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創世妄想記  作者: ホリ
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カインとアベル

 ニンギシュジッダは、地球に戻るとニビルでの出来事をエンキに報告した。

 報告を聞いたエンキは、何事もなく事が進んだことに安堵した。

 しかし、ドゥムジが1人残された件、アダパがニビル星の食物を口にしようとしなかった件を聞き妙な胸騒ぎがした。


 ニップールにもアダパ一行の帰星の知らせが届いた。

 知らせの報告を受けたエンリルはそのあまりの帰りの速さに驚いた。

 早々にエンリルは会議を招集し、話を聞くことにした。


 会議は秘密裏に行われ、ニンギシュジッダが引き続き報告を継続したが、エンキとの事前の打ち合わせ通りにすべてを包み隠さず話すことにしていた。

 報告を聞いたエンリルは怒りを抑えきれずエンキとアダパとティティの関係について言及した。


「ルルアメルとの子だと!?? 兄者であったとしてもそれは規則違反だ!!!」


「私は規則を破ってはいない。研究の一貫の最中に偶発的に誕生しただけだ。現状を回復する為にも必要な実験であったし、結果、食糧危機も解決するだろう。父上にもすでに報告し、評議会にも納得していただいている」


 とエンキは言った。

 エンリルは怒りの形相で奥歯を噛み締め、口元を引き締めた。


「それはそうかもしれない。しかし我々の血は兄上の軽率な行いによって貶められてしまった。本来であれば自然に身を委ね歩むべきだが、勝手に兄上が我々の歩む道を定めてしまったのだ! 今や運命が宿命に追い越されてしまった!!」


 エンリルはそう言い放つと、踵を返し不機嫌に部屋を出て行った。


 エンリルの言い分も一理あった。

 エンキが直接ルルアメルと交わってしまったことで正式な王族の血が別種族に受け継がれた。

 これは力関係や立場までもが覆される危険性があり、何よりそれにより誕生した人類はエンリルからしても、これ以上無視できない存在になってしまった。

 アヌの血を正式に継ぐ者達であり、庇護する対象ともなってしまったのだから、エンリルからしたら複雑以外のなにものでもない。


 そんなエンリルの思いとは裏腹に、種族全体の繁栄を願うアヌは、人類の誕生に祝福と繁栄をと願う公式の声明を発出した。


 ある日突然、消息が不明であったマルドゥクがエリドゥに訪れた。

 アヌの声明を聞いたマルドゥクは、風の噂で、アダパとニンギシュジッタの帰還と、ドゥムジのニビル滞在、秘密裏に行われた会合の噂を聞きつけ、真相を確かめにやってきたのだった。

 しかしエンキとニンギシュジッタは、事の重大さからマルドゥクにはまだ真相を秘密にしておくことにした。

 

 マルドゥクは、エリドゥの屋敷で給仕するティティと対面すると、一目で彼女を気に入った。

 可愛らしく素朴で純粋な立ち振る舞いと、それとまた相反する知的で品のある優雅な所作に惹かれ、それ以来時折りエリドゥに訪れては舐めるようにティティを眺めた。

 ティティはマルドゥクの視線に気付きながらもその意図が分からず困惑した。 


 時を同じくして、ドゥムジがニビル星から羊を引き連れて帰還した。

 アヌがドゥムジをニビル星に留めた事の理由の一つが羊を地球に連れ帰る事であった。

 ニビル星では、地球にいる同胞の為に、様々な穀物や野菜、果物の種子の開発や、家畜として最適な生物を作り出す研究がされていた。

 こうして高度な遺伝子工学の追求と研究によって生まれたのが羊であった。

 ドゥムジは、エンキに、羊はアヌから地球への贈り物との言伝を伝え託した。


 エンキは早速、ドゥムジ、ニンギシュジッタと共に羊の生態を調べた。

 するとその生物は驚きの性質を持っており、飼育も容易で、繁殖力が良く、豊かに蓄える毛は衣服に活用出来、刈り取った毛はまたすぐに生え替わり、肉も食せるという優れものだった。


 エンキは、ドゥムジが持ち帰った羊と植物の種子を元に、改良と研究、飼育する為の施設を作った。

 羊は広い牧草地帯に放たれ、ドゥムジが牧場を管理することとなった。

 ドゥムジは、ニンギシュジッダがアダパを指導しているという話を聞くと、その息子達の指導は自分がしてはどうだろうかと申し出た。


 それを聞いたエンリルは、


「それならばドゥムジに 1 人を教えさせ、もう 1 人はニヌルタに教えさせよう」


 と提案した。


 そうして双子の息子達の1人である1※カインはニヌルタの元で、農耕の基礎的な知識と技術を教わった。

 こうしてニビル星からもたらされた種子を元に、大地に種は蒔かれ、人類による農耕が始まった。


 2※アベルはドゥムジと共に羊を飼育することとなった。

 これもまた、人類による初めての牧畜の始まりであった。

 彼ら2人は、エンキが新たに設立した遺伝子研究所の近くの牧草地帯に厩戸を建て、羊を飼育しながらのびのびと暮らした。


 そして実りの季節がやってきた。

 エンリルの布告により3※収穫祭が開かれ、エンリルとエンキの元に、収穫された作物や子羊が奉納された。

 それはカインが大地を耕し、種を蒔き、刈り取った作物であり、アベルが牧羊し、出産に携わった子羊であった。


 エンリルは、ニヌルタとドゥムジの2人を褒めたたえ、カインとアベルにも祝福を与えた。

 

