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玖:邪な愛

 カンカン、と乾いた金属の音がする。

 それは続々と増え続け、ついには鉄製の円形地下闘技場跡が煌びやかなドレスやスーツを身にまとった人々で埋まるほど。

 三階分ある観覧席は高価なシャンパンが注がれたグラスを持つ人々の熱気が充満。

 様々な香水や体臭のにおいが交じり合い、夏場の動物園よりも酷い悪臭となり始めた時、天井に張り巡らされているダクト管の中で空調が作動を始めた。

 とたんに涼しい風が会場を満たす。

 空間を満たしていた光が陰り、一本のスポットライトが舞台上に輝いた。

 その中心には、ホモサピエンス型の人物が立っていた。

「高貴なる皆様、お待たせいたしました。これより、RE:EARTHオークションを開始いたします」

 高らかに宣言された瞬間、歓声や拍手、指笛の甲高い音が飛び交った。

「まず初めにご紹介いたしますのは、煌珠(ファンジュ)族九歳少年の『歯』でございます。上下、それぞれお買い求めいただけますが、金額次第では両方ともゲットのチャンスですよ!」

 司会の男性の煽り文句に会場の熱が上がっていく。

「まず、(ゴールド)一トンから!」

 次々に札が上がっていく。

「そちらのご婦人、いきなりの十トン! おっと、紳士のお客様から十二トンです!」

 白熱する競り合いに、周囲の人々も感嘆の溜息をもらしたり、拍手をしたりと、まるでお祭りのよう。

「では、こちらの煌珠(ファンジュ)族九歳少年の『歯』、金二十二トンにて、エリス人のご婦人が上下ともに落札です!」

 盛大な拍手が巻き起こる。

 給仕の女性が銀のトレーに載せた『引き換え札』を女性の元へと運び、恭しく差し出した。

 女性はそれを受け取ると、隣にいる男性と興奮気味に喜び合った。

 給仕の女性が舞台袖に下がっていく。

 今度はよく冷えた美しい泡のシャンパンをトレーに乗せて現れ、会場の人々に勧め始めた。

 その頃、会場裏では、商品の最終チェックがあわただしく行われていた。

「ディスプレイには充分すぎるほど気をつけてくださいね。光の当たり方で魅力の伝わり方が全く違うのですから」

 淡い紫色の上品な長着に若草色の半帯を合わせた背の高い〈人間〉が、宇宙で唯一の共通言語でひとしきり指示を出している。

 そこへ、漆黒のスーツに身を包んだ男性が近づいて行く。

「若旦那、順調ですか」

 男性は夕嵐(せきらん)色の髪を艶やかに撫でつけたオールバックがよく似合う長身の美男子。

 裸で立っていれば、有名な彫刻だと錯覚してしまうかもしれないほど整った目鼻立ち。

 薄い唇はうっすらと桜色に色づいており、肌はイネス人には珍しく、一切の日焼けが窺えないほど透き通るように白い。

 若旦那と呼ばれた人間の男性は、頬を赤く染めながら頷いた。

「サルモネウス様、ごきげんよう。今日も麗しくていらっしゃいますね。オークションは順調そのものでございます」

「さすがです。若旦那にお任せすれば安心ですね。では、私も客席から参加することにいたしましょう」

「そんな……。欲しいものがあるのでしたら、おっしゃってくだされば融通いたしますのに」

 すると、サルモネウスは若旦那の顎に手を添え、その甘く低い声を耳に吹き込んだ。

「会場の熱気を、私も感じたいのです」

 若旦那は腰から崩れ落ちるように床にへたり込むと、身体を恍惚に震わせて全身を上気させながらうっとりとサルモネウスを見上げ、「おおせの……、通りに……」とつぶやいた。

 サルモネウスはゆっくりとした足取りで会場へと向かった。

 その背後には、いつの間にか屈強なボディーガードを従えて。

 受付を通り、札を受け取る。

 スーツの内ポケットには限度額の無い小切手帳が入っている。

「今日の狙いは煌珠(ファンジュ)族の両眼だ。あれはここで購入する二倍の額で地球人に売れるからな」

 サルモネウスが会場の中でも一番見晴らしのいい場所へ着いたその時、ポケットの中で最新の星間通信小型端末(メテオパクト)が震えた。

 それは秘書からの緊急の連絡だった。

 画面に写し出される文字に目が釘付けになった。

「……見つかったのか」

 一歩遅れてその数分後に、会場中で星間通信小型端末(メテオパクト)が振動し出した。

 司会も含めて、皆がそのニュースに釘付けになっている。

 たった一通のニュースでオークションが中断されるのは、開催されるようになってからここ三十年間で初めてのことだった。

――『煌珠(ファンジュ)族皇宮広報からの公式発表によりますと、()アールヴと呼ばれる古代種族の力を受け継いだ存在が発覚したとのことです。皇帝家はその人物を皇宮の守護者として表彰し、新たな爵位に冊封(さくほう)するとのこと。式典には各星の首脳陣を招き、大々的にその人物を発表すると宣言しました』

