弐:静まることなく叫んでくれ
「あいかわらず派手な星だな」
春辰は本日の仕事場であるサルファ星に到着してすぐ、ぼそっと呟いた。
地球から光速鉄道とワープホールで三時間の場所にあるサルファ星は、月と同じくらいの大きさ。
小さな赤色矮星を衛星に二つ持つ温暖な気候が売りの観光産業と、もう一つ、硫黄の一大生産地として成り立っている星だ。
標高三千メートルを超える活火山が三百個あり、硫酸塩を含む地層がゆっくりと硫黄を遊離させるため、大きな結晶が採れるのだ。
湯水のごとく採れる硫黄を燃料や肥料として使い、様々な星の生態系を表現した巨大で美しい植物園がランドマークとして首都のほぼ中心に展開されている。
温泉も豊富で、硫黄の成分によってさまざまに変化した土地の色を眺めながらお湯につかることのできる宿泊施設も多い。
他の星々と交流が始まってから気付いた自分たちの星に漂う硫黄臭に着目し、強力な消臭剤や香水の開発などもサルファ星では盛んにおこなわれている。
春辰の誘拐された姉、鴉雛の研究も、このサルファ星から多額の資金や技術援助を得ていた。
「えっと、サルファ西第三アルプスで崖崩れがあって、取り残された人の救助任務ね。はいはい」
春辰は腕につけた時計の画面を横にスワイプし、地球時間からサルファ時間へと表示を変更しながら、事前に受け取っていた災害情報を確認した。。
火山が多いということは、秘湯と呼ばれる隠れた名湯も多く点在する。
そういった「私だけ、俺だけの名湯」を探しに、宇宙各星からたくさんの登山客が訪れるのだが、それと比例するように事故も多発している。
毎朝発表される噴火警戒レベルも、屈強な種族や、独自の対処法に自信のある種族には無視されがちだ。
春辰はさっそく目的地である山に向かって飛び立った。
マチ針の上に平行に立ち、アームピンクッションから針をとると、糸状の魔法を穴に通した。
針はふわりと浮かびあがり、春辰の身体を糸で覆い始めた。
春辰の魔法は『霊絹糸』と呼ばれる糸と、それを受け止める『輪廻硬針』という針を使う。
糸は春辰の『祈り』に反応し、その性質を変化させ、針は『願い』を形にする力がある。
どちらも春辰特有のものだ。
(今回も無事に仕事を終えられますように。とりあえず燃えないようにしよう。防毒、防塵も必要だよね。見た目は……、動きやすければなんでもいいや)
三十秒ほどすると、その形が見えてきた。
蛍光オレンジ色の、少しゆったりとしたつなぎの防護服。
肩まである一つ結びの銀髪は全てキャップの中にしまわれ、口元は大きなマスクで覆われている。
目元は限りなく透明に近い糸で薄く丁寧に仕上げた、ダッカ・モリスンのような美しい布で保護した。
「これなら、視認性もばっちりだ。よし。じゃぁ、急ごう」
春辰はマチ針の速度を上げ、現場へと急いだ。
温泉街から遠く離れた場所にある問題の山、サルファ西第三アルプスは、すでに火山灰と、冷えて固まりながら飛び散った溶岩で悲惨な状況だった。
「何も見えないじゃん」
春辰はピンクッションからありったけの針を空目掛けて飛ばすと、糸を通して大きな布を四枚作った。
「さぁ、雲を捉えるんだ」
布ははるか上空へと飛び上がり、雲の中を何往復かした後、まるで幽霊のような湿った姿で戻ってきた。
「うん、良い感じ。じゃぁ、空気中から火山灰をふき取ろうか」
春辰は視界を覆う細かな灰を、四枚の大きな濡れ布巾で除去していった。
濡らした理由は灰を吸着させる以外に、静電気を発生させないという目的もある。
火口から立ち上り続けているガスに引火すれば、二次災害は避けられない。
「あ! 見えた!」
地上を行くサルファ星の救助部隊が、春辰に向かって大きく手を振っていた。
「えっと、『視界良好、助かった』ね。よかったよかった」
春辰はそのあとも濡れた布を何枚も作り、火山の周囲の空気を掃除していった。
その間に地上を行く救助隊によって逃げ遅れた人々のピックアップが始まり、山裾に待機している救急車の赤いランプが往復を開始した。
「あとは山頂に向かって逃げちゃった人たちの救出だ。山小屋にいてくれるといいけど……」
幸いにも、サルファ星の山には秘湯巡りをする観光客用の山小屋が多く設置されている。
基本的には無人だが、それでも、避難場所としては充分だ。
春辰は八合目から上にある山小屋を一軒一軒見て回った。
最初の三件には誰もおらず、その周囲に倒れている人などもいなかった。
次に見つけた山小屋では足をくじいたカップルが避難していたが、命に別状はなく、本人たちも元気そうだったので、救助隊が来るのを大人しく待つよう伝えた。
そして最後に向かった山頂に一番近い山小屋。
中からは悲鳴と泣いているような声が聞こえてきた。
春辰はマチ針から降りると、急いで駆け寄った。
「救助しに来ました! どなたか状況を……」
幼い女の子が倒れていた。
その傍では母親と父親、そして他の登山客が顔を煤で真っ黒にしながら俯いていた。
全員、形態は違えど、瞼がある。
充血はしているかもしれないが、ひどい硫化水素中毒では無さそうだった。
火山ガスに含まれる硫化水素は、口や鼻から吸いこむだけではなく、目の粘膜からも吸収されてしまうため、こういった救助活動の時はまず瞼の有無を確認することになっている。