 エンキは産まれた子羊を見ると、ドゥムジを抱きしめ喜んだ。


「見よ! 食し、衣服にもなる新たな希望が今もたらされた!」


 エンキは子羊を天高く掲げると、民衆に向けて言い放った。


 それを見たカインは弟のアベルに嫉妬していた。

 自分が育てた作物がエンキに評価されず、アベルの羊だけが評価されていたのが癪に触ったのだ。

 アベルもアベルで、褒められたことを嬉しく思い、自分こそが主を満たしたと自慢気になっていた。

 それがよりカインを刺激することとなった。


 アベルの態度を快く思わなかったカインは、


「小麦を育て、刈り取り、俺がこねて焼いたパンを食べたご主人達は大層喜んでいた! 俺が育てた果実や野菜が大地でいっぱいになって、食べきれないほどの作物はご主人達を満足させる! 俺こそがご主人達をを満たしている!!」


 とアベルの態度に対して反論した。


 それに対しアベルは、


「ご主人様が喜ぶのは僕が育てた羊さ。羊からとれた毛を女性達が編み、織物にしてくれる。着れば暖かく、寝床にも活用出来る。しまいには食として糧にもなる。つまり僕こそがご主人達を満たしているのさ」


 この争いは冬の間中続き、顔を合わせる度にお互いに突っかかりあい、口を開けば口論し続けた。


 春が訪れても2人の言い争いは収まることはなかった。

 さらには争いに追い討ちをかけるように、本来であれば雨が降る季節に入ったはずなのに雨が降らず、異常な暑さと日照りが続いた。

 乾いた大地には牧草が育たず、増えた羊達に食べさせる草が底をついた。

 そしてついに飢えた羊の群れはアベルの制止を無視して柵を越え、カインの畑を荒らしてしまった。


 自身の畑を荒らされたことに黙っていられなかったカインはアベルに殴りかかった。

 激しい殴りあいと、取っ組み合いの喧嘩が始まり、カインはアベルを突き飛ばすと、馬乗りになり、手の届く場所にあった石が視界に入った。

 カインは石を手に取ると、無我夢中で何度と頭に打ち付けた。

 打ち付けるたびに、血潮が吹き上がり、身動き一つ取らなくなったアベルの周りには血溜まりが出来ていた。

 

 エリドゥの家で家事をしていたティティは突然の胸騒ぎに襲われた。

 目眩に立ちくらみ、目の前に血溜まりの恐ろしい情景が広がった。

 ティティは恐怖のあまり取り乱し、たった今見えたものをアダパに話した。

 アダパはティティを抱き留めると、外が妙な静けさを出しているのが気になり、足の赴くまま、カインの農場へと向かった。

  

 農場には、アベル死体が横たわり、カインが力が抜けたように頭を垂れ座りこんでいた。


 沢山の羊達と、風さえも吹くのを忘れたように、一切の音が沈黙を保っていた。


 「こっ…これは…。一体何が」


 アダパは目の前の惨状を理解出来ず、ティティは絶叫した。

 取り乱すティティを無理矢理その場から引き剥がし、家に連れ帰った。

 アダパも状況が理解出来ず混乱したままひとまずエンキに見たままの現状を報告した。


 報告を聞いたエンキは神妙な面持ちで目を閉じた。

 一呼吸おいて目を開くと、場を収拾、エンリルとニヌルタには使者を送り、カインを拘束して連れ来るように配下に命じた。


 エンキはアダパとティティに、アベルを埋葬させた。

 遺体は籠に入れられ、高い木に吊るされ、30日 30夜の間放置され、一同はその間喪に服した。

 鳥がアベルの遺体を食し、残された骨は永年生きた証として残るように、築かれた巨石の下に埋められた。


「この世界は輪廻と食物連鎖、大きな渦の中にある。死した魂は魂の故郷に帰り、また何処かで生まれてくるだろう。土から生まれた借り物の身体は土にまた返すのだ。生きた証として、また旅立てるように、生まれ戻れるように目印としてこうして塚を築くのだ」


