第十二節 伝送爆弾、受信中
暖房の中で炎が揺らめく。
その仄かな明かりに照らされた景色は見慣れたものばかりだ。
だが黒ローブの二人がいるせいで怪しい儀式をやっているようにしか見えなかった。
二人はなにかを話し合っている、あまり真剣な声色ではない。
「それで、ここで御馳走になっていたっていうのかい?」
「はい、申し訳ございません」
第十神託者さんが隣にいる預言者さんに頭を下げている。
寝たフリをすべきか……起きてるとバレたらどうなるか。
気絶していたようだが、殺されていなかった。
これをどう捉えるべきか。
「ボク食料は渡したよね? またあげちゃったの?」
「お腹を空かせた、か細い狐がおりまして……」
「それで自分が倒れちゃ世話ないだろう?」
なんてほのぼのした会話をしているのだろう。
人間、こんな会話をした直後に人を殺せるものだろうか。
理解できないサイコパスより、普通に見える人間が実は……のほうが怖いのはなぜだろう。
「起きたね」
預言者にそう言われた。
びくりと体が震え、体感している温度が恐ろしいほど変わる。
仮面のせいで見えないはずなのに視線が注がれているのがわかる。
「ぐ、ぐぅ……」
「狸寝入りしなくてもいいよ、王雅くん」
わざとらしく寝息を立ててみるも、すぐに看破された。
そういえば名前まで知られている、どうしよう!?
とにかく寝そべっていては抵抗できない、僕は立ち上がってシーリングライトのリモコンから電気をつける。
パッと寒色の明かりに照らされるが、なにも変わらない。
「座ったままでお願いします、立たないでください」
僕は立ち尽くしたまま警告する。
せめて少しでも優位を築くために、相手は座らせ僕は立ったまま。
これなら逃げるにしても反撃するにしても対応できる。
「別に構わないけどね、でもこのままじゃ失礼か」
そう言って、預言者さんは自らの首元を叩いた。
その瞬間、黒いローブが首元に吸われていくように消えていく。
まるでメジャーが引っ張られ仕舞い込まれていくかのようだ。
そして黒いローブは小さなブローチへと姿を変えた
まず首にかけられたデカくてゴツいヘッドホンが一際目立つ。
黒いプルオーバーパーカーの上に、目が痛くなるような黄色のショート丈ジャケット。
丈の短い黒いカーゴパンツには、黄色いニコニコマークの缶バッチがいくつかついている。
そしてアイの字の意匠が施された仮面を外し、腰に付けた。
セミロングの髪は、カラスのような艶やかな黒い髪。インナーカラーと一本のメッシュも黄色。
生気を感じさせない金色のような黄色い瞳がこちらを見ている。
耳には安全ピンがついている。
黒、黄色、黒黄色黒黄色……凄まじく単調なツートンだ。
テックストリートだかってファッションスタイルだろうか。
よく見ると、両手の甲には仮面と同じような、金色のタトゥーがあった。
年は大江戸さんより幼く見えるほどの、少女だ。
これが異世界の、宗教の人? こっちの世界の人間にしか見えない。
馴染のある見た目だからだろうか、どこか懐かしいような。
「改めまして、雷神教第一神託者の預言者だよ」
声が、変わった。
彼女も変声機を通したような声がしていたが、黒ローブ姿じゃなくなった途端に女の子の声になった。
雷神教……宗教団体なのか?
「お、長内王雅です」
視線を切らないまま、僕は頭を下げる。
名前は知られているから偽名は使えなかったが。
第十神託者さんは電池の切れた玩具のように硬直している、彼もローブの下は現代的なファッションなのだろうか。
「ふふ、知ってるよ。ずっと見ていたからね」
預言者さんは人懐っこい笑みを浮かべている、なのに生気を感じない。
物凄い違和感だ、彼女の笑顔でも姿にでもない。それはあるのだが違う。
思考の中で、花が咲くように寝ぼけ眼が見開くイメージが浮かぶ。
胸の奥の芯から感情が溢れ出る、僕のものじゃない。誰かの感情に満たされる。
やばい、いつものように抑えつけられない。
僕は膝を突いて、胸倉を抑え込む。
止まれ、やめてくれ。
この感情はなんだ、安心……それと?
「おっと……大丈夫かい?」
「どうしたのですか?」
同時に預言者さんと第十神託者さんが声を上げた。
預言者さんだけがスッと立ち上がって、僕へ近寄る。
まずい、崩衝の構えを……体が動かない。
涙が溢れ出る、この感情の正体は感動だ。
鳥肌が立っている、感動にか、恐怖か、僕の体はどっちに反応している?
