第十三節 伝送爆弾、送信中
あの時の喫茶店にまた僕は座っていた。
対面に全身黒いローブの素肌を一切見せぬ、第十神託者さんが座っているという点を除けば三日前と同じだ。あと、大江戸さんもまだ来ていないからあんまり同じではないか。
彼からメッセージアプリでなんとか隙を見て抜け出すと言っていて、ここを指定された。
まだ十九時だ、大丈夫なのだろうか。
こちらから家に行こうかと持ち掛けたが断られた。
なにかこの喫茶店に思い入れでもあるのか?
きっと、あるのだろう。
彼がお父さんを呼んだとは思えない状況で、ここで待ち伏せされたわけだから。
行きつけの喫茶店、ってやつか。
洒落てる趣味だが今はそんな軽いことを考えていられる状況ではない。
「なにか飲みますか? コーヒー、紅茶、ココア、なんでもいいですよ」
一応これくらいはしておこう、もちろん僕が奢る。
彼は秘密のはずだった話を教えてくれて、説明のためにここまで付いてきてくれた。
今はとても誠実に振舞ってくれている、ならこちらも相応の扱いをするべきだろう。
いずれ敵になると、しても。
「よいのでしょうか?」
「お付き合いいただいているので、もちろんです」
「それでしたら紅茶をお願いいたします」
僕は店員さんを呼ぶと、すぐに小走りで駆け寄ってきた。
あの時と同じ子だ、相変わらずかわいい。
しかし、全身黒いローブで仮面姿を見てギョッとしていた。
そりゃあ、驚くよな。僕も本当は相席したくない。
「紅茶とホットココアをお願いします、あとチーズケーキで」
「かしこまりました!」
冷めるといけないから大江戸さんの分は頼まない。来た時でいいだろう。
彼女は大きな胸を揺らしながら、小走りで立ち去っていった。
いかん、そうではない。
伝送爆弾は恐ろしい力だが、超能力にしては現代的すぎる。
なぜそんな力をこちらの世界の人間が持つことになったのだろう。
第十神託者さんに……第十神託者って呼び方が長すぎるな。
なにかあだ名をつけるのは許されるだろうか、第十神託者だから、テンスさんとかテンオラさんとかか。
さすがにテンオラはダサすぎるか?
「すみません、失礼とは思うんですけど第十神託者ってとても言い辛くて……テンスさんと呼んでもよろしいです?」
「わたくしは普段、せ」
「お待たせいたしました、ホットココアと紅茶になります。チーズケーキはただいまお持ちいたしますのでお待ちください!」
来た来た。
それでえーと、なんだっけ。
「えーと、ダメでした?」
「いえ、テンスで大丈夫です……意味はわかりかねますが」
すこし不服そうに見えるのは気のせいだろうか、仮面で隠れていて見えない。
まあこれくらいいだろう。
ココアを一口飲み干すと、甘くやわらかな味が広がる。
釣られるようにテンスさんも紅茶を飲んでいた、相変わらずの仮面越しで。
店員ちゃんが立ち去った後でよかった。
さて、大江戸さんが来る前に詳細を詰めておこう。
まずはなぜそんな能力者に目覚められるのか、だ。
「例の能力者、彼女はなぜそのような力に目覚められたんです? 会紡機戦の恩恵とか?」
「いえ、会紡機戦にご参加なされているかもわかりませんし、会紡機自体は特別な力を授けたりはしません」
なるほど、参加しているかはさておき、会紡機とは別件で力に目覚めたわけか。
どうやってだ。
「後天的に存在に刻まれた能力でしょう」
「ほう、誰でもそういう可能性があるんですか?」
「先天的な能力は誰にでも最初からあります、後天的なものは死に瀕した際や強いショックや強い思い、自らの魂の知覚をした時に刻まれます」
「なぜ後天的とわかるのですか?」
「この世界の文明の道具に由来した能力なので」
僕も最初こそそう思ったが、こうして言われてみると違和感がある。
異世界で生まれたら、生まれた時に世界水準で能力が決まってもおかしくない。
スマホがある世界や時代で生まれたら、スマホ関連の能力になってもおかしくないだろう。
うん……? でも、もしかしたら肉体的な誕生と魂的な誕生が別だったらそうでもないのか?
