表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼覇ノ王眼  作者: 袖山静鹿
 Ⅰ 始まりの死
5/18

Ⅰ-Ⅳ



「帰ろう」

 海月に向かって言った。

「ごめん。今日は友達と約束があるから、先に帰って」

 海月はそう言って出口へ向かった。

「そっか、暗くならないうちに帰るんだよ」

空人は海月の背中に言った。

「なに。心配してくれてるの?」


「バカ。違うよ。先生が言ってただろ。暗くならないうちにって」


「ふーん、そっか」

海月はつまらなそうな顔をして、一拍置いてから、じゃあね、と言って忙しなさそうに駆けて行った。空人は黙って海月の後姿を見送った。


 空人は机に視線を戻した。机上にはまだ教科書が開いている。空人は教科書を閉じ、机の横に掛けた鞄を取った。教科書を学生鞄にしまうと鞄を肩にかけた。ふっ、と息を吐いて教室を見渡すと教室には、もうほとんど人は残っていなかった。女子グループがが数名話しているのと、ゲームをしている男子生徒だけだった。

 

 教室の外からは、大勢の声がした。活気のある声だ。空人は物悲しい気分になって教室を出た。俯き加減で廊下に出ると、壁際に座り込んだ生徒の姿が見えた。空人は顔を上げた。それは壁にもたれて座る陸人だ。陸人は空人に気がつくと、右眉を上げた。


「お、やっと来たか。帰ろうぜ」そう言いながら陸人は立ち上がった。

 

 空人は立ち上がった陸人を見上げ嬉しそうに笑った。そうして大きく頷いた。



 校庭は、多くの生徒で賑わっていた。自転車にまたがり友人と共に変える生徒。また友人に別れを告げ帰路に就く生徒。だが、一番目に着くのは、あちこちに群れを成して屯している生徒達だ。全生徒に注意喚起がされているはずだが、お構いなく遊びに行く予定を話すが聞こえた。


「そりゃ、実感わかねぇか」

陸人は俯いた。


 空人は、え、っと声を漏らした。


「いや、吸血鬼がこの街にいるっていうのに、緊張感ねぇなと思ってさ」


「まあ身近な人に被害がないからじゃないかな」


「身近な人か……そうなってからじゃ遅ぇよ。自分が被害者になるかもしれねぇのに、残されるほうはたまらねぇよ」


 空人は口を噤んだ。両親を亡くした陸人の言葉が重く心に響いた。また共感もできた。


「ましてや吸血鬼がここの生徒だったらどうするんだろうな」


「そんなことあるわけ……」


陸人は空人の苦笑いを見て、にやりと笑みを浮かべた。


「俺がその吸血鬼さ」


 空人の背中に波打つような感覚がした。同時に一瞬時が止まった気がした。激しい潮騒のような音が耳の奥で聞こえた。そうさせたのは、陸人の言葉にではなく、陸人の底の知れない薄ら笑いに対してだ。その表情に慄然とした。


「ま、まさか……」

空人は強張った笑みを浮かべた。


「そのまさかだよ」


 薄ら笑いを浮かべている表情とは裏腹に、陸人の瞳の奥は深淵のように黒く見えた。空人はそんな陸人の目に吸い込まれるように、視線を奪われた。


 空人は後退った。額に脂汗が浮く。心臓は全身に血と不安を送った。


「なぁーんてな。冗談だよ」


陸人はパッ花が咲くように笑った。


 空人も、その笑顔にホッとして胸をなでおろした。


「ビビりすぎだよ」


 陸人は言いながら空人の肩を叩いた。


「びっくりさせないでよ」


 空人の強張った表情が綻んだ。


「ま、実際問題。学校の奴じゃねぇとは言い切れねぇけどさ」


 陸人の言うことも一理ある。空人はそう思った。そうだね、と言って心でそうじゃないことを祈った。


 駐輪場に曲がる角に差し掛かった時、空人は嫌なことを思い出した。空人の青ざめた表情に気がついた陸人は、どうした、と言って空人の顔を覗き込んだ。


「いや。あれを見て。あれ僕の自転車なんだ」空人はそう言って駐輪場にある自転車を指さした。


「え、どれ?」


 陸人はきょろきょろと自転車を見渡した。だが数ある自転車のどれを指しているのか、わからなかった。

「わかんねぇよ」


「青色で、タイヤが……」

空人はため息交じりに言った。

 

