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いつも通り、神殿で午前中を過ごし、レウコンは昼食を買うべく市に来ていた。
何を買おうか、とパンを吟味していると、ぐいっと裾を引っ張られる。見れば、一人の少女が立っていた。
見覚えのある少女がなぜこんなところにいるのか。そしてなぜそんなにも焦った表情をしているのか。
「どうかし――」
「お願い、ついてきて。――――」
「!?」
告げれた言葉に頭が真っ白になった気がした。
オリビアに引っ張られるまま、連れてこられたのはいつかの建物。その一室にある、寝室に、彼女は横たわっていた。
「あ、れ……レウ、コン……?」
「メラン……」
顔色は蝋のように身の毛がなく、頬は痩けている。布団から出された震える手を握ると、その細さにぞわりと鳥肌が立った。
「なんで、こんなことに……」
「言わないでって、お願いしたのになぁ……ゴホッ」
咳き込んだ彼女の口から、赤いものが見えた。
死。その一文字が頭をよぎり、握った手に力を込めた。
「メラン、いかないでください。私はまだ、貴女としたいことがたくさんあります……っ!」
✟
メランの手を握って、死なないでと懇願するレウコンが見える。その隣には、オリビアも。
みんな、泣きそうで、苦しそうだ。
(そんな、悲しそうにしないで……)
そう言いたいのに、体が言うことを聞かない。漏れるのはヒューヒューというかすれた呼吸音だけ。
だんだんと、力も入らなくなってきた。でも、
(これだけは伝えたい)
それがどんなに自分勝手な思いでも。
「旦那サマ、お嬢……あたしを、拾ってくれて、ありがとう……」
「っメラン!!」
オリビアがメランにすがりつく。
「レウコン……」
「メラン……!」
治療しようとしているのか、レウコンの手が明滅を繰り返すが、効果はない。
「どうして、どうして……っ! 効いてください!!」
「聞いて……」
「嫌ですっ!」
「いいから、聞けっ!」
思ったよりも大きな声が出て、自分でもびっくりした。
「レウコンと一緒にいるの、楽しかった」
「……」
(視界が霞む)
「普通の子になれた気がして」
「……っ」
(痛みが遠のいてゆく)
「あたしの最初で最後の恋人……好きだよ」
「…………わたしも、です……っ!」
(ああ、もう……)
「あたしを、しあわ……せに……して、くれて……あり、がと……う……」
あたしの最後に見えた景色は。
〝大切な人たち〟が、涙を流している、景色だった。