例えば、もっと別のところで魂が生まれて、そこで世界ごとに振り分けられるとか。
スケールがデカすぎてわからん、魂が実在するって時点で科学を越えた話だ。
話を掘ろうと、質問しようとした瞬間にドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「あァ、待ち合わせだ」
「あちらの席となっております」
大江戸さんだ、かなり距離があるはずなのに汗一つかいちゃいない。
さすがの体力、ゲノム強化剤は凄まじい。
「悪かったなァ、呼び出して」
僕の横に彼は座った。
そうは言いながら、視線はテンスさんに注がれていた。
「で、なんだコイツァ」
「テンスさんです、異世界人の会紡機戦の参加者らしいです」
「初めまして、わたくしは雷神様に身を捧げし第十神託者……長内様にはテンスと呼ばれております」
この説明で気づいた。
第一神託者、預言者さんのように彼にも二つ名的なものがあるのか。
「なんだと……? なんでそんなのとオメェ一緒にいんだよ」
「深いわけがありまして、まあそこは今度説明します」
脅された、という表現をしたらテンスさんがキレるかもしれない。
まだ油断ならない相手ということは忘れていない。
異世界人の激昂地雷ポイントとか、想像もつかん。
「わァった、たしかに今はそれどころじゃねぇわな」
「説明しますと、和久陽葵さんはとある能力があるらしく……」
と、聞いたことをそのまま説明し始める。
途中でテンスさんに確認を取りながらも、全てを伝えきったところにチーズケーキが運ばれてきた。
大江戸さんは店員ちゃんにコーヒーを頼み、離れていくのを確認してからこちら側に視線を戻す。
「爆発規模にもよるが、最悪七十億人は死ぬなそりゃァ……」
「え? そんなにですか?」
「当たりめぇだろ、二次被害三次被害も必ず出るし、正直世界が終わっちまうレベルだ」
七十億人って世界のほぼ九割じゃないか?
「世界中のインフラは確実に止まる、冷却装置が損傷すれば最後はメルトダウンも起こる、飛行機も全部墜落するか空中で木っ端微塵、世界中の都市部壊滅、キリがねぇよ」
そう聞けば、むしろ人類滅亡しないのかと疑問になるレベルだ。
「そんなもん、たかが一人間が能力に目覚めただけでありえンのかよ」
「はい、天命が間違っていたことなど一度もなかったそうです」
「なかったそうです、だァ? テメェも神託者とやらなんだろ? なぜ断定しねぇ?」
「わたくしは神託者となって日が浅いので、まだまだ未熟な身です」
大江戸さんは大事なところだけスパッと聞くから、有益な情報が増えて助かる。
僕ではここまで効果的なことだけを聞き出すのは不可能だ。
「でェ、まず和久陽葵は会紡機戦には参加してンのかァ?」
「わかりませんが、戦闘能力で考えるとある意味高いと言えますので、ご参加なされているとは思います」
そりゃあ、人類の九割を吹き飛ばせる能力者と考えたら強いは強い。
和久陽葵さん自身もそれで確実に死ぬと思うが。
「一番の問題点だがなァ、その対処に当たってるっていう預言者とやらは……」
大江戸さんは、対面に座るテンスさんを視線で殺してしまいそうな程の迫力で睨む。
「和久陽葵を殺すつもりじゃねぇだろうなァ」
「おそらく、殺害なさるおつもりだとは思います。預言者様は今までもそういう対処が多かったので」
その視線にまったく怯むことなく、彼は言った。
変声機を通した声で、機械の如く冷酷に。
こいつも一見はまともそうに見えたが、やはり預言者さんと同じで狂ってるのか。
「わたくしも、もっと穏便で方法ではどうかと愚見したのですが聞き入れてもらえませんでした」
