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鬼覇ノ王眼  作者: 袖山静鹿
 Ⅰ 始まりの死
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Ⅰ-Ⅲ


 E組の教室の前で陸人と別れると、さらに奥にあるA組まで空人は走った。

 教室の前に着くと、掠れた先生の声が聞こえる。ホームルームはすでに始まっていた。扉に手を伸ばすと同時に、額に浮いた汗を拭う。大きく息を吸って乱れた呼吸を整えた。

 朝のできごとがデジャブした

 もうヘマはしない。そう意気込んだ。細心の注意を払ってゆっくりと扉を引いた。開いた隙間から中を覗き込むとギラリと光るレンズと目が合った。レンズの奥の目は怒りの色はなく、ただただ呆れているようだった。

 その証拠に大きなため息が聞こえた


「飛鳥。一日で二回も遅刻とはいい身分になったもんだな。お前は成績も悪くないし、気のいいやつってことは俺は知っている。でもな、信用っていうのは、こういうところで少しずつ失っていくんだ」

 山内は呆れながらも、厳しく優しい口調で空人を叱った。


 それに対し空人は苦笑いを浮かべ誤魔化した。山内はそれを見てまた深い溜息をついた。

「とりあえず席に就け」

 

 空人が席に着くことを確認すると、山内は神妙な面持ちで話し始めた。

 途端に静まり教室が返る。

 いつも話を右から左に流している空人も、この日の山内の話は聞き漏らすことなく聞いていた。


「連日ニュースになっているから、知っているとは思うが、最近この辺りで吸血鬼による殺人事件が頻発している。警察によると同一犯で、いずれの犯行も人気のない場所で行われているそうだ。だから興味本位で人気のない場所にはいかないようにしてくれ。陽が落ちる前には家に変えること」


 ここ数日、空人が暮らしている町、日の国万歌(バンカ)中央区(セントラル)にある、紅月(くづき)では吸血鬼による殺人事件が続いていた。


 今までは実感の湧かない話だった。実際に吸血鬼を見たことがないからだ。無論見てみたいとも思わない。

 ニュースでは被害者や世論が騒いでいるが、身近なところでそう言った事件が今までなかった。セントラルには吸血鬼対策局総本部があり、他の区よりも治安がいい。とは言っても紅月は中央区の外れに位置するため、総本部付近と比べると良くはない。


 今回の事件は自分の暮らす町で十二人も犠牲者が出ている。さすがに空人も怖いと思った。


「最後になるが部活もしばらくは活動休止になる。寄り道せず帰れよ」

 山内が口ずっぱく言った。


 教室から部活組の嘆き声が湧いた。大会に向けて力を入れていたのだから無理もない。だが、この状況では何かあった場合、学校で責任がとれない。当然の判断だった。

 空人は帰宅部なので問題はなかった。

 

「早く犯人が捕まることを願うしかない」


 山内は生徒をなだめるように言った。

 生徒たちは静まり、嘆きの声の代わりに大きなため息をついた。

 教室は重い空気が充満してホームルームは終わった。


 全員の不安と重い空気は尾を引きながら、歴史の授業が始まった。

 吸血鬼と人間の歴史だ。事件のせいか珍しく、全員が熱心に鉛筆を握っていた。いつも居眠りをする空人でさえ一睡もすることなく聞いていた。


「えー、吸血鬼の存在は太古の壁画などに描かれていることから、紀元前から存在していると考えられている。だが詳しい起源は現在も不明のままだ。一説によると現人間ホモ・サピエンスとは別の人類種ではないかという説が有力視されている」


「先生」そう言って一人の男子生徒が手を挙げた。


「どうした?」山内が首だけ捻って言った。


「先生質問です」


 山内は板書を止め振り返った。


「骨やミイラなどは見つかっていないんですか?」


 山内は首を縦に振った。

「見つかっていない。と言うよりも存在しないんだろう。吸血鬼が死を迎えたとき吸血鬼の身体は発火し、灰になってしまうらしい。そのせいか今日まで白骨の遺体もミイラも発見されたという史実は教師をやっていて聞いたことはないな」


「灰に?」


「理由はわからんがそうらしい。実際、吸血鬼が反乱を起こす1800年中ごろまでは、一般的に架空の生き物として扱われていたらい。吸血鬼の研究が始まったのも約数百年前、吸血鬼が現れた頃だ」


 山内は咳払いをして黒板に向き直った。

 板書を終えると、山内が話し始めた。


「数百年前、地震と共にどこからともなくヨーロッパで吸血鬼が現れた。突然の出来事で人類はなすすべなく、吸血鬼に侵略される。元々吸血鬼でないものまで吸血鬼になったことで、世界中で一気に吸血鬼が増えた」


「吸血鬼ってどうやったらなれるんですか?」

 おちゃらけた男子生徒がふざけたように訊いた。


 山内は呆れたように溜息をついて答えた。


「吸血鬼になる方法は人間に毒を流し込むことだ。吸血鬼の持つ毒だ」


「それじゃあ食事をしながら繁殖するってことですか?」女子生徒が訊いた。


「そうだ。食事によって繁殖すると言ってもいいだろう。そのため、現代人も度々吸血鬼へと姿を変える」


 教室がざわついた。


「授業に戻すぞ、この頃、戦争したり牽制しあっていた国々も強大な敵の前に手を取り合うしかなかった。我が国も例外なく吸血鬼の対応に勤しんだ。なにせ人類存続の危機だった。この頃、姿を現したのは吸血鬼だけでなく、陰で吸血鬼を抑え込んいたヴァンパイアハンターも各地で現れた。それを先導していたのが、現ヴァンパイアハンター協会代表ヴァン=ヘルシングだ。彼はは自身の持てる力で次々と吸血鬼を薙ぎ払い、二年にも及ぶ大規模な戦乱に終止符を打った。