 陸人は目を凝らして、駐輪場の自転車を一望した。駐輪場には数えきれないほどの自転車があったが、タイヤと青、というキーワードをもとに眺めると、一台だけ後輪がペシャンコに潰れている自転車が停まっていた。それを見つけると、笑いが込みあがった。陸人は哄笑しながら、空人の肩を叩いた。


「お前、相変わらずついてないなー」


 空人は暗然な表情をして地面を眺めた。


「はい、あの頃と変わらずついてないんです。そんな僕を殺してください」


「笑って悪かったよ。押して帰ろうぜ?な?」陸人は涙をぬぐいながら言った。


 空人はぶんぶん腕を振り回し、顔を赤くした。


「うるさいうるさいうるさい」


 陸人はまた哄笑した。昔から空人が少しムキになると陸人は嬉しそうに笑う。空人は恥ずかしくなって口を噤んだ。

 自転車は学校へ置いていくことにした。空人の家は学校から徒歩十五分ほどの住宅地にあり、歩いて帰ることも十分に可能だった。空人の家に向かう途中に途中に駅があり、陸人はそこで電車に乗って帰る。陸人の家はその駅から五駅のところにある。バンカから南に行った、ヘルガという都市に住んでいる。

 

「陸人って今も親戚の家?」空人が尋ねた。


「いや、今は妹と二人だな」


 空人の目が剥かれた。


「え、ヘルガって、対策本部が近いから家賃とか高いんじゃないの?」


 陸人は頭を掻いて笑った。


「あー、紅月って孤児の制度整ってるから、それで賄てるんだよ」


「ああ、孤児の制度かー」


「まあ治安もいいしな」


「最近バンカも物騒だし」


「そうだな。早く何とかならねえかな」陸人の表情が曇った。


「でも、南区よりはまだましか」空人はごまかすように笑った。


「空人。そういうのは他と比べるもんじゃない」


 空人は、ハッとして、ごめん。と言うと黙り込んだ。

 何となく二人は気まずくなって黙り込んだ。


 最初に口を開いたのは陸人だった。


「なぁ、覚えてるか空人。ガキの頃にさ、二人で海月に告白したこと」陸人が笑って言った。


「そんなこともあったね。結局二人とも振られたんだったっけ……懐かしい」空人は遠い目で、空を見上げた。


「なあ、お前と海月はどこまでいったんだ?」


「どこまで?」意味が分からず、一拍の間空人は考えた。理解した途端、空人の顔が茹蛸のように紅潮した。「ただの幼馴染だよ」ひどく狼狽した口調だ。


「動揺しすぎだろ。わかりやすいなーお前は。俺は今頃二人はくっついてると思ってたぜ」

やれやれと言った様子で陸人は肩を竦めた。


「でもまあその様子だと、お前は海月が好きみたいだな」


 陸人は悪意を含んだ笑みを浮かべて、空人を見た。


「何言ってんの」空人の顔はますます紅潮した。


 勢いあまって、陸人の肩を殴る。


陸人は痛くもない肩を抑えて、また笑った。


「そういえば」陸人は何かを思い出したかのように言った。


「お前。今日いじめられてただろ。あんなやつぶっ飛ばしてしまえよ。お前なら勝てるだろ」

陸人は平然と言った。


「勝てるわけないよ。相手は三人だし、僕は陸人みたいに強くないし、体格にも恵まれてない」


 陸人は眉をひそめた。

「俺だって元々この体格じゃなかった。そうだろ?」


「すごいよ。陸人は」


 ほんの一瞬、陸人の表情が曇ったように見えた。そうして空人の顔を覗き込んだ。

「空人お前は優しすぎるんだよ。悪くないと思う。でもな、その優しさだけだと、大事な人……失うぞ」


 陸人の言葉は、空人の核心を突くようだった。陸人の瞳は哀愁に満ちていた。

 言葉の中には、陸人の怒りと悲しみが詰め込まれているようだった。空人は苦笑いでごまかすこともできず、ただ俯いた。

 顔を上げると、駅の前にいた。ドラッグストアや、スーパー、服飾雑貨品が軒を連ね、その間に入り口がある。入口の上には白い看板に、バンカと黒字で書かれている。

 陸人は、看板の下で笑った。


「まあ、俺が守ってやるよ。そのためにさ――」

 陸人は途中で言葉を発することを止め、ごまかすように笑った。

 空人は彼が何を言おうとしたのか、聞き出そうとしたが、なんでもない、と言って笑うだけだった。

 終いには、じゃあな。と一方的に別れを告げて、改札の向こう側に逃げていった。

 妙な気がかりを空人の心に置き去りにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