「それでぇ? はいそうですか、で済ませたワケかァ?」
「はい、わたくしの立場では強制はできませんので」
「……気に入らねぇがまァいい、穏便な方法ってのはなにか宛てがあンのか?」
どうなんだ、強制できないのはまともか、人殺しを過ごすというのは異常か。
異世界の倫理観もある、どういう人間なのかあまりわからない。
「ありますが、確実ではありません」
「それでいい、そっちの方法でやれねぇのか? 預言者に一旦中断するよう言えよォ」
「繰り返すようですが、わたくしのほうでは強制できません」
その言葉に、空気感が変わったような気がした。
景色も温度も暖かいのに、急激に喫茶店の居心地が悪くなった。
「──言えつッてンだよッ!」
テーブルが粉々に砕けそうなほどの勢いで、大江戸さんは拳を振り下ろした。
内臓が震えるほど大きな音が店内へ響き渡る。
僕のココアは一瞬せり上がり、波紋を広げた。
後ろでコーヒーを運んできたであろう店員ちゃんが、コップを地面に落としている。
「ちょっと大江戸さん、落ち着いてください」
「あのなァ、長内! 人が一人いなくなる、身内からしたらこれほど辛いことァねぇんだ! 俺の家も兄貴がいなくなってからグチャグチャだ! オメェも見ただろうが!」
「わかりますけど、落ち着いてください……」
「……クソッ!」
彼の言う通りだ。
あのお父さんも大江戸さんも、あれほどの溝を抱えてしまったのはお兄さんが引き金だ。
人一人の重みというのは、きっと僕が想像する何倍もあるのだろう。
それを弱音を吐かず、背負ってきた大江戸さんだ。友達にそんな思いはさせたくはないだろう。
彼がここまで激怒するのもわかる、止められるなら止めろって思うのは自然だ。
「大丈夫ですか……?」
店員ちゃんがすぐに駆け寄ってきて、コーヒーを置きながらこちらを不安げに覗き込む。
わざわざ淹れなおしてくれたようだ。
「本当にすみません、僕たちは大丈夫ですので」
「あの、店内であまり大きな音は……」
「わァってる、二度としねぇ。悪かった」
潤んだ瞳を頭を下げることで何度も揺らし、店員ちゃんはカウンターへ戻っていく。
「なぁ、テンスよォ。和久陽葵の兄貴は和久陽翔つって、妹煩悩な奴でよ。いつも俺の妹はオシャレでかわいいんだって耳にタコが出来るほど言うんだわ」
そんな兄が妹を失ったら。
きっと、打ちのめされるだろう。簡単には立ち直れないほどに。
最悪、後を追って……なんてことも考えられる。
そんなの、間違ってる。
「あいつ、妹を失ったらどうなッちまうかわからねぇよ。俺ァ想像ついちまうンだよ、どうしてもな」
そう言って彼は立ち上がった。
な、殴るのか?
止めたほうがいいか?
しかし、僕の予想とは真逆だった。
彼はテーブル脇に立ち、膝をついた。
そのまま手をつき、頭を下げる。
「頼む! なんでもする……預言者に中断するよう言ってくれッ!」
僕も慌てて、隣に行って土下座をした。
「僕からもお願いします、テンスさん、どうかお願いします」
「──わかりました、預言者様に連絡を取らせていただきます」
彼はそう言った。
その言葉に僕たちは同時に顔を上げる、この世にはまだ希望が残っているかもしれない。
でもまだ、どうなるかなんてわからない。
テンスさんは耳に手を当て、預言者様預言者様と唱えた。
その瞬間、トイレに繋がる通路が雷光瞬いたように光った。
店の暖色照明が点滅する、何事だこれは。
その通路から、現代ファッションの素顔を晒した預言者さんが歩いてきた。
ワープ能力まであるのか、異世界人は万能か?