僕の中の僕じゃないなにかに埋め尽くされる。
心も、思考も、なにもかも。
気づけば僕は、屈んで僕を覗き込んでいた預言者さんに抱き着いていた。
冷たい体温を感じる、だというのに身を委ねてしまいそうな程に安堵している。
やめてくれ、僕はこんなことをしない!
長内王雅はスケベだけど奥手な男だ!
滑稽で浅ましく、ビビりで、悪知恵しか働かないそれが長内王雅だ。
やめてくれ、僕を殺さないでくれ。
「うん? 惚れちゃったの?」
「うぐ、ぁああっ!」
安堵の涙、恐怖に歪む声。
二律背反に僕は犯される。
なんとか預言者さんを突き飛ばし、逃げ場もないのに壁へ張り付いて泣き叫ぶ。
子供のように大声を上げて僕は泣く。
低い声で情けなく泣き叫ぶ僕の声しか、それしか聞こえない。
消さないで、僕を消さないで。今までここまで寝ぼけ眼が覚醒しかけたことはなかった。
消えていく、僕が……少しずつ、僕たる意思が。
目をギュッと瞑っていると、暗闇の中に寝ぼけ眼が見えて。
初めて、目があった気がした。
お前は、なんなんだよ。
なんで僕の中にいて、僕を消そうとするんだ。
僕が偽物なのか? だから消されそうになるのか?
助けて、僕を消さないで。
そう必死に訴えかけると、寝ぼけ眼は慈しむように目を細めた。
体の感覚をなにも感じない。呼吸を出来ているかすらわからない。
自分の体と心の繋がりを引き裂かれてしまったような、ズレを感じる。
そして、寝ぼけ眼はゆっくりと目を閉じた。
──急速に、現実が戻ってくる。
詰まっていた息を一気に吐き出すような感覚を僕は感じられる。
その後、涙交じりに呼吸が荒くなる。
「ハァ、ハァ……」
ズレが徐々に戻ってくる、心と体の位置が一致する。
今までの比ではない、理由はなんとなくわかる。
直感なのに、確信できる。
トリガーは預言者さんだ。
何者なんだこいつは、寝ぼけ眼となにが関係している?
こいつを見ていると、お父さんと過ごした日々のような感覚に陥る。
あの安心しきった平凡な日常、ぬるま湯みたいな日々を。
「なんなのさ、まさかキミ──」
「ごめんなさい、ほんとどうにかしてて、欲情しちゃいました」
自分を取り戻せるように、僕らしい言葉を放って僕を確認する。
さっさと戻ってこないと、目の前にいるのは警戒すべき対象だ。
「抱き着いた後に突き飛ばして泣き叫ぶのが愛情表現? この世界にはそういう文化が出来たのかい?」
「そうです、そうなんです……ミームです」
「ふぅん? 変な文化だね、あまり共感できないなぁ……」
寝ぼけ眼は閉じている、今なら大丈夫……だと思う。
こうしていても埒が明かない、話を進めよう。
「なぜ僕を監視していたんですか」
「だって会紡機戦の参加者だろう? あの子もそうで、ボクは付き添いだからね。情報収集さ」
あの子、そういって彼女は第十神託者さんへ目を向けた。
参加者は第十神託者さんだけか、ってことは弱くはないはずだ。
弱いと二人一組で登録されるといったようなことを騎士さんが言っていた。
逆説的に第十神託者さんは強いことになる。
「それだけ、ですか?」
「まあ色々理由はあるよ、でも全ては答えられないなあ」
「……まあ、そうでしょうね」
どうやって目星をつけたというのだろう。
なぜ日本にいて、僕を見つけ出せた?
ビジョンは対戦相手しか見えず双方しか見えないはず、部外者は見えないはず。
そうでないのなら、僕は対戦相手以外にも参加者を知っていることになる。
なにか抜け道があるのか? それを隠しているのか?