 サルモネウスは心の中で大きく歓喜した。

 まさに探していた人物が見つかったからだ。

「なんとしても、式典に参加しなければ」

 サルモネウスはすぐに会場から抜け出し、外に出ると、電話をかけ始めた。

「……ああ、そうです。私です。父上……、いえ、陛下にお繋ぎ願えますか」

 数分後、電話口に現れたのはイネス星アトランティス市国(ポリス)現当主、つまりは、国王だった。

『どうした、サリー。こんな時間に珍しいな。もしかして……、例の式典のことか』

「さすがは陛下」

『父上でよい。参加したいのだな、お前も』

「そうです。同行してもよろしいでしょうか」

『お前の母は良い顔をしないだろうが……、まあよい。手配しよう』

「ありがとうございます」

 簡単な雑談を済ませ、電話を切ると、サルモネウスは会場へと戻っていった。

 すでにニュースの驚きは波のように穏やかになっていたようで、オークションは再開していた。

 目当ての〈両眼〉はまだ先のようだ。

 サルモネウスは給仕からシャンパンを受け取ると、凄艶な笑みを浮かべながら一口飲んだ。

 甘く弾ける泡が舌と喉に心地いい。

「運が巡ってきたようだ」

 まるで初めてもらう玩具に喜ぶ子供のように、心の中では笑いが止まらなかった。





「まさか、式典までやるなんて……」

 桃夭(とうよう)は皇宮内にある兄の自室、つまり、皇帝の部屋を歩き回りながらため息をついた。

「なんだ、不服か? いいじゃないか。春辰(しゅんしん)は生まれた瞬間からよく知っているし、風呂に入れたことだってある。家族も同然だろう」

 藍色の深衣(しんい)に身を包んだ美丈夫、監徳(らんとく)が、微笑みながら言った。

 桃夭(とうよう)は唖然とした、少し呆れたような表情で言い返す。

「それは兄上が薬術師として玄家に修業に行っていたからでしょうが。それに、そんな昔のこと春辰(しゅんしん)は覚えていませんよ。多分」

「じゃぁ……、そうだな。うん。お前の()の弟は私にとっても弟同然だ」

「……なんですかその無茶苦茶な言い分は」

「お前の真似だが?」

「ぐっ……」

 桃夭(とうよう)は一枚上手な兄にいいように転がされながら、再び溜息をついた。

監徳(らんとく)兄上、いいですか。あのですね、あなたを護るために春辰(しゅんしん)は的になってくれるのですよ? それなのに、あなたが春辰(しゅんしん)と同じ場に立つなど、危険だとは思わないのですか」

「思わん。私は強いからな」

 監徳(らんとく)は手の上で光り輝く恒星の種子を回転させ一瞬で消し去ると、不敵な笑みを浮かべた。

「……そうですけど」

「それに、卑怯者にはなりたくないのだ。もちろん、国父(こくふ)であり、星父(せいふ)である以上、この身体と魂が簡単に砕け散ってはならぬことくらいはわかっている。だからと言って、大事な家族をおいそれと危険に放り込めるか? これは私からの宣言なのだ」

 そう言うと、監徳(らんとく)は立ち上がり、(ひさし)へ出ると、欄干に手をかけて夜空を眺めながら言った。

「もし私が大切に想う者たちをこれ以上傷つけたら、犯人を捕らえ、九族に至るまで殺す。そういう、決意の表れでもあるのだよ」

 白に近い銀髪が風に揺れる。

 灼熱に燃え上がる赤い目に浮かぶのは、殺意と慈愛。

 桃夭(とうよう)は鳥肌が立った。

 それは畏れと敬慕の念によるもの。

「私はこれだから兄上が好きなのです。はぁ……。まったく。本当に困った皇帝陛下だ」

「こういうぶっ飛んだ奴が一人くらい皇帝家にいても、祖霊たちは文句など言わんよ」

「はいはい、そうですね」

 赤や橙、黄に色づいた葉が夜風に舞い、湖ほどの大きさの池に音もなく落ちていく。

 沈むことなく浮き続け、やがて腐敗していく。

 運が良ければ、風に流され、土の上へ還れるかもしれない。

 その〈運〉こそが、監徳(らんとく)という存在なのだ。

 そして、春辰(しゅんしん)も。

「お前を兵器にはさせないからな、春辰(しゅんしん)

 桃夭(とうよう)はつぶやいた。

 自分に言い聞かせるように。


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