされそうな英雄がいるものか。


「じゃあボクはそろそろお暇しそうかな」

「ちょっと待ってください」


 大和さんが弁明の電話をしているというのに、預言者さんは逃げようとした。

 待て待て、色々あんだよ。


「さっきのワープで車を呼び寄せてくれませんか? もちろん外に」

「なんでボクがそんなことしなきゃいけないのさ?」

「あと車が動くかわからないので、大和さんも自宅にワープさせてもらわないと」


 彼女は眉を潜めて口を尖らせる。

 僕は胸の前で指を組んで目を潤ませる。

 お前ただ傍観してただけで、ずっと偉そうにしてた冷血なんだからそんぐらいしろよ。


「そんな子犬みたいな目で見つめられてもなぁ……神誓門(しんせいもん)はこの子も使えるんだからさ」


 そう言って、テンスさんの肩に手を置いて彼女は立ち上がる。

 神誓門なるワープゲートが開き、暗闇へ消えた。


 今後、車がなくてはこの雪国では過ごせないように。

 友達に弁明しなければ、友情が崩れてしまうように。

 僕たちは日常を歩み続けようとする。


 いつまで僕はこの日常に居られるのだろう。

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