「それで折り入って頼みがあるんだけどね、あの子をしばらく泊めてやってくれないかな?」
「そんな預言者様、ご迷惑をお掛けしたばかりです」
「資金を集めるのにあとちょっとかかりそうなんだ、他の天命も並行だからね。キミはほっとくと自分のご飯をすぐ誰かにあげちゃうだろう?」
二人で話が進んでしまっている。
やばい、ちょっと黙れ。無理だよ。
「その、申し訳ないですけど……ちょっと無理です」
「ええ? 王雅くん、お腹を空かせて家もない子を放り出すっていうのかい?」
予備動作なく彼女の顔が迫った。
澄んだ黄色の目、力みも凄みもない瞳が目の前にある。
「非情だねえ、キミも人の子だろう? それでも見捨てるなら──キミを殺すよ」
だと言うのに、その言葉に含まれた殺気。
目に見えない冷たい手に心臓を握り潰されたような。
殺気だけで殺されてしまいそうな感覚に陥る。
「ぼ、ぼ、僕を殺したら、あなたは参加者じゃないから、だから、第十神託者さんが資格剥奪になるんじゃ」
騎士さんに聞いてもいない出鱈目を言う。
「ボクたち神託者は今まで開催された会紡機戦を全て優勝してる、忌々しいことにね。そんな相手に勝てると思うかい?」
言外に彼女はこう言っている、出鱈目は通じないぞ、と。
冗談だろう、全部勝ってきたなんて、騎士さんの言葉を信じるなら何回も何回も起こってきてるはずだぞ、毎回選ばれて毎回勝ってきたなんて嘘に決まってる。
だがこの殺気は、それを真実だと叫んでいる。
信じたくないのに、納得してしまう。
「も、もちろんです、第十神託者さん、さえよければいつまでも……」
半ば強制的に言わされた。
もうだめだ、と観念の心が湧いた。
僕は会紡機戦についてなに一つコントロールできない。
大江戸家の問題も、エクソテックス社も、財団も、異世界も。
「預言者様、脅すなんてあんまりです」
対照的に第十神託者さんがとても誠実に見える。
まるで聖人だ……そんな彼に預言者さんは歩みを寄せ、なにかを耳打ちしていた。
仲間すら脅すのか? やばすぎるだろ……!
そして第十神託者さんの肩を二度叩いて、玄関へと向かう。
よく見れば土足だ、なんなんだよこの非道女っ!?
「じゃあ色々やることがあるから、ここらでお暇するよ。お邪魔しました」
二度と来るなよって、言えるなら言いたい。
だけど僕はなにも言えず、その姿を見届けた。
虚空に三度の開閉音が響いた。
いきなり、静かになったように感じる。
「しばらくここに置かせて頂きます、ご迷惑をお掛けし本当に申し訳ございません」
そう言って残った第十神託者さんは立ち上がり、頭を下げた。
よく見れば彼も土足だ……。
しかし無碍に扱えば、預言者さんになにをされるかわかったもんじゃない。
「い、いえいえ……飲み物でもいかがです……?」
「わたくしのことは、いないものとでもして扱ってください。これ以上心労をお掛けしたくありません」
とはいえ、数日か数週間もしかしたらずっといるかもしれないんだ。
そんな風に扱って預言者さんに報告されたら殺されちまうよ。
「あの、自分の家だと思ってくつろいでください。僕たちは対等な同居人です」
「なんと……素晴らしい人徳ですね、感銘を受けました」
違う、今回だけは調子に乗れない。
ただ怖いだけ、本当にそれしかない。
僕はそそくさと立ち上がり、逃げるように冷蔵庫の前に立つ。
なにかに追われるように急ぎながら冷蔵庫を開け、オレンジソーダを二つ手に取った。
慌ててそれを第十神託者さんの前に置いて、対面に座る。
借りてきた猫のように、急いでオレンジソーダを流し込む。
カラカラだった喉に、強炭酸が突き刺さる。おいしいはおいしい、いつ飲んでもおいしくはある。
ただ楽しめない。いつもだったら、くぅーっ、うまい! と噛みしめながら楽しむのに。
こんな毎日が続くのだろうか、最悪だ。
「いただいてもよろしいのですか?」
「ええ、どうぞ」
「……この栓はどうやって取るのでしょう?」
蓋のことだろうか。
僕が手を伸ばすと、彼は恭しくペットボトルを僕に託した。
いつも通り、腕をひねって蓋を開けて彼へ返す。
「ありがとうございます、なにからなにまで」
「あの、第十神託者さんもローブ脱いで大丈夫ですからね」
「いえ、天命中はこの姿でと決めておりますので」
「せめて靴だけでも脱ぎませんか?」
「この衣服は汚れませんので、ご安心ください」
そういう問題でもないし、ずっとこれと一緒か、怖いなあ。
しかしなんだろう、ここまで礼儀正しくされるとこの人は性格には危険じゃない気がしている。
親しみやすいが恐ろしい預言者さんとは対照的だ、礼儀正しくて近寄りがたいが安全な感じ。
預言者さんが来なかったらずっと警戒していただろうけど……良いんだか悪いんだか。