さすが会紡機戦で優勝続きだと豪語するだけはある。
「やあやあ、お呼びかい?」
「預言者様、わたくしたちからお願いがありまして」
軽やかに彼女はテンスさんの隣に座った。
僕たちもその姿を見て、席に戻る。
子供でも見るように、僕たちにため息を漏らす。
困った子だねえ、と続きそうだ。
「もしかしてだけど、例の能力者のこと話しちゃったのかい?」
「はい、不徳の致すところです。申し訳ございません」
「別にいいけどさ、また殺すなって話でしょ」
鋭いな。
聞いていたんじゃないかと思うほどに。
「俺ァ、大江戸大和だ。こいつとペアで会紡機戦をやってる」
「おお、ご挨拶が遅れて悪いね。ボクは第一神託者の預言者だよ。大和くん、キミのことも知ってるよ」
そうか、僕を監視していたということは、大江戸さんも一緒に監視されていたのか。
「なら話は早ぇ、頼むから和久陽葵を殺さないでくれ」
「知り合いだから?」
「ダチの妹だからだ」
「ふーん」
僕ははっきり言って、大江戸さんがしくじったと思った。
預言者さんは、和久陽葵さんの居場所までは特定できていなかったと予測していた。
彼の友達の妹、となれば監視していた預言者さんは絞り込めてしまう。
まずいな、断られたら一気に和久陽葵さんの命の期限が縮まる。
ここはもう、暴力なき戦場だ。
「ボクたちになんのメリットがあるの? 断ったとして、どんなデメリットがあるの?」
ほら来た、すんなりは行かないと思った。
「大江戸さんはなんでもしますよ、断ったとしてもなんでもします」
僕もするとは言わない。
会紡機戦を降りろとか、降参しろとか言われたら裏社会に消される。保険だ。
「キミたちじゃあ、この子に勝てないでしょ?」
そういって、テンスさんに目配せをする。
「そう言って、異世界の騎士は負けたぜぇ? 俺たちを甘く見ねぇほうがいい」
「あんな雑魚と一緒にされてもね。もう、キミは覇気が足りないからさ」
「精進いたします」
あの騎士さんを、雑魚だと?
出鱈目な強さを持っていた、あの男を。
正直会紡機戦の上位層だと思っていた、機銃掃射に怪我もせずヘリ真っ二つにするんだぞ。
さすがにブラフだと思いたい。
「これはあくまで可能性の話ですが、ネットにあなたたちの風貌を晒して犯罪や悪さの行為をでっちあげるというのはどうでしょう。一気に活動範囲が狭まりますよ、僕はそういうの得意なので」
「今殺したら、それ出来るの?」
「僕がアクセスしないと、三日後にクラウドから情報を撒けるスクリプトとか今はありますからね」
「なんだ、王雅くんのほうが交渉うまいじゃん」
効いた。あまり嬉しくはないが、いい方向には進んだか?
「まあ、この子を預かってもらっている恩もあるし……条件付きでいいよ」
「ほんとか!? 二言はねぇな!?」
「うん、預言者の名にかけて誓おう」
「ではその条件というのは?」
いい、これはいいぞ。
よっぽどおかしな条件じゃなければ。
「爆破能力が発動される危険性が高ければ、その瞬間に殺す。それまではなに一つ手出しはしない。キミたちに任せよう」
「ありがとうございます、預言者様。でしたら、ワクヒナタ様をわたくしの前にお連れください」
「アンタならなんとか出来るってのか?」
「一時的な処置はできます。預言者様、前にお伝えした内容になりますが、それでよろしいですか?」
「うーんまあ……殺すかそれしかないからね」
完璧だ、素晴らしいほど好条件だ。
この卓上の戦いは制した。
女の子一人を連れてくるなんて、楽勝なミッションだ。
「わァった。長内……オメェはどうする?」
「そりゃ、手伝いますよ」
「ほんと、わりぃな」
「いえいえ」
僕たちが立ち上がると、彼女たちも立ち上がった。
「この子は王雅くんのお家でお留守番、ボクは遠くから監視するから」
「本当にありがとうございます」
「見直したよ、ただの泣き虫かと思っていたからね」
四人で会計に立ち寄ると、マスターらしき人物がギョッとした顔をしていた。
そうか、入り口からではなくトイレから来たから預言者さんを認知していないのか。
とにもかくにも。
ミッションスタートだ。




