人影
交差点を後にしても、やっぱり身体には傷ひとつ残っていなかった。
――あの衝撃を受けたのに。
骨も折れていない。擦り傷すらない。
むしろ不自然なほど、体は軽かった。
「……俺は、死んでるのか……?」
そんな疑念が頭をよぎる。
だが、痛みの記憶だけは確かに身体に残っていた。
翔太は住宅街へと足を踏み入れた。
郵便受けには新聞が詰まったまま。
玄関先には、雨ざらしになった子どもの靴が置かれている。
だが、どの家の窓も閉ざされ、人の気配はない。
小さな公園を通りかかる。
砂場には赤いプラスチックのバケツが転がり、半分崩れた砂の山が残っていた。
ブランコはさっきの公園と同じように、風に揺れて軋んでいる。
――誰かが遊んでいた途中で、時だけが止まったかのように。
さらに歩くと、バスが停まっていた。
エンジンは止まり、窓ガラスはひび割れている。
車内を覗き込むと、シートの上には読みかけの雑誌や、床に落ちた鞄。
だが、人の姿はどこにもない。
「なんで……誰もいないんだよ……」
声が乾いた空気に吸い込まれていく。
ふと、視界の端を“何か”が横切った。
住宅の影。
確かに、人影のようなものが動いた。
翔太は思わず息を呑み、駆け出した。
「待ってくれ! おい!」
だが角を曲がった先に広がっていたのは、誰もいない細い路地だった。
洗濯物がロープにかかったまま、風に揺れている。
ピンク色の小さなワンピース。
陽の光を吸い込んで、ひどく場違いに鮮やかに見えた。
翔太は肩で息をしながら、その場に立ち尽くした。
人の影は、どこにもいない。