この戦いは後に血鬼戦争と呼ばれた」


「終止符を打ったはずなのにどうして今も吸血鬼がいるんですか?」女子生徒が言った。


「これはほんの始まりでしかなかったんだ。吸血鬼は駆逐しきれないほど多く存在したからだ」


「吸血鬼なんていないほうがいいのに」一人の男子生徒が怒りに震えるように言った。


「それは違うと思うわ。同じ人間族なのであれば心を通わせ共存の道もあるはずよ」学級委員長である女子生徒が言った。


「そういう考えもあるな」山内は言った。

「また戻すぞ。戦乱終結後、吸血鬼は消えることはなく、度々人を襲った。事態を重く見た各国はヴァン=ヘルシング中心に世界吸血鬼対策協会(ヴァンパイアハンター)を設立。数年後、進育成のためハンター育成学校。通称アカデミーが建立された。知っての通り今では二十万人ほどのハンターがこの国に在籍している。ハンター協会では身寄りのない子供も受け入れ、そこからハンターになる者も少なくはない」


「その孤児院はみんなハンターに?」


「いいや。強制ではないし、例えなりたいと願ってもなれるものではない。ハンターになる資格は国民全員にあり、年齢制限も特にない。万年人員不足で、猫の手でも赤子の手でも借りたいという状況だそうだ。ハンターになる権利は誰にでもあるが、誰でもなれるわけではない。特殊な訓練を受け、アカデミーで合格判定をもらわなければならない。尚且つ、国家試験に通過することで晴れてヴァンパイアハンターと認められる」


「そんなに厳しいから人手不足なんじゃないんですか?」


「確かにその通りではある。でもな、ハンターは厳しい職業だ。条件を低くすることで、失わなくてもいい命も失うかもしれない。その上敵の手に落ちることがあっては困るだろう。だからハンターの試験は厳しくなくてはならない」


「憧れてもなれないかもしれないんですね」


「そうだな。でもなハンター適性の認められなかった者は、ハンターのサポーターを務めることもできる。サポーターの仕事は主に情報収集をする情報課。ハンターの使う武具のメンテナンス、開発する。開発課。その他事務業務をする総務課だ。どれも大切な仕事だ」


「ハンターってどんな人が慣れるんですか?」


「あまり詳しくないが、一瞬でも判断ミスをしたり、反応速度が遅れると命取りになるということから、ハンター適性は身体能力、判断能力に重きを置かれるらしい。これは吸血鬼の身体能力が常人を遥かに上回り、尚且つ特殊な能力も持っているかららしいだからお前ら、間違っても武装して、吸血鬼と戦おうと思うなよ。第一禁止されているからな。護身用に吸血鬼専用拳銃はあくまで護身用であって、戦うもんじゃないからな。徘徊者の撃退も一般人に許可されてはいるが、一般人に許されているがお前ら絶対に退治と化するなよ。動きは遅いし、知能のない存在だが力は人間より強いからな」


 徘徊者(ゾンビ)とは、吸血鬼になり損ねた人間の成れの果てだ。吸血鬼に噛みつかれた人間は、吸血鬼と化す。これは昔の創作も同様だ。異なる点は、噛みつかれたことが原因になるわけではなく、吸血鬼の毒を流し込まれるということ。尚且つ、その毒に適応しなければ、吸血鬼へ転生することはない。適応しなかった者は、全身発火して死を遂げるか、死して尚、さまよい続ける屍。徘徊者に姿を遂げる。

 

「でも先生徘徊者って日中は日陰にいるし、いざ陽が落ちると街に出てゆっくりさ迷うだけだぜ? また朝になったら塵になって消えることも少なくない。間抜けだぜ?脆いしよ」


「確かに徘徊者は体は腐敗してるから、脆く簡単に崩れる。大人の力であれば素手で殴るだけで簡単に倒すことができる。頭部を正確に破壊できればな。でもな素手で戦うことは推奨されていない。なぜかわかるか?」


 質問した男子生徒は笑いながら答えた。


「ハンターの仕事が減るから?」


「バカかお前は」山内が吐息を吐くように言って続けた。「逆にハンターの仕事が増えるんだよ。万が一徘徊者に噛みつかれた場合。変異した吸血鬼毒によって、噛みつかれた人間も徘徊者に変異してしまう。だから出くわしたら逃げろ。それとなお前みたいな楽天家の若者の間で素手で徘徊者を倒すという遊びが流行してるらしいな。そのせいで若者が命を落とし、徘徊者の数も増えていると言われている」


 男子生徒はしゅんとして口を噤んだ。


 このように吸血鬼と人間の戦いは、現在も続いている。

 今日もどこかで人が襲われ、吸血鬼も数が増えている。


 教室は張り詰めた空気が流れて、そのまま授業は続いた。

 やがて山内が今日はここまで、と言って教科書を閉じた。教科書を閉じた音で、緊張の糸が切れたように教室中から声が漏れた。


 チャイムが教室に鳴り響くと、皆一斉に立ち上がった。チャイムの音と混ざり合うように椅子が床に擦れる音と机がぶつかり合う音が教室に響いた。

 皆、机の横に並び委員長が、礼、と号令をかけた。

 全員がありがとうございました。と礼をした。

 

 教室中が喧しくなり、皆各々と教室から出ていった。


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