 エンキが2人に伝え教えると、それを聞いたアダパとティティはただただ静かに涙を流した。


 エリドゥでは、カインの裁くための話し合いが行われた。

 ドゥムジは弟のように可愛がっていたアベルを失ったことにより意気消沈していた。


「誠に僭越ながら、カインを死刑にすべきだと進言いたします。奴は禁忌である同族殺しを行った。しかも血を分けた兄をだ。生かしてはおけませんね」


 マルドゥクがそう発言すると、ニヌルタが反論した。


「なんと傲慢な。我々裁定に関して意見を言う立場にいない。しかもその方は我々の法だ。彼ら人間には法は理解出来ないだろう。そもそも我々と同じように個と考えるのは如何なものか」


「まだそのようなことを。王が彼らを庇護するように勅令を出したのだ。そなたは王の命に背くとでも?」

 

 さすがのニヌルタも、そんなマルドゥクの主張に返せる言葉がなく押し黙ってしまった。

 場は静まり返り、各々がお互いの出方を待った。

 最初に動いたのはエンキ、彼は立ち上がると、エンリルに軽く頭を下げ、マルドゥクをその場から連れ出した。


 場を離れたエンキは、マルドゥクを密閉された部屋に連れてきた。

 そこでエンキは真相をマルドゥクに告げた。

 アダパとティティはエンキの子であることを。

 つまりカインもアベルもマルドゥクの甥であることを。


 マルドゥクは衝撃のあまり、やり場のない感情を持て余し、固まった口から出てこない言葉を押し出そうとした。

 そんなマルドゥクにエンキは言った。


「マルドゥクよ、カインも罪を犯したが、それは未熟ゆえにだ。私もあの時は怒りを抑えるので精一杯だったがカインまで殺してしまったら我々は肉親に手をかけることとなる。それはカインの罪を償わせるのではなく、上書きすることになるであろう。なので私はカインを、海の越えた先にある大陸に追放しようと思う」


 マルドゥクは出る言葉を抑え込むようにもがき、歯を食いしばりながもエンキの提案に同意した。


 そして2人は裁定の場に戻り、エンキは追放を提案した。

 こうしてカインは追放されることとなったが、特赦として、妹であるアワンを連れていくことを許された。


 4※追放とともに罪人として烙印を押させるとし、ニンギシュジッダが、カイン一の遺伝子を髭が生えぬように組み替えた。

 カインの血を引くものは皆、この体質的特徴がはっきり出るようになり、しばらくその子孫は犯罪者のレッテルを貼られることとなった。


 エンキ一族を除くアヌンナキ達は、特に人間の1人が追放されたところでさして問題に感じではいなかった。

 エリドゥに残された課題はやはり根本的な食料危機であり、問題提議はすぐそちらに移行した。

 カインとアベルがいなくなったことで、牧畜も農業も立て直しが必要となっていたからだ。

 代わりになる労働者を増やさないことには根本的解決にはならないとし、アダパとティティにもっと子を産ませることが重要となった。


 しかし産まれる赤子は女の子ばかりで、一向に男の子が産まれなかった。

 だがようやく長い月日の苦労の末、念願の男の子が産まれた。

 産まれてきた男の子はサティと名付けられた。

 その後は、今までの苦労が嘘のように、順調に男の子が産まれ、アダパとティティの間には合計30人の息子と30人の娘が誕生した。

 そしてサティと配偶者アスラとの間にエンシが産まれ、命が紡がれていくこととなる。


 アダパは子孫に、物書き、文字、数、彼らにとっては創造主であり神であるアヌンナキについてや、ニビル星で見聞きしたものや歴史的な出来事など、分かりうる限りのことはすべて教え込んだ。


 サティとアスラの子であるエンシはその後、エンリルの息子、ナンナルが治めるニブルキへと奉公に出された。

 エンシはナンナルとイシュクルの元で、読み書きやアヌンナキの文化を教わり、香油の扱い方、万能薬の調合方法などを教わった。

 やがてエンシの子クニンが産まれた。

彼はバドティビラでニヌルタの指導を受け、溶鉱炉と窯について学んだ。

 どのように薬青で火を熾すのか、どのように溶解し精錬するのか、金属の加工方法や製鉄について教わった。


 後にエンシから紡がれた子孫達により、ナンナルは主となりシンと崇められた。



 


1※ カインの名は“田畑で食べ物を育てる彼”との意味が込められている。


2※ アベルの名は“灌こされた牧草地の彼”との意味が込められている。


3※ 現在もその季節に初めて収穫した野菜・果実・穀物を祝う習慣や、宮中祭司では新嘗祭として残る。欧米諸国では収穫祭と、世界中で引き継がれている。新嘗祭は宮中祭祀のひとつで、日本での収穫祭にあたる。11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇に進め、また自らもこれを食し、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われている。


4※ 追放されたカインは中南米に移り住み、ティティカカ湖付近にテクノ文明を築いた。



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