「む、娘が……、娘が……」
過呼吸になりながら泣き崩れる母親。
春辰はなるべく優しく聞こえるよう、声をかけた。
「落ち着いてください。すぐに全員助けますからね」
子供の顔を覗き込んだ。
唇が青い。
大人よりも地面に近い場所を歩く子供は、空気よりも比重が重い毒性のあるガスが充満する場所では中毒を引き起こしやすいのだ。
「む、娘が息をしてないんだ!」
たまらず父親が叫び、非難がましく他の登山客を睨みつけた。
おおかた、先に避難していた登山客たちは、最後にこの山小屋にたどり着いたこの親子を、なかなか中にいれなかったのだろう。
非常事態においてパニックになった人々は、上手く判断できないこともある。
もう一度春辰が女の子を覗き込み、心音を確かめると、弱弱しいが動いている。
かすかに息をする音も確認できた。
父親と母親もまた、今は冷静ではない。
「とりあえず、みなさん外に待機している濡れた布の上に乗ってください」
春辰は父親に女の子を抱きかかえるよう指示し、全員を山小屋から出した。
全員が布の上に座ったことを確認すると、春辰は布の四隅をもう一枚の布と結びあわせ、まるで大きなどら焼きのような救助船を作り飛び上がった。
「娘さんをこちらへ」
女の子を寝かし、慎重に口の中に糸を入れていった。
「な、なにをするつもりなんだ」
「気管をゆっくり広げ、空気を送り込み、呼吸を促します。娘さんの生きる力を信じましょう」
「うう、ううう……」
糸で弾力のある袋を作り、それを女の子の口に当てながらゆっくりと空気を送り込んでいく。
冷静さを取り戻し始めた母親にその役目を託し、春辰はマチ針にまたがると、布の外へと出た。
「すこし風に流されたけど、大丈夫。急いで降りよう」
春辰はマチ針の頭に糸を結び、後ろに浮かぶ救助船と繋ぎ、救急車が待機している山裾へと向かって行った。
途中、救助船の中から「ああ! 目が……、覚めたのね……!」という母親の声が聞こえた。
空に輝く二つの日輪が、生きようと懸命に小さな身体で戦った女の子を、あたたかく祝福しているように思えた。
地上に到着後、女の子を含め、救助船の全員が救急車で医療施設へと運ばれていった。
検査され、治療を受けた後、サルファ星の警察と星際警察、そして各母星の警察にみっちり事情聴取され、厳重注意を受けることになる。
最悪の場合、一年間パスポートを剥奪されることになるだろう。
それぞれの星で法律が違うので、処罰に関しては春辰もあまり詳しくない。
「あ! 玄くん!」
蛍光オレンジに銀色の反射板がついた救助隊の防具を着た男性が駆け寄って来た。
「ああ、お疲れ様です。影岩隊長」
「おう! 今日も鮮やかだったね。本当助かったよ。重要リストにいれてくれてありがとう」
「いえいえ。影岩隊長は命の恩人ですから」
影岩隊長こと、影岩 誠は、向日葵のような弾ける笑顔で春辰に向かって微笑んだ。
黒髪短髪。
煤のついた顔も精悍でかっこいい。
百九十センチもある体躯は筋骨隆々で、百六十八センチ瘦せ型の春辰と並ぶとその大きさが顕著になる。
影岩は地球にある葦原国出身の星際救助隊の隊員で、現在はサルファ星で人命救助の任務に就いている。
鴉雛誘拐の日に火の海となった家から玄一家を救ってくれた人だ。
そういった縁から、春辰は自分の派遣先リストの一番上に『影岩隊長からの支援要請』を入れている。
春辰が所属している会社も事情を知っているので、その通りに仕事を入れてくれている。
「元気でやってるのか?」
「はい、おかげさまで」
「アレックスも桃花も雪弥も、ものすごく会いたがってたぞ。たまにはうちにも寄ってくれよな」
「ありがとうございます。スケジュール確認しておきますね」
アレックスは影岩が八年前に結婚した夫で、桃花と雪弥は子供たちだ。
影岩の家族は全員が純粋な地球人で、横浜に住んでいる。
いつも食事に誘ってくれたり、旅行を提案してくれたり、何かと気にかけてくれるいい人たちだ。
しかし、春辰は心を開けずにいた。
姉を、鴉雛を取り戻すまでは、そういう気持ちにはなれないからだ。
他の家族に愛情を注げるほど、心に余裕なんて無い。
きっと、スケジュールを確認しても伝えることはないだろう。
「では、わたしはこれで失礼します。報告書、よろしくお願いします」
「おう。まかしとけ」
自分にできる精一杯の笑顔で挨拶すると、春辰はその場を立ち去った。
影岩は春辰の姿が見えなくなるまで見送るだろう。
そういう人なのだ。
だからまた、今日も言うことが出来なかった。
影岩の明るい蛍光イエローのにおい。
それに混じる、かすかな〈赤〉を。
春辰がサルファ星に来てからからすでに八時間以上が経過しているはずなのに、天空に煌めく赤色矮星の一つはまだ高い位置で輝いていた。
サルファ星は夕方から黎明にかけての昏い時間が三時間ほどしかない。
いわゆる、眠らない星なのだ。
観光客のほとんどは今日の災害を全く気にもしていないだろう。
ほとんど下着のような姿で歩く、水着を着た人々がアイス片手に楽しそうに過ごしている。
春辰は小さくため息をつきながら次の仕事を確認するためにコンパクトを開いた。
次はもっと夜の長い星に行きたい。
そう、願いを込めて。