「うっ!?」
彼はオレンジソーダを手に取り、仮面にかざしたかと思うとうめき声を上げた。
「大丈夫ですか!?」
「口の中に電撃のようなものが……これは毒ですか?」
「と、とんでもないです! 炭酸です!」
「タンサン……不思議な感覚ですね。いつもこのようなものを?」
「え? そうですが」
先が思いやられるとはまさにこのこと。
こんなタイムスリップしてきた侍みたいな奴をずっと相手にするのか。
タイムスリッパーといえば、その時代のことを生き証人として聞いてみたいとずっと思っていた。
せっかくだ、情報は引き出せるだけ引き出そう。
「天命というのはどういうことなんですか?」
「先ほどの預言者様の元に、雷神様から御言葉が降りてくるのです。それが天命です、我々は天命に従い動くのです」
「あなたの天命は?」
「会紡機戦を勝ち残ることと、とある力の持ち主の排除です」
そうか、予想はしていたがお互い勝ち残ればこいつと戦うことになるんだ。
それはいいが、とある力とはなんだろう。
「後者はなんです?」
「これは言ってしまってよいものか……先ほど預言者様がお口になさらなかったので」
じゃあいいです、と口に出しかけると、彼は意を決したように背筋を伸ばした。
「御恩がありますので、申し上げます。とある者が、スマホという機械を用いる能力を手にしました」
「ほほう」
現代的だな。
「そのスマホと所縁のある通信機器なるものを、爆弾に変えることが出来るのです」
凄まじい能力だ、現代人キラーだ。
名付けて伝送爆弾といったところか。
だけど、そんなヤバい能力には聞こえない。
所縁というのはアプリの連絡先とかか?
家にスマホを置いておけば解決じゃん。
「それ危ないんですか?」
「その能力の応用として、爆弾になったスマホも所縁のある更に別の通信機器へ爆弾化が伝播するのです。一度発動すれば、人類は壊滅的な打撃を受けるだろうと預言者様は仰っておりました」
ヤバすぎる。
まずはその言葉しか思い浮かばなかった。
今やネットワークに繋がらない機器のほうが稀だ。
SNSも所縁に見なされるのなら、インターネットそのものが爆弾化信号に成り下がる。
テレビだってネットに繋がっているものもある、僕の頭ではなにが爆弾化しなにがしないかわからないが。
それで生き残るほうが奇跡だ、にわかには信じられない話だ。
言うなれば連送爆弾か。
呪いのチェーンメールの拡散方式がイメージしやすい。
「そ、その能力者がこの世界にいる……と?」
「はい。この街にいらっしゃるとの天命でしたので、調べておりました。あなた様も候補者の一人だったので監視させていただいておりました」
この辺にいるというのか!?
しかしながら、始まりがどこで起こっても関係ない。
この家もネットワークに繋がっているものはパソコンを始めとしてちょくちょくある。
「あれ? でもあなた方は異世界出身ですよね、なぜこの世界を救おうと?」
「会紡機戦の最終的な勝者すらいなくなり、決着がつかなくなるためです」
それはそうか、大体巻き込まれれば死ぬんだもんな。
雷神とやらがその能力者に気づいたのなら対処させるか。
「我々は幾多の会紡機戦で最後まで勝ち残り、会紡機に願ってきたのです」
しかし彼は続ける、まだ話に続きがあるのか。
でも何十回も、もしかししたら何百回も誰に会い続けてきたのだろう彼らは。
第十神託者ということは最低でも十人はいるはずだ、たかが十人だったとしたら毎度よく参加資格が得られたな。
「神託者のいずれかが──会紡機そのものにもう一度会うことを」
ピタリと、ロジカルな形をしたピースがハマり込んだ。
こいつらはそんな、なんの解決にもならないことを続けてきたのか。
会紡機に会う確約を得る、それは次回の参加資格を有しているに等しい。
ずっと続けてきたのか、そんなことを。
いや、今はそれはいい。伝送爆弾のことが先決だ。
僕や大江戸さんだけじゃない、世界が懸かった話だ。
「その爆弾の能力者の容姿や名前はわかっているんですか?」
「最近名前がわかりました、ワクヒナタという女性だとか」
ワクヒナタ、聞き覚えはない、名前には。
しかしワクという苗字に聞き覚えがある、いつだったか……高校時代ではない、最近聞いた気がする。
そうだ、大江戸さんのお友達が和久陽翔という名前だった。
まさかな……同じ苗字なんてよくあるだろう。
妙な胸騒ぎを覚え、違うだろうとは思いつつも大江戸さんにメッセージを送る。
和久陽葵という人を知っているかと。
返信は恐ろしくはやかった。
陽翔の妹の名前だ、なぜ知っている?
間違いなく、何度目をこすってもそう書いてあった。
運命というものは、存在しているのかもしれない。
意地の悪い、性根の腐った運命が。




