第二章 死の感覚の余韻
ふいに、光景が断片的に浮かんだ。
――見たことのない空。鉛色に濁った雲。
――誰もいない交差点。風に舞うビニール袋。
――泣き声。幼い声が、助けを呼んでいる。
――錆びついたブランコが、風に揺れて軋む音。
掴もうとするたびに、その映像は霧のように溶け、消えていく。
「結菜……?」
声を張り上げようとしても、喉が動かない。
闇の中に沈んでいく。
ただ一つ、玄関で手を振る娘の姿だけが鮮明に残っていた。
その笑顔を最後に、翔太の意識は完全に途切れた。
ズキ……ズキ……と、頭の奥で鈍い痛みが脈打っていた。
耳の奥では、まだあの衝突音が残響のように繰り返されている。
「……う……」
喉を震わせても声にならない。
口の中は鉄の味が広がり、舌先にざらついた感触がまとわりつく。
――そうだ。トラックが。
意識が戻りかけるたびに、胸を圧迫されるような息苦しさが襲う。
骨の奥まで軋むような痛み。
手を動かそうとしても、自分の腕がどこにあるのかすらわからなかった。
目を開けようとする。
だがまぶたは鉛のように重く、闇に押し潰されている感覚が続く。
「俺は……死んだのか……?」
その問いだけが、暗闇の中にぽつりと浮かんだ。
やがて、じわりと瞼の裏に光が差し込んでくる。
まるで濃い水底から浮上するように、痛みと共に現実が押し寄せてきた。
荒い息を吐きながら、翔太はようやく目を開いた。
目に飛び込んできたのは――見慣れたはずの交差点だった。
だが、どこか違う。
アスファルトはひび割れ、信号機は傾き、周囲のビルは窓ガラスが砕け落ちている。
風が吹くたびに、どこからか金属片がカランと音を立てて転がった。
鼻を刺すのは、埃と錆びと焦げの混じった臭気。
空を見上げると、鉛色の雲が厚く垂れ込め、太陽の輪郭すら見えなかった。
「……ここは……どこだ……?」
立ち上がろうとするが、足元がふらつく。
体は確かに生きている。
だが、感覚は現実からずれているようだった。
まるで夢と現実の境目に立たされているように。
ポケットからスマホを取り出す。
画面を点けた瞬間、目が釘付けになった。
――日付。
そこに表示されていたのは、三年後の世界だった。




