大いなる知者、災害の前兆
マルドゥクとイギギが地球人女性と結婚したことにより、世は乱れた。権力を得たと勘違いし、傲慢となった地球人たちの集団が権利を主張し、それをエンリルは鬱陶しく感じていた。そんな中、地球人の間で疫病が流行し、治療方を教えたいとニンマーが申し出たが、エンリルはそれを禁じた。災害による食糧不足から、地球人に治水を教え、漁業を学ばせてはとうかとエンキは進言したが、エンリルはそれもまた禁じた。
「ちょうどいい。この際、飢えと疫病で地球人を滅ぼそう」
とエンリルはエンキに言った。
ジウスドラが地球人の代弁者として、主であるエンキの家に赴き、助けと救済を求めた。
しかしエンキはエンリルに逆らうことは出来ず何もしてやることができなかった。
そんな折、太陽系の様子がおかしいと、ニビルから観測されたデータが送られてきた。1※太陽の表面には黒い点が現れ、表面からは荒々しく炎が吹き荒れた。その影響か、太陽系の天体は不安定な様相であった。地球も例外ではなく、3シャル、4シャルと広範囲に雪に覆われる大地が現れた。ネルガルとエレシュキガルによって、雪に覆われた大地から奇妙な異音が記録され、雪氷が滑っているのが観測された。また別の大地では、ニヌルタが観測機を設置し、地球の内部、奥底での揺れに気付いた。
エンリルはニビルに異変に対する警告を発した。ニビルは、ニビル星の接近により、地球はその巨大な重力の磁場に囚われ、大惨事を引き起こす可能性があることを伝えた。
アヌは、着任してる全アヌンナキに対して、早急に地球とラームから避難するよう命じた。
地球では、いつでも星を脱出できるように準備が整えられた。ある時、宇宙船の1機から1人の白髪のアヌンナキが降り立った。男は2※ガルズ、と名乗り、彼は威厳ある歩みでエンリルに歩み寄り、アヌから託された書簡を手渡した。
「私の名はガルズ、王と議会の全権を担った密使です」
と彼は言った。
エンキとニンマーも緊急召集され、アヌからのメッセージを確認した。内容は、王と議会に代わり、ガルズが話し、彼の言葉はアヌの命令である、というものであった。
ガルズはニンマーと同じ学校の出であり、同級生であったことを明かしたが、ニンマーは彼の存在を思い出せなかった。地球とニビルの時間の流れの違いの関係か、ガルズは歳若く、ニンマーは彼に比べて年老いた母親のようであった。
ガルズは言った。
「私の容姿に関しての説明は簡単につきます。ご存知の通り我々はニビルで冬眠する。そのサイクルと、地球との磁力の違いから少なからずズレが生じているのです。実はこのことが私の任務の一部であり、避難の際にとても重要なことなのです。ニビル星では、ドゥムジが帰星して以来、帰還したアヌンナキを検査しました。すると、彼らはニビル星の環境に馴染めなくなっており、地球に比べて長い1日の中で睡眠は防げられ、視力は著しく衰え、地球よりも強い重力に身体は適応できず、そして、ニビル星で過ごした両親よりも、送り出した息子は遥かに老けており、それにより精神的な傷を負うものも少なくなかった。そして、適応出来なかった者達に死が、少なからず訪れました。このことを、私は警告しに来たのです」
指導者たちは押し黙った。
エンリルはやるせなくいたたまれない、怒りにも似た感情に襲われた。
「我々は所詮使い捨てだったのか」
とエンリルは吐き捨てるように言った。俯き地面を見つめた彼は、両手の拳を膝の上で握りしめたまま震えていた。
「宇宙根源の万物の創造主が定めた宿命に身を委ねるべきか、あるいは地球に起こることは創造主により定められたものなのか、その天啓を見落としているのか、そのことをよく考えてください」
とガルズは続けた。そして、
「ニビルからの密命を伝えます。あなた方は地球に残りなさい。ニビルに帰ったら、死ぬだけです。艦隊に避難し災害を乗り切るのです。他のアヌンナキは、地球を立ち去るか、残るのかを選ばせます。地上に降りたイギギにも、地球を立ち去るか、配偶者かどちらかを選ばせなければなりません。地球人は誰1人として、ニビルに来ることは許されません。地球を発つ者は、早急に出発する準備を整えなければなりません」
とガルズはニビル星議会の密命を指導者たちに明かした。
エンリルはニプルキで、アヌンナキとイギギの司令官たちを招集し、会議を開いた。
「立ち去ることを望む者は皆、帰還船でニビル星に帰還ことを許す。だが、地球人は帰還船には乗れぬ」
エンリルの言葉に動揺が広がった。地球人の配偶者がいる者は選ばなくてはならないからだ。地球に残り家族と運命を共にするか、自分だけ立ち去り、確実な生を求めるか。選択肢で運命が決まる事象ほど残酷なものはないだろう。
エンリルは続けた。
「地球人の家族を守りたいならば、地球上でも標高の高い山上にシェルターを作り避難させよ。地球に留まることを望む同胞は艦隊に避難することとなる」
そして、
「私は司令官として、地球の宿命を目撃するために留まることとする。他の者たちは、自分で選択すれば良い。選択は委ねる」
「私は父と共に地球に留まります」
とニヌルタが言った。
「私も留まります」
とナンナルもニヌルタに追随するように進言した。
それを聞いた、イシュクル、ウツ、イナンナ、エンキ、ニンキ、マルドゥク、ネルガル、ギビル、ニナガル、ニンギシュジッダ、ドゥムジも留まることを決意した。
そして、ニンマーは、
「私が創造した地球人を、可愛い我が子を私は見捨てません。見捨てることなんてできましょうか」
それにエンキが続いた。
「人類は我々によって創造された奇跡の子だ。よって我々によって保護されるべきだ」
しかしエンリルは、エンキの度重なる暴走により頭を悩まされていた。アダパを船に乗せ、叡智を授けたこと、息子であるマルドゥクを筆頭にイギギが地球人女性と婚姻を結んでしまったことなどを非難した。
「もう十分だ!もう金輪際、忌々しい真似はさせぬ!」
そしてエンリルは、エンキに地球人に対して対して余計な手助けをせず、なすがままに成り行きに任せるよう、他のアヌンナキたちを前に宣誓するように要求した。ニンマーは涙ながらに訴えたが、その場の誰も反論出来ずにいた。
「何故、私を誓いで縛ろうとするのだ。私には災害を止めることはできないし、地球人を守ることもできない。この事態の結果、選択の結果どうなるかは誰にも予想できないであろう。責任はエンリル、お前にとってもらう」
とエンキは言った。
1※ニビルが太陽系内を通過するたびに、大災害に見舞われる。アダムとティアマトが追放された際にも似た現象が起きた。現代においても、黒点の増加、太陽フレアの観測、異常気象と似たような現象が起きているが、それは果たして偶然なのであろうか。
2※ガルズ=”大いなる知